ソフィア達はハリーに何と言っていいのかわからなかった。せめて少しでもその深く傷ついた心に寄り添いたかったが夕食の最中には側にパーシーがいたため、とても、三本の箒で聞いた会話のことを話し出せなかった。
パーシーは暗い表情をするハリーを見て、きっとホグズミードに行けなかったから落ち込んでいるのだと思い買ってきた少しのキャンディーをハリーに渡し慰めたが、勿論そんな事でハリーの気持ちが明るくなる事はなかった。
グリフィンドールの談話室に戻ってもそこは人で溢れており、話せない。
ハリーは「おやすみ」も言わず無言で男子寮の階段を登っていった。
「ハリー…ああ、心配だわ…」
「…あんな落ち込んでるの、ニンバス2000が粉々になった時よりも酷いな」
「…今日は、ハリーは混乱してると思うわ。…整理する時間が必要よ。──そっとしておきましょう」
ロンとハーマイオニーは心配そうにハリーが消えた階段を見ていたが、ソフィアの言葉に頷くと静かに空いているソファに座った。
だが、周りの賑やかで楽しげな雰囲気になんとなくここに居る気になれず、ソフィアたちは同時に立ち上がると視線をチラリと交わし「おやすみ」と呟きそれぞれの部屋へ戻った。
ソフィアとハーマイオニーは自室へ入るなり重いため息を零し、部屋の中央にある椅子に座り、勉強机に頬杖をついた。
「…信じ難い事実だわ…ハリーは、深く傷ついてるわよね…」
「ええ、そうだと思うわ。…とんでもないクリスマスプレゼントになったわね」
ハーマイオニーは小さく頷き、鞄を手に取ると中から宿題を取り出した。それを机の上に広げ──気は進まなかったが、やるしかない──ゆっくりと教科書に目を通した。
ソフィアは宿題をする気になれなかったが、毎日宿題をしていても全科目受講しているため一向に終わりは見えない。毎日毎日新しい宿題が出されてしまうのだ。──やるしかない。
ソフィアも同じように机にマグル学の教科書を開いた。
「…ねえ、宿題を写すのって…」
「絶対に、駄目」
「…言ってみただけよ」
ハーマイオニーのキッパリとした拒否にソフィアは小さく肩をすくめた。
深夜遅くまで宿題をしていたソフィアは眠そうに目を擦りながら目を覚ました。
もうラベンダーとパーバティは朝食をとりに大広間に行ってしまったようだ、彼女達は今日から始まるクリスマス休暇に家に帰ると言っていたから、きっと早めに朝食を取りに行ったのだろう。
ソフィアは欠伸を噛み殺し着替えながらぼんやりと昨日三本の箒で聞いた話を脳内で整理していた。
──まさか、ハリーのご両親とブラックが友人で、その人が裏切ったなんて…。
ハリーはそれを知ってどれだけ心を痛めただろうか。自分の両親が、最も信頼していた人に裏切られたのだ。そして、その人──ブラックは今ホグワーツの近くに居て、自分の命を狙っている。ハリーは何を考えるのだろうか。…いや、分かりきった事だ、考えなくとも容易に思いつく。ハリーは大人しい少年ではない、勿論普段は率先して賑やかなことをする子どもではないが、とても勇敢で何よりも真っ直ぐだ。──間違いなく、両親の死の原因となったブラックを自らの手で殺す。そう、考えてもおかしくない。
「…少なくとも…今はそう思うわ…」
まだ心の整理が出来ぬままで、もしブラックと対面する事があれば、彼は果敢にも──無謀にも、ブラックと戦うだろう。だが──恨みや憎しみはあれ、ハリーが誰よりも優しいとも、ソフィアはわかっている。自分の手で殺すのではなく、吸魂鬼に捕まえられ、司法に則り制裁を与えられるべき。そう、必ず気付く──ハリーなら、わかるはずだ。
だが、その結論に思い当たるには時間がかなりかかるだろう。
──だって、私だったら…許せないわ。
ソフィアは服を着替え終わりベッドのカーテンを開けると、そっとハーマイオニーのベッドに近づいた。まだ微かな寝息が聞こえている。
チラリと時計を見ればいつもの彼女の起床時間を大幅にすぎているのがわかる、今日からクリスマス休暇だ、それほど早く起こす必要は無いが朝食を食べに行くかどうかだけでも聞いた方がいいだろう。
「ハーマイオニー?朝よ。8時をすぎているわ。…朝ごはん、どうする?」
「──ぅ…私──4時……いら、ない…」
「オーケー、わかったわ。おやすみなさい」
ソフィアはあの後日付が変わる前に宿題をなんとか終わらせたが、ハーマイオニーは4時ごろまでかかってしまったらしい。まだ寝ていたいのだと理解したソフィアは独りで無人の談話室を横切り大広間へと向かった。
大広間はがらんとしていた、まだ何人かの生徒がいたが、慌てて朝食を掻き込んでいる様子から汽車の出発時間が近いのかもしれない。
「ソフィア!あなたはまた残るのよね?」
「ええ、そうよ。2人は帰るのよね?楽しいクリスマスを過ごしてね」
「ええ、あなたも!」
大広間の扉すぐの場所で既に食事を終えたパーバティとラベンダーに出会い、軽く挨拶を交わし手を振った。
秘密の部屋が開けられた去年よりも、今年ここに残る生徒は少ないだろう。シリウス・ブラックが周りをうろついているのだ、そんな危険な場所に残しておきたい親などいない。
「ルイス、おはよう」
「おはようソフィア」
1人で朝食を取っていたルイスの隣に座り、ソフィアが「ドラコは?」と聞けば「帰る準備をしにいったよ」とルイスが答えた。
今年は流石にドラコも家へ帰るようだった。ソフィアは知らなかったが、クリスマス休暇にホグワーツに残るスリザリン生はルイスただ1人だった。…いや、後で知る事になるのだが、そもそもホグワーツに残る生徒はソフィア達とあと1人だけだった。
ソフィアはドラコが居ないのなら、あの馬鹿らしい気絶するふりを少なくとも1週間は見なくて済むと少し清々としながらスコーンを手に取った。
「──あっ!」
そしてふと思い出して声を上げ、キョトンとした顔で首を傾げるルイスの目を真剣な目で見つめると声を顰めた。
「そうだったわ。…ルイス、あのね…後でちょっと相談したい事があるの」
「うん?…あの人のこと?もう仲直りしたんじゃないの?」
「違うの。──もっと重大な事よ」
ソフィアの低い真剣な声にただならぬ事があったのだとわかると、ルイスは小さく頷きあたりを見渡した。人が少ないとはいえ、ここでは誰が聞き耳を立てているかわからない。
2人はすぐに朝食を済まし──ソフィアは寝ているハーマイオニーの為にサンドイッチを数個フキンで包み鞄の中に入れた──花束を持つ少女の部屋へ向かった。
「…あ、花持ってないよ。…ソフィアは?」
「大丈夫よ」
肖像画の前に来てルイスが困ったように眉を下げたが、ソフィアは鞄から羽ペンを、ポケットから杖を取り出すと軽く振った。
途端に羽ペンは愛らしい百合の花へと変化し、その鮮やかな変身術にルイスは目を瞬かせ「流石」と感心しながら言った。
部屋に入ったソフィアとルイスは暖炉近くの肘掛け椅子に座る。ソフィアは昨日あった事を全て話す事は無かった。ハリーの両親とブラックの関係を、もしルイスに伝えるとしたらそれはハリーの役目だ。──他人が勝手に吹聴していい事では無い。
「ハリーは、ジョージとフレッドに忍びの地図、っていう物をもらったの。それはホグワーツの全てが書かれている地図みたいで…ただの地図じゃないのは、今ホグワーツにいる人の場所も示されるの。黒い点と名前が書かれているんですって。ハリーがいる場所に、地図上でもハリー・ポッターって書いてあったそうなの」
「え?…それって、つまり──」
ルイスはソフィアから告げられた内容に、さっと表情を険しくさせた。この問題がどれほど深刻なのか、ルイスにも伝わったのだろう。ソフィアは同じような顔で頷く。
「ええ、きっと──私たちの本当の名前が、そこには記載されているはずよ」
「それは…うーー…ん…」
ルイスは椅子の背に深くもたれかかると、腕を組み眉を顰め唸り続けた。本当のファミリーネームがありふれた物なら良かった、だが──このホグワーツでスネイプと聞いて思いつくのは1人だけだ。間違いなくハリーはそれに気が付けば、セブルス・スネイプとの関係を疑うだろう。
「──でも、フレッドとジョージは気が付いて無かったんでしょ?」
「多分、ね。…2人は悪戯をする時に使っていて…大多数の生徒の名前なんて気にしてなかったのかも」
「ハリーも、そうだといいけど…」
「このホグワーツには何百人も居るでしょ?たくさんの人たちがいる時は…名前が重なっているのかも…でも、クリスマス休暇中は──」
このホグワーツに居るのは少しの生徒と教師だけだ。
ルイスはその事に気がつくと、ついに手で顔を覆うと天を仰いだ。
「うーー…やばいね。…実は、スリザリンで残るのは僕1人なんだ」
「え?1人なの?」
「うん、…ハリーがクリスマス休暇中にその地図を使って…スリザリン寮を見ない事を祈るしかないね…」
手を顔から離したルイスは力なく笑う。
ソフィアは真剣な目で膝の上で組んだ自分の指を見つめた。もし、バレたら。最悪の形でバレるくらいなら、──いっそのこと、言ってしまった方が良いのだろうか。
「ソフィア、駄目だよ」
ソフィアの表情に良くない決意が現れていたのを読み取ったルイスが鋭くその考えを否定した。
途端にソフィアは不安げに眉を下げ「でも…」と口籠る。
「気持ちはわかる。けど、駄目だ。ダンブルドア先生と約束したでしょ?」
「……ええ、そう、…そうよね」
「もし、ハリーが僕らの本当の名前に気が付いたら…僕らはほら、孤児院で育って、父親を知らない事になってるでしょ?生き別れの父親が居たなんて知らなかった!──って言うとか」
ルイスは自分で言っておきながら突拍子もない提案だとわかっているようで苦笑していた。ソフィアはため息をつき力なく微笑み首を振る。
「…本当に…今年も悩みは尽きないわ」
「…だね。…この事、父様に言う?」
部屋に少しの沈黙が落ちた。
ソフィアは小さく首を振り、ルイスもきっとそうだろうとわかっていた為ため息をつくだけだった。
「今年も父様との約束は守られないね」
「うっ…い、異変は伝えるわ!けど、その…ほら、これは異変ではないわ」
ソフィアは必死に言い訳をした後気まずそうに視線を逸らした。忍びの地図の事をセブルスに言えば、どうにかしてその地図をハリーから没収してくれるだろう。
だが、そうなるとハリーだけではなく、フレッドとジョージも処罰される。何より、何故セブルスが忍びの地図の事を知っているのか、誰からの密告かと言う事になり──疑われてしまうかもしれない。いや、疑われるだけならまだ良い、自分のせいでハリーが疑心暗鬼になり彼らの友情にヒビが入ってしまうかもしれない。
「──あ、そうだ。父様から伝言で、クリスマス休暇中は守護霊魔法の練習は無いって事と、今年のクリスマスは…ブラックの件で、一緒に過ごせないってさ」
ソフィアとルイスは何度か守護霊魔法の練習をしているが、まだ完璧な守護霊を出すには至っていなかった。
2人とも惜しいところまでは来ている。銀の朧げな盾のような物が発現しているが──その先に進むのは一人前の大人の魔法使いであっても難しいのだ。
「クリスマスは…仕方ないわ。それこそ…家族で揃ってるところをハリーに見られたら、──おしまいよ」
「たしかに…でも、これからずっと…クリスマスに家族で過ごせないなんて、嫌だよ…」
「…そうよね……」
「「はぁ…」」
今年一緒に過ごせないのは、2人とも仕方がないと思っていた。きっとクリスマス休暇中に残るハリーの為に、警備の質を上げなければならないのだろう。
今の人の目が少なくなったホグワーツは、ブラックがハリーを狙う恰好のタイミングだ。勿論、ダンブルドアはそんな事はさせまいと最大限目を光らせているだろうが。
今年は我慢できる、悲しいが──仕方のない事だ。それよりもこの先ずっとハリーが地図を持つ限り不安から怯えないといけないのかと思うと気が重かった。
「その地図って誰が作ったんだろう」
「さあ?…そこまで聞いてないわ」
「製作者と会えたらなぁ…ちょっと細工してもらえるかもしれないのに」
「うーん…それとなく、ハリーに何か知ってるか聞いてみるわ。──あ、ねぇ、それよりルイスがクリスマス休暇だけでもグリフィンドール寮に来れないかダンブルドア先生に聞いてみたらどう?1人だって知ればダンブルドア先生は特別に許してくださるかもしれないわ!」
「え?…そうだね、聞いてみるよ」
独りで過ごす事も別にルイスは寂しくは無かったがソフィア達と過ごせるのなら、特別楽しいだろうと頬を緩め頷いた。
その後ソフィアはグリフィンドール寮の談話室に戻り、ルイスはダンブルドアに会いに行く為に校長室へ向かった。