カナメは、焦燥していた。目の前で起きた光景、綾波レイの自害。綾波レイが碇ユイのクローンであることは知っていた。しかし、最初の人間の見た目であった彼らを殺し、彼らがこの物語の見知ったヒロインの顔になり目の前で自害したという状況に、心はいっぱいいっぱいだった。
カナメは、震える手で操縦桿を握りしめていた。エントリープラグ内は、窒息しそうなほどの静寂に包まれている。だが、彼の耳には、つい先ほどまで響いていた、あの絶叫と、鈍い破砕音が、焼き付いたようにこだましていた。
綾波レイの自害。
その光景が、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、
……彼の脳裏を駆け巡る。彼らの顔は、見慣れたヒロインの顔だった。あれは綾波レイではない、わかってはいても、心が受け付けない。
カナメは、綾波レイが碇ユイのクローンであることを知っていた。 人間ではないことも知っている、が、現実で彼女と接し、会話し、共に戦うことで助けられた彼女を模したものの衝撃的な姿に、心が、えぐられる。
カナメの頭の中は、巨大な渦に飲み込まれていた。 僕は何のために戦っているんだ? 目の前で起きたのは、英雄的な死なんかじゃない。 ただ、静かに、命令に従って死んでいく、無感情な「モノ」の姿だ。 彼らは、僕と同じ人間じゃない。 わかっているが心が受け付けてくれない。 この戦いの果てに、僕に待っているのは、ただの死なのか? それとも、希望なのか?
カナメの視界は、ぼやけていた。 操縦桿を握る手から、力が抜け落ちていく。 もう、何も考えたくない。 何も感じたくない。 ただ、このまま、この場所に、永遠に閉じ込められていたい。
その時、エントリープラグに、ミサトの焦燥した声が響き渡った。
「聞いてるの!?あなたたち!?」
ミサトの怒声にも近い声が、彼の意識を現実に引き戻す。 そうだ。 僕には、やるべきことがある。 僕は、この戦いを終わらせなければならない。 この悲劇を、僕らで、終わらせなければならない。
カナメは、再び、操縦桿を強く握りしめた。 彼の心の中で、迷いと葛藤が、まだ渦巻いている。 だが、その心の中には、一つの確信が芽生えていた。
「…はい!了解です!」
カナメの声は、震えていた。しかし、その声には、微かな決意が宿っていた。 僕は、この戦いを、止める。 僕自身の、この手で。
カナメの声は、震えていた。しかし、その声には、微かな決意が宿っていた。 僕は、この戦いを、止める。 僕自身の、この手で。
カナメが操縦桿を強く握りしめた瞬間、エントリープラグの静寂を切り裂いて、司令部のオペレーターたちの悲鳴と警報が轟いた。
「高エネルギー反応!ガネルフ本部頭上に新たなマテリアルが出現!急激に降下してきます!」
「波形、解析します!……ッ!!?このパターンはッ!セカンドインパクト時に見られた波形と非常に酷似しています!!ありえないッ!!」
彼のメインモニターの視界が、一瞬にして上空からの映像に切り替わる。第三新東京市の地盤亀裂から、次々と黒い影が引きずり出されてくるのが見えた。
それは、四体の巨人だった。
エヴァの骨格に似た輪郭を持ちながら、装甲は未完成で、黒い素体の上を赤黒い肉のようなものが覆っている。まるで、急造されたか、あるいは、魂を宿す器として最低限の形だけを与えられた「モノ」。彼らが戦ってきたエヴァという兵器の、無機質で恐ろしい原型がそこにあった。
「な、なんだ、あれは……まるで、南極の!?」青葉の声が震えている。
「あれが、碇指令の用意した『アダムスの器』…彼の言った通り、どうやらここで事を起こすつもりね……」
リツコがそう分析する。
脳裏で、カヲルの言葉が蘇る。
――「彼らは焦っているみたいだね。予定とは異なる儀式が始まってしまったみたいだ」。
(予定外の儀式……四体の器。シンジ、アスカ、レイ、そして僕……四人のパイロットに合わせて用意されていたのか!)
カナメの視界を、四体の黒い巨人が埋め尽くす。彼らは、空中で一切の無駄なく隊列を組み、四機のEVAへと一直線に向かってきた。その統率された動きには、先ほどの綾波の顔をした兵士たちと同じ、意思のない、冷酷な正確さがあった。
「全パイロットに告ぐ!目標、アダムスの器四機!各機、奴らをリリスに近づけないで!!」
ミサトの焦燥した声が響く。
カナメは、考える間もなく操縦桿を力強く押し込んだ。機体の加速に伴い、内蔵されたプログレッシブナイフの展開音がエントリープラグ内に響く。
「ATフィールド展開!」
彼の身体の奥底から湧き上がる「拒絶」の感情が、エヴァの機体を突き動かした。目の前の敵は、無感情に死んでいった者たちと同じ、誰かに利用されるために存在する「モノ」。その存在そのものが、カナメの心に刻まれた痛みを刺激する。
「サードインパクトは起こさせやしないッ!!」
カナメは、自らの叫びを、外部に放つことも忘れ、3号機を敵に向かって突っ込ませた。彼の震えは止まらない。だが、その震えは、恐怖ではなく、自らの運命を、そして仲間の運命を力ずくで変えようとする決意から来る、制御不能なエネルギーだった。
彼のエヴァが加速するのと同じく、四体の「アダムスの器」も、一切の予備動作なく、急激な速度で、一瞬にしてカナメたちの眼前に迫りつつあった。
四機の黒い巨体は、文字通り「急激」に距離を詰めた。まるで、空間そのものを折り畳んだかのような、生理的な嫌悪感を催す移動だった。彼らはエヴァのように歩行や滑空をするのではなく、ただヌルリと、視界の遠方からカナメの眼前へと「湧き出した」のだ。
「う、わぁ……!」
カナメは思わず声を漏らした。目の前に現れた「アダムスの器」は、その黒い肉塊のような素体に、無数の血管や神経のような赤黒い線が浮き上がり、不規則に蠢いていた。それは、生物的な動きというよりは、肉が意思もなく勝手に痙攣しているような、見てはいけないものを見た感覚。
「ヒッ……!」
カナメの全身が粟立つ。彼らが持つプログレッシブ・ナイフや、シンジが構えるパレットライフルは、その異形の動きの前では、ただのオモチャに見えた。
「各機、目標が至近距離!これ以上、距離は取れない!迎撃!」ミサトの叫びが、司令室の混乱を押し殺すように響く。
カナメは、反射的に3号機の右手に持ったプログレッシブ・ナイフを振り上げた。恐怖と嫌悪が、彼の全身の筋肉を硬直させようとする。
(この動き……まるで、糸が切れた後の、あのレイの顔をした人形の残滓だ!)
あの自害の光景が、再び彼の脳裏を支配する。この「器」たちもまた、誰かの意志によって動かされているだけの「モノ」。カナメは、自分自身の存在を証明するかのように、ナイフを眼前の異形に叩きつけた。
シンジの初号機は、一歩も引かず、眼前に迫った別の「器」にパレットライフルを連射していた。彼の顔は蒼白だが、操縦桿を握る手には、力が宿っていた。
(また、僕がやらなきゃいけないんだ。みんなが、ミサトさんが、僕を必要としているから。……でも、僕は、もうだれかが死ぬのを見たくない……)
シンジは葛藤を押し殺し、トリガーを引き続ける。ライフル弾は、異形の肉体に浅い傷をつけるが、致命的な一撃にはならない。
アスカの2号機は、その異様な接近速度にも動じることなく、獰猛な笑みを浮かべていた。恐怖を無視する、彼女の傲慢さが爆発する。
「近づきすぎよ、デクの棒どもが!まとめて燃やし尽くしてやるわ!」
彼女は2号機の左手から高速振動するプログレッシブ・ナイフを繰り出し、横から襲いかかってきた「器」の一体の胸部に、躊躇なく突き立てた。
ブブブブブッ……! 異形の素体から、赤黒い液体が飛び散る。
レイの零号機は、その場から動かず、眼前に迫る四体目、つまり他の三体からやや離れて飛行していた一体の「器」を見つめていた。彼女の瞳は、まるで虚空を覗き込むように無感情だ。
(彼らもまた、私と同じ......器。けれど、私には意志がある。彼らには、それがない)
レイは、自身の中にある「個」の感情と、目の前の「モノ」との違いを測るように、静かにガトリング砲を構え、正確無比な射撃で「器」の動きを封じようとした。
ブブブブブッ……! 異形の素体から、赤黒い液体が飛び散る。
レイの零号機改は、その場から動かず、眼前に迫る四体目、つまり他の三体からやや離れて飛行していた一体の「器」を見つめていた。彼女の瞳は、まるで虚空を覗き込むように無感情だ。
(彼らもまた、私と同じ……器。けれど、私には意志がある。彼らには、それがない)
レイは、自身の中にある「個」の感情と、目の前の「モノ」との違いを測るように、静かにガトリング砲を構え、正確無比な射撃で「器」の動きを封じようとした。
ドドド...と砲身がうなりを上げガトリング砲が火を噴く。排莢される数と同じだけレイの射撃は、四体目の「器」の胸部、黒い肉が薄くなっている部分に命中した。弾丸は、肉を抉り、その奥にある赤黒いコアらしき箇所を露わにする。
「レイ、コアに命中!反応が低下しています!」
日向の声に、わずかな安堵が滲む。
その瞬間、四体目の「器」の動きが、ぴたりと止まった。
しかし、それは勝利の沈黙ではなかった。異形の巨体は、まるでプログラムにバグが生じたかのように、ジジ……ジジ……と不快なノイズのような音を立て、全身が薄気味悪い赤色に染まり始めた。
「嘘……!全身がコア!?」
リツコが驚愕に目を見開く。
レイの瞳に、微かな緊張が走った。赤く染まった「器」は、文字通り全身から青白い光を放ち、一瞬で全ての損傷を再生させた。先ほどコアがあった一点を破壊しても意味がない。それは、生命の根源そのものを全身に宿した、完全な再生体だった。
再生を完了させた四体目の「器」は、先ほどよりもさらに速く、零号機のA.T.フィールドに突進してきた。キィィィィン、バキッ!!
レイが展開したA.T.フィールドは、異形の侵食を受け、悲鳴を上げて崩壊した。
四体目の「器」の黒い腕が、零号機を力任せに掴む。拘束されたレイの視界に、赤く脈打つ異形の肉が迫る。彼女は、静かにガトリング砲を捨てた。この敵に通常の火器は意味がない。
レイは、拘束から逃れず、逆に零号機のウェポンラックを異形の巨体に押し付けた。そして、肩部ウェポンラックに装備したニードルランチャーを、拘束されている状況から、異形の胸部にゼロ距離で叩き込んだ。
シュウウウウウウッ……!
ニードルが、赤く脈打つ肉塊を貫く。侵食しようとしていた異形の肉が、うごめきを弱らせる。
しかし、その硬直はわずか一秒にも満たなかった。「器」の全身コアが、内部から異常な高熱を発し、瞬時に負傷部を蒸発させ、赤黒い肉がさらに激しく脈動し始めた。
「ダメだ!レイの攻撃が全く効いていない!再生が速すぎる!」
日向の報告は、絶望的だった。
四体目の「器」は、ニードルランチャーの攻撃を無効化するや否や、零号機への拘束の力を再び強めた。黒い肉が零号機の装甲を侵食し、エントリープラグ内に「侵食深度、限界」の赤色警告が鳴り響く。
「レイ!シンジ君が来るまで持ちこたえて!」
ミサトの焦燥した声が響く中、零号機のVPUが、突然の電源喪失を示すように、完全に暗転した。
「零号機、活動停止!パイロットの応答もありません!」
マヤが叫ぶ。
四体目の「器」は、完全に沈黙した獲物を前に、その醜悪な肉塊を脈動させ、勝利を確信したかのように、他の三体へと視線を向けた。
「くそっ、レイが……!」
カナメの3号機は、一体目の「器」の拘束から強引に脱出した後、一体目の「器」と距離を取りながら、アスカの援護に向かうべく高速で滑走していた。彼は、レイの沈黙に、激しい焦燥感を覚えた。
(僕が、ここで引くけにはいかない!レイが、シンジくんが、アスカが戦ってるのに!)
カナメの目の前では、アスカの2号機が、二体の「器」の猛攻を受け、既に右腕の装甲を大きく削られていた。
「カナメ!あたし一人でこっちは平気よ!」
アスカが叫ぶ。
ミサトの声がエントリープラグに響く。
「カナメ君!あなたは一体目の器を!それがあなたの任務よ!」
カナメは、命令を無視した。彼は、自身が持つパレットライフルを一体目の「器」に向け、後退しながら連射した。
「ミサトさん、僕は誰にも死んでほしくない!この戦いを終わらせるには、まずお互いに補助し合うしかないんです!」
カナメは、後退するシンジたちと、追撃する四体の「器」の間に入り込むように、3号機の全火力を一体目の「器」と、二体目の「器」へと分散させた。
「綾波を離せぇぇ!」
シンジの初号機は、沈黙した零号機を両腕で抱え上げ、背後に庇った。四体目の「器」が、沈黙した零号機を奪い返そうと、再び猛スピードで突進してきた。
「ATフィールド、全開!」
シンジの咆哮と共に、初号機から爆発的なA.T.フィールドの波動が放たれた。この極限の力は、四体目の「器」を再び押し返すことに成功した。
「シンジ君、今のうちに!後退!」
ミサトの緊急指令が下る。
アスカの2号機も、カナメの援護を受けながら、二体目と三体目の「器」にニードルガンを連射し、機体を反転させた。
四体の「アダムスの器」は、その圧倒的な再生力と不気味なスピードで、三機のエヴァに間合いを詰めてくる。シンジ、アスカ、カナメは、動かない零号機を守るように、第三新東京市の瓦礫の中を、徐々に、しかし確実に、退き始めた。
彼らの背後には、彼らが守るべきネルフ本部が聳え立っている。そして、その地下では、儀式が刻一刻と進行していた。
(僕たちは、いつまで、この終わりなき戦いを続けられるんだ?)カナメの全身に、絶望的な疲弊感が押し寄せていた。最終防衛線は、すぐそこまで迫っていた。
――――――
『次回予告』
迫るタイムリミット、決断の時。その先に来たる終焉は――――
次回「来たる終焉の中で」