カナメがリツコに相談してから数日後、ネルフ本部を覆っていた不穏な空気は、ついに破局を迎えた。
突如として、構内に響き渡る乾いた発砲音。そして、一人の職員が血を流して倒れた。それは、これまで張り詰めていた緊張感の虚を突いた合図だった。その銃声をきっかけに、ネルフ内部は一瞬にして混沌と化した。
それまで淡々と任務をこなしていたはずの見知らずの職員たちが、まるで糸が切れたかのように一斉に動き出したのだ。
休憩室で友人と談笑していたはずの女性職員は、顔から一切の表情を消し去ると、まるで劇中で役者が舞台に立つかのように、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。彼女の動きには、それまでの柔らかな雰囲気は微塵もなく、ただ冷徹な意思が宿っているかのようだった。
「おい、どうしたんだよ、急に静かになって……」 「おいっ……?大丈夫か?……ッうっ!!」
そんなひそひそ声が聞こえた次の瞬間、その声の主の鮮血が舞った。
仮眠室で束の間の休息を取っていた男性職員は、発砲音に目覚めると、起き上がると同時に備え付けのロッカーから銃を取り出した。その目は、まさに研ぎ澄まされた刃のような鋭さを持っていた。彼もまた、能面をかぶったような無機質な足取りで部屋を出ていく。
そして、それぞれの持ち場で作業に没頭していた他の職員たちもまた、その顔から人間らしい感情を消し去り、能面をかぶったかのように無表情になる。彼らは何の躊躇もなく、訓練された軍人のように各自の武器を手にし、定められた場所へと向かい始めた。
中央作戦司令室では、瞬く間に阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「な、何が起こってるんですか!? 各所の監視カメラが次々とダウンしていきます!」オペレーターの一人が叫んだ。
別のオペレーターが震える声で報告する。「第3管制室から緊急信号! 不明な武装集団が侵入、交戦状態に入った模様です!」
「まさか……味方のはずの警備兵が、こちらに銃を向けているだと!?」年配のオペレーターが絶句する。
司令室の巨大モニターには、次々と施設の各所から上がる火の手や、混乱する職員たちの姿が映し出されていた。しかし、その映像も、突如として砂嵐になり、通信が途絶する。
「メインシステムへのアクセスが…ブロックされました! 外部からの遮断ではありません! 内部からです!」
「嘘でしょう!? マギシステムに異常はないはず! なぜ敵が!」
絶望的な報告が飛び交う中、一人の若いオペレーターが信じられないといった表情で呟いた。「だって……昨日まで、普通に挨拶してた人たちが……」
その時、広域モニターの映像が切り替わり、第三新東京市の市街地が映し出された。
「広域モニターに異常映像、モニター出ます!」
オペレーターの報告と同時に、そこには、銃を手に進む主婦らしき人物、冷徹な目で獲物を見据える会社員風の男、そして、ランドセルを背負ったままの小学生や、杖をつく老人までもが、それぞれに銃器を構え、どこかへ向かっている姿があった。
「これは…民間人です!なぜ、武装を!?」別のオペレーターが混乱した声で叫んだ。
彼らの動きには、不自然なほどの統一感があった。まるで、毎日の普遍的な日常から、一瞬にして別のプログラムに切り替わったかのような異様な違和感。彼らの顔には、ネルフ本部内で見られた兵士たちと同じ、感情のない能面のような表情が張り付いている。
街路には、突如として豹変した人々の姿に怯え、逃げ惑う一般市民の悲鳴が響き渡る。混乱の極みに達した街は、その機能が停止し、無秩序な地獄と化していた。
しかし、武装した老若男女は、その混乱には目もくれず、ただ淡々と、ネルフ本部へと続く道を歩き続けていた。彼らの瞳には、もはや人間的な感情は宿っておらず、まるで何かのシステムに操られているかのように、目的の場所へと向かう。
「民間人が、ネルフ本部に…向かっています!これは、テロですか!?」
「このタイミング、どう考えても碇指令だろ!!」
「…何かがおかしいわ。この人数と、この統制された動き…まるで、最初から仕組まれていたかのように…!」
ネルフの内部は、瞬く間に、友軍だったはずの職員たちが敵へと変貌する、悪夢のような光景に包まれた。カナメが感じていた違和感の正体は、この最悪の形で明らかになったのだ。彼らは、最初からそこにいるべき人間ではなかった。何者かによって送り込まれた、**潜伏していた「兵士」**たちだったのだ。彼らの冷徹な瞳には、もはや人としての感情は宿っておらず、ただ任務遂行のための意思だけが輝いていた。第三新東京市全体が、今、未知の存在によって掌握されつつあるのだ。
「おいおい、まじかよ!」
青葉シゲルが、信じられないといった顔でモニターを凝視した。その普段冷静な声に、動揺の色が滲んでいた。
「どうしたの!?」
隣に立つミサトが、鋭い声で問いただす。彼女の顔には、この状況への苛立ちと、一刻も早く事態を把握しようとする焦りが浮かんでいた。
その時、日向マコトが引きつった声で報告する。
「国連軍…一個大隊が進軍中! 本部への強襲部隊と思われます!」
「国連軍に連絡!すぐに停戦信号を送って。」
隣に立つミサトが、鋭い声で命じた。彼女の顔には、この状況への苛立ちと、一刻も早く事態を把握しようとする焦りが浮かんでいた。
その時、日向マコトが焦り交じりの声で報告する。
「それが、国連軍内でも武装蜂起です! 連絡曰く、この戦闘行動は本意ではない。ネルフとの戦闘行動を行っている部隊含め、三個大隊が連絡不能になっているそうです!」
「なんですって!?」
第三新東京市全体が、今、未知の存在によって掌握されつつある。
中央作戦司令室は、もはや混乱の極地にあった。ネルフの正規職員たちは、突如として豹変した「兵士」たちの前に、成す術もなく倒れていく。
「くそっ、どっちだ!味方か?!」
ある防衛ラインでは、正規の警備兵が戸惑い、銃を構えたまま立ち尽くしていた。目の前にいるのは、昨日まで共に任務に就いていた同僚や、顔見知りのオペレーターたちだ。しかし、彼らは何の感情も宿さない無表情な顔で、迷うことなく銃口を向け、引き金を引く。
「躊躇するな!奴らはもう、人間じゃない!」
叫ぶ声も虚しく、次々と味方が倒れていく。兵士たちの動きは機械的で、一切の迷いがない。被弾した職員が苦悶の声を上げても、彼らの表情は微動だにしない。
「こちらからの呼びかけに、一切応答しません!まるで、聞こえていないかのように…!」
オペレーターの一人が、絶望的な報告を上げた。
「意思があるのか、それともプログラムされた行動原理に沿っているのか…!?」
青葉シゲルが、モニターに映る兵士たちの不気味な真顔に、恐怖と困惑の入り混じった表情で呟いた。
彼らは、まるで生きている人形のようだ。対話は完全に無視され、攻撃は的確。人間的な感情の欠片もなく、ただ破壊と制圧のためだけに動いている。カナメが感じた違和感の正体は、彼らの「人間離れした」性質そのものだったのだ。
ミサトは唇を噛み締める。このままでは、ネルフは内側から崩壊する。そして、外部からは国連軍と武装した市民が迫っている。
何か、この現状を打破する手立てはないのか?
司令室の重苦しい空気が、ミサトに重くのしかかる。
だが、打てる策はそう多くない。非人道的な命令になってしまうが、ミサトは唇をかみしめ、こう命令した。
「対象との接触を試み、何らかの反応ないか探って!」
最前線の正規兵は、腹をくくり、指示に従った。
「おい、霧島!聞こえるか!? お前はネルフの警備兵だろう!銃を下ろせ!」 兵士はまるで聞いてもいないかのように、無言で銃を乱射し続ける。その目は、感情の全く感じられない無機質な光を湛えていた。
「こちらからの呼びかけに、一切応答しません!まるで、聞こえていないようです…!」オペレーターの一人が、絶望的な報告を上げた。
「私が近づいてみる!もし意識があるなら、きっと…!」 勇気ある正規職員が、非武装で兵士の一人にゆっくりと近づこうとした。しかし、その職員は無言で放たれた銃弾に倒れた。兵士の目は、焦点が合っているようには見えても、そこに人間的な認識の色は全くなかった。
「彼らは我々の会話内容を聞いていない!こちらの言葉は全く届いていない!」
絶望的な叫びが上がる。兵士たちは、ただひたすらに、定められた「敵」を排除するプログラムを実行しているかのようだ。攻撃以外の行動は一切見られない。降伏を促す声も、命令を中止するよう懇願する声も、すべてが空気に溶けていく。
「警告射撃だ!これで怯むか、あるいは何らかの反応をするかもしれない!」 正規兵が兵士たちの足元に警告射撃を行った。しかし、兵士たちは一切動じることなく、そのまま攻撃を続行。彼らの顔は不気味なほど真顔のままで、弾丸が近くをかすめても表情一つ変えなかった。
彼らは、攻めることしか知らない。
その事実に、正規職員たちは戦慄した。彼らには、防御や退避といった概念すら存在しないのかもしれない。まるで、攻撃指令のみがインプットされた機械のように。
「意思があるのか、それともプログラムされた行動原理に沿っているのか…!?」青葉シゲルが、モニターに映る兵士たちの不気味な真顔に、恐怖と困惑の入り混じった表情で呟いた。
「……これでは、誰が味方で、誰が敵なのか、区別する前にやられちまう!」
混乱の中で、青葉の声が響いた。その言葉に、ミサトの脳裏に一つの案が浮かぶ。
「識別だ!すぐに正規職員全員に指示を出す!青いバンダナを腕に巻け! それを我々の識別とする!」
この絶望的な状況下で、わずかな希望を見出すための、苦肉の策だった。しかし、この簡素な目印が、この血みどろの戦場で、正規職員たちの命を繋ぐ唯一の糸となるかもしれない。
この青いバンダナは、かろうじて私物の中でも全員が持っているであろう官給品だった。かつて一大プロジェクトであった「赤い海の再生」を記念し、その海洋生物研究所の再生記念式典の記念品として、ネルフ職員、国連安全保障治安維持軍、そして多くの公務員や学生にまで広く配布されたものだ。急ごしらえの識別品にしては、これほど手軽で、かつ確実なものは他になかった。
ミサトの指示は瞬時にネルフ本部全体に伝達された。混乱と絶望の中、正規職員たちは我先にと腕に青いバンダナを巻きつける。それは、昨日までの同僚が、今や冷徹な殺戮者と化した戦場で、かろうじて人間性を繋ぎとめるための唯一の印だった。
「識別を確認!青いバンダナを巻いていない者は手を挙げてかがんで!、それ以外は問答無用で排除して!」
ミサトの声が、中央作戦司令室に響き渡る。その命令は非情ではあったが、この状況下では最善の手であった。正規兵たちは、迷いを断ち切るように、その目つきを鋭くする。彼らの目の前には、依然として無表情で銃を乱射する「兵士」たちがいる。もはや彼らは、かつての同僚ではなく、ただの「敵」として認識される。
「目標、射線クリア!撃て!」
躊躇なく放たれた銃弾が、「兵士」たちの胸を貫く。彼らは血を流しながらも、感情の欠片も見せず倒れていく。その光景はあまりにも異様で、正規職員たちの心を深く抉ったが、生き残るためには必要な行動だった。
ネルフ内部での戦闘は激化の一途を辿っていた。青いバンダナによる識別が導入されたことで、正規職員同士の誤射は劇的に減少した。しかし、「兵士」たちの数は圧倒的であり、彼らの統制された動きは、訓練された軍隊を凌駕していた。
くそっ、ベークライト注入急げ!第三区画、急行班はまだか!?」日向マコトの声が焦りを帯びる。
各所で青いバンダナを巻いた正規職員たちが、必死の抵抗を続けていた。しかし、「兵士」たちの圧倒的な物量と、寸分違わぬ統制の取れた動きの前に、次々と倒れていく。彼らは痛みも、恐怖も、一切感じないかのように、ひたすらNERV中枢へと侵攻を続ける。
「こちら管制室!地下区画への侵入を確認!第三格納庫が危ない!」
「くそっ、次から次へと…!司令部直下への侵攻を阻止しろ!」
阿鼻叫喚の中、青葉シゲルがモニターを凝視する。
「外部からの情報も途絶。まるで、世界から切り離されたみたいだ…!」
その時、広域モニターの映像が再び切り替わった。「…なぜ!……どうしてMark.06が動いているの!」
ミサトの絶叫のその先、画面の奥で暗い巨人が、静かに胎動していた。
――――――
『次回予告』
かつての世界で見た、地獄の光景。
カナメの予感は、現実のものとなろうとしていた。
味方が敵となり、街が戦場と化す。
だが、彼は抗う。この世界で、生きていけるように
次回「えあー」
ここからは空白の14年になります。自己完結、自己解釈、使徒の改変行います。まああり得た形の一つの姿ととらえてくれればいいなと思います。あと、たぶん遅れます
進捗によって次回予告の内容変えます