ソフィアは次の日のクィディッチの試合を見にいかなかった。昨日セブルスから言われた言葉が耳の奥から離れず、大好きなクィディッチを観戦する気分になれなかった。
──きっと父様は言い過ぎただけだ、衝動的に口から溢れたんだろう。そういうところがあるのは知っている。──けれど、許せないし、何より…悲しかった。
ハーマイオニーとラベンダーとパーバティは何度もソフィアを心配し元気づけようとしたが、ソフィアは友人たちの優しさに嬉しそうにはしたが、やはりその顔はいつものような底抜けの明るさが戻ることは無かった。
何もする気が起きず、ベッドの上に寝転んでいたソフィアだったが、夕方遅くにようやく部屋に戻ってきたハーマイオニーにクィディッチで何があったのかを聞いた時には自身の悩みを一瞬忘れハリーを思い心を痛めた。
日曜日の朝早くからハーマイオニーとロンと見舞いに行き、夜になるまでつきっきりでベッドのそばに居たが、ハリーはニンバス2000の残骸を呆然と見つめ、ソフィアたちがどう励ましても地まで落ち込んだ気持ちが回復する事はなかった。
「ソフィア、本当に行かないの?」
「ええ、行かない。図書室に行くわ。大広間にも…行きたくないし、朝食はいいわ」
「また、サンドイッチ持ってくるよ」
「ありがとうロン」
月曜日の朝、談話室に居たソフィアは気遣うようなハーマイオニーの不安げな言葉にきっぱりと頷く。はじめにある魔法薬学の授業をサボると決めたソフィアは堂々たる態度でハーマイオニー達に宣言した。
あの怖いスネイプの授業をサボるなんて、とハリーとロンは少し尊敬の眼差しでソフィアを見たが、ハーマイオニーだけは何か言いたげに眉を顰めていた。
「ああ…でも…。──いえ、ソフィアがいいのなら…」
「いいの。何か聞かれたら──まぁ聞かれないと思うけど──病気って事にしてて、それもめちゃくちゃ重くて体も動かせないくらいのね」
ハリーとロンは、確かにとんでもない重病が理由でなければセブルスの授業をサボるなんて出来ないだろうと頷いたが、ハーマイオニーだけはセブルスに──父に心配させたいのだろう、とわかり小さく頷く。
3人を見送ったソフィアは独り廊下を歩き図書室へと向かった。
ハリー達は地下へ降りる階段を進み、冬が近く一層冷え切った魔法薬学の教室内に入った。
既に殆どのスリザリン生とグリフィンドール生が席に着き、スリザリン生はくすくすとハリーを見て冷やかし嗤いを浮かべ、グリフィンドール生は気の毒そうにハリーを見た。
ドラコはハリーが来た事が分かるとすぐに包帯の取れた手を見せびらかしながら嬉々として箒から落ちる真似をし、スリザリン生の爆笑をさらっていた。
ルイスだけは相変わらず冷ややかな目でドラコを見てその形のいい頭をぱしんと叩き何度も「やめなよみっともない」と言っていたが、ドラコにしてみればクィディッチの試合中に落下したハリーは少し早めに来たクリスマスプレゼントのようなもので、有頂天になりルイスの忠告も無視していた。
ルイスはハリー達が来た事に気づくといつものようにソフィアを探したが、いつもならそのグループの中にいるソフィアの姿が見えず、不思議そうにハリーに駆け寄った。
「ソフィアは?」
「あー…実はね」
ハリー達は金曜日の闇の魔術に対する防衛術の授業で体調不良のリーマスの代わりに臨時教師となったセブルスがソフィアに何を言ったのかを詳しく話した。
ルイスは驚き目を見開いていたが、徐々にその顔を険しくさせ「本当に?」と訝しげに呟く。
「本当に──先生が、そう言ったの?」
「そうさ!ルイスはお気に入りだからわからないかもしれないけどさ、酷いやつだよスネイプは!」
ロンは怒りを思い出し顔を赤くしながら怒ったように言う。しかしルイスはそれでも信じがたく、狼狽した目でハーマイオニーを見る。
「…本当よ。ソフィアは酷く傷付いて、落ち込んでいたわ…」
「そっか…後で会いに行くよ。──スネイプ先生を、少し懲らしめないとね」
「え?…どうやって?」
あのスネイプを懲らしめることなど出来るのだろうか、とハリーとロンは顔を見合わせ怪訝な目でルイスを見る。ハリーとロンからしてみれば、それこそ信じがたいことだったが、ルイスは悪戯っぽく笑い「まぁ見ててよ」と言うとすぐにスリザリン生のいる場所へ戻った。
ハリー達は顔を見合わせたが、授業開始のベルがなった為慌てて席に着くとすぐにセブルスが扉を開けて現れ、いつものようにまず出席を取り始めた。
「ミス・プリンス…」
ソフィアの名を呼び、返事がないことにまだ怒っているのかとセブルスは片眉を上げ教室内を見渡す。しかし、その教室の中にソフィアの姿は無かった。
「先生」
ルイスが手を挙げて立ち上がる。
その表情は心配そうに目を揺らし、一度深いため息をついた。
「ソフィア──妹は、今心労がたたって医務室で寝込んでいるんです。何があったのか…兄である僕にも教えたくないと言って教えてくれませんでしたが…マダム・ポンフリーによると、強いストレスが原因だと言うことです。土曜日から殆ど何も食べず…衰弱しきって…。…さっきお見舞いに行ったのですが、起き上がれないようで…──面会謝絶になってました…」
こんな悲劇はないと絞り出すようにルイスは言った。グリフィンドール生はざわつき「ほら、あれが原因だよ…」と囁き、セブルスを睨む。ハリーとロンはこんな事を言ってもどうせスネイプの野郎は少しも心を痛めないだろう、と思いチラリとセブルスを盗み見たが、セブルスはいつもより顔色を悪くさせ言葉が出ないように見えた。
「──だから、今日は欠席なんです」
ルイスはもう一つ大きなため息をつき、元気が無さそうに俯いたまま座った。セブルスは苦々しい表情を浮かべ暫く無言だったが、生徒たちが自分を見ている事に気付きハッとした顔で咳払いを1つすると、止まっていた出席取りを再開した。
ルイスはちらりとハリー達を見て、悪戯っぽくウインクをしてみせた。
セブルスは授業をし、いつものように生徒達の調合を見て回りながらソフィアの事を考えていた。
倒れたなど、聞いてない。──いや、確かに土曜日から大広間でその姿を見ていなかったが、まさか、──本当に?そんなに悪いのだろうか、面会謝絶になる程に。
後で直ぐに医務室に向かおう──いや、ストレスの原因は間違いなく自分だ、会いに行くと悪化してしまうだろうか。いや、だが──。
セブルスは考えるあまりロンがドラコの顔面にワニの心臓をぶつけたが気が付かなかった。
授業終業のベルがなり、ハリー達はすぐに教室から出た。その後をルイスは追いかけ、悪戯っぽく笑い囁く。
「割と効いたでしょ?」
「そうだね…でも、なんでだろう」
「──ほら、もしソフィアがダンブルドア先生に苦言したらさ、もう2度と闇の魔術に対する防衛術の教師を臨時としてでもやらせてもらえないと思って不安になったんじゃない?」
ルイスはそれらしい理由を説明し、ハリーとロンは「あり得るね」と納得した。
「でも…バレたらどうするの?」
「ま、ソフィアには口裏を合わせてって言うよ」
「ソフィアなら、図書室か…あの隠し部屋だと思うよ、大広間に行きたくないからって僕たちがご飯を届けてるんだ」
「そうなんだ?じゃあ今日の昼ご飯は僕が持って行くよ」
不安げなハリー達にルイスは軽く言うと大広間まで共に向かいサンドイッチを数個手に取ると直ぐに隠し部屋──花束を持つ少女の部屋へ向かった。
「ソフィア」
「…ルイス?」
暖炉側のソファに座り、数時間前に受けたばかりの授業達の宿題を広げていた。どうしても魔法薬学を受けたくない、父に会いたくないというソフィアに、ハーマイオニーとソフィアは先に被ってある授業を全てこなしていた。何度も逆転時計を使い、だんだん使い方に慣れてきた2人は混乱する事なく、ハリーとロンに怪しまれる事もなくなんとか重複した授業をこなすことが出来た。
「ハリー達に、何があったのか聞いたよ」
「そう…」
ルイスはソフィアの隣に座りサンドイッチを差し出した。それを受け取りながらソフィアは暗い顔でサンドイッチを一口食べる。
「父様の性格は知ってるでしょ?本心じゃないよ」
「…わからないわ。私って…ルイスよりも…その、問題を起こしがちだし…──本当に出来損ないだと思っているのよ…そうじゃなきゃ、咄嗟にあんな言葉出ないわ…」
ソフィアは自分で言いながらかなり落ち込んでしまい、深いため息をついた。
ルイスはソフィアの肩に手を回し自分へ引き寄せると優しく頭を撫でた。
「絶対、そんな事ないよ。父様は僕らを──ソフィアの事を本当に愛してるから」
「…でも…」
「大丈夫、今頃父様は深く後悔してるし、ソフィアの事だけを考えてるよ」
安心させるためにルイスは優しく微笑み、魔法薬学で何を言ったのかを伝えた。ソフィアはいつのまにか壮大な事になっていると思ったものの、何故か無性に可笑しく少し表情を緩めた。
「…医務室に行かないといけないわね」
「父様、今頃大広間にソフィアが居なくてかなり狼狽えてると思うよ?もう心配で、医務室に行っちゃうかも」
くすくすとルイスが笑えば、ソフィアも同じように笑った。
そして手に持っているサンドイッチをぼんやりと見つめ、ルイスの肩にもたれかかりながらソフィアはぽつりと呟く。
「…ルイス…私、次の授業には…ちゃんと出席するわ──もし、父様がまた私を出来損ないって呼んだら…父様の服を緑色の長いドレスに変えてやるわ!」
「うん、ソフィアらしくていいと思うよ」
ソフィアとルイスは顔を見合わせてくすくすと笑う。
少し元気を取り戻したソフィアは手に持っていたサンドイッチを一気に頬張ると机に広げていた宿題を片付けて立ち上がった。
「私、医務室に行ってくるわ、既成事実を作らないとね」
「そうだね、その方がいい」
ソフィアは微笑むルイスに感謝を込めて一度強く抱きしめるとにこっと明るく笑いすぐに部屋から出て行った。
ルイスもすぐに部屋から出ると、ドラコが居るだろう大広間に向かった、今ならまだ何か料理が残っているかもしれない。
「ミスター・プリンス」
「…スネイプ先生?」
しかし廊下の途中でセブルスに呼び止められ、ルイスは足を止めて首を傾げながらセブルスを見上げた。その表情はいつもより顔色が悪く、それでいてやや不安げに眉が寄せられている。周りに他の生徒がいることから何も言うことが出来ないのだろうが、どう見てもソフィアの事を聞きたがっていた。──ちゃんと効果はあったようだ、とルイスは内心でほくそ笑み。それでも表面上では心配そうに眉を下げてため息をついてみせた。──勿論、セブルスの事は大好きだ、しかし、それと同じくらいソフィアの事を愛している。そんな相手が泣くほどの暴言を吐いた父を少しくらい痛めつけなければ、ルイスの気が治らなかった。いいお灸を据えてやるくらいの気持ちでルイスはチラリとセブルスを見上げる。
「先生…今、医務室からの帰りなんです。これから大広間に行くところで…」
「そうか。──…調子はどうかね?」
「ご心配おかけします。…大丈夫だと、マダム・ポンフリーは言っていました」
ルイスの言葉にセブルスは顔を顰めた。マダム・ポンフリーが言っていた、という事は直接本人から聞いたわけではないのか。──本当に、会えていないのか。
「そうか…」
「…すみません、先生…昼食の時間が無くなりますので…失礼します」
ルイスは軽く頭を下げるとくるりと背を向け大広間に向かった。ぺろりと舌が出されていたが、セブルスは勿論それを見る事は無く、すぐに居ても立っても居られず医務室へ向かった。
「ポンフリー先生、私…アレの3日目で…体調が悪くて、寝ていても良いですか?」
「まぁ…勿論ですよ、ゆっくりしなさい。鎮痛剤を持ってきましょう」
ソフィアが眉を下げながら医務室を訪れればマダム・ポンフリーはすぐに優しく頷き、空いているベッドに寝るようにソフィアを連れて行った。ソフィアはベッドに横になり、毛布をしっかりと被りながら少し言いづらそうにおずおずと口を開く。
「あ…私、身体が重くてとても疲れて…食欲が無くなるタイプで、腹痛はありません。その、もし…兄や父が来ても…その…」
「ええ、勿論理由は言いませんよ。──なら、体を温めるために何か温かい飲み物を持ってきましょう。冷えは天敵ですからね」
「ありがとうございます…」
異性にあまり知られたくはないだろう。とポンフリーはその意図を読み取ると「ゆっくりおやすみなさい」とカーテンを閉めた。
騙している事にかなり申し訳なく思ったが、きっとこれでマダム・ポンフリーは万が一父が見舞いに来ても通さないだろう。そう考えソフィアはじっと息を顰めていた。
ポンフリーはホットココアを取りに行くために一度奥へ消えたが、すぐにまた足音が近づく。
だがポンフリーがソフィアのいるベッドのカーテンに手をかける前にガラリと医務室の扉が開き、ポンフリーは手を引き込めるとその訪れた人を見た。
「スネイプ先生…どうされました?」
「…ここに、──居ると聞いたのだが」
誰か、とは言わなかった。
この医務室にいるのがソフィアとポンフリーだけだとは限らない。他の生徒に自分がソフィアの見舞いに来ているなんて知られて仕舞えばどんな噂が立つかわかったものではない。
ポンフリーは少し声を顰め「ここにはソフィアとあなたしかいませんよ」と伝えた。
「そうか…それで、──体調は?」
「そうですね。…ここ二、三日はかなり辛かったでしょう。食欲も無かったようですし。今は疲れて──眠っていると思います」
「…それ程?」
セブルスはさっと表情を変えた。ポンフリーは少し生理痛でそんなに過保護になるものだろうか、と思ったが何も言わずに言葉を濁しながら曖昧に伝えた。ソフィアはこの事を秘密にしてほしいと言っていた。同じ同性相手ならともかく、異性にはこの体調不良を言いにくいだろう。
「ええ、まぁ…人によって…辛さは違いますし…」
「薬は?──私に、何かできる事は…?」
どこか必死なセブルスの言葉に、ポンフリーはかなり過保護なのだろう、と思い残念そうに首を振った。
「ありません。時が癒してくれるのを待つしか…」
「……会うことは?」
「ダメです。ソフィアには充分な休息が必要です」
「……、…」
ソフィアは二人の奇跡的に噛み合っているようで全く噛み合っていない会話に口を抑えて笑いを噛み殺した。ポンフリーの言い分だとかなり重病そうに聞こえるが、彼女は嘘は一つも言っていない。重病だと思っているセブルスが、盛大な勘違いをしているだけだ。
「さあ、もう出て行ってください。私はソフィアにせめて、体を冷やさないようにホットココアを飲ませなければなりません、出来る事はそれくらいですから」
「──ああ…」
セブルスは項垂れ、力なくポンフリーの言葉に頷くと静かに医務室から出て行った。
大袈裟な父親だこと。とその背中を見ながらポンフリーは呟き、ソフィアのいるベッドのカーテンを開けた。
「さあソフィア。飲んでしまいなさい」
「…はい、ありがとうございます」
「昼からの授業は出れますか?」
「あー…私、次は4限目からなので、それまで寝ても良いですか?」
「ええ、勿論です」
ソフィアは温かいココアをちびちびと飲みながら優しいポンフリーに向かって「ありがとうございます」と答えた。
「しかし、あなたの父親はなかなかに過保護ですね?」
「…そうですね」
ソフィアはかなり狼狽え心配そうな声音だった父を思い出し、少し微笑んだ。
ソフィアはその日の夕食からは大広間に姿を見せたが、けしてセブルスと目は合わせなかった。どうせ人前でグリフィンドール生である自分には話しかけないだろう。
そうたかを括り少し気分が悪そうにいつもより大人しくしながらもそもそと夕食を食べていた。
「ソフィア、もう大丈夫?」
「ええ、もういいの。次先生がひどい事を言ったらあの黒い服を緑のドレスに変えてやるって決めたの!」
「そのいきだソフィア、やっちまえ!」
ソフィアはニヤリと笑い、ロンは是非もう一度セブルスの情けなく馬鹿らしい姿が見たいとそれを応援した。
ハーマイオニーはそれでもソフィアのは空元気では無いかと心配していたが、皆の前では言えないこともあるだろう、後でこっそり二人きりで話そうと口を閉ざした。
大広間の夕食が終わり、ソフィア達はグリフィンドール塔に戻ろうと満腹になった腹をさすり、楽しげに会話をしながら大広間の扉に向かった。
しかし、隣からすっと現れた人に気がつくとソフィア達は一気に黙り込み、ロンとハリーは嫌そうに顔を歪めてその人──セブルスを見上げた。
ソフィアだけはこんな人が多い所で自分に話しかけるとは思わず、少し驚き目を見開いて無言で見上げていた。
周りの生徒たちがひそひそと一体何のようだろうかと囁き合うが、セブルスがその生徒達をひと睨みすれば慌てて生徒たちは視線を逸らした。
「ミス・プリンス。罰則の件について話がある。来たまえ」
「先生、ソフィアは病み上がりなんです」
「そうです、そんなときに罰則だなんてあんまりです!」
ハーマイオニーとハリーはソフィアを庇うようにセブルスとソフィアの前に立ち塞がり、ロンはソフィアの腕を引き自分の背中の後ろに隠し、セブルスを強く睨んだ。
「今日罰則を行うわけでは無い。──来たまえ」
「…はい、わかりました」
「ソフィア!そんな…」
「大丈夫よ、話をするだけみたいだし…罰則のね」
ソフィアは不安そうな3人に微笑みかけ、静かに前に出てセブルスを見上げた。
セブルスは何も言わず大広間の扉を開けると足早に地下牢へ向かう。
魔法薬学の教室を通りこえ、研究室の扉を開けたセブルスは「入れ」とソフィアを促した。ソフィアは黙ったまま部屋に入ると、いつもなら直ぐに紅茶の一つでも要求するのだが、流石に何も言わず手を後ろで組み静かにセブルスの言葉を待った。
「…体調は、大丈夫なのか」
「──おかげさまで、先生」
ソフィアの棘のあるやや嫌味が込められた言葉にセブルスは少し怯んだ。こうして二人きりになればすぐに親子として話していた。少なくともセブルスはそのつもりでソフィアに話しかけていたが、ソフィアは生徒と教師という立場を崩す事はない。
「罰則についてでは無いのですか?…申し訳ありませんが、私は忙しいのです。…手短にお願いします」
ソフィアとて、こんな態度をとりたいわけでは無い。ただ、まだ許せていないし、セブルスが本気で出来損ないだと思っているのでは無いか、その思いがどうしても振り払う事が出来なかった。
「…罰則は、──もういい」
「…そうですか。…では、失礼します」
冷ややかな目でソフィアはセブルスを見つめる。そしてくるりと身を翻すと扉のノブに手をかけた。
「──ソフィア、…すまない」
後ろから投げかけられた、そのあまりに小さな呟きにソフィアはノブにかけていた手を止めた。
「私は…。……あれは、失言だった。あんな事思っていない」
ソフィアは背中でセブルスの懺悔を静かに聞いていたがくるりと振り返り再びセブルスを見つめる。
セブルスの姿は、他の生徒にはけして見せない弱々しさすら感じた。その高い背も──どこか小さく見えた。
「嘘よ。私の事、本当は出来損ないだと思ってるんでしょう」
「そんな事は、無い」
「…本当に?」
「ソフィアは、私の自慢の娘だ。…誇りに思う事はあれ、…出来損ないなど、けっして…」
ソフィアとセブルスの視線が混じり合う。
ソフィアはその目に嘘が含まれていない事に気付いた。何故、そう思うのか──親子、だかだろうか、それとも──。
ソフィアは沈黙した後ふっと視線を外し大きなため息をつき、少し──仕方がないというように笑った。
「…父様の性格はよく分かってるわ。熱くなったら衝動的に言ったり行動したりしすぎよ」
セブルスは少し目を見開き、そして悲しいような、それでいてどこか嬉しいような複雑な笑みを見せるとソフィアに近づいた。
ソフィアが離れないのを確認した後、そっとその体に手を伸ばす。──一瞬、触れてもいいのか躊躇したがソフィアの目にうっすら涙の膜が張っている事に気が付き、そうさせているのは自分だと分かると顔中に後悔を滲ませソフィアの手を引き抱きしめた。
「──すまない、ソフィア…」
「…もう、2度と言わないで。私、すっごく…傷付いたの。…でも…許してあげるわ…」
ソフィアは溢れる涙を誤魔化すようにセブルスの服に顔を埋め、くぐもった言葉でそう言った。
「…同じ事を…アリッサにも、言われた事がある。…私は、同じ過ちを──大人になってまで…」
「…母様にも?」
「…アリッサと…私の友人を、酷く──言葉で傷付けてしまった事があった。アリッサはソフィアと同じ事を言い、許してくれたが…友は許す事無く──そのままだ」
セブルスは自身の最も辛く苦い記憶の一つを思い出し、静かに目を閉じる。あの時にもう二度と、あんな侮辱はしないと決めたが。──言葉は違うにしろ──大切な者をまた傷付け、また、取り返しのつかない事になるところだった。
「…父様にも罰則が必要ね」
ソフィアはそっと身体を離すと悪戯っぽく微笑む。セブルスはソフィアの微笑みを見て、ようやく許されたのだと分かるとほっと表情を緩めた。どんな罰でも受け入れよう、セブルスはソフィアの涙が滲む目の端を指先でそっと拭い「なんなりと」と優しく答えた。
「そうね…私とハーマイオニーが手を挙げたらちゃんと当てる事。それと、正しく答えを言えたら必ず加点する事!」
「…、…」
「一度でいいわ。…お返事は?ミスター・スネイプ?」
「──わかった」
ソフィアはもう一度セブルスに抱きつき、その胸に顔を埋め目を閉じた。セブルスはソフィアの背中を撫でながらふとソフィアが病み上がりである事を思い出し心配そうにソフィアを見下ろす。
「ソフィア、本当に体調は大丈夫なのか?」
「…ええ、大丈夫よ。…父様が心配して医務室にきてくれたの、気付いてたわ」
「…体調を崩すほど、…私の言葉はソフィアを追い詰めてしまったのだな…」
「──もういいの。でも次同じ事を言ったら、父様の服を緑色のドレスに変えるわ」
忘れかけていたまね妖怪の一件を思い出したセブルスは嫌そうに眉を寄せたが、それ程のことをしたのは自分だと分かっていたため何も言わなかった。──それに、もう二度とソフィアに対して失言はするまい。そう強く心に誓った。
「それと、今年の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントは期待してるわ」
ソフィアは悪戯っぽく笑いながらセブルスを見上げ、セブルスは表情を緩めたまま軽く頷いた。
次の日の魔法薬学の授業、たった一度だけセブルスは手を挙げるハーマイオニーを指名し答えさせ、ぶっきらぼうにグリフィンドールに加点したが──きっと減点と言い間違えたのだとソフィア以外の皆が思った。