「さあドラコ、僕たちも行こうよ」
「…そうだな」
ルイスはドラコがやけに素直だとは思ったが、きっとハリーに出来た事は自分にも出来ると自負している自信の現れだろうと深く気にする事は無かった。
2人は柵を乗り越え、先程ハリーが乗っていたヒッポグリフ──バックビークに向かった。
「先に僕がお辞儀するね」
ルイスはドラコの前に立つと、じっとバックビークを見つめ、ソフィアがしたように頭を下げた。バックビークは大人しい個体なのか、すぐに同じように頭を下げ撫でる許可をルイスに与える。
ルイスは嬉しそうに微笑みながらも、怖々とその嘴を撫でた。──ルイスはソフィアほど、魔法生物が得意なわけではない、人並みの恐怖心はあったが、それでもなんとか触れる事は出来た。とてもじゃないが、背中に乗ろうとは思わないが。
続いてドラコが頭を下げる。短いお辞儀だったが、バックビークはルイスにしたように頭を下げた。
ドラコはそっとバックビークに近づく、はじめは緊張していたが、バックビークが大人しく何もしてこない事が分かると少しほっと胸を撫で下ろし、いつものように尊大な態度でその嘴を撫でた。
「簡単じゃないか。ポッターに出来るんだ、簡単に違いないと思ったよ。…おまえ、全然危険なんかじゃないよな?」
ドラコはわざとハリーに聞かせるために大声で話す。ルイスは嫌な予感にそっとバックビークの羽を撫でていた手を止め、ドラコの側に寄った。
「ドラコ──」
「そうだろう?醜いデカブツの野獣君?」
──ヒッポグリフは絶対侮辱しちゃなんねぇ。
ルイスの脳裏にハグリッドの言葉が蘇った。ヒッポグリフの目の色が凶暴にドラコを睨み、猛々しく前脚を振り上げた。
「ドラコっ!」
ルイスはぽかんと口を上げ凶刃を見上げるドラコを咄嗟に突き飛ばした。
ドラコが悲鳴を上げながら倒れ、その上にルイスが覆いかぶさる、次の瞬間ハグリッドが素早くバックビークに首輪をつけようと格闘した、ドラコは燃えるように痛む腕を抑え、ぬるぬると流れる鮮血を見てさっと顔色を蒼白にした。
「死んじゃう!僕、死んじゃう!」
「ドラコ、そのくらいで死なない、怪我は腕だけ?」
ルイスは身体を起こしドラコの怪我の具合を確かめた。流血しているが思ったよりも傷は深くない事に、ほっとため息をつく。
ドラコはこんなに血が出てるのに死なないわけがあるかと涙を浮かべながらルイスを見たが、彼の顔に冷や汗が浮かんでいることに気付き、「…まさか」と小さく呟いた。
「死にゃせん!誰か手伝ってくれ。この子をこっから連れなさにゃ──」
ハグリッドが顔を蒼白にしたままルイスの下からドラコを引き摺り出し軽々と抱えた、ドラコは痛みに呻きながら必死に叫ぶ。
「待て!ルイス──ルイスも怪我をしている!」
「何!?」
「ルイス!!」
ルイスは地面に膝をつけたまま肩を押さえていた。白い手の間から抑えきれなかった血が溢れその傷の深さを物語る。ソフィアは血相を変えてルイスに駆け寄ると小さく悲鳴を上げ口を抑えた。だがすぐにぐっと真剣な表情をすると杖を出しルイスに浮遊魔法をかける。
「ハグリッド、大丈夫よ。ルイスは大丈夫だから。──私が運ぶわ、早く医務室に」
「あ、ああ」
ソフィアの顔は血の気がなく、声も震えていた。自分に言い聞かせるように何度も「大丈夫」と呟きながら城に向かうハグリッドの後を追いかける。
「ルイス、大丈夫──よね?」
抑えきれなかった血が流れ落ち廊下を汚すのを見てソフィアは不安げにルイスに聞いた。ルイスは安心させるように微笑み、小さく頷く。
「去年バジリスクと戦ったときの怪我と比べれば、こんなの擦り傷だよ」
ルイスは軽く言うが、その顔色は悪い。ソフィアは辛そうに顔を歪め、少しでも早く医務室に着くために、早く治療をしてもらうために、必死に走った。
ドラコとルイスは医務室でポンフリーから治療を受けた。
ルイスは右肩から左脇腹にかけて大きく長い切り裂き傷を負い、ドラコは腕に深々と長い傷が出来ていた。
「きっとプリンスが咄嗟に庇ってくれなければマルフォイ、あなたの腕は千切れていた事でしょう」
ポンフリーはドラコの腕に薬を垂らし包帯を巻きながら真剣な顔で伝えた。顔を蒼白にし、心配そうにドラコを見るハグリッドをポンフリーは睨むように見る。
「ハグリッド、あなた、ちゃんとヒッポグリフの生態について話しましたか?」
「お、俺…俺は…」
ぶるぶると身体を震わせるハグリッドを見たルイスはベッドの上で上半身の服を脱ぎ、うつ伏せになったまま顔だけをポンフリーにむけてしっかりとした言葉で告げた。
「ハグリッドはちゃんと説明をしていましたよ」
「そう…でも、あんな凶暴な魔法生物を使うなんて…」
ポンフリーは魔法生物も、クィディッチも好きではない。怪我をする可能性があるスポーツをするなんて彼女にとっては信じられず、ましてはあんな凶暴な生き物を授業に使うハグリッドも信じられなかった。
「…ハグリッド、次の授業あるでしょ?もう大丈夫だから…」
「ルイス…すまねぇ…」
「ううん、大丈夫だよ」
ハグリッドは時計をちらりと見ると項垂れたままドラコにも「すまねえ、マルフォイ」と頭を下げ──ドラコは何も言わなかった──肩をガックリと落としたまま医務室から出ていった。
「ルイス…大丈夫?」
ソフィアはルイスの背中の傷を見ながら小さな声で呟いた。ポンフリーに薬を塗られ、血は止まり傷口も治癒しかけている。だが薬はこの怪我で失われた血を戻すものではない。
会話出来るのだから、きっと大丈夫だ──そうは思っても、やはり心配は心配だった。
「うん、平気。もう痛みもないよ」
「良かった…」
「今日は2人とも念の為泊まった方がいいでしょう。増血薬を持ってきますね」
ポンフリーは優しくドラコとルイスに向かって告げ、医務室の奥に向かった。ソフィアは暫くルイスの背中を見ていたが、顔中に怒りを滲ませながら隣のベッドに座り込むドラコの元へ向かった。
「ドラコ、怪我は?」
「あ、ああ…まだ、痛みはあるが、大丈夫だ…」
ドラコの言葉を聞き、ソフィアは「そう」と呟くとそのまま右手を振り上げ思い切りドラコの頬を強く叩いた。
パンッ、と乾いた音が医務室に響く。ルイスは横目でそれを見てため息をこぼし、ドラコは怪我をしていない方の手で呆然とじんじんと熱を帯びた頬を抑えた。
「ソ──」
「バカっ!ハグリッドの話を聞いてなかったの!?ヒッポグリフは侮辱してはならないって言ってたでしょう!?」
ドラコはぐっと奥歯を噛み締め俯いた。
そんな事言っていただろうか?──いや、話をちゃんと聞いていなかったのは自分かもしれない。ソフィアは自分のせいでルイスが傷ついた事に酷く怒っているに違いない。…何の反論も、出来ない。
「ルイスが助けてくれなかったら、ドラコ、あなた本当に死んでいたかもしれないわよ!?わ、私、──っ!」
「……?」
ソフィアは顔を真っ赤にして怒っていたが、言葉をずっと止めると口を真一文字に結んで押し黙る。
突如途切れた言葉にドラコがちらりと視線をあげれば、ソフィアの緑色の目には今にも溢れそうな程の涙が浮かんでいた。
「ソフィア…?」
思っても見なかった表情に、ドラコがソフィアの名前を呟けば、ついにぼろぼろと大きな目から涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちた。
「わ、私、ドラコが死んじゃうかと…!ルイスも、け、怪我をして…!2人とも、し、死んじゃうかもって…!」
「だ、大丈夫だソフィア!──死なないから!」
ソフィアの涙に狼狽えたドラコは慌ててソフィアに告げる。ソフィアはそれを聞くと突然ドラコの首元に抱きつき、ぎゅっと強く抱きしめた。
ソフィアの手から震えが伝わり、肩口を温かい涙が濡らす。
ドラコは狼狽えたままおずおずとソフィアの背中に片腕を回し躊躇いながらそっと撫でた。
「すまない…」
「本当よ!もうっ…バカドラコ!」
ソフィアの泣き声を聞きながら、ドラコは自分が怪我をした事に悲しんで嘆いてくれているのだと知ると、胸がきゅっと切なく締め付けられるような思いがした。痛くはない、妙な甘さと──苦しさ。
「あのー。──僕には熱い抱擁はないのかな?」
ルイスは2人を見ながらぽつりと呟いた。