ソフィアとハーマイオニーがグリフィンドール寮の肘掛け椅子に座り黙々と宿題をこなし、ロンとルイスは魔法チェスを行っていた。
ソフィアと別れた後ルイスはダンブルドアの下を訪れ、特別にクリスマス休暇のみグリフィンドール寮へ入る事が許された。少し早いクリスマスプレゼントだと茶目っ気たっぷりの優しい微笑みでそれを言われ、ルイスはこの人のこの優しい所が本当に好きだな、としみじみと思いながらグリフィンドール寮を訪れた。
入った途端ロンとハーマイオニーは驚いたがダンブルドアからの許可がある事を言えば歓声を上げて喜んだ。
昼前になり、まだハリーが降りてこない事に少しソフィア達は心配しながらもそっとしておこうと決め、談話室で各々過ごす。
暫くするとゆっくりとした階段を降りる足音が響き、顔色の悪いハリーが談話室に現れた。
「…あれ?ルイス、どうしてここに?」
「ハリー、おはよう。クリスマス休暇中スリザリン生は僕1人なんだ、特別にダンブルドア先生から許可をもらってね」
ルイスはチェス盤を見ていた顔を上げハリーを見るとにっこりと微笑む。ハリーは弱く微笑み返しソフィアの隣に座ると無意識のうちにため息をついた。
「ハリー、君──酷い顔だ」
「みんなはどうしちゃったの?」
「いなくなっちゃった!今日が休暇1日目だよ、覚えてるかい?」
「ああ…そっか」
ハリーはぼんやりとした思考でそういえばクリスマス休暇が始まったのだと思い出した。昨日は衝撃的な事があり、すっかりそれを忘れていた。
ルイスはまじまじとハリーの表情と、心配そうにハリーを見るソフィア達を見て首を傾げた。
「何かあったの?」
その言葉にソフィアとロンとハーマイオニーは顔を見合わせ黙り込んだ。自分達が軽々しく口にできる事では無い。彼らはそう思いハリーを見た。ハリーはルイスを見る事なく、机の上にあるソフィアとハーマイオニーの宿題の山をぼんやりと見つめながらぽつぽつと、昨日何があったか──何を知ったかを話した。
ルイスは驚愕に目を見開いて話を聞いていたが、すぐに心配そうに眉を下げると立ち上がりハリーの隣に座った。
「ハリー…」
ルイスはソフィア達と同様、何と声をかけて良いか分からず、ただ隣に座りハリーの項垂れ酷く消耗し疲れ切ったその肩をそっと撫でた。ルイスからの無言の優しさをハリーは感じていたが、何も言わず──言えず、ただその手の暖かさを感じていた。
「ハリー、ねえ、聞いて。昨日私たちが聞いてしまった事で、あなたはとっても大変な思いをしてるでしょう。でも、大切なのは、あなたが軽はずみな事をしちゃいけないって事よ」
「どんな?」
「例えば、ブラックを追いかけるとか」
ロンがはっきりと言った。
ハリーはロンとハーマイオニーがこの言葉を言うように示し合わしているのだとはっきりと確信した。何故なら──この2人の意見がすぐに揃う事なんて今までになかったのだ。
「そんな事なんて、しないわよね、ハリー?」
「だって、ブラックの為に死ぬ価値なんて無いぜ」
ハリーはロンとハーマイオニーを暗い目で見つめた。2人はハリーの目を見て僅かに肩を震わせ口を閉じる。──今まで、ハリーのこんな目を2人は見た事が無かった。
「…吸魂鬼が僕に近づく為に、僕が何を見たり、何を聞いたりするか知ってるかい?」
ハリーは力なく呟き、ハーマイオニーとロンは不安そうに首を振る。ソフィアは咄嗟にハリーの力なく白い手をぎゅっと握った。
「母さんが泣き叫んでヴォルデモートに命乞いする声が聞こえるんだ。もし、君たちが自分の母親が殺される直前にあんなふうに叫ぶ声を聞いたなら、そんな簡単に忘れられるものか。自分の友達だと信じていた誰かに裏切られた、そいつがヴォルデモートを差し向けたと知ったら──」
「ハリー…」
ハリーの言葉は感情の籠らない平坦なものだった。奇妙なほど、静かで──だからこそ、恐ろしい。ソフィアは目を揺らし強く手を握る、いつもなら握り返してくれるハリーの手は力の籠らないままだった。
──そうか、ハリーにとっては12年前の出来事ではない、吸魂鬼によって、今、その両親の死と向き合っているのだ。間違いなく、冷静にはなれないだろう。
「あなたにはどうにもできないことよ!吸魂鬼がブラックを捕まえるし、アズカバンに連れ戻すわ!そして──それが、当然の報いよ!」
「ファッジが言ってただろう。ブラックは普通の魔法使いと違ってアズカバンでも平気だって。他の人には刑罰になっても、あいつには効かないんだ」
「じゃ、何が言いたいんだい?──まさか、ブラックを殺したいとか、そんな?」
「馬鹿な事言わないで!ハリーが誰かを殺したいだなんて、そんな事思うわけないじゃない、そうよね、ハリー?」
ハーマイオニーが慌てて叫び、不安げにハリーの顔を覗き見た。しかしハリーはハーマイオニーに視線を向ける事なく、ルイスを見た。
ルイスはハリーの暗く濁る目に驚愕し目を見開いたが──すぐに、優しく微笑んだ。
「…どうしたの、ハリー?」
「もし…もし、ルイスが…僕の立場だったら、どうする?ソフィアが殺されて、その原因がのうのうと生きている、吸魂鬼も効かない──ルイス、君なら…」
ハリーの目には暗い憎悪が確かにあった、だが、ルイスはその目が彼の中にある性善説との間で揺れている事に気付くと、一度ソフィアを見た。
ソフィアは表情を蒼白にさせて、小さく首を振る。──だめよ。そう、ソフィアの口が音もなく動いた。
「僕なら──そうだね。僕が殺したいって思うよ」
「ルイス!なんて事を言うの!?」
はっきりとした静かな言葉に、ソフィアは悲鳴にも似た叫びをあげ思わず立ち上がった。ハーマイオニーとロンも顔を蒼白にし言葉を無くし、ハリーだけがすがるような目でルイスを見つめた。
「大切な人を殺した犯人を、罰せられるのが自分だけなら…僕はこの手で殺したいって思うよ。きっと、それは誰でもそうだ。ハリーの考えは平常だよ、…少しも異常じゃない」
「いいえ、あなたは間違ってるわ、ルイス!」
ハーマイオニーは必死に叫ぶ。
ルイスは少しハーマイオニーを困ったような顔で見たが、ソフィアに視線を移すと真面目な顔で呟いた。
「僕は、──両親が殺されたハリーの気持ちが少し、わかるよ」
「そんな…ど、どうして?」
怖々とハーマイオニーが聞く。ソフィアとロンは困惑し、おろおろとルイスとハーマイオニーを見るだけで何も言う事が出来なかった。
「ソフィア。──僕は、母様は殺されたんだと思っているんだ」
ルイスの静かな呟きに、ソフィアは息を飲み口を手で押さえる。ハーマイオニーとロン、ハリーは一瞬何のことか分からず不安げに2人を見た。確かに2人の母親は亡くなっている。それを深く聞いた事はなかったが、まさか、殺されていたなんて思いもしなかった。
「な、なぜ…何故そんな事を…思うの…」
ハリーはソフィアの言葉の響きに、彼女も薄らとそれを思っていた事に気付いた。ソフィアは顔を蒼白にしているが、思っても見なかった事を言われ狼狽ているわけではない、ただ──それを言葉にして認めたくないだけだ。
「ソフィアも、薄々気付いてるでしょう?不自然なほど、僕らの母親のことは秘密にされている。誰も…誰も教えてくれない。僕らの──保護者もだ。事故や病気なら、教えてくれるはずだ」
「…そんな──でも…」
ソフィアは口を閉ざした。
ルイスは小さく微笑み、「まぁ、」と言葉を続けた。
「ハリー、僕は
「ルイス…」
ソフィアは不安から目を揺らしていたが、ソファに座り直すと顔を手で覆い、深くため息をこぼす。
「…そうね、ええ。私も…少し、思ってたわ。母様は殺されたのだと。──けど、そうね…私も、気持ちはわかるわ。でもそれをしてしまったら…ここにはもう戻れない。──殺人をすると魂が穢れてしまうのよ」
沈黙が落ちる。
ハリーは暫く何か考えていたが思い出したかのようにロンを見た。
「マルフォイは知っていたんだ、魔法薬学のクラスで僕に何て言ったか覚えてるかい?──僕なら自分で追い詰める…復讐するんだ」
「僕たちの意見より、マルフォイの意見を聞こうっていうのかい?──いいかい、ブラックがペティグリューを殺した時、ペティグリューの母親の手に何が残った?パパに聞いたんだ、マーリン勲章、勲一等、それに箱に入った息子の指一本だ。それが残った体のカケラで1番大きい物だった。ブラックは狂ってる。ハリーあいつは危険人物なんだ──」
「マルフォイの父親が話したに違いない、ヴォルデモートの腹心の1人だったから」
「例のあの人って言えよ、頼むから!」
何度もハリーから告げられる名前にロンは青白い顔をさらに蒼白にさせ、身体をぶるりと震わし叫んだ。だがハリーはロンの言葉を無視して言葉を続けた。
「だから、マルフォイ一家はブラックがヴォルデモートの手先だって当然知ってたんだ──」
「ハリー!」
ソフィアが強くハリーの名前を呼び、ハリーの頬を両手で掴みぐっと自分の方に向けた。ハリーは驚き思わず口を閉じる。──ソフィアの手は震えていた。
「ハリー!…ああ、しっかりして!ドラコが何であなたにそれを教えたかわかるでしょう!?」
「ソフィアの言う通りだ!マルフォイはクィディッチの試合前に君がのこのこブラックの前に現れて殺されにいけばいいって思ってるんだ!」
ロンは怒りながら必死にハリーを説得した。
ハリーはソフィアの目を見て──その目に薄らと涙が浮かんでいる事に気付く。
「ハリー、お願いだからルイスが言ったように冷静になって、よく考えて。ブラックのやったことは、本当に──本当に、酷いことよ、許されないわ。ハリーの復讐したい気持ちもわかるわ!…けど…けど、ねぇハリー…私は…私たちは、あなたが傷つくのは…死ぬのは嫌よ、耐えられないわ…」
ソフィアの緑の目から、涙が溢れ頬を伝い、ハリーはぐっと唇を噛み締める。
──わかっている。ソフィア達が何故ここまで自分を引き止めるのかも。友人だから、なによりも大切だと思ってくれているから──。
「ハリー、あなたのご両親だって、あなたが怪我する事を望んでいないわよ。そうでしょう?ご両親はあなたがブラックを追跡することをけっしてお望みにはならなかったわ!」
ハーマイオニーはその声を涙で震わせながら、必死に訴えた。
ハリーは自分の手でそっと頬を掴むソフィアの手を離すと、じっとハーマイオニーを見つめる。──わかっている、両親は望まないかもしれない、きっと、そうだろう。だが──。
「父さん、母さんが何を望んだかなんて、僕は一生知ることはないんだ。ブラックのせいで、僕は一度も父さんや母さんと話した事が無いんだから」
ハーマイオニーは説得する為に両親の事を口にしたが、それは失言だっただろう。
ハリーはぶっきらぼうに言うとそのままむっつりと黙り込んでしまった。
またも重い沈黙が流れたが、ロンが立ち上がり手を叩くと無理矢理話題を変えようと慌てて切り出した。
「さあ!休みだ!もうすぐクリスマスだ!それじゃ──それじゃ、ハグリッドの小屋へ行こうよ、もう何年も会ってないよ!」
「ダメ!ハリーは城を離れちゃいけないのよ、ロン」
「よし、行こう。そしたら僕聞くんだ。ハグリッドが僕の両親の事を全部話してくれたとき、どうしてブラックの事を黙っていたのかって!」
ハリーが身を起こし立ち上がる。ロンはまさかブラックに結びつくなんて思わず、しどろもどろになり視線を泳がせ魔法チェスをしようと誘ったが、ハリーは意見を変えなかった。
「いや、ハグリッドの所へ行こう」
「…ハリー。ハグリッドが、とっても優しいって事と。優しいから…隠していたって事も、ちゃんとわかってるわよね?」
ソフィアはそっとハリーに聞いたが、ハリーは黙ったままその問いには答えなかった。
わかっている、自分の周りにいる人はみんな優しい。だが──だが、何故誰も教えてくれないんだ、もう守られるばかりの子どもではない。自分で善悪を考える事が出来る。守られるばかりで何も知らされないままぬくぬくと生きていくなど──ハリーにはとても耐えられなかった。