エヴァンゲリオンAnotherWorld   作:時雨光多

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旧新章~世界の調和~
第弐拾九話 悼みのかたち、セカイのかたち


ミサト、リツコ、日向が足を踏み入れた瞬間、一人の人物が振り向いた。 黒の指令服に身を包んだ、渚カヲル――いや、渚指令だ。 彼は、ターミナルドグマの底で通信を送ってきた時と同じ、静謐な瞳でミサトたちを見つめた。その服装は、以前のエヴァパイロットのプラグスーツや、ネルフの制服とは一線を画す、絶対的な権威を感じさせた。

 

「君たちを待っていたよ、葛城一尉」

 

カヲルの声は穏やかだが、ミサトの悲痛な怒りは限界に達していた。彼女はカヲル目掛けて駆け寄り、その胸倉を掴もうとする。

 

渚カヲル!加持くんは、あなたと何を!なぜ彼を巻き込んだ!なぜ彼を死なせた!?そして、あなたは、一体何者なのよ!」

 

ミサトの拳が、カヲルの頬を叩こうと振り上げられる。しかし、その寸前で、カヲルは動くことなく、ただ静かにミサトの目を見つめ返した。彼の瞳の奥には、すべてを理解し、すべてを受け入れているかのような、宇宙的な静けさがあった。ミサトの手は、虚空でピタリと止まる。

 

「話は、シンジ君たちが来てからだ。それが、君たちに対する贖罪だ」

 

カヲルは、その場から動くこともなく言った。

 

「その話こそが、リリンの最後の審判であり、この艦『Buße』の役割だ。君たちが知る必要のある、世界の真実と、碇ゲンドウの居場所。そして、人類補完計画の全貌、その真の最終目的について話す」

 

カヲルは、リツコと日向にも視線を向けた。

 

「シンジ君の心を揺さぶる、決定的な話になる。なぜ彼は、リョウちゃんとMark.06の犠牲の上に立たなければならなかったのか。なぜ君たちの世界が紅く染まったのか。それは、すべて一人の男の歪んだ愛と、リリンが犯した罪を独善的に償おうとしたゼーレの渇望の結果だ」

 

カヲルは、遠く、アンチLシステムの結界の外に広がる、紅い大地を見つめた。

 

「君たちの世界は、二度の儀式の上に成り立っている。セカンドインパクトでの海の浄化。そして今、サードインパクトが不完全に顕現し、大地を浄化した。碇ゲンドウの目的は、その先にある、人類が進化した先での妻との再会だ。」

 

彼の声は静かに、碇ゲンドウの計画の真意を突きつけた。

 

「シンジ君の父上は、リリスの核を失った今も、この不完全なサードインパクトすら利用し、自身の目的を完遂させようとしている。彼の居場所は、最初の地、君の父上である葛城博士の最後の地でもある南極だ。僕たちが Bußeを動かすのは、サードインパクトが起こされてしまったときに、その陰謀を止めるためにある。」

 

カヲルは再びミサトに視線を戻した。

 

「彼が目を覚ますまで、少し待ってくれ。彼がもし母との再会を望むなら、僕には止めることができない。僕は彼の幸せを一望んでいるからね。」

 

ミサトは、カヲルの言葉の重みに、ただ沈黙するしかなかった。話の核心が、シンジにあり、そしてその話が、彼にとって絶望か、希望か、今は判断できなかった。彼女は、眠るシンジのいる医療区画へと、重い足取りで向かった。

 

◇ ◇ ◇

 

医療区画は、NHG Bußeの機能的なデザインと対照的に、静かで清潔な空間だった。ガラス越しに、シンジとカナメが横たわるベッドが見える。彼らは穏やかな表情で眠っていたが、その側でモニタリングされるバイタルデータは、彼らの戦いが肉体的、精神的な限界を超えていたことを示していた。

シンジのベッドの傍らには、先に避難していた鈴原トウジと相田ケンスケ、そして洞木ヒカリが、安堵と不安の入り混じった顔で見守っていた。

ミサトは、静かに区画内に入った。トウジは、ミサトに気づくと立ち上がった。

 

「ミサトさん...!シンジは...カナメは大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ、トウジ君。二人はよくやってくれた。ただ、深い眠りについているだけよ」

 

ミサトは、精一杯の平静を装った。ヒカリは、カナメの手を握りしめたまま、小さく頷いた。

ミサトは、シンジの顔を見つめた。カヲルの言った言葉が頭の中で反響する。

 

(「彼の幸せを望んでいる」?碇ゲンドウの計画の先にある「人類が進化した先での妻との再会」?碇ユイ、さん……)

 

ミサトの脳裏に、「補完計画」の断片的な言葉と、彼が常にユイの存在に囚われていた事実がめぐる。そして、彼女自身の父、葛城博士が最後に立っていた場所――南極。

リツコが、ミサトの傍らに歩み寄った。

 

「碇ゲンドウの居場所が南極だなんて、ありえないと思っていたけれど。そうか、最初の地……そして、フォースインパクトの準備。彼ならやりかねないわ」

 

「リツコ、補完計画の最終目的がユイさんとの再会だとして、なぜサードインパクトを起こす必要があったと思う?なぜ、Mark.06や私たちを利用したの?」

 

ミサトは尋ねた。

 

「分からない。ただ、碇ゲンドウが求めていたのは、神に近い存在を核とした、進化の強制よ。彼は、その進化の先で、碇ユイという情報体と一つになろうとしている。そのためには、リリスもアダムスも、槍も、私たちエヴァも、すべてが道具だった。そして、あの少年は……彼を利用しながらも、最後にシンジ君を守る道を選んだ。加持くんも、それに賭けたのね」

 

◇ ◇ ◇

 

ミサトは医療区画を出て、艦橋へ戻った。そこには、渚指令の他に、加持の計画に協力していた技術者たちがいた。

ミサトは、黒い作業服を纏ったリーダー格の技術者に向き直った。

 

「私は、元NERV本部作戦部長、葛城ミサト一佐です。渚指令の遺志を継ぎ、この艦の指揮権を掌握させていただきます。」

 

技術者は、一瞬ためらった後、ミサトの強い目に頷いた。

 

「あなたが加持の……。私たちは、加持の指示通り、あなたを人類再建のリーダーとして迎え入れます。私は、NHG Bußeの機関長、高雄コウジと申します」

 

ミサトは、艦橋のメインコンソールを見据えた。

 

「高雄機関長!全乗組員に告ぐ。目標座標、南極。全速力で進路を取るわ。私たち人類の最後の戦いを始める。出航よ!」

 

ミサトの指揮官としての声が、艦内に響き渡る。

NHG Bußeは、アンチLシステムの結界を静かに離脱した。紅く染まった地球の夜空の下、最後の審判の地、南極へと向けて、その巨体を滑り出させた。艦内の人々は、眠るパイロットたちと、人類再建という重い使命を胸に、静かに進路を見つめていた。

 

◇ ◇ ◇

 

Bußeの医療区画。白いベッドの上で、葛城カナメはゆっくりと覚醒した。体は鉛のように重いが、隣で眠っていたシンジが目を覚まし、深い絶望感はわずかに薄れていた。

 

 

「カナメ君……」

 

ヒカリが、彼の傍らで心配そうに覗き込んだ。

 

「委員長……みんな...心配かけたね。」

 

カナメは、力なく笑った。トウジとケンスケは、ミサトたちの話を聞き、艦内の状況を確かめるために席を外していた。

 

「ミサトさんがね、カナメ君が目を覚ましたら、すぐにブリッジに来てほしいって。シンジ君もさっき行ったよ。」

 

「委員長、ところでここは……」

 

カナメは、視界の隅に映る分厚い鋼鉄の壁と、見たこともない複雑な配管、そして青白い非常灯が続く廊下を見て、違和感を覚えた。ここは、地下のNERV本部でも、地上でもない。

 

「ここは、NHG Bußeっていう船の中だよ。大きな、大きな船……」

 

ヒカリの説明に、カナメは頭を振った。

 

「船?こんな地下深くで?いや、僕らは地上に出たのか?でも、こんなに巨大な船、今までどこにも……」

覚醒して浅い混濁した彼の脳裏に、ターミナルドグマの底で見た、血と泥にまみれた景色、そして、赤い大地へと変貌した第三新東京市の映像が蘇る。

 

「委員長、今の外は、どうなってるんだ?」

 

ヒカリは俯き、辛そうに言った。

 

「赤いよ。全部、赤く染まってる。トウジたちが言ってたけど、ビルも大地も、全部コアに変わっちゃってて……まるで、世界の終わりみたい……」

 

「やっぱり……」

 

Mark.06の犠牲をもってしても、サードインパクトは不完全に顕現してしまった。そして、自分たちがいるこの巨大な「船」。それは、知っている世界の延長線上には存在しない、異様な光景だった。

 

「もう僕なんか、役に立たないのに...」

 

カナメは、メッセージカードを握りしめ、痛む体に鞭打ってベッドを降りた。

 

「ミサトさんが呼んでるんでしょ。こんな船があることも、外が赤いことも、全て知っている人がいるはずだ。」

 

カナメの脳裏には、ある少年の姿が鮮明に残っていた。

 

向かったNHG Bußeの艦橋は、まさに「方舟」と呼ぶにふさわしい、無骨で威圧的なデザインだった。

カナメがブリッジに入ると、正面のメインモニターに映し出された紅く染まった地球の夜景に、まず息を呑んだ。それは、彼が最後に見た絶望の光景が、現実のものとなったことを示していた。そして、そのモニターの手前に、黒い指令服の渚カヲルが立っている。

全員の視線が集中する中、カナメは一歩一歩、シンジの隣へと歩み寄った。

 

「カナメ君。よく来てくれたわ。」

 

ミサトは彼の決意の表情を見て、静かに言った。

 

「ミサトさん、シンジ君……」

 

カナメは、カヲルをまっすぐに見つめた。

 

「ここは、一体どこなんですか。そして、この船は?君なら何か知っているんじゃないか。カヲル君。」

 

カヲルは、カナメの問いに静かに微笑んだ。

 

「その通りだ、カナメ君。この艦の名はNHG Buße。『ガフの守人』として建造されたものだが、今はリリン再建の方舟だ。そして、君たちの世界は、二度のインパクトによって、壮絶な変貌を遂げた。」

 

カヲルは、Mark.06と加持リョウジの犠牲の真実を告げた。サードインパクトが不完全に顕現したこと。そして、加持がカヲルと連携し、この艦とアンチLシステムを用意したこと。

 

「加持さんの……遺志……」

 

「リョウちゃんが望んだのは、君たちに愛する者を守る自由な選択をさせることだった。そして、この艦 Bußeは、君たちリリンのために奇跡を起こす、世界を修復するための最後の希望だ。この艦の使命を継ぎ、シンジ君の父上の野望を阻止し、世界の修復を果たす。リョウちゃん、彼はこの船を、贖罪の為でなく希望を遺す、ヴンダーとして運用してほしいと言っていたよ。」

 

カヲルの言葉は、カナメに現実の重さと、新たな使命を突きつけた。知っている世界は終わり、自分たちは、加持とカヲルが用意した「異世界」のような方舟に乗せられていた。

カヲルは、一度シンジの方を向き、静かに、しかし冷酷な真実を告げた。

 

「シンジ君。君の父、碇ゲンドウくんの真の目的は、人類補完計画ではない。彼は、この不完全なインパクトすら利用し、南極でフォースインパクトを起こそうとしている。人類を強制的に進化させ、魂を情報体へと還元し、そこで碇ユイ――君の母との再会を果たすためだ。」

 

シンジは、その言葉に打たれ、絶望の色を帯びた声で呟いた。

 

「母さんとの再会……?まさか、そんな理由で、みんなを……」

 

「そうだ。そのためにゼーレの老人たちとともに人類補完計画に加担し、自らの計画を進めていたんだ。この惨状も君の御父上の計画の一端に過ぎない。しかし君にも選択肢はある。君が母上に会いたいと願うなら僕はその願いのために動こう。しかしもし君が彼を止めたいのなら、君の御父上を殺さなければならない。」

 

シンジは、究極の選択を迫られ、顔を伏せた。その細い体が、激しく震える。

 

「でも……僕がエヴァに乗ると、いつも誰かを傷つける。父さんの目的が、母さんとの再会だっていうなら、僕にはもう、戦う理由が……」

 

カナメは、そのシンジの肩に手を置いた。

 

「違う、シンジ君。戦う理由がないんじゃない。僕らが戦う理由は、Mark.06と加持さんが命を懸けて守った、僕らの世界だ。トウジやヒカリ、ケンスケたちが待っている、あの世界だ。」

 

カナメは、カヲルの目を見据え、その決意を表明した。

 

「渚指令。僕らが戦うのは、誰かの幸せのためじゃない。僕らの選択は、トウジやヒカリ、ケンスケたちが生きる、この紅く染まった世界を、元に戻すためだ。シンジ君に、父親を殺させるなんて、そんなことをさせるわけにはいかない。」

 

「何か方法があるはずだ。世界も救うしゲンドウやユイさんを助けて、シンジ君も幸せにできる。そんなたった一つのさえたやり方もね。」

 

「僕は、3号機で、この世界を守り抜く。Mark.06と加持さんの犠牲に、僕たちが応えるんだ!」

 

カヲルは、カナメの揺るぎない決意と、究極の解決策を求めるその言葉に、静かに微笑んだ。それは、彼自身がかつて望んだ、そして見つけられなかった道だったかもしれない。

 

「そうか。君なら、いや、君たちにならできそうだね。最後の決着の地、南極はもうすぐだ。」

 

ミサトは、二人のパイロットの間に挟まれ、その決意を力強く受け止めた。

 

「高雄機関長!目標座標、南極。全速力で進路を取るわ。私たち人類の最後の戦いを始める。出航よ!」

 

Bußeは、紅い地球の夜を切り裂き、フォースインパクトの地、南極へと突き進む。カナメの、そして人類の運命は、今、この異世界の方舟の中で、彼らの手に委ねられた。

 

――――――

 

『次回予告』

 

愛する加持リョウジの命と引き換えに遺された希望の艦『Buße』(ヴンダー)の指揮官となった葛城ミサトは、碇ゲンドウの私的な感傷と歪んだ愛によるフォースインパクト阻止と、人類再建という最後の使命を果たすため、傷つきながらも立ち上がった四人のパイロットたちと共に、人類最後の戦いの地、南極へと艦を全速力で進ませる。

 

次回「アスカ、初めての吐露」

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