次の日、ハリーは9時半になるとすぐに家から飛び出した。ソフィアとルイスに会える、そう思うと自然と顔が綻び心が温かくなる。──まさか電話でも、手紙でもない、直接会いにきてくれるなんて!
ハリーは気がつけば駆け足になり、公園まで急いだ。ソフィアとルイスが待つ公園が何処かは分からなかったが、とりあえず1番近い公園に行き時間になっても居なかったら別の公園に向かおう。ハリーは鼓動が高鳴る理由が走っているからだけではなく、2人に会えるからだと分かると何だかとても、幸せな気持ちになった。
「ソフィア!ルイス!」
「「ハリー!」」
公園に駆け込めば、直ぐにソフィアとルイスの姿を見付けることが出来、ハリーはそのまま駆け寄り2人の前で急停止するとドキドキとうるさい胸を手で押さえ何度も深呼吸をした。
ハリーは2人に会うまで、どんな格好で来るのか少し心配していた、魔法界とマグル界ではファッションがかなり異なっている。万が一ダーズリー家の耳に自分が変な格好をしている子ども達と遊んでいたという情報が入れば──きっともう二度と会わせてもらえないだろう。
だが、二人の格好はマグル界に居ても全く目立つことの無い服装だった。ルイスはシンプルな黒いカッターシャツに至って普通のズボンで、ソフィアは白いブラウスに黒く滑らかなプリーツスカートを履いていた。
「はあっ…ひ、久しぶり!」
「まだ4日位しか経ってないわよ?」
「本当?4年くらい経ってたかと思ったよ!」
ハリーの言葉にソフィアとルイスは「大袈裟だなぁ!」と腹を抱えて楽しげに笑った。実際、マグル界に戻ってきたハリーはたった4日しかまだ経って居なかったと信じられなかった。それ程、辛く楽しい事なんてひとつもない日々だった。
「あの電話は??」
「ああ、電話はジャックにしてもらったんだ。ジャックはマグル界の事に詳しいからね」
「ハリーの親戚は魔法が嫌いなんでしょう?ハリーの友達だって言ったら会わせてもらえないかなぁって思ったの。それでハンカチを拾ったから渡したいって伝えたのよ!ちなみにハリーのいとこと一緒にいるところを見たからわかったっていうシナリオよ」
「かなり無茶なシナリオだったけど、何とかなったね」
悪戯っぽく笑う2人を見たハリーは、胸を詰まらせながら「本当、最高だよ!」と歓声を上げて喜んだ。
「ここまではジャックに連れて来てもらったの」
「ハリー?何時ごろまで遊べる?」
「いつまででも!」
ハリーの言葉に2人はにっこりと笑いハリーの手を取り「じゃあ沢山遊ぼう!」と言い手を引いた。
公園には広い芝生と少しの遊具しかなかったが、ハリーは初めて友達と公園で遊び──それがこんなにも楽しい事なのだと、初めて知った。
「キャーー!ハハハ!!何これ!!」
「飛んでいきそうだ!!ハリー!もっと!もっと!!」
「よーし!飛んで行っても知らないからね!」
初めてブランコを見たと言う2人にハリーが遊び方を教えれば、2人は興味津々で一生懸命にブランコを漕ぎ、ハリーは2人の背中を押した。勢いよく、まるで空へ飛んでいってしまうのでは無いかと言うほどの高さになっても2人は怖がるどころか声を上げて喜び、耳元を風が鳴り、頬を冷たい風が切り裂くのを楽しんだ。
「ハリー?これは何?」
「自転車だよ、誰かの忘れ物かな…?」
「あ!前言ってたマグルが移動する時に使うやつだね?」
公園の隅に忘れられた自転車が有れば、ソフィアとルイスは興味深そうにサドルに触れたり、ベルを鳴らしその音に目をぱちぱちと瞬かせた。
「ねえ、どうやって動かすの?」
「やってみてよ!」
2人は初めて見たものへの興味で期待を込めてハリーを見たが、ハリーは少し残念そうに笑い首を振った。
「僕…乗れないんだ」
「そうなの?マグルでも乗れない人が居るのね…たしかに、難しそうだわ…」
「そういうわけじゃないんだ。…自転車を乗るには、練習しないといけないんだ。…後ろを支えてくれる大人が必要だからね」
ハリーはどこか寂しそうに自転車のペダルを回し、それに連動したタイヤがからからと音を立てて物悲しく回る。ソフィアとルイスは顔を見合わせ、優しく笑った。
「それなら、一緒に練習しましょう!」
「…あっ!でも、大人と一緒じゃないと危険なのかな?」
「あら…そうね、たしかに…何処かに乗る申請を出さないといかないのかも…」
「…あははっ!大丈夫!僕たちだけで乗れるよ!」
ソフィアとルイスはじっと自転車を見ながら真顔で相談する。そんな2人を見たハリーは腹を抱えて笑った──笑い過ぎて涙が溢れたのだと言い訳する為に──目に浮かんでいた涙を指で拭い、ハリーは自転車を起こし乗り方の説明をした。
「後ろを支えてくれるかな?サドル…あっ、僕が座ってる所ね?そこを後ろでちょっと持って、倒れないようにしてほしいんだ」
「うん、やってみるよ!」
「頑張って!ハリー!ルイス!」
ルイスは言われた通りすぐに後ろに周り、そっとサドルを掴んだ。ハリーは強くハンドルを握り足をペダルに乗せる、途端にぐらつき、ルイスとソフィアが悲鳴を上げた。
ルイスは顔を引き攣らせながらもサドルから手を離す事は無く、必死に支えた、ハリーがペダルを漕ぐ度に勝手に進む─ように、ルイスとソフィアには見えた──自転車に悲鳴混じりの歓声を上げる。
「ちょ、ちょっと!これ、本当に大丈夫なの!?」
「そっそのまま抑えてて!離しちゃダメだよ!?──うわぁっ!」
バランスを崩したハリーはガッシャン!と大きな音を立ててそのまま横に自転車ごと転倒し、手を離すタイミングが全くわからなかったルイスも自転車に引っ張られるようにして倒れ込む。
もうもうとした土埃が上がる中、ソフィアは「…大丈夫?」とそっと2人に声を掛ける。
ハリーとルイスは腕を擦り剥いて居たが、2人は顔を見合わせると同時に吹き出しケラケラと声を上げて笑った。
「あははっ!何これ!?こんなのにマグルは乗るなんて正気じゃないよ!支える人大変過ぎない?」
「ルイスいつまでも手を離さないからだよ!」
「えっ?離して良いの?ハリー飛んでっちゃわない?」
「飛んでいかないよ!あははっ!」
顔に土をつけ、服を汚しながらも、2人はそれすら可笑しくて仕方がないと言うように笑った。ソフィアは大した怪我が無かったことに安堵しながら、倒れて居た自転車を起こしサドルに座ると「ねぇ?これここに足を乗せて、どうするの?」とハリーに聞いた。
「踏み込んだら、タイヤが回るんだ、それで前に進むんだよ」
「ちょっと!ソフィア先に乗るなんてずるいよ!後ろを支えて居たのは僕なんだから、次は僕の番じゃ無いの?」
「だって2人があまりに楽しそうなんだもの!やってみるわ!」
「え、危な──」
危ない!そうハリーが言う前にソフィアは目に何故か闘志を宿し、思いっきりペダルを踏み込んだ。ただ、力が篭っていたのは足だけでは無く、手でブレーキレバーとハンドルを思い切り握り込んでいた為に──。
「きゃあーーっ!!」
ソフィアの前輪は回ることなく、かと言って停止するには踏み込みは十分過ぎた為にソフィアは思い切り前につんのめった。
「ソフィア!」
「だっ…大丈夫!?」
ソフィアは倒れた勢いでごろごろと転がり、身体中に雑草や土をつけてうつ伏せで停止した。ハリーはソフィアのスカートが捲れ上がり、その白い太ももが露わになっていて思わず顔を赤く染め視線を太ももからさっと逸らした。
慌ててルイスとハリーが駆け寄り側にしゃがみ込む。ルイスは真っ先にソフィアのスカートの乱れをさっと正した。
──ソフィアはうつ伏せになったまま、その肩を震わせていた。
痛みのあまり泣いているのかとハリーは動揺し、心配そうにソフィアの肩に手を乗せようとしたが、ソフィアは勢いよく上体を起こすと擦り傷と汚れだらけの顔を興奮でさらに赤くしながらキラキラと輝いた目でハリーとルイスを見た。
「──何今の!?凄いわ!自転車って生き物なのね!…何故か動かなかったの、きっと私をまだ認めてないのよ…誰が主人だってわからせてやるんだから!」
ソフィアは身体についた汚れなど微塵も気にせず──むしろ自転車が怪我をして居ないか心配していた──再び自転車に乗り「良い子、あなたは良い子だわ…」とぶつぶつと自転車に言い聞かせた。
「…ソフィア…その、自転車は生き物じゃなくて…ブレーキを握っていたから動かなかったんだよ…?」
「しっ!…面白いから暫く見とこう」
「えぇ…」
ハリーがおずおずとソフィアに真実を伝えようとしたがルイスは楽しげに笑いそれを止めた。あいにく自転車に夢中のソフィアはハリーの言葉が聞こえておらず、その後3回は同じように転倒し地面を転がっていた。
3人がようやく自転車にひとりで乗れるようになった頃には自転車は傷だらけになり、太陽が沈みかけていた。
ハリーは真っ赤に染まる地平線を眺め、心から残念だとため息を吐いた。ダーズリー家に居る時はあんなに時間の経過が遅かったのに、2人と遊んでいると…こんなに時間が経つのが早いなんて。
「残念だけど、僕…そろそろ帰らなきゃ…」
「そう…残念ね。また遊びにくるわ!」
「うん!絶対だよ!?僕、毎日公園で待ってるから…!」
ソフィアの言葉にハリーは必死に何度も頷き、縋るように懇願した。夏休みに何か楽しみがないと、本当にやってられない。2ヶ月もの長い間ひとりぼっちで過ごすだなんて…そんなの、今日の楽しさを知ってしまった後で、耐えられる気がハリーには全くしなかった。
「流石に毎日は無理だけど…なるべく遊びにくるよ!そうだね…昼まで待って、来なかったらその日はもうここには来ないと思うから、家に帰った方がいいよ。何時間も待たせるのは悪いし…」
ルイスはちょっと困ったような笑顔で優しくハリーに告げた。流石に何時間も待ちぼうけさせてしまうのは申し訳と思ったが、ハリーは勢いよく首を振り、肩をすくめる。
「あの家に居るより、2人が来なくとも…外で過ごす方がずっといいよ」
ハリーの心底嫌そうに吐かれた言葉に、ルイスとソフィアは苦笑するしか無かった。
名残惜しそうに何度も振り返り、見えなくなるまで手を振っていたハリーに、二人も同じようにずっと手を振っていた。
とうとうハリーが通りの向こうに消えた後、ルイスは辺りを注意深く見渡しカバンの中から小さな手持ち鏡を取り出す。それは何の変哲もない、シンプルな丸い手持ち鏡だった。
カバンの口を大きく開き、その鏡を覗き込むと小声で鏡に話しかけた。
「ジャック、おーい、近くにいる?」
「──お、もう良いのか?」
鏡に映ったのはルイスの顔ではなく、ジャックの顔だった。
「うん、もう暗くなって来たしね」
「迎えに来れるかしら?」
「──ああ、ちょっと待ってろ」
そう言うとジャックは鏡の向こうから消える。そして暫く経ち──ソフィアとルイスはジャックが来るまでまた自転車で遊んでいた──公園の入り口の方からゆっくりとジャックが現れた。
「楽しかったか?」
「ええ、とっても!」
「また、ジャックが暇な時に…連れて来て欲しいんだ。ハリー、此処では友だちが居なくて寂しいみたい…家で過ごしたくないんだって」
「ああ、勿論いいぞ」
ジャックは2人がどのような遊びをしたのかは知らないが、それでもこの弾けるような笑顔と髪の乱れ、そして服についた土や雑草を見てとても楽しかったのだろうと苦笑しながら杖を振るう。ソフィアとルイスの身体を撫でるように柔らかな風が吹き、汚れはすっかりと綺麗になった。
「さ、帰ろうか。今ならマグルも側に居ないようだしな」
「うん!…あ、その前にジャックって自転車に乗れる?」
「マグルの移動手段よ!知ってた?」
ソフィアは相棒を自慢するように胸を逸らし、傷だらけになってしまった自転車を誇らしげにジャックに見せた。ジャックは不敵な笑みを浮かべソフィアの手から自転車を掴むと颯爽と長い脚を上げ跨った。
「──大人を舐めるなよ?」
そうニヒルに笑いジャックは勢いよくペダルを踏み──。
──ガッシャン!!
──勢いよく転けた。