「もう一歩も下がれないわ!そこは最終防衛ラインよ!」
ミサトの声が、絶望的な警告を放つ
司令室の赤い警告灯が、彼女の焦燥を際立たせる。モニターには、最終防衛ラインを示す赤いマーカーが点滅していた。
初号機は、依然として動かない大破状態の零号機を両腕で抱え、四体目のアダムスの器からの猛攻をA.T.フィールドで耐え続けていた。シンジの顔は蒼白だ。
「ダメだ、A.T.フィールドが持たない……!このままじゃ、僕まで……!」
アスカの2号機は、既に外部電源を喪失し、内部電源での稼働限界に近づいていた。残された武器はナイフ一本。彼女は、二体目の器の攻撃を紙一重でかわし、激しい息を吐く。
「ハァッ……ハァッ……っざけんじゃないわよ、このバカども!いつまで出てくるのよ!」
そして、カナメの3号機が、三体目の器に両腕を掴まれ、背後へと、凄まじい力で引きずられた。
「うわあああ!」
肉塊のような腕が3号機の右腕を掴み、そのまま勢いよく地面に叩きつけられる。ガアアアアアン!! エントリープラグ内を激しい衝撃が襲い、カナメの意識が一瞬途切れる。機体が地面に引きずられた衝撃で、3号機に繋がれたアンビリカルケーブルが、火花と断線ノイズを散らして引きちぎられた。
「3号機、外部電源喪失!内部電内部電源に切り替わります!カナメ君、応答を!」
マヤの悲鳴が響く。
「くそっ……あ、ああ……内部電源……」
カナメは全身の震えを抑え込む。メインモニターの電源残量表示は、既にカウントダウンを始めていた。
彼は、残されたわずかな力で、目の前の器をプログレッシブ・ナイフで切り裂く。だが、その傷は瞬時に再生した。
「多勢に無勢だ…… 僕らがいくら切り刻んでも、向こうは無限に再生する……」カナメは諦観に心を揺さぶられた。
(こちらばかり疲弊していく!このままでは、時間切れだ!僕たちは、あと何分耐えられる!?)
四体の器の猛攻は止まらない。彼らの無機質で冷酷な殺意は、パイロットたちの心身を極限まで追い詰めた。彼らの敗北は、すぐそこだった。
ミサトは、自身の端末を握りしめ、覚悟を決めた。
「全パイロットに告ぐ……!零号機を放棄!全戦力を、本部の守備に集中…」
彼女が非情な命令を下そうとした、その瞬間。
ネルフ本部の上空、ガフの扉のさらに奥から、光を割いて新たな機体が降下してきた。
その機体は、まるでMark.06の面影を残しながらも、紫紺の装甲を纏い、より有機的なシルエットを持つ、異形のエヴァだった。その背後には、巨大な光の環が生成され、神々しい輝きを放っていた。
「高エネルギー反応!アダムスの器と同様の反応です!…いや、これはエヴァ!?未確認機体です!」
日向が驚愕に叫ぶ。
「な、なんだ、あのエヴァ……!?」
シンジは、警戒しながら零号機を庇う手を緩めない。
カナメは、自身のメインモニターに映し出されたその機体の姿に、言葉を失った。
「あのエヴァ…なんなんだこの感覚……そして、あの……光の環!?」
その正体不明の機体は、四体の器の群れを切り裂くように突進し、大破した零号機と四体の器の中央の空間へと、機体そのものを割り込ませた。直後、未確認のエヴァの周囲から、強大な圧力が展開された。それは、四体の器を一瞬で押し戻し、彼らの肉塊に亀裂を走らせるほどの、異様な圧力だった。
「なっ……磁場グラフが異常に高い!しかも、あの光の環が、機体の出力をブーストさせている!」リツコが驚愕に叫ぶ。
「敵!敵よ!総員、迎撃態勢!」
ミサトは即座に命令を下した。
カナメは、3号機の残された力を振り絞り、ナイフを構える。眼前の器たちだけでなく、この正体不明のエヴァも、警戒対象となった。
混乱するパイロットたちと司令部に、突然、外部回線が開いたことを示すノイズが響き渡る。
「回線が開きました!不明なチャンネルです!」
マヤが報告する。
その直後、軽薄だが芯のある声が、全員のエントリープラグ内に響き渡った。
「へっ、派手にやってるじゃにゃいの、みんな!あたしが来るまで、よく耐えたわね!」
「この声……!?」
ミサトが驚愕する。
「やあ、葛城一佐。そして、ごきげんよう、エヴァ・チルドレンのみんな!あたしは真希波・マリ・イラストリアス。見ての通り、これが新しいエヴァ八号機よ。ちょっと派手すぎたかにゃあ?」
マリは、周囲の警戒を一切気にしない調子で語りかける。
ミサトは怒鳴った。
「マリ!なぜあなたがここに!そして、その八号機!?ネルフの正式な機体ではないわね!」
マリの声が、一瞬の沈黙を破って、冷徹な響きを帯びた。
「そう、この子を造ったのは、ゼーレ。地下で碇司令が今、とんでもないことを画策しているのは知ってるわね?この八号機なら損耗も気にせずにあいつらと戦うことができる!だから、態勢を立て直してきて!!」
八号機の周囲の圧力がさらに高まり、四体の器はついに、完全に押し止められた。マリは、彼らの前に立つ巨大な防壁となったのだ。
カナメは、マリの言葉に半信半疑ながらも、3号機の残り少ないバッテリー残量と、全身を襲う疲労を悟った。この八号機の介入は、まさに天の助けだった。
「シンジ君、アスカ、カナメ君!マリの言う通りよ!本部へ一旦後退!すぐに再出撃の準備を急いで!」
ミサトは、即座に状況を判断し、生存を優先した命令を下した。
マリの八号機が、最終防衛ラインを単独で護る。その間に、エヴァ・チルドレンたちは、決戦の準備に入るしかなかった。
◇ ◇ ◇
ミサトは、言葉を重く受け止め、絶望と希望の間で深く思案していた。
二本の槍、そして二つの魂。地下で何が起こっているのか、正確な情報はない。だが、Mark.06がリリスと対峙し、リリスが動き出したのは事実。これはゼーレや碇ゲンドウの計画を阻止する計画が最終段階に入ったことを示している。この計画を阻止するには、二つの槍を用いる「神殺し」しか道はない。
それは、生贄を選ぶことに等しい。
「二つの槍……二つの魂……。そして、生贄になるかもしれない執行者……」
ミサトは、額を押さえて呻いた。
司令室の静寂の中、彼女の脳裏には、シンジ、アスカ、レイ、カナメ、退却させた四人の子供たちの顔が浮かび上がる。彼らの命を守るために後退させた。だが、今、彼らの中から、神殺しの代償を払う者を選ばなければならない。
「リツコ……」
ミサトは、憔悴しきった表情で親友を見上げた。
「地下の状況を再確認して。Mark.06は誰が乗っているの?そして、あのカシウスの槍は?」
「地下のターミナルドグマを解析。Mark.06は、カシウスの槍を構え、リリスと対峙しているようね。コックピットからの生命反応は確認できないから、ダミーシステムを使用しているみたいね。機体は、まるで意思を持ったかのように自律駆動している。そして、リリスに刺さっていたロンギヌスの槍は、抜け落ちてリリスのすぐ傍に横たわっているわ」リツコの声も緊張に固まっていた。
Mark.06が無人で動いている――。
「槍を扱うには魂が必要なはずじゃ……」
ミサトは、自らの聞いた槍の制約と、眼前の状況との矛盾に、混乱を深めた。
その時、再び司令室のモニターにノイズが走り、カヲルの顔が映し出された。
「葛城一佐。説明が遅れてごめんね」
ミサトは怒りに震えた。
「渚指令!あなた、なぜ……」
カヲルは、静かに言葉を継いだ。
「Mark.06のメインシステムは、第12使徒を組み込んで、自立型に改造されている。だけどどうか安心してほしい。その使徒の意思は、もうすでにない。ただ、槍を使わせるためだけに、魂を保持したまま自立型に改造されているだけだからね」
カヲルの言葉は、Mark.06がもはや兵器ですらなく、儀式のためだけに用意された道具であることを示していた。魂が宿る使徒を無人機に変えるという、恐るべき所業。
「だから、Mark.06はカシウスの槍を扱う一つ目の魂の役割を果たせる。残るは、ロンギヌスの槍を扱う、二人目の魂……」
ミサトの目線が、モニターに映るリリスの傍に横たわる黒く禍々しいロンギヌスの槍に注がれた。
その時、八号機から、マリの切羽詰まった声が、再び回線を通して響いた。
「ねぇ、葛城一佐!そろそろ限界よ!この子の力、あいつらに押し返されそう!早く次の手を教えてくれないと、あたし、ロストしちゃうかも!」
ミサトは、マリの切羽詰まった声に、思考を現実に引き戻された。マリの防衛が破られれば、四体の器は地下へ侵入し、すべてが終わる。
「ロンギヌスの槍を扱う機体は?そして、その生贄の役割を……誰に託すべきなの?」
ミサトは、人類の運命と、退却させた子供たちの命という、究極の選択を、今、この場で下さなければならなかった。
その決断を迫られる瞬間、司令室のメインスピーカーに、ハスキーな声が響き渡った。
「神を殺すための執行者は、子供たちじゃなくたっていいんだろ?」
その声と同時に、司令室のメインハッチが、内側から勢いよく開け放たれる。そこに立っていたのは、いつものようにスーツを着崩し、葉巻をくわえた加持リョウジだった。
「加持君! なんで……!?」
ミサトは、眼前の人物の登場に、信じられないといった表情で立ち上がった。
加持は、ミサトをまっすぐ見据える。
「エヴァに乗れる適格者は、子供だけとされている。だが、神殺しに必要なのは、エヴァのパイロット適性じゃない。槍を扱うに足る『魂』だ。その魂が、大人であるか子供であるか、渚指令は言わなかったはずだ……俺が、その務めを果たす」
ミサトは、息を飲んだ。
「加持君……!?何を言ってるの!第一、生身で地下に行けるはずがないわ!」
「ああ。だから、エヴァは必要ない。ルートは既に確保済みだ。必要なのは、ロンギヌスの槍をMark.06の近くまで極限の速度で運ぶ手段と、それを操作する者だけだ」
加持は、自らが用意した端末をリツコに投げ渡した。
「リっちゃん。VTOLジェットを用意してくれ。ロンギヌスの槍を機体の底部に固定する。そして、俺が槍をくくりつけたその機体を操縦し、地下のMark.06とリリスのいる場所へ、特攻する」
ミサトは、顔から血の気が引くのを感じた。
「特攻!?そんなの、自殺行為よ! ロンギヌスの槍の代償……あなたは命と引き換えに……」
加持の自己犠牲の決意は、ミサトの脳裏にあった「子供たちの生贄」という最悪の選択を、一瞬で吹き飛ばした。しかし、それは同時に、愛する者の命を懸けるという、個人的に最も重い選択を強いるものだった。
その時、八号機から、マリの切羽詰まった声が、再び回線を通して響いた。
「ねぇ、葛城一佐!そろそろ限界よ!この子のA.T.フィールドが、器どもに食い破られそう!早く次の手を教えてくれないと、あたし、ロストしちゃうかも!」
ミサトは、加持の顔と、モニターに映るマリの窮状を交互に見た。時間はない。
「リツコ!……VTOLジェットの準備を急いで!最も速く、地下ドグマへ到達可能なルートを計算しなさい!」ミサトの声は、震えながらも、決断の響きを帯びていた。
加持は、ミサトの肩にそっと手を置いた。
「俺は、命の使い道を知っている。この世界を、君たちのいる世界を残す。それが、俺の最期の仕事だ」
ミサトの目には、既に涙が滲んでいた。彼女は、人類の運命を加持リョウジの命に託すという、究極の決断を、今、この場で下さなければならなかった。
司令室の熱気と絶望が入り混じる中、ミサトは加持の決意をその胸に深く刻み込んだ。もはや逡巡している時間はない。彼女は、メイン通信回線を一気に開いた。
「全パイロットに告ぐ! 今、我々は最後の作戦に移る!」
ミサトの声は、震えながらも、司令官としての絶対の決断を響かせた。
加持は、既にVTOLジェットの格納庫へ向かうハッチへと走り出していた。彼に託された究極の務め。それを成功させるには、地上の防衛と地下に横たわる槍の確保が不可欠だ。
ミサトは、各パイロットのエントリープラグへ、具体的な指示を叩きつける。
「アスカは八号機の援護に回って!マリの防衛が破られれば、全てが終わる!奴らの群れを
絶対に地下に行かせてはならない!」
2号機のコックピットで、アスカが静かに頷いた。
「了解よ、ミサト。あの四つの肉塊、今度こそ木っ端微塵にしてやるわ!」
そして、ミサトは、最も過酷で、最も危険な任務を、残された二人の少年に託した。
「シンジ君とカナメ君!あなたたち二人は、ターミナルドグマへ向かって!ロンギヌスの槍は、加持君がVTOLで運ぶ!あなたたちの任務は、地下の槍を速やかに回収、VTOLに括り付けてリリスまでの道のりを確保して!」
初号機のエントリープラグ内で、シンジが息を飲んだ。
「加持さんが……?そんな、特攻なんて……!」
3号機のカナメは、ミサトの言葉の裏にある、加持の命を賭けた決意を悟った。自分たちの生贄になるはずだった役割を、彼が引き受けたのだ。
「地下ドグマは既に不安定。戦闘は最小限に!槍が届けば、全てが止められる!お願い、あとちょっとだけ頑張って!!」
ミサトの悲痛な叫びは、子供たちの命を守るために、愛する男の命を差し出すという、彼女の絶望的な決断の全てを物語っていた。
三機のエヴァは、それぞれの運命を背負い、再び戦場へと舞い戻る。
――――――
『次回予告』
「加持さんが……特攻……?」
全ては、あの悲痛な決意から始まった。
己の命を投げ打ち、世界を救うための「生贄」となった加持リョウジ。彼の最後の使命を継ぎ、カナメとシンジは本部地下ドグマへ、死を賭した降下を敢行する!
目標は、ロンギヌスの槍!
VTOLジェットの突入、そして、カナメの3号機は、轟音と衝撃の嵐の中で、加持の生命を無駄にしないため、必死に槍を抱きかかえる!
次回「愛するあなたへ。眠れ、安らかに」