変身術の授業で、マクゴガナルがアニメーガスについて説明をし、皆の目の前で華麗にトラ猫に変身したのを見て手を叩いたのはソフィアだけだった。
「まったく、今日はみんなどうしたんですか?」
マクゴガナルは人間の姿に戻るなりため息混じりに呟き、暗い顔をするクラス中を見渡した。
「別に構いませんが、私の変身にたった1人しか拍手しなかったのははじめてです」
ソフィアを除く皆が一斉に後方に座るハリーを振り向いたが、誰も喋らない。ハリーの隣に座っていたソフィアは皆がトレローニーの予言を真に受けているのだと知り、少し意外に思った。
「先生、私たち占い学の最初のクラスを受けてきたばかりなんです。お茶の葉を読んで──」
「ああ、そういうことですか」
ハーマイオニーが全て言い切る前に、マクゴガナルは顔を顰め納得するように頷いた。
「ミス、グレンジャー、それ以上は言わなくて結構です。今年は一体誰が死ぬ事になったのですか?」
「…僕です」
「わかりました。では、ポッター、教えておきましょう。シビル・トレローニーは本校に着任してからというもの、一年ごとに一人の生徒の死を予言してきました。未だに誰一人として死んでいません。死の前兆を予言するのは、新しいクラスを迎えるときのあの方のお気に入りの流儀です」
「…とんだご趣味だわ」
ソフィアが思わず呟けば、マクゴガナルはちらりとソフィアを見てそれに賛同するように口先だけで微笑む。
「私は同僚の悪口を決して言いません。──占い学とは、魔法の中でも1番不正確な分野の一つです。私があの分野に関しては忍耐強くないという事を、皆さんに隠すつもりはありません。真の予言者は滅多にいません。トレローニー先生は──」
そうではない。と言う言葉を何とかマクゴガナルは飲み込むと、一度言葉を切りごく当たり前の調子でハリーを見ながら続けた。
「ポッター、私の見るところあなたは健康そのものです。ですから今日の宿題を免除したりいたしませんからそのつもりで。ただし、もしあなたが死んだら、提出しなくても結構です」
マクゴガナルの珍しいジョークにソフィアとハーマイオニーが吹き出し、肩を震わせて必死に声を押し殺した。
ハリーはマクゴガナルの言葉に少し気分が軽くなった。たしかに、今冷静になって思えばあんな紅茶の滓に怯えるのはおかしい気がしたのだ。
ただ、そう思ったのは皆ではない、ロンはまだ不安そうにしていたし、ラベンダーとパーバティは「でも、ネビルのカップは?」と囁いていた。
変身術の授業が終わり、四人は昼食に向かう生徒に混じって大広間へ向かった。
「ごめんね、私ルイスと約束があるの!また魔法生物飼育学の授業でね!」
ソフィアは皿の上にあるサンドイッチを数個手に取るとすぐに大広間から飛び出した。
少し駆け足になりながらサンドイッチを口に押し込み、階段を降り地下牢へ向かう。
「ソフィア」
「ん?…
廊下の途中でソフィアと出会ったルイスは、もぐもぐとサンドイッチを食べながら歩く様子に額を押さえ怪訝な目を向け「お行儀が悪いよ」と嗜めたが、ソフィアは何食わぬ顔で全てのサンドイッチを口に押し込み、暫く無言だったがようやく飲み込んだ後に何でもない事のように伝えた。
「だって、私には時間が無いんだもの!」
全科目取るからだよ、とルイスはため息混じりに呟き、魔法薬学の研究室の扉を叩いた。
「先生、ルイスとお行儀の悪いソフィアです」
「まぁ!」
何で言うの!とソフィアは慌てたが、ルイスは素知らぬ顔で扉を開けた。
その先には今までと同様、セブルスが二人の到着を待っていたが、怪訝そうに眉を顰め、ソフィアを見下ろしていた。
ソフィアはその視線に肩をすくめながら研究室へと入り、後ろ手に扉を閉める。
「…何があった?」
「父様、ソフィアはサンドイッチを食べながらここまで来ました」
「だ、だって!そうじゃなきゃ食べる時間が無いじゃない!」
ソフィアは必死に弁解をしたが、ルイスとセブルスは冷ややかな目でソフィアを見つめる。ぷいと視線を逸らしたソフィアは、わざわざ時間を作ったのにそんな事に目をつけなくても、ともごもごと呟いた。
「…それで?父様…何か用事ですか?」
「ああ、…2人は守護霊魔法を知っているか?」
「…吸魂鬼に効果的な魔法でしょ?」
ソフィアはセブルスの言葉に気を取り直すようにして答えた。セブルスは少し頷き、ソフィアとルイスの顔をじっと見つめる。
「2人は…その魔法を習得しなければならない」
「…え、僕たちが?…どうして?」
「万が一の為だ。…吸魂鬼に人の道理は通用せん。学内に入り込むことは無いとは思うが…万が一の為に対処する術を持っていた方が良い」
「…でも、出来るかしら。…その、かなり高度な魔法だって書いてあったもの…」
セブルスの言い分は理解できたが、守護霊魔法は一人前の魔法使いでも手こずる程難しい。まだ3年生である自分達に果たして習得する事が叶うのだろうか、とソフィアは不安げにルイスを見た。
ルイスも同じことを思い、肩をすくめながらセブルスを見上げる。
セブルスはソフィアとルイスの不安げな顔を見て、僅かに表情を緩めるとその大きな優しい手で2人の頭を撫でた。
「心配するな。…お前たちは優れた魔法使いと魔女だ。…それに、私が教える」
ソフィアとルイスは優しく告げられた言葉にくすぐったさを感じ、照れたように笑う。
「父様が教えてくれるなんてね!」
「うーん、スパルタじゃなかったら良いんだけど」
「それは…2人次第だな」
ソフィアとルイスの悪戯っぽい笑みに、セブルスは薄く笑いながら答えた。
「空いている時間はあるか?」
「僕はあるけど…」
「うーん…そうね…」
ルイスとソフィアは鞄から今日受け取ったばかりの時間割をセブルスに渡した。セブルスはそれに目を通し、ソフィアのあまりにも過密な時間割に眉を寄せる。
「…明日、1時限に3つも科目があるが…」
「そうなのよ、せめてもう少しバラけていたら良かったのに…」
「…木曜日の5限目だな。この時なら私も授業がない」
返された時間割を受け取った2人はペンを取り出し空いている木曜日5限目にSとマークをつけた。これなら万が一誰かに見られても何のことかわからないだろう。
「明日は丁度木曜だ。守護霊魔法には最も幸福な記憶が必要となる。…それを考えておくように」
「はーい」
「ねぇ、守護霊魔法を私たちに教えるくらいだから…父様は守護霊を出せるのでしょう?どんな姿をしてるの?」
一人ひとり異なる守護霊、それは犬だったり猫だったり殆どが動物だが、稀に魔法生物を出現するさせる者もいるという。──父の守護霊とはどんな姿をしているのか、ソフィアは気になり、期待を込めてセブルスを見上げる。
セブルスは少し黙ったが、まぁ一度見せておくのも必要かと杖を振るった。
「エクスペクト・パトローナム」
セブルスの杖先から銀色の光の筋が現れ、それは1匹の動物の姿となり、目を輝かせるソフィアとルイスの目前に凛と立った。
「わぁ!」
「すごいわ!」
守護霊は2人の周りを駆け回っていたが、セブルスにそっと近付くとその身を寄せ、ふっと空に溶けるようにして消えた。
キラキラとした銀色の残滓を見ていた2人は、頬を紅潮させセブルスを尊敬の眼差しで見上げる。
「明日が待ち遠しいわ!」
「僕たちはどんな姿の守護霊が現れるのかなぁ…楽しみだね!」
興奮で身体をそわそわと動かすソフィアとルイスを見て、セブルスは小さく微笑む。既に2人は3年生のうちに習う魔法は全て習得している。同学年の子供たちの中でも最も優れた魔法使いと魔女であるとセブルスは過信ではなくそう思っていた。──きっと、2人なら直ぐに習得するだろう。
その時昼休み終了のベルが鳴り、ソフィアとルイスは顔を見合わせ「魔法生物飼育学!」と声を合わせて叫ぶと、セブルスに手を振りすぐに地下牢から出て行った。