エヴァンゲリオンAnotherWorld   作:時雨光多

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第弐拾四話 死に至る病とは絶望である

その頃、ネルフ本部の地下深く、ターミナルドグマ。 磔にされたリリスが、ゆっくりと動き出した。周囲を満たしていた静寂が、不気味な震動に変わる。 リリスの巨大な十字架が軋みを上げ、その白い肌にひび割れが走った。まるで、数千年の眠りから無理やり目覚めさせられたかのように、その巨体から鈍い音が響き渡る。 そして、その相貌に、ぼんやりと赤い光がともった。それは、まるで死者の魂が宿ったかのような、不気味で邪悪な輝きだった。

 

「ガフの扉が開く…!?」

 

司令室のモニターに映し出されたその光景に、リツコが絶句する。 リリスの頭上に、虹色の光が、まるでガラスがきしむかのような不快な音を立てて、上空へと広がっていく。その光は、ネルフ本部の天井を突き破り、第三新東京市の空へと拡大していく。それは、宇宙の秩序を乱し、新たな世界を創造しようとする儀式の始まりを告げていた。

 

「なんだ…!空が……!」

 

青葉の声が震える。

 

「Mark.06!やはりあの機体は…あの少年はゼーレの…!!」

 

ミサトの叫びは、虚しく響いた。先の戦闘中に姿を現したMark.06、あれが彼女には世界を終わらせるに足る行動を起こしたのだと、Mark.06がリリスに接触し、世界を終わらせようとしているのだと確信していた。 その時、司令室のモニターにノイズが走り、加持リョウジの顔が映し出された。

 

「ミサト!落ち着け。あれは敵じゃない…」

 

「加持君!? なんで…」

 

ミサトは驚愕した。加持が、この緊迫した状況下で、なぜここにいるのか。

 

「いいから聞け。あれは、人類を滅ぼそうとしているわけじゃない。サードインパクトを、止めるために動いているんだ」

 

加持の言葉に、ミサトは絶句した。

 

「そんな…!それが、どうして…!」

 

「ああ見えても、あれは味方…みたいなもんだ」

 

加持は、ミサトの困惑に構わずMark.06をモニターに映した。

 

「リリスを求めるためにじゃあない。リリスを止めるために、儀式を完了させようとしているんだ。ゲンドウのシナリオを、ぶち壊すために」

 

加持は、ミサトに一言告げると、通信をカヲルへと切り替えた。

 

「まあ俺よりは彼のほうが詳しいだろう。任せます、渚司令」

 

加持はそう言い放つと、モニターから姿を消した。 再びカヲルの顔がモニターに映し出される。彼の表情は、先ほどと変わらず穏やかだった。

 

「リョウちゃんはやることがあるしね。それよりも、こちらの話をしようか」

 

カヲルは、そう告げると、静かに微笑んだ。その微笑みは、絶望の淵に立たされたミサトたちにとって、一筋の希望の光のようにも、あるいは、より深い謎の始まりのようにも見えた。

 

「ゼーレのシナリオ、リリンの言うサードインパクトは、本来は真の神となりえるMark.06が、リリスと融合することをもって行うはずだった。でも、僕が彼らから離反したことで、彼らは急遽、計画を変更せざるを得なくなった。彼らの計画より増強された戦力、そして君たちの思わぬ抵抗も、彼らの焦りを煽っただろう」

 

カヲルは淡々と語る。その言葉は、ネルフを襲った一連の混乱の謎を解き明かす鍵だった。

 

「だから、彼らは不完全な形ではあるが、リリスを復活させた。そして、彼らの手中にあるアダムスと融合させ、その儀式をもって世界を浄化しようとしている。もっともそれは本意ではないだろうけれどね。この次に起こるのはなにか、もう気づいているんじゃないかい?」

 

カヲルの言葉に、ミサトの頭の中で、全ての点と点が繋がった。このタイミングでの強襲、いや、久保の大きい前哨戦とでもいうべきか、二の次には本命が来るはず。それも、ミサトたちの創造の斜め上を行くような……

ミサトは、弾かれたように顔を上げた。

 

「碇指令の妨害に備えて!全パイロットに告ぐ!何かが出現する可能性が高いわ!全員、戦闘態勢を維持し、いつでも出撃できるようにしておいて!」

 

ミサトの焦燥した声が、司令室に響き渡る。彼女の目には、既に次の戦いの光景が映っていた。しかし……

 

「聞いてるの!?あなたたち?」

 

ミサトの怒声にも近い焦燥した声が、エントリープラグ内に響き渡る。 その声の先、パイロットたちは四者四様の反応だった。 シンジは、ただ何も言わず、操縦桿を握りしめていた。彼の頭の中は、先ほどの「兵士」たちの光景でいっぱいだった。彼らが自ら首を落とし、そしてその顔が綾波と同じだったという事実が、彼の心を深く抉っていた。何も言えない。何も考えられない。ただ、身体が震えていた。

 

「…聞いてるわよ、ミサト」

 

アスカは、いつものように冷静な声で答えた。だが、その声には、僅かながら動揺が滲んでいた。彼女もまた、あの光景を目の当たりにし、言い知れぬ恐怖と、そして怒りを感じていた。しかし、彼女はそれを決して表に出さなかった。

 

「はい。了解」

 

レイは、いつもと変わらない、淡々とした声で答えた。だが、その胸の奥には、わずかな波紋が広がっていた。

(……私は、何?)

彼女は、自分の顔をした「兵士」たちが、何の感情もなく、ただ命令に従って死んでいく光景を思い出す。それは、まるで自分自身の姿を見ているかのようだった。しかし、同時に、彼女の中には、彼らとは異なる何かが存在しているという確信があった。

 

「……はい、了解」

 

レイは、もう一度、誰もいないエントリープラグの中で呟いた。その声には、微かな戸惑いが混じっていた。

 

「……はい!了解です!」

 

カナメは、震える声で返事をした。彼もまた、あの光景に胸を締め付けられるような痛みを感じていた。しかし、彼は、この戦いを止めるという強い意志を持っていた。彼は、過去に見た惨劇を繰り返すまいと、自らを奮い立たせていた。

四人のパイロットは、それぞれに複雑な感情を抱えながら、新たな戦いの始まりに備えていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 

「これで…いいワケね。ところで渚司令、聞かせて。あのMark.06は何をするつもりなの…?」

 

ミサトは、カヲルに鋭く向き直った。彼女の脳裏には、カヲルの「真の神となりえる」という言葉と、加持の「サードインパクトを止める」という言葉が渦巻いていた。ゼーレの手にあったはずのその機体が、なぜ突然、このタイミングで動き出したのか。そして、その目的とは一体何なのか。

カヲルは、ミサトの問いかけに、静かに微笑んだ。

 

「サードインパクトを終わらせるのは単純な話だ。彼らに主導権を握られる前に、こちらでリリスを殺してしまえばいい。成功するかどうかは僕にも分らない、だけれど、理を超えるには理を壊すしか道はない」

 

カヲルの言葉に、ミサトは虚を突かれた。というよりも、もっと根源的な疑問だった。

 

「リリスを殺すことなんて、そんな簡単に言えるものなの…!? できないから、あの場所で幽閉されているんじゃないの!?」

 

ミサトの悲痛な叫びに、カヲルは静かに首を振った。

 

「その通りだよ、葛城一佐。リリスはこの世界の『神』だからね。純粋なる神を殺すことは、そう容易いことじゃない。それに神とリリンの交わした古からの契約もある」

 

カヲルの声は、どこまでも穏やかだった。

 

「老人たちの筋書きはこうだ。10体の使徒を倒し、『三つの儀式』を行うことで、契約は果たされる。人類の人工進化、古の生命体を贄とし、生命の実を与えた悠久を生きる新たな生命体を作り出すために。それが彼らが望む、理想の世界だ」

 

カヲルは、虚空を見つめるように目を細めた。

 

「けれど、君たちはそれを良しとしない。なら、彼らに主導権を握られる前に、この儀式を終わらせる必要がある。純然たる『神座』を侵し、神をこの地上に堕とす。その時に、この儀式を終わらせる行動をとることができるはずだ。」

ミサトは、息をすることすら忘れて、カヲルの言葉に聞き入っていた。

 

「どうやって…!何をすればいいの!?」

 

ミサトの声はかすかに震えていた。きっと押し寄せる膨大な情報の渦に飲まれかけているのだろう。カヲルは、そんなミサトの問いに、静かに微笑んだ。

 

「神を殺すには、神を殺すための神器が必要だ。それも、二つね。一つは、地下に眠るロンギヌスの槍。そしてもう一つは、今冒涜者たろうとしている、Mark.06の手に握られているカシウスの槍……その二つの槍が必要だ。」

 

カヲルの言葉に、ミサトは絶句した。聖槍、二対のそれが神を殺す唯一の手段。

 

 

「神を殺すには、二つの槍を扱うに足る二つの魂が必要なんだ。一つの魂で儀式を強行すれば、それは未曾有の破綻を生む。だから、あと一人…槍を扱えるものが必要だ。だけれど...大きすぎる力には代償が伴う。」

 

「…代償…?」

 

ミサトは、カヲルの言葉に息をのんだ。彼の声は、どこか遠く、底知れぬ深淵を覗き込むような響きを帯びていた。

 

「ああ、代償だよ。神殺しという行為に、何の代償も払わないとでも思っていたのかい? それは、生贄とさえ言えるだろう。純粋な神を消し去るという行為、その代償として、それを成した生命がどうなるか、僕にも分からない…」

 

カヲルは、虚空を見つめ、静かに呟いた。

 

「もしかしたら、その代わりとして、新たな神が生まれるのかもしれない。あるいは、何もかもが虚無に帰すのかもしれない。だが、それも…」

 

カヲルの言葉はそこで途切れた。彼は、再びミサトの目を見つめ、静かに微笑んだ。その微笑みは、絶望の淵に立たされたミサトたちにとって、一筋の希望の光のようにも、あるいは、より深い謎の始まりのようにも見えた。

 

「いや。それでも、僕たちはこの儀式を終わらせなければならない。それが、現状で一番碇君や君たちが幸せになる方法だと思うからね…」

 

カヲルは、ミサトの目を見つめ、静かにそう告げた。槍を使う代償。使用者の安否は不明。それを誰に任せたらいいのか。彼の言葉は、人類の運命を賭けた究極の選択を、ミサトに迫るものだった。

――――――

 

『次回予告』

リリスの覚醒。ガフの扉の開帳。そして、Mark.06の介入によるサードインパクト阻止の試み。

全てが、ゼーレとゲンドウ、それぞれの思惑を超えて、加速する。

 

事態は、加持リョウジ、そして渚カヲルの通信により、新たな局面を迎える。

「サードインパクトを、止めるために動いている」

「神を殺すには、ロンギヌスの槍とカシウスの槍、二つの神器が必要だ」

神殺しの代償、そして、その任を負う二つの魂。人類の運命は、究極の選択をミサトに迫る。

 

その選択の猶予を許すことなく、ネルフ本部に迫る黒い影!果たしてこの物語の先にあるものは…

 

次回「絶望とは罪である」

 

 

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