Mark.09に連れ去られ、カナメの3号機は地上絵の中心、巨大な円形構造物の内部へと引きずり込まれていた。彼のプラグ内は、激しい衝撃による警告音で満たされていた。
「くそっ、機体のダメージは…まだ修復可能範囲だ……」
カナメは荒い息を吐く。
その時、プラグ内全体に、巨大な鋼鉄の梁が捩じ切られるような異音が響いた。
メリメリメリッ!ギ"ギチギチィッ!
3号機の機体全体から、まるで骨格が落としたビスケットのようにひび割れ、強制的に組み替えられるような凄まじい音が響き渡る。メインモニターの警告アラートが、悲鳴を上げるように激しく点滅した。
「な、なんだ!?機体とのシンクロが――」
メインモニターに、『SYNCHRO RATE: 0% / CORE ALIGNMENT: FORCED RELEASE』の文字が、赤く点滅する。機体とプラグとの接続が、外部からの想像を絶する力によって、カナメの意志に関係なく強制的に解除され始めているのだ。
『警告!エントリープラグ、外部より制御権喪失!』
「シンクロ・ロスト――」
警告音と機体の駆動音が完全に消え、3号機は重く、絶対的な沈黙に包まれた。
その直後、カナメが座るエントリープラグのハッチから、淡い光が漏れ出てきた。プラグが、外に排出された。
「これで終われるかよ……!」
カナメは、このままプラグ内に留まれば、何かされると直感した。
彼は、震える手でバックルを開き、腰に差していたH&K USPのグリップを強く握った。冷たい金属の感触が、彼の意識を現実へと引き戻す。ミサトさんに、緊急の事態が起こった時にと持たされたものだ。
プラグの外。上部ハッチの隙間から、青白い人工光がレーザーのように差し込んでいる。ここは、L.C.L.の海ではない。何らかの、巨大な空間の内部だ。
「……碇指令の、居るところ…なのか?」
カナメは、最後の覚悟を決め、「カチッ」とUSPの安全装置を解除。銃口を外に向けたまま、エントリープラグの強制排出ハッチのロックを解除し、「シュゥゥゥーッ!」という圧力の抜ける音と共に、渾身の力でハッチを押し開けた!
エントリープラグのハッチが開いた瞬間、カナメの目に飛び込んできたのは、南極の荒涼とした風景とはかけ離れた、巨大な地下研究施設のような、青白い空間だった。
頭上高く、黒いドーム型の天井からは、青白い人工光が注がれている。その空間の中心には、巨大な繭のようなものが、ドクンドクンと心音のように重く響き渡っていた。繭の表面は、脈打つように淡く光り、異様な生命感を発している。
彼の目の前。エントリープラグは、Mark.09の巨大な手に、まるで宝石のように握り込まれたまま、宙吊りの状態にある。Mark.09は、まるで彫像のように動かない。
そして、その繭の真下。無機質なタイル張りの地面に、ネルフの指令服を着用し、バイザーで表情を隠した碇ゲンドウが、微動だにせず、静かに立っていた。
「第五の少年、君とは一度、話をしてみたかった。」
ゲンドウの声は、この巨大な空間に冷たく響き渡る。カナメは、USPの銃口をゲンドウの眉間に定めたまま、全身の緊張を押し殺し、決然と問い返す。
「僕を連れ去ったのは……何が目的なんですか、碇司令官!」
ゲンドウは、カナメの銃口を気にも留めない様子で、静かに話し始めた。
「目的は、人類が次なる進化へと進む、唯一の道筋の実行だ」
ゲンドウは、その計画、人類を貶める狂気の計画について語りだした。
「君は知るべきだ。この計画は、死海で発見された『裏死海文書外典』に沿い、理外の生命と知恵を備えた生命体であるゼーレによって進められた。葛城博士の提唱と実行によるセカンドインパクト。使徒の出現。リリスの確保。そして、第八使徒までの殲滅。それらは全て、死海文書に記された通りの、ゼーレの筋書き通りの結果であった。」
ゲンドウは、顔を上げ、カナメの瞳を射抜いた。
「だが、それは君が現れる前までのことだ」
ゲンドウは、淡々とした口調で、シナリオが狂った瞬間を語った。その言葉は、まるで宇宙の法則を述べているかのようだった。
「エヴァンゲリオン3号機の起動実験、そのパイロットの座は、本来、第二の少女に与えられるべきであった。その機体は、第九使徒の残穢とともに彼女に保存され、最終計画を遂行するための必要不可欠なピースであった。しかし、その残穢は、計画に記されていない君の片目として残置されている。」
ゲンドウは、カナメの瞳の奥を見透かす。カナメの脳裏に、3号機に搭乗する直前のアスカの表情、そしてもし自分が介入しなければ起こったであろう、恐ろしい未来の残像がよぎる。
「それに続く第1次ジオフロント攻防戦において、初号機は擬神体として覚醒し、ニアサードインパクトを惹起する予定調和が組まれていた。」
「14年の時間軸の歪みが生じたが、その間、最後の執行者は完成し、ゼーレの計画も次の段階に移行するはずだった。ゼーレの少年と二人、フォースインパクトを遂行する、その段階にあった。」
ゲンドウは、視線を足元の無機質なタイルから、ドクンドクンと脈打つ巨大な繭へと移した。
「そして、この地、カルヴァリーベースでフォースインパクトが完遂される、はずだった」
ゲンドウは、バイザーの奥の瞳を、Mark.09に握られたプラグ上のカナメに固定した。その声には、冷徹な計画者の顔の下に隠された、個人的な苦悩と、そこから生じた狂気的な決意が滲み出る。
「ユイを失い、あまつさえユイとの再会の為だけに動いてきた私の計画が、こんなところで終焉を迎える。私は嘆いた。嘆き、苦悩し、そして受け入れた。ネブカドネザルの鍵を使い、この世の理を超えた情報を、自分の体に書き加えることを」
ネブカドネザルの鍵。それが何を意味するのか、カナメには具体的な情報はわからない。しかし、それが恐ろしいことであり、眼前の男が人類の理を超えた領域に足を踏み入れたことは、彼の言葉の重みから理解できた。ゲンドウの言葉は、もはや人類の領域を超えた場所から発せられているかのようだ。
ゲンドウは、ゆっくりと、しかし確実に、カナメの核心に触れた。
「そこで、私は理解した。君の名が生命の書の、どの章にも、どの行にも記されていなかったことを。君は、この世界に存在するはずのない生命だ。」
――バレた。
カナメの全身が、Mark.09の冷たい手に握られたまま、一瞬で硬直した。この世界の人間ではない、外側の世界からやってきた、自分自身の秘密。それをゲンドウは、ネブカドネザルの鍵と、世界の真実に触れたことで見抜いたのだ。
ゲンドウは、バイザーの奥の瞳で、カナメを静かに見据え、決定的な言葉を突きつけた。
「君もまた、私と同様理を超えた存在なのだな。」
「っ……!」
カナメは、言葉を失った。握りしめたUSPのグリップに、汗が滲む。
「君は、真のノイズだ。世界が認識すべき記録に含まれない特異点。そして、君は的確に計画の重要な部分を邪魔する姿勢を示してきた。しかし、その顔に浮かぶ異なる進行への困惑。君は、完全に同一の世界を認識して来たわけではないのだろう。」
ゲンドウの瞳が、僅かに、情報への興味を帯びる。
「君の知っているその世界に、興味はある。だが、その時間はない。」
ゲンドウは、感情を一瞬で断ち切った。冷徹な計画者の顔に戻る。
「君の存在は、この計画に必要不可欠だ。これが、死海文書の整合性を失い瓦解しかけた計画を、神の英知をもって私的な儀式へと昇華させるための最初の工程だ」
その瞬間
ドォォォン!! ガリリリリッ!
巨大な構造物の壁面が、まるで紙切れのように粉砕された。 舞い散る瓦礫と鉄骨の轟音と共に、緑色の閃光が、この神聖な儀式の場へと乱入した。
「カナメェェェーーッ!」
エヴァ初号機が、その巨大な質量をぶつけながら、Mark.09目掛けて一直線に突進してきた。その雄叫びは、繭の心音すら凌駕する、怒りに満ちたものだった。初号機のエントリープラグハッチが開き、シンジが焦燥した顔でカナメを叫んでいるのが見える。
Mark.09は、鈍い呻きのような音を上げ、その巨体が無様に吹き飛ばされた。 繭の祭壇の側面へと激突し、赤黒いL.C.L.物質を派手に撒き散らす。
その衝撃でカナメのエントリープラグが、勢いよくMark.09の手の内から弾き出された。
「ぐっ!」
宙を舞うプラグ。しかし、初号機は既に行動を予測していた。巨大な手のひらを差し出し、プラグを優しく、しかし確実にキャッチした。
「カナメ、大丈夫!?」
初号機のハッチから身を乗り出したシンジが、焦燥した顔でカナメを叫んだ。
カナメは、Mark.09の溶解物質がべったりと付着した初号機の手の上で、荒い息を吐きながら頷く。
「……ああ、ありがとう。シンジ君」
初号機は、丁寧にカナメを無機質なタイル張りの地面へと降ろした。
カナメは、もはや躊躇はなかった。彼はプラグから勢いよく飛び出し、H&K USPを両手でしっかりと構えた。
彼の視線の先には、シンジの乱入とMark.09の排除という完全にシナリオ外の事態に直面し、しかし揺らぎの見えない碇ゲンドウが立っている。
Mark.09は、激突した壁面でうねるように体勢を立て直し、再びカナメを狙おうと動いている。シンジの初号機は、カナメを背に庇うように立ち塞がった。シンジが吼える。
「父さんッ!!こんなことやめてよッ!!母さんもこんなこと望んでないはずだ!!」
カナメは、荒い息の合間に、冷たい声でゲンドウに言い放った。
「貴方の計画も、これで、終わりにしましょう。碇司令、僕らはこんな明日、望んでいません」
カナメのUSPの銃口は、一点の曇りもなく、ゲンドウのバイザーの奥の眉間を射抜いていた。シンジの初号機が、Mark.09を牽制するように構えていた。
その時、碇ゲンドウが、バイザーの奥で初めて、声を上げて笑った。その笑い声は、この神聖な儀式の場に、狂気と歓喜を振り撒く。
「もう一度言う。これが最初の工程だと」
彼の言葉は、儀式の点火スイッチがすでに押されていることを示していた。
ゲンドウの笑い声が空間に響き渡ったその瞬間。
中心でドクンドクンと重い心音を奏でていた巨大な繭が、内側から凄まじい力で押し破られ始めた。
繭の表面を覆っていた赤黒い肉塊が裂け、中から絶対的な白を放つ、巨大な人型のシルエットが飛び出した。それは正確に――カナメ自身を、狙っていた。
白き巨体が放つ絶大な存在感と、異界のインフォメーションに直面した瞬間、カナメの意識は耐えきれなかった。
「…あ…れ……は……」
四つ腕の巨人。カナメの脳裏を走った激しい光と情報過多によって、彼の世界はノイズに満たされた。
プツリと。
カナメの記憶は、そこで途切れた。
――――――
『次回予告』
激動は、加速する。
贄を巡る争いは、その形を変え、世界の理を歪ませる。
彼が選んだ、自己犠牲という名の最終防壁。
それは、碇ゲンドウの狂気的な愛が生み出した、理外の存在を繋ぎ止めるための、悲しい契り。
彼の消滅は、生命の書に記されない特異点へ、最後の希望を託した。
碇シンジ。君は、父の非道と、友の死を前に、何を選ぶのか?
託された普通の世界の記憶。第五の少年が握りしめる、倫理という名の足枷と、救済という名の凶弾。
人類補完計画は、既に最終局面へと移行する。
次回、「ただ、涙にひちて」