エヴァンゲリオンAnotherWorld   作:時雨光多

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第弐拾話 人の創りし箱舟

警備が強化される中、加持さんはその卓越した諜報の技術を駆使し、ゲンドウの新たな動きの尻尾を掴んだ。彼は、ゲンドウがトルコのアララト山の山腹にある秘密施設で、何かを建造していることを突き止めたのだ。そこでは、「NHGシリーズ」と呼ばれる、ガフの守り人、すなわち「神殺しの力」を持つとされる兵器だという。

この極秘情報、そして可能であればそのデータの奪取をもくろみ、加持さんはトルコへと向かった。彼の一人での潜入作戦が、新たな局面の幕開けとなることは、その場にいた誰もが予感していた。

 

トルコのアララト山では、加持が人里離れた山道を登っていた。雪と岩に覆われた過酷な環境の中、彼は自身の卓越したサバイバル能力と諜報技術を駆使し、ゲンドウの秘密施設への侵入ルートを探っていた。

彼は、麓の村で手に入れた古い地図と、独自の情報網から得たデータを照合し、施設の排気口へと繋がるであろう隠された洞窟を発見した。洞窟の入り口は巧妙に隠されており、細心の注意を払わなければ見過ごしてしまうほどだった。加持は懐中電灯の光を頼りに、暗く湿った洞窟の奥へと足を踏み入れた。内部には、わずかながら人の手が加えられた痕跡があり、この先にゼーレの機密が隠されていることを確信させるに十分だった。

彼の潜入作戦は、まさに極限状況の中で進められていた。しかし、加持の脳裏には、この作戦の先に待ち受けるであろう、さらなる困難と、世界の命運がかかっているという重圧が常にのしかかっていた。彼は、ネルフの、そして人類の未来を左右するこの任務を成功させるため、一人、闇の中を進み続けた。

 

一方、国連での警備が強化されたこともあり、ネルフ施設内は銃を携帯した軍人が多く徘徊する物々しい雰囲気に包まれていた。それは、かつての日常とはかけ離れた、まるで戦場のような光景だった。職員たちは皆、顔に緊張の色を浮かべ、最小限の会話しか交わさない。エレベーターを待つ間も、廊下を歩く間も、常にどこからか軍靴の音が聞こえてくる。

シンジ君は、この張り詰めた空気に耐えきれず、自室に引きこもりがちになっていた。部屋の窓から見える景色も、街を監視する無数のカメラや、頭上を通過する軍用ヘリの姿ばかりで、彼をさらに深く内省へと誘う。エヴァの呪縛、補完計画の真実、そして父の目的。あまりにも多くの情報が一度に押し寄せ、彼の心は混乱の極みにあった。

ミサトさんは、司令代理となったカヲルの下で、警備強化の指揮を執っていた。彼女は自らの父の行動に絶望しつつも、目の前の危機に立ち向かうしかなかった。会議室でのマリの言葉が、彼女の脳裏から離れない。「神の力を使ったんだから、代償としては安い話でしょ」。その言葉は、エヴァに乗るパイロットたちの運命を暗示しているようだった。

リツコさんは、MAGIシステムの監視体制を強化し、すべてのデータの異常を検知するべく、寝る間も惜しんでシステムと向き合っていた。彼女は、ゼーレが何をしようとしているのか、その最終目標は何なのかを突き止めようと、必死に解析を続けていた.

しかし、僕、カナメは、この張り詰めた空気とは別の、些細な、しかし決定的な違和感を抱えていた。人が、何かおかしいのだ。何がおかしいかと言えばうまく言語化できないが、だが、確かにおかしいのだ。落ち着いて考え、近くのオペレーターや警備員を観察する。と、やはり見覚えがないのだ。数千人、あるいは万に届く人間に知り合い、というのはおかしい話だ。膨大な人間の顔なんて把握することができないのは当たり前だ。ただ、何日も同じ時間に顔を合わせていれば、見たことあるなという程度にはわかるはずだ。

この不気味な違和感は、日に日に募っていった。休憩室で、食堂で、訓練施設へ向かう通路で。どこに行っても、見慣れた顔の中に見慣れない顔ばかりが目につく。彼らは皆、ネルフの制服を着て、任務を淡々とこなしている。だが、その顔には、以前の職員たちが持っていた、特務機関としての緊張感や、どこか諦めに似た疲労の色が見られない。むしろ、機械的で、無表情なのだ。

僕は自分の記憶が曖昧になっているのかと、一瞬、不安になった。しかし、ミサトさんやリツコ博士、加持さんといった古参の職員の顔ははっきりと覚えている。では、なぜ、彼ら以外の顔が入れ替わっているように見えるのか。国連軍の警備強化で、新たな人員が多数派遣されたと聞いている。しかし、それにしても多すぎる。そして、あまりにも自然すぎる。まるで、最初からそこにいたかのように、彼らは何の違和感もなく存在している。

ある日、僕は勇気を出して、新しく配属されたらしい警備員に声をかけてみた。

 

「あの、すみません。以前、ここで見かけた方ですか?」

 

警備員は無表情な顔で僕を一瞥し、短い言葉で答えた。

 

「新しい配属だ。何か問題か?」

 

僕が声をかけた警備員の無感情な返答が、その違和感を確信へと変えた。この異常な状況に、僕はいてもたってもいられなくなり、一縷の望みをかけてリツコさんに相談することにした。彼女ならば、この不可解な現象について何か知っているかもしれない。あるいは、僕の杞憂だと笑い飛ばしてくれるかもしれない。

リツコ博士は、不眠不休でMAGIシステムの監視と解析にあたっていた。彼女の顔には疲労の色が濃く、僕が声をかけると、険しい表情で振り返った。

 

「どうかしたの、カナメ君?」

 

僕は、ここ数日の間に感じた違和感を、できる限り具体的に説明した。見慣れない職員の多さ、彼らの無表情さ、そしてまるで感情がないかのような機械的な応答のこと。

 

「ここ数日、ネルフにいる人たちの顔が、ほとんど見覚えのない人ばかりなんです。まるで、以前の職員がいなくなって、みんな入れ替わったみたいで…」

 

僕の言葉を聞き終えると、リツコ博士は険しい眉根を寄せ、何かを考えるように視線を宙に向けた。そして、すぐにMAGIシステムのコンソールに向かい、いくつかのコマンドを打ち込んだ。

ピコ、ピコ、と軽快な電子音が響き、目の前のモニターにネルフの職員データベースと人員配置図、そしてMAGIシステムが検知した内部活動のログが表示される。リツコ博士は、表示された膨大なデータを素早くスクロールし、やがてその動きを止めた。

 

「…カナメ君の言う通り、国連軍の増強とそれに伴う職員の再配置で、人員構成にかなりの変化があったのは事実よ。特に警備部門は顕著ね。」

 

そこまでは、僕も予想していたことだった。しかし、彼女の次の言葉に、僕の胸は締め付けられるような不安を覚えた。

 

「でも、MAGIシステムは、すべての入退室記録と職員の生体情報を正常と判断しているわ。異常な侵入経路や、内部での不審な動きも一切検知されていない。すべての職員は、改暦出自含め正規の手続きを経て配属された人間として認識されている。」

 

リツコ博士は、モニターの画面を僕に向けた。そこには、一人ひとりの顔写真と、詳細な個人情報が並んでいる。どれもこれも、僕にとっては見慣れない顔ばかりだ。

 

「つまり、彼らは正規の人間であり、システム上は問題ないということですか?」

 

僕が尋ねると、リツコ博士は小さく頷いた。「ええ。MAGIシステムは、完璧な精度でネルフ内部を監視している。もし何らかの異変があれば、即座に警報が発せられるはずよ。でも、今のところ、どこにも異常は見当たらないわ。」

彼女の言葉に、僕の心はかえって混乱した。MAGIシステムが正常だと判断しているということは、僕の感じている違和感は、単なる気のせいなのだろうか。それとも、僕の知らないところで、MAGIシステムさえも欺くような、とてつもなく巧妙な何かが進行しているのだろうか。

僕は、無数の見慣れない顔が並ぶモニターと、疲労困憊のリツコ博士の顔を交互に見つめた。システムの言葉を信じるべきなのか、それとも自分の直感を信じるべきなのか。どちらを選んでも、この先の展開が不透明であることに変わりはなかった。

 

一方その頃、カヲルの執務室では、マリが彼の向かいに座っていた。

 

「あのMark.06って機体、アダムスの器、でしょ?」

 

マリは核心を突くような質問を投げかけた。

カヲルは静かに紅茶を一口含むと、優雅な仕草でカップをソーサーに戻した。彼の表情は穏やかなままだったが、瞳の奥には微かな光が宿っているようだった。

 

「そうだよ、君の言う通りだ。」

 

カヲルは、何の躊躇いもなくその事実を認めた。

マリは小さく息をのんだようだ。彼女は既に知っていたはずの事実だが、カヲルの口から直接聞かされると、やはりその重みは違うのだろう。

 

「だから、ゼーレはあれを使ってサードインパクトを起こそうとしているんだね?」

 

マリの声には、確認を求めるような響きがあった。カヲルはゆっくりと首肯した。

 

「でもゲンドウ君は初号機でのサードインパクトを諦めていないようだ。ユイさんのためだとか言っているけど、自分がユイさんに会いたいだけじゃない。ただのエゴだよ、あれは。ユイさんが求めたのは人の意思での革新なのにね。」マリは淡々と指摘した。

 

「シンジ君の母上のことかい? ずいぶん詳しいんだね。蜜月とでもいうべきかい?」カヲルは、マリの言葉に微かに眉を上げ、興味深そうに尋ねた。マリはにやりと笑った。

 

「さあね? でも、冬月先生の研究室に出入りしてたのは事実だし、そこで色々と話は聞いちゃってたわけ。ユイさんって、結構面白かったんだよね。ゲンドウ君と一緒でさ。」

 

カヲルは目を閉じ、静かに頷いた。

 

「なるほど。母上殿は、シンジ君の父上が抱くような個人的な執着ではなく、人類全体の進化を見据えていた。彼らの方向性の違いは、今の碇指令自身の計画にも色濃く反映されていそうだ。」

 

「まったくもって。で、君は結局どうしたいわけ? ゼーレとゲンドウ君、どっちにつくって話?」マリは、核心を突くように問いかけた。

カヲルは再び目を開け、その透き通る瞳でマリを真っ直ぐに見つめた。

 

「僕は、この世界を存続させるために来た。そして、リリンが自らの意思で未来を選べるように、道を示すことが僕の役割だ。ゼーレの計画も、碇指令の計画も、最終的にはリリンの選択肢を奪うことになる。」

 

「へぇ、まるで神様みたいに言うね。」マリはわざとらしく笑った。

 

「僕は、彼らとは違う道を示すつもりだ。そのために、君の力が必要になる。」

 

カヲルの言葉には、静かながらも確固たる意思が込められていた。

マリは再び腕を組み、面白そうにカヲルを観察する。

 

「私を味方につけるってことは、それなりの覚悟があるってことだよね? 私はしっぽを出すような真似はしないよ?」

 

カヲルは微笑んだ。

 

「もちろん。君の知性と、そしてその経験が、この戦いには不可欠だ。君が知っている情報は、僕にとっても大きな助けになるだろう。」

 

二人の間に、静かな共謀関係が生まれた瞬間だった。NERVの地下深く、厳重な警備網に守られたこの執務室で、世界の命運を左右する新たな計画が、密かに動き出していた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

アララト山の秘密施設への潜入を進める加持は、ゲンドウが建造している「NHGシリーズ」が、ガフの守り人、すなわち「神殺しの力」を持つ兵器であるという情報に思考を巡らせていた。しかし、彼の頭をよぎるのは、その建造時期に関する重大な疑問だった。

「NHGシリーズが建造されたのは11800年代…だが、セカンドインパクトが起こったのは12000年。そして、死海文書外典は、11947年に死海周辺の洞窟から発見されたもののはずだ…。」

加持は眉をひそめ、自身の記憶と照らし合わせる。時系列がおかしい。NHGシリーズが死海文書外典の発見よりも以前に建造されていたとすれば、ゼーレが何を目的としてこの「神殺しの力」を持つ兵器を作り出したのか、その真意が見えない。セカンドインパクト以前に、彼らは一体何を知り、何を予見していたというのか。もしや、それ以前からすでに決まっていたことなのか? あるいは、自分たちが知る歴史そのものが、既にゼーレによって改竄されたものなのか?もしかしたら、彼らは神たるアダムスを敵ととらえ、奴らを殺すことによって自らの存続を図ったのかもしれない。が、12000年もの間、さして変化のない人類の器を見限り、今度は人類補完計画を起こそうとしているのか。

加持は足元に広がる闇の洞窟を見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じた。この奇妙な時間軸のずれは、単なる情報の誤りではない。ゼーレの計画が、自分たちの想像をはるかに超える、深淵なものを示唆している。彼らが本当に望む「人類補完計画」の全貌は、まだ誰も知り得ない、恐ろしい真実が隠されているのかもしれない。

 

――――――

 

『次回予告』

夜明け前のネルフ本部。カナメが見た不気味なほどの「正常」は、リツコをも巻き込み、やがて真実の扉を叩く。そして、カヲルとマリ、二人の共謀は、世界の存続をかけた新たな道を切り開くのか。ゲンドウの思惑、ゼーレの野望、そしてカヲルの「リリンの未来」。それぞれの思惑が複雑に絡み合う中、ついに時が満ちる。

 

次回「終わる異世界」

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