エヴァンゲリオンAnotherWorld   作:時雨光多

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第参拾伍話 語り得ぬことよりも、むしろ嘘には沈黙せねばならない。

Mark.09に連れ去られ、カナメの3号機は地上絵の中心、巨大な円形構造物の内部へと引きずり込まれていた。彼のプラグ内は、激しい衝撃による警告音で満たされていた。

 

「くそっ、機体のダメージは…まだ修復可能範囲だ……」

 

カナメは荒い息を吐く。

その時、プラグ内全体に、巨大な鋼鉄の梁が捩じ切られるような異音が響いた。

メリメリメリッ!ギ"ギチギチィッ!

3号機の機体全体から、まるで骨格が落としたビスケットのようにひび割れ、強制的に組み替えられるような凄まじい音が響き渡る。メインモニターの警告アラートが、悲鳴を上げるように激しく点滅した。

 

「な、なんだ!?機体とのシンクロが――」

 

メインモニターに、『SYNCHRO RATE: 0% / CORE ALIGNMENT: FORCED RELEASE』の文字が、赤く点滅する。機体とプラグとの接続が、外部からの想像を絶する力によって、カナメの意志に関係なく強制的に解除され始めているのだ。

『警告!エントリープラグ、外部より制御権喪失!』

 

「シンクロ・ロスト――」

 

警告音と機体の駆動音が完全に消え、3号機は重く、絶対的な沈黙に包まれた。

その直後、カナメが座るエントリープラグのハッチから、淡い光が漏れ出てきた。プラグが、外に排出された。

 

「これで終われるかよ……!」

 

カナメは、このままプラグ内に留まれば、何かされると直感した。

彼は、震える手でバックルを開き、腰に差していたH&K USPのグリップを強く握った。冷たい金属の感触が、彼の意識を現実へと引き戻す。ミサトさんに、緊急の事態が起こった時にと持たされたものだ。

プラグの外。上部ハッチの隙間から、青白い人工光がレーザーのように差し込んでいる。ここは、L.C.L.の海ではない。何らかの、巨大な空間の内部だ。

 

「……碇指令の、居るところ…なのか?」

 

カナメは、最後の覚悟を決め、「カチッ」とUSPの安全装置を解除。銃口を外に向けたまま、エントリープラグの強制排出ハッチのロックを解除し、「シュゥゥゥーッ!」という圧力の抜ける音と共に、渾身の力でハッチを押し開けた!

エントリープラグのハッチが開いた瞬間、カナメの目に飛び込んできたのは、南極の荒涼とした風景とはかけ離れた、巨大な地下研究施設のような、青白い空間だった。

頭上高く、黒いドーム型の天井からは、青白い人工光が注がれている。その空間の中心には、巨大な繭のようなものが、ドクンドクンと心音のように重く響き渡っていた。繭の表面は、脈打つように淡く光り、異様な生命感を発している。

彼の目の前。エントリープラグは、Mark.09の巨大な手に、まるで宝石のように握り込まれたまま、宙吊りの状態にある。Mark.09は、まるで彫像のように動かない。

そして、その繭の真下。無機質なタイル張りの地面に、ネルフの指令服を着用し、バイザーで表情を隠した碇ゲンドウが、微動だにせず、静かに立っていた。

 

「第五の少年、君とは一度、話をしてみたかった。」

 

ゲンドウの声は、この巨大な空間に冷たく響き渡る。カナメは、USPの銃口をゲンドウの眉間に定めたまま、全身の緊張を押し殺し、決然と問い返す。

 

「僕を連れ去ったのは……何が目的なんですか、碇司令官!」

 

ゲンドウは、カナメの銃口を気にも留めない様子で、静かに話し始めた。

 

「目的は、人類が次なる進化へと進む、唯一の道筋の実行だ」

 

ゲンドウは、その計画、人類を貶める狂気の計画について語りだした。

 

「君は知るべきだ。この計画は、死海で発見された『裏死海文書外典』に沿い、理外の生命と知恵を備えた生命体であるゼーレによって進められた。葛城博士の提唱と実行によるセカンドインパクト。使徒の出現。リリスの確保。そして、第八使徒までの殲滅。それらは全て、死海文書に記された通りの、ゼーレの筋書き通りの結果であった。」

 

ゲンドウは、顔を上げ、カナメの瞳を射抜いた。

 

「だが、それは君が現れる前までのことだ」

 

ゲンドウは、淡々とした口調で、シナリオが狂った瞬間を語った。その言葉は、まるで宇宙の法則を述べているかのようだった。

 

「エヴァンゲリオン3号機の起動実験、そのパイロットの座は、本来、第二の少女に与えられるべきであった。その機体は、第九使徒の残穢とともに彼女に保存され、最終計画を遂行するための必要不可欠なピースであった。しかし、その残穢は、計画に記されていない君の片目として残置されている。」

 

ゲンドウは、カナメの瞳の奥を見透かす。カナメの脳裏に、3号機に搭乗する直前のアスカの表情、そしてもし自分が介入しなければ起こったであろう、恐ろしい未来の残像がよぎる。

 

「それに続く第1次ジオフロント攻防戦において、初号機は擬神体として覚醒し、ニアサードインパクトを惹起する予定調和が組まれていた。」

 

「14年の時間軸の歪みが生じたが、その間、最後の執行者は完成し、ゼーレの計画も次の段階に移行するはずだった。ゼーレの少年と二人、フォースインパクトを遂行する、その段階にあった。」

 

ゲンドウは、視線を足元の無機質なタイルから、ドクンドクンと脈打つ巨大な繭へと移した。

 

「そして、この地、カルヴァリーベースでフォースインパクトが完遂される、はずだった」

 

ゲンドウは、バイザーの奥の瞳を、Mark.09に握られたプラグ上のカナメに固定した。その声には、冷徹な計画者の顔の下に隠された、個人的な苦悩と、そこから生じた狂気的な決意が滲み出る。

 

「ユイを失い、あまつさえユイとの再会の為だけに動いてきた私の計画が、こんなところで終焉を迎える。私は嘆いた。嘆き、苦悩し、そして受け入れた。ネブカドネザルの鍵を使い、この世の理を超えた情報を、自分の体に書き加えることを」

 

ネブカドネザルの鍵。それが何を意味するのか、カナメには具体的な情報はわからない。しかし、それが恐ろしいことであり、眼前の男が人類の理を超えた領域に足を踏み入れたことは、彼の言葉の重みから理解できた。ゲンドウの言葉は、もはや人類の領域を超えた場所から発せられているかのようだ。

ゲンドウは、ゆっくりと、しかし確実に、カナメの核心に触れた。

 

「そこで、私は理解した。君の名が生命の書の、どの章にも、どの行にも記されていなかったことを。君は、この世界に存在するはずのない生命だ。」

 

――バレた。

カナメの全身が、Mark.09の冷たい手に握られたまま、一瞬で硬直した。この世界の人間ではない、外側の世界からやってきた、自分自身の秘密。それをゲンドウは、ネブカドネザルの鍵と、世界の真実に触れたことで見抜いたのだ。

 

ゲンドウは、バイザーの奥の瞳で、カナメを静かに見据え、決定的な言葉を突きつけた。

 

「君もまた、私と同様理を超えた存在なのだな。」

 

「っ……!」

 

カナメは、言葉を失った。握りしめたUSPのグリップに、汗が滲む。

 

「君は、真のノイズだ。世界が認識すべき記録に含まれない特異点。そして、君は的確に計画の重要な部分を邪魔する姿勢を示してきた。しかし、その顔に浮かぶ異なる進行への困惑。君は、完全に同一の世界を認識して来たわけではないのだろう。」

 

ゲンドウの瞳が、僅かに、情報への興味を帯びる。

 

「君の知っているその世界に、興味はある。だが、その時間はない。」

 

ゲンドウは、感情を一瞬で断ち切った。冷徹な計画者の顔に戻る。

 

「君の存在は、この計画に必要不可欠だ。これが、死海文書の整合性を失い瓦解しかけた計画を、神の英知をもって私的な儀式へと昇華させるための最初の工程だ」

 

その瞬間

ドォォォン!! ガリリリリッ!

巨大な構造物の壁面が、まるで紙切れのように粉砕された。 舞い散る瓦礫と鉄骨の轟音と共に、緑色の閃光が、この神聖な儀式の場へと乱入した。

 

「カナメェェェーーッ!」

 

エヴァ初号機が、その巨大な質量をぶつけながら、Mark.09目掛けて一直線に突進してきた。その雄叫びは、繭の心音すら凌駕する、怒りに満ちたものだった。初号機のエントリープラグハッチが開き、シンジが焦燥した顔でカナメを叫んでいるのが見える。

Mark.09は、鈍い呻きのような音を上げ、その巨体が無様に吹き飛ばされた。 繭の祭壇の側面へと激突し、赤黒いL.C.L.物質を派手に撒き散らす。

その衝撃でカナメのエントリープラグが、勢いよくMark.09の手の内から弾き出された。

 

「ぐっ!」

 

宙を舞うプラグ。しかし、初号機は既に行動を予測していた。巨大な手のひらを差し出し、プラグを優しく、しかし確実にキャッチした。

 

「カナメ、大丈夫!?」

 

初号機のハッチから身を乗り出したシンジが、焦燥した顔でカナメを叫んだ。

カナメは、Mark.09の溶解物質がべったりと付着した初号機の手の上で、荒い息を吐きながら頷く。

 

「……ああ、ありがとう。シンジ君」

 

初号機は、丁寧にカナメを無機質なタイル張りの地面へと降ろした。

カナメは、もはや躊躇はなかった。彼はプラグから勢いよく飛び出し、H&K USPを両手でしっかりと構えた。

彼の視線の先には、シンジの乱入とMark.09の排除という完全にシナリオ外の事態に直面し、しかし揺らぎの見えない碇ゲンドウが立っている。

Mark.09は、激突した壁面でうねるように体勢を立て直し、再びカナメを狙おうと動いている。シンジの初号機は、カナメを背に庇うように立ち塞がった。シンジが吼える。

 

「父さんッ!!こんなことやめてよッ!!母さんもこんなこと望んでないはずだ!!」

 

カナメは、荒い息の合間に、冷たい声でゲンドウに言い放った。

 

「貴方の計画も、これで、終わりにしましょう。碇司令、僕らはこんな明日、望んでいません」

 

カナメのUSPの銃口は、一点の曇りもなく、ゲンドウのバイザーの奥の眉間を射抜いていた。シンジの初号機が、Mark.09を牽制するように構えていた。

その時、碇ゲンドウが、バイザーの奥で初めて、声を上げて笑った。その笑い声は、この神聖な儀式の場に、狂気と歓喜を振り撒く。

 

「もう一度言う。これが最初の工程だと」

 

彼の言葉は、儀式の点火スイッチがすでに押されていることを示していた。

ゲンドウの笑い声が空間に響き渡ったその瞬間。

中心でドクンドクンと重い心音を奏でていた巨大な繭が、内側から凄まじい力で押し破られ始めた。

繭の表面を覆っていた赤黒い肉塊が裂け、中から絶対的な白を放つ、巨大な人型のシルエットが飛び出した。それは正確に――カナメ自身を、狙っていた。

白き巨体が放つ絶大な存在感と、異界のインフォメーションに直面した瞬間、カナメの意識は耐えきれなかった。

 

「…あ…れ……は……」

 

四つ腕の巨人。カナメの脳裏を走った激しい光と情報過多によって、彼の世界はノイズに満たされた。

プツリと。

カナメの記憶は、そこで途切れた。

 

――――――

 

『次回予告』

激動は、加速する。

贄を巡る争いは、その形を変え、世界の理を歪ませる。

彼が選んだ、自己犠牲という名の最終防壁。

それは、碇ゲンドウの狂気的な愛が生み出した、理外の存在を繋ぎ止めるための、悲しい契り。

彼の消滅は、生命の書に記されない特異点へ、最後の希望を託した。

碇シンジ。君は、父の非道と、友の死を前に、何を選ぶのか?

託された普通の世界の記憶。第五の少年が握りしめる、倫理という名の足枷と、救済という名の凶弾。

人類補完計画は、既に最終局面へと移行する。

 

次回、「ただ、涙にひちて」

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