エヴァンゲリオンAnotherWorld   作:時雨光多

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第弐拾七話 愛するあなたへ。眠れ、安らかに

カナメは、シートに身体を叩きつけられるような衝撃を感じながら、必死に頭を振った。

 

(加持さんが……特攻……?)

 

自分たち、子供たちが背負うはずだった「生贄」の役割を、あの飄々とした大人が、笑いながら引き受けたのだ。彼の命と引き換えに、自分たちは生き残る。その事実に、カナメの胃の腑が強く締め付けられた。

 

「うそだ……そんなの……!」

 

シンジの掠れた声が、回線越しに聞こえてくる。

 

「シンジ君、聞いているの!これは、命令よ!」

 

ミサトの怒号が、彼らの混乱を打ち消した。

 

「アスカ!八号機の援護!初号機、3号機は、本部地下ドグマへ最速で侵入!」

 

「……はい!了解です!」

 

カナメは、震える声で返事をした。考える時間はない。ミサトの命令を遂行することが、加持の決意を無駄にしない唯一の道だ。

3号機のメインモニターには、先ほどマリの八号機が防壁となった場所で、2号機が鮮やかなオレンジの軌跡を描きながら、四体の器の群れへと切り込んでいく姿が映った。

 

「くっ……アスカ、無茶するなよ!」

 

カナメは歯を食いしばる。

 

「カナメ、行くよ!」

 

シンジの初号機が、その巨体をねじり、本部地下へ通じる巨大な穴へと向かい始めた。

 

「うん!」

 

カナメは、3号機の再整備された全エネルギーを、脚部の駆動に注ぎ込んだ。VTOLジェットが地下ドグマへ到達するまでに、自分たちがやらなければならないことは山積みだ。

初号機と3号機の眼前が開け、地下へ延びる巨大な深淵が顔をのぞかせる。その本部地下への巨大なシャフト目掛け飛び込み、全速力で降下していく。機体のGに耐えながら、カナメは眼下を見据えた。地下の深淵から、リリスの覚醒に伴う不規則なエネルギーの波動が上がってくる。

 

「リツコさん!加持さんのVTOLは!?」

 

シンジが焦った声で尋ねる。

 

「既に発進しているわ!現在、本部上空からVTOLが急降下中!目標地点は、ターミナルドグマのロンギヌスの槍の真上よ!戦闘の影響で空間は不安定になっているわ!君たちは、VTOLの突入経路を確保しながら進んで!」

 

「了解!」

 

カナメは叫んだ。

3号機の機体が加速する。カナメの任務は、ロンギヌスの槍を回収し、それを加持リョウジが操縦するVTOLに括り付け、Mark.06の近くへ送り届けること。

ゴオオオオオ!

巨大な振動が、再びシャフト全体を襲った。リリスの動きが、地下の構造をさらに不安定にしている。

 

「くそっ!」

 

カナメは、目の前にあった巨大な鉄骨の残骸を、3号機の右腕のプログレッシブ・ナイフで瞬時に切り裂いた。破片が舞い、シャフトの底へと落ちていく。

 

「初号機、右ルート!俺が左からクリアする!」

 

「わかった!」

 

二機のエヴァは、一瞬の連携で崩落したデブリを処理し、VTOLのための直線的な突入経路を切り開いた。

そして、彼らの視界に、ターミナルドグマの巨大な空間が、鮮明に開けた。磔にされたリリスの巨体、カシウスの槍を構えて対峙するMark.06。そして、その足元には、神々しくも禍々しいロンギヌスの槍が横たわっている。

ドォォン!!

カナメの頭上遥か上空から、甲高いジェットエンジンの轟音と、空気の断裂音が響き渡った。VTOLジェットが、爆発的な速度で、彼らの開いた経路を目にも止まらぬ速さで降下してくる!

 

「来た!加持さんだ!」

 

シンジが叫んだ。

 

「リツコさん! 突入まで何秒!?」

 

「10秒! カナメ君、ロンギヌスの槍まで急いで!VTOLを機体で覆い、衝撃を吸収して!加持くんの命を、絶対に無駄にしないで!」

 

ミサトの悲痛な声が、通信を乗っ取るように響いた。

カナメの3号機は、ロンギヌスの槍へ向かって、最後の加速に入った。

 

(間に合え……!必ず、あなたを生かす!)

 

彼は、槍に到達するや否や、3号機の巨体で、ロンギヌスの槍を抱え込むように覆いかぶさった。カナメは、背後から迫るVTOLの轟音を、全身の骨で感じた。槍を固定する時間は、ゼロ。機体で槍を押し付けるしか、方法はない。

 

「うおおおおおおお!!」

 

カナメは、咆哮した。極限までの集中力を必要とするATフィールドの調整、VTOLジェットの機体を傷つけずに受け止めるための保護膜。展開、そして、その瞬間、VTOLジェットが、3号機の背中に、凄まじい衝撃と共に激突した。ジェットの轟音、金属の軋み、そして、リリスの覚醒による地下の震動が、カナメの意識を闇へと引きずり込もうとする。

ガキィィィィン!!

VTOLの機体が、ロンギヌスの槍を抱きかかえる3号機の右腕に、用意された拘束具でワイヤーを射出。そのワイヤーが槍の柄に、光速で固定されるのを、カナメは薄れゆく意識の中で確認した。

 

「VTOL、ロンギヌスの槍を固定!……加持君の生命反応は……!?」

 

リツコの声が、ノイズ混じりに響く。

VTOLジェットは、3号機の背中を蹴るようにして、Mark.06へ向かって加速。カナメは、槍とVTOLが3号機から切り離され、視界の奥へと飛び去っていくのを見送った。

残された3号機は、VTOLの激突の衝撃でダウン。カナメは、満身創痍の状態で、リリスの足元に崩れ落ちた。彼の意識は、限界に達していた。

 

(加持さん……!)

 

彼は、最後の力を振り絞って、VTOLの向かう先を見つめた。そこではMark.06とリリスの間で、神殺しの儀式が、今、始まろうとしていた。リリスの相貌に灯った赤い光がMark.06へと向けられ、その巨大な質量が、制御を欠いたまま、Mark.06へと迫る。

リリスは、その巨大な腕をMark.06へと向かって振り下ろした。それは、技術や意図を持たない純粋な衝動であり、ただ質量と勢いの暴力を頼りにした一撃だった。その軌道は予測不能で、自らの体躯すら持て余しているかのようだ。振り抜かれた腕は、Mark.06を捉えることなく、ターミナルドグマの壁を破壊の余波で叩き割った。

Mark.06は、カシウスの槍を攻撃の刃としては使わない。リリスの荒れ狂う巨腕が迫るたび、Mark.06は最小限の動作で、その鋭い槍の穂先を力の流れに滑り込ませた。

ズサッと鈍い音が響き、カシウスの槍はリリスの腕の関節近くを掠める。そのわずかな接触と誘導によって、リリスの持つ圧倒的な運動エネルギーは逸らされ、巨体は勢い余ってバランスを崩すような体勢になった。

リリスは、体勢を立て直そうと、不安定な足取りで移動する。その歩調は頼りなく、周囲の空間を不快な震動で満たした。

 

「Mark.06は、攻撃を躱しているんじゃない!リリスの破壊の力を、槍の誘導で意図的に分散させているんだわ!」

 

リツコが叫んだ。

 

「あの機体は、リリスを鎮めるために動いている!」

 

リリスは再び、両腕を混沌とした質量のまま振り回した。

だが、Mark.06は、まるで重力の流れを悟っているかのように、その攻撃をカシウスの槍の一点の力だけでいなし続けた。槍は、リリスの巨体が引き起こす無駄な運動を操り、リリスを疲弊させていく。

そして、そのMark.06の静謐な舞いの中へ、VTOLジェットが、爆発的な速度で突っ込んだ。

VTOLは、Mark.06の右肩をかすめるようにして、その機体全てを爆炎に変え、ロンギヌスの槍を放出した。

黒く禍々しいロンギヌスの槍は、加持リョウジの最後の意志を乗せ、カシウスの槍を構えるMark.06の眼前のリリスへと、力強く突き刺さった。

 

「ロンギヌスの槍、Mark.06の前方、リリス側腹部へ固定!……加持リョウジの生命反応……完全にロスト……」

 

リツコの報告は、儀式の成立への一歩を告げるとともに、非情な宣言でもあった。

 

「これで……!サードインパクトは止められる……!」

 

日向の顔にも安堵が広がるが、重苦しい空気は広がったままだった。

ミサトは、加持の死という重すぎる代償に打ちひしがれながらも、辛うじて口を開いた。

 

「リリスの状況は!?」

 

「リリスの動きが鈍化した。ロンギヌス槍によって、リリスの覚醒のプロセスが停止した……成功よ、ミサト!」

 

リツコが答えた。

カナメは、ダウンした3号機の中から、その光景を見ていた。リリスの荒れ狂う巨体が、まるで時が止まったかのように、動きを止めている。

 

(加持さん……!)

 

彼の命と引き換えに、確かに世界は救われた――その安堵が、カナメの心を満たしかけた、その時だった。

静寂の中、Mark.06が動いた。

リリスの側腹部にロンギヌスの槍が突き刺さり、覚醒のプロセスが停止しているのを確認したMark.06は、その両腕を振り上げ、手にしたカシウスの槍をリリスの首筋へと、容赦なく斬りつける一撃を放った。

ドスッという、生命体の組織を断ち切る鈍い音。まるで、巨人の首を刎ねるような、戦慄すべき光景だった。

リリスの巨大な頭部は、その一撃で胴体から分離し、重力に従って、ターミナルドグマの床へと崩れ落ちた。

Mark.06は、リリスの無力化を確認すると、今度はカシウスの槍をその胴体へと突き刺そうと構えた。この行動は、ゼーレの計画を阻止するための最後の処分に見えた。

しかし、神殺しの儀式は、僕らの計画通りには進まなかった。

リリスの胴体――首が刎ねられた、白い断面の切り口から、信じられない異変が起こった。

うねうねと断面が渦巻き、その断面から、無数の、細く、小さな手が、津波のように噴出した。それは、もはや生物の体液ではなく、白い生命の奔流だった。

 

「な、なんなのあれ!?」

 

マヤの悲鳴が司令室に響き渡る。

その無数の手は、まるで白い生物の雲のようにうごめき、Mark.06の青灰色の機体目掛けて襲いかかった。

Mark.06は、体勢を崩すことなくカシウスの槍でそれを払いのけようとするが、無数の手の奔流は止まらない。その手はMark.06の装甲に纏わりつき、機体全体を取り込もうと、異様な早さで覆い尽くし始めた。

 

「Mark.06、浸食されます!リリスの断面から、何らかの異物が噴出している!」

 

リツコの声が、驚愕に歪んだ。

カナメは、目の前の理解を超えた光景に、ただ戦慄した。ロンギヌスの槍によって覚醒を止められたはずのリリスが、今、新たな異形となって、Mark.06を飲み込もうとしている。

この神殺しは、まだ、終わっていない。

 

――――――

 

次回「死の浸食」

 

 

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