エヴァンゲリオンAnotherWorld   作:時雨光多

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第参拾話 アスカ、初めての吐露

 

ヴンダーの艦橋は、紅く染まった空の下、南極への進路を突き進んでいた。ミサト、カヲル、シンジ、カナメが見守る中、メインハッチが開き、重い足音と共に二つの影がブリッジに足を踏み入れた。

一人は、真希波・マリ・イラストリアス。バイザーを上げ、プラグスーツ姿のまま、両手を腰に当てて軽薄な笑みを浮かべていた。もう一人は、式波・アスカ・ラングレー。彼女もまた血と泥に汚れたプラグスーツに身を包んでいたが、その表情は疲労よりも、制御しきれない激しい怒りに満ちていた。

「よっと、お待たせ!シンジとカナメも無事だったみたいでよかった。危なかったぜ、あのアダムスの器ども、まるで無限湧きだったにゃあ。」

 

マリはいつもの調子で言った。ミサトは駆け寄り、二人の肩に手を置いた。そういえば僕たちはあの後地下に……「あの後、大丈夫だった?」カナメはマリに問いかけた。すると、マリは「大変だったんだからぁ」とため息交じりに語りだした。

 

◇ ◇ ◇

 

8号機のエントリープラグ内。マリは限界を超えたA.T.フィールドの維持に、全身の力を注ぎ込んでいた。

 

「くそっ、そろそろ骨が軋むぜ、この子も!やっぱり四対一は厳しいねえ!」

 

メインモニターには、黒い肉塊のような四体の器が、八号機の圧力を押し返そうと、粘着質に食らいつく様子が映し出されていた。アスカの2号機も、マリの周囲を飛び回り、必死に援護射撃を続けていたが、再生を繰り返す器を止めることはできない。

その時、ネルフ本部上空、ガフの扉の開いた空間が、それまでとは比べ物にならないほどの異様な、強烈な赤の輝きを放った。それは、宇宙の根源的な力が、地上に溢れ出そうとしているかのような、荘厳で恐ろしい光だった。

 

「な……なに、あの光!?さっきまでとは、まるでエネルギー波形がケタ違いじゃない!」

 

アスカが叫んだ。

その光が、四体の器の黒い肉塊に降り注いだ瞬間だった。

粘着質に8号機に食らいついていた器たちは、まるでガフの扉の輝きを見届けたかのように、唐突に動きを止めた。彼らの能面のような顔は変わらないが、その瞳の奥にあった冷酷な輝きが消え、ただ虚ろな光を湛えている。

 

「ということは……残念だったか。」

 

マリは警戒を緩めないが、四体の器は、その場から後退することもなく、ただ静かに、空中で黒い肉を脈動させていた。そして、四体の器は、赤く輝くガフの扉の方を見上げたかと思うと、その巨体が空間に溶け込むように、ヌルリと、そして一瞬で視界から消え去った。

 

「……フン。どうやら、誰かさんのお遊びの時間は、これで終わりみたいね」

 

マリは疲弊しきった体で、ニヤリと笑った。

オペレーターの焦燥した声が、エントリープラグ内に響く。

 

「アスカ、マリ!今送った座標 へ帰投して!時間がないわ!」

 

地上での最後の防衛線を守りきったアスカとマリは、安堵と疲労、そして拭いきれない憤りを抱えながら、指定された座標へと急いだ。遅れてシンジたちが運び込まれ、今に至るというワケ。

マリの口から語られたことから察するに、アダムスの器たちはやはり南極に集結している可能性が高い。

 

「フン。バカバカしいわね。要はアンタたちが地下で槍だの何だのと遊んでいる間に、私たちは命を懸けて、あの肉の塊どもと戯れてたのよ」

 

マリが話終えるのを待たず、アスカがカナメの問いかけを遮るように吐き捨てた。彼女の怒りは、まだ鎮まっていない。

 

「あのバカ親父の目的が、たった死んだ女との再会だったって知って、あんた、何を思うわけ?私たち全員が血を流して戦っていたのは、そんな私的な感傷を叶えるためだったっての?他人を大勢巻き込んで、自分の都合で世界を終わらせるなんて、傲慢にも程があるわ!」

 

アスカの怒りは、碇ゲンドウのあまりに身勝手で私的な動機と、それによって強いられた不当な戦いと犠牲に向けられていた。シンジは顔を伏せ、その細い肩が激しく震えている。父の真意を知り、さらに多くの人々の命が父の身勝手さのために使われたという事実に、彼は再び絶望の淵に立たされていた。

カナメは、シンジの震える肩にそっと手を置き、アスカを強く見据えた。

 

「違う、アスカ。僕らがここで終わるわけにはいかない。あのアダムスの器が撤退したのも、加持さんが命と引き換えに、ゲンドウの計画を邪魔した証拠だ。僕らはその命を無駄にするわけにはいかない」

 

カナメは、次にカヲルへと視線を向けた。

「カヲル君。マリの話から察するに、あのアダムスの器たちは、ガフの扉の輝きが深まったことで、最終的な儀式の準備が整ったと判断し、南極へと向かった可能性が高い。ゲンドウの目的は、フォースインパクトを起こすこと。その準備は、もう最終段階にあると見て間違いない、そうだよね?」

 

カヲルは、静かに頷いた。

 

「その通りだ、カナメ君。碇君の父上は、南極に残るカルヴァリーベース、そして残るアダムスの器、つまり君たちを南極へ誘い込むことで、フォースインパクトを強行するつもりだろう。一方で、君たちがいるこのヴンダーもまた、フォースインパクトを前にして、君たちを守り、儀式を阻止するための最後の切り札だ」

 

マリは、カナメの隣に立ち、軽薄な笑みの中に真剣な光を宿した。

 

「私たちはね、シンジ君、カナメ君、アスカ。もう誰かの道具じゃない。加持君は、私たちに『自分で自分の運命を選べ』って、この舞台を用意してくれたんだよ。」

 

マリの言葉は、シンジに再び希望を与えようとする。

 

「シンジ君。君の父の歪んだ愛情が、この世界を紅く染めたことは事実だ。だが、君は、彼を止め、君が生きる世界を守る自由な選択を与えられたんだ」

 

カヲルの言葉に、シンジはゆっくりと顔を上げた。彼の瞳には、まだ深い悲しみが残っていたが、カナメ、アスカ、マリの強い視線に触れ、微かな決意が宿り始める。

アスカは、シンジの顔を見て、鼻を鳴らした。

 

「ちっ。いつまでもメソメソしてないでよ、バカシンジ。あんたのバカ親父のせいで、私たちの世界はめちゃくちゃね。責任、取らせるわよ。アンタのその手でね」

 

アスカの言葉は辛辣だったが、その裏には、シンジが立ち直ることを強く願う思いが込められていた。

ミサトは、四人のパイロットの間に割って入り、力強くブリッジを見渡した。

 

「いい?みんな。南極は、ゲンドウの最後の聖域よ。彼の野望を打ち砕き、人類再建という加持君の遺志を果たす。それが、この ヴンダー と、あなたたちに託された、最後の使命よ!」

 

ミサトの指揮官としての声が、艦内に響き渡る。その声は、愛する者を失った悲しみを含みながらも、人類の命運を賭けた戦いを率いる者としての絶対的な決意を帯びていた。

NHG Buße――贖罪(Buße)の名を冠しながら、今は加持リョウジの希望を乗せたヴンダー(Wunder、奇跡)となったその巨艦は、紅く染まった空を突き破り、フォースインパクトの地、南極へと、その巨体をさらに加速させた。

シンジ、カナメ、アスカ、マリ。四人のパイロットは、それぞれの心に渦巻く感情を押し殺し、メインモニターに映し出される最終目的地の座標を見つめていた。彼らの前には、父を止め、世界を救うという、あまりにも重い使命が横たわっている。

だが、彼らはもう、誰かの筋書き通りに動く人形ではない。彼らの戦う理由は、自分たちが選んだ未来、仲間たちが生きる世界を取り戻すという、自らの意志に変わっていた。

人類最後の希望を乗せたヴンダーは、静かに、そして力強く、終焉の地へと突き進んでいった。

 

◇ ◇ ◇

 

艦橋の壁にもたれかかり、腕を組んで一点を見つめるアスカの姿があった。彼女はまだプラグスーツ姿で、その表情には先ほどの激しい怒りの余韻が残っている。

カナメは、シンジやマリとは少し離れた場所に立ち、静かに彼女に歩み寄った。

 

「アスカ」

 

カナメの声に、アスカは振り向かない。

 

「……何よ。戦いの話なら、もう終わりよ」

 

「いや、違う。戦いの話じゃないよ」

 

カナメはアスカの隣に立ち、彼女と同じように艦橋のメインモニターに映る、紅く染まった月を見上げた。

 

「碇指令が離反してから、僕らは最近ごたごたしすぎてたから。本当に落ち着いて話す時間なんて、この艦に乗るまで全くなかった」

 

アスカはフン、と鼻を鳴らした。

 

「当たり前でしょ。使徒だの、クローン兵士だの、アダムスの器だの、バカ親父の身勝手な計画だの……アタシの2号機だって誰かさんに壊されるし。次から次へと地獄が湧いてきてたんだから」

 

カナメは穏やかに頷いた。

 

「うん、地獄だった。それで、僕らはその地獄の中で、ずっと戦うことしかできなかった。あの後、2号機は、大丈夫だった?」

 

アスカは一度大きく息を吐き、腕を組んだまま、苛立たしげに言った。

 

「まったく、さんざんよ! あの時、アダムスの器どもを食い止めるために、コアまで食い破られる寸前だったんだから。あの眼鏡の奴の八号機がなければ、今頃お陀仏ね。もうボロボロよ。せっかく調整したのに、これでまた一からやり直しだわ」

 

「そうか……ごめん。僕らが地下にいたせいで、君たちに負担をかけた」

 

アスカは続けて、溜まっていた感情を吐き出すように言った。

 

「それに、見てよ、世界はこんなんなってる。全部コア化。L.C.L.の海。私たちの日常は跡形もなく消えたのよ。何でこんな目にあわなきゃならないのよ、私たち……」

 

アスカの声に、怒りだけではない、深い疲労と諦めのようなものが滲んでいた。

 

「そうだね。僕らの大切なものは、全部、理不尽な理由で奪われた」

 

カナメは静かに共感を示した。

 

「だからこそ、僕らはこのヴンダーに乗って、南極に向かっている」

 

アスカは、カナメのまっすぐな言葉に、少しだけ構えを解いたように見えた。

 

「……フン。相変わらず、クサいセリフを吐くわね、あんたは」

 

「クサいか」カナメは苦笑した。

 

「でも、アスカもそう思っている。そうでなければ、アスカは僕らと一緒にはいないはずだ」

 

アスカは再び紅い空を見た。

 

「そうね。私は、自分の世界がめちゃくちゃにされるのが気に食わないだけ。でも、アンタがそうやって諦めずにいるのを見てると、ちょっと腹が立つけど、それだけじゃないわ」

 

それは、アスカがカナメに対し、共闘者としての信頼、あるいはそれ以上の心の拠り所を求めていることを示す、小さな告白だった。

 

「僕らがこの船にいるのは、僕らが人間として生きるための、最後の賭けだ。だから、今は少しでも休んで。最後の戦いの前に、少しでも人間に戻っておかないと」

 

カナメの言葉を聞き、アスカは組んでいた腕を緩め、初めて深く息を吐いた。

 

「……勝手にするわよ。でも、わかった。もう少しだけ、付き合ってあげる」

 

アスカはそのまま壁にもたれかかっていたが、その表情は先ほどより幾分か穏やかになっていた。最後の戦いに向かう前に、二人の間に確かな絆が結ばれた瞬間だった。

カナメが去ろうとしたその時、アスカが静かに、しかし、強く呼び止めた。

 

「待って」

 

カナメは振り返った。アスカは、まだ壁にもたれかかったままだが、その紅い空を見つめる瞳には、先ほどまでの怒りや皮肉とは違う、張り詰めた孤独が宿っていた。

 

「あのね。アタシ、あのクローン人間を見た時……ゾッとしたの。嫌な記憶が、一気に蘇った」

 

アスカは、誰にも言ったことのない、最も深い心の闇を吐き出し始めた。

 

「あの、綾波の顔をした兵士たち。私たちパイロットが、あのバカ親父の計画の駒だったように、彼らもまた、ただの使い捨ての部品だった。そして、私自身も、それに近い」

 

カナメは息を飲んだ。アスカは、俯き、絞り出すような声で続けた。

 

「私は、正式にはCODE-02 SHIKINAMI TYPE 02-278。私には、オリジナルの母親なんていないの。私は、ユーロネルフで使徒と戦うために作られた、クローンよ。あの、大量にいる綾波たちと、本質的には同じ」

 

カナメの視線が揺れた。彼は、アスカが常に背負っていた、底知れない孤独の理由を理解した。

 

「大量の『アスカ』の中から、戦闘能力の高い個体だけが選別され、強者として生き残ったのが、今の私。私の元になったオリジナルが存在するのか、どこにいるのかも、もう分からない。私に残されたのは、この名前と、エヴァパイロットという肩書きだけ」

 

アスカは、苦しげに顔を歪ませた。

 

「だから、私は誰よりも強くなくっちゃいけなかった。負けることは、私があいつらと一緒だと認めることになる。私は私自身が、特別だと示すために、戦わなければならないのよ!」

 

そして、アスカは、カナメに真実の全てをぶつけた。

 

「だからよ。私は、あのエコヒイキにもつらく当たってた。いつも無表情で、命令に従うだけのアイツを見ていると、まるで自分自身を見ているみたいで、嫌だったから!」

 

カナメにとって、それは強烈な衝撃だった。アスカの苛立ち、孤独、そしてレイへの強い拒絶の理由が、全て彼女自身の存在証明の苦しみから来ていたのだと知った。しかし、その真実を聞いた瞬間、カナメの心は揺らぐことはなかった。彼にとって、目の前のアスカこそが全てだった。

カナメはゆっくりとアスカに近づき、その肩にそっと手を置いた。

 

「そんなことは、どうでもいいよ」

 

カナメの言葉は、静かで、揺るぎない確信に満ちていた。

 

「君が誰のクローンであろうと、どんな始まりであろうと、僕には関係ない。君が過去に何を背負っていたとしても、君が戦ってきた記録も、君が今ここで、僕たちに怒鳴り散らし、そして僕に本音を打ち明けてくれたこの瞬間も、式波・アスカ・ラングレーという、この世に一人しかいない君の確かな証拠だ」

 

カナメはアスカの瞳をまっすぐ見つめた。

 

「君は、誰かのコピーじゃない。君は、僕が知っている、誰よりも強くて、誰よりも素敵なアスカだ。どんな君でも、アスカはアスカだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

アスカは、カナメの言葉と、その真っ直ぐな視線を受け止め、目元を熱くした。彼女が求めていたのは、強さの証明ではなく、自分の存在そのものの肯定だった。カナメの言葉は、彼女の心の壁を優しく、しかし確実に打ち破った。

 

「……バカね。本当に、クサいセリフばっかり……」

 

アスカは、カナメの手から目を離さず、ぽつりと続けた。

 

「こんな話、アンタが初めて。なんだか楽になったわ。誰かと話すって、心地いいのね。知らなかった」

 

長年の孤独から解放されたような、静かな安堵が彼女の顔に広がった。カナメは、そのアスカの言葉に、嬉しそうに笑った。

 

「でしょ?やっぱり、溜め込むのは体に毒だよ。僕たちはもう、一人じゃないんだから」

 

アスカは、顔を少し赤くしながら、冗談めかして言った。

 

「フン。わかったわよ。じゃあ、2号機の整備が終わるまで、アンタ、私の話し相手としてちゃんと付き合いなさいよ。じゃないと、すぐにまたストレスで爆発するかもしれないんだから」

 

それは、命令でも甘えでもなく、心を開いた一個人としての、素直な要求だった。カナメは、その頼みを深く受け止めた。

 

「ああ、もちろん。南極に着くまで、何でも聞くよ。僕も、トウジやケンスケと話すのとは、また違うんだ」

 

静かに流れる艦内の空気の中で、二人は束の間の安寧を共有した。

 

 

――――――

 

『次回予告』

ネルフを襲った戦士、彼らの衝撃は今も暗い影を落としていた。その戦士とうり二つのレイ、その顔は乗り合わせた民間人にとっての畏怖の対象だった。その齟齬が軋轢を生み、シンジの心を締め付ける。

次回「レイ、始まりの日」

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