シリウス・ブラックがグリフィンドール寮へ侵入し、またも逃げ遂せた。その話は朝食時にダンブルドアより全生徒に告げられた。
その日を境にホグワーツの警戒はさらに厳しくなり、廊下の至る所にシリウス・ブラックの大きな指名手配書が貼られ生徒達に顔を教え込ませた。フィルチは学校内を駆けずり回り、ネズミ1匹入れないように穴という穴全てに板を打ち付け、教師は今まで以上に見回りを強化し、常にピリピリと緊張した雰囲気を漂わせていた。
ハーマイオニーはロンが襲われてからと言うもの更に顔色を悪くし、ソフィアとルイスの慰めも聞かずさめざめと涙を流した。
「も、もしロンが起きなかったら…!」
「大丈夫だよハーマイオニー。ロンは起きて、怪我はしなかったよ」
「そうよ、もうブラックは何処かに行ってしまったわ。レディも戻ってきたし…二度と入ってこないわ」
花束を持つ少女の部屋でハーマイオニーは両隣に座るソフィアとルイスの言葉に何度も頷くが、すぐにまた心配そうに眉を下げわっと泣きじゃくる。
「で、でも一度ある事は二度あるかも…!またロンが…それに、ハリーも襲われるかもしれないわ!」
「大丈夫よハーマイオニー。──ね?みんな警戒してるわ…」
しかし、その可能性をソフィアも否定しきれず困ったように眉を下げ、涙の止まらないハーマイオニーを心配そうに見つめた。
「こ、こんな喧嘩したままで…!も、もう二度と会えなくなったら…!」
「…ハーマイオニー、大丈夫だよ…ね?もう泣かないで…」
ルイスは鞄から白いハンカチを取り出すとハーマイオニーに手渡す。ハーマイオニーは真っ赤な目でルイスを見て「う、うん…そ、そうよね…でも…」と呟き必死に涙を止めようとしていたが一度ネガティブな思考に絡め取られたハーマイオニーはなかなか落ち着く事が無かった。
「…ソフィア、ハーマイオニーを頼んだよ」
「…?ええ、わかったわ。──ほらほらハーマイオニー?あなたの可愛い鼻が真っ赤よ?」
ルイスは静かに立ち上がるとハーマイオニーを必死に慰めるソフィアの声と、ハーマイオニーの啜り泣きを聞きながら肖像画を抜け出し廊下を足速に進んだ。
──この時間なら、大広間だろうか。
ルイスは大広間へと向かう途中、ハグリッドからの手紙を持ち廊下を歩くロンとハリーを見つけるとすぐに駆け寄りその背中を叩いた。
「やぁ、ロン、ハリー」
「あっ!ルイス!ルイスも土曜日の夜の事が聞きたいんだろ?」
ロンは振り向き意気揚々と笑う。今まで一度も注目されたことのないロンは、今やホグワーツ1の注目の的だろう。はじめはブラックに襲われ恐怖に身を震わせていたが、何度も話を聞かせてほしいとせがまれているうちに嬉しそうに詳細を話していた。
「ううん、知ってるから大丈夫。…それより、ちょっと話があるんだ」
ルイスはあたりを見渡し、空き教室をそっと開くとその先に誰もいない事を確認し、2人に入るように顎で指した。ハリーとロンは顔を見合わせたが、大人しくルイスに言われるまま空き教室の中に入る。
「話って、何?」
「ハーマイオニーの事だよ」
「…ハーマイオニーがなんなの?」
ルイスがハーマイオニーの名を口にした途端、ロンは良い気分が害されたというように一気に表情を歪めツンと口先を尖らせた。
その表情を見たルイスは真面目な顔でじっとロンを見つめ、ゆっくりと口を開く。
「ハーマイオニー今すごく追い詰められてるんだ。──勉強の事だけじゃない、ファイアボルトの事も、バックビークの事も…」
ロンとハリーはルイスの言葉を聞き、その時初めてバックビークの事を思い出しちらりと視線を交わすとバツの悪そうに手をモジモジとさせた。──自分のことばかりで、すっかり忘れていた、ファイアボルトの出現で少しもその事を思い出さなかった。ヒッポグリフの訴訟の件でハグリッドと約束していたんだった。ハーマイオニーとソフィアは2人だけであれからも探し続けていたんだろう。
「──スキャバーズの事もあったし」
「スキャバーズをクルックシャンクスが食べたんだ!ハーマイオニーがあの猫をどっかにやるか、謝ればまた口を聞くのに!」
「…ロン、君がブラックに襲われたと聞いて…ハーマイオニーは、酷く動揺して泣いていたよ。凄く心配してた」
「──え?」
スキャバーズの事を思い出しすぐに憤慨したロンだったが、ルイスの言葉に目を見張るとそのまま押し黙ってしまう。──本当に、心配してくれた?…喧嘩してるのに?
「勿論、ソフィアも心配してたけど。…ハーマイオニーは凄く真っ直ぐで、自分にも他人にも厳しい。それはわかってるよね」
「……」
「僕は──」
ルイスは辛そうな目で、悲しそうに少し微笑みハリーとロンを見た。
「…僕は、君たちがずっと離れているのが悲しい。…ハリー、ロン?…ハーマイオニーとの友情は、箒や鼠で消えてしまうほど薄いものだったの?」
ルイスの言葉にハリーとロンは答えられなかった。
ルイスは目を伏せ「それだけ、伝えたかったんだ」そう言い2人を残して空き教室から出て行った。
残されたハリーはちらりとロンを見た。むっつりとした表情で押し黙っていたロンは、何かを深く考え込んでいるように見えた。
ハーマイオニーはソフィアとルイスの必死の励ましと、トロールがグリフィンドール寮を警備している事、そして先生達の警戒する雰囲気により少し気持ちを取り戻したようで、夕食後いつものように談話室でソフィアと宿題をしていた。本来なら誰にも邪魔されず花束を持つ少女の部屋で勉強をしたかったが、夜遅くに寮から出歩く事は、流石に今のホグワーツでは賢い考えとはいえない。
シリウス・ブラックの件でホグズミード行きはもう無いかと思われたが、掲示板には今週末にホグズミード行きのお知らせが新しく掲示され、グリフィンドール生は喜びに声を上げながらざわざわと楽しげに話していた。
ソフィアは少しだけ、ダンブルドアの決定を訝しんだ。凶悪犯が近くに潜んでいる事はもう隠しようの無い事実だ。去年は夜出歩く事を禁じられ全ての部活動が禁止される程だったにも関わらず、今年はある程度の注意と不審者を見つけたらすぐに知らせるようには言われたが生徒達の行動を抑える事をしていない。
狙いがハリーだけだからだろうか?──いや、だがブラックは罪のないひとを何人も殺している。普通なら夜の外出を禁じ、ホグズミードという教師の目の届かない場所に生徒が行くのを許さないのでは無いだろうか?
確かに今はまだ去年と違い犠牲者は出ていない。だが、それにしても──どうも納得がいかない。
「ソフィア、…ホグズミード、行く?」
「んー…ハーマイオニーが行くなら」
「…行くわ。…少し気分転換したいの」
ハーマイオニーは目の前の宿題の山を見ながら呟く。逆転時計をソフィアに預け、少しは気が楽になったものの宿題の量は減る事はない。ホグズミードに行かない事もチラリと考えたが──ハーマイオニーは以前ソフィアに言われた事を思い出していた。少しは休まなければ、勉強は捗らない。これは逃避ではなくこの後頑張る為の必要な休息だ。
「──そうね!行きましょう。お菓子も補充しないといけないわ」
ソフィアはハーマイオニーが自分から休息を取るという結論に至った事が嬉しく、にっこりと頷いた。ハーマイオニーも少しだけ笑い、また教科書に目を落とす。
「ホグズミードに行くためにも、…頑張らないとね」
「そうね、ご褒美があると思えば…頑張れるわ!」
ぐっと両手で拳を握り、ソフィアは今週末、ハーマイオニーとバタービールを飲む事を励みにしながら占い学の宿題にとりかかった。占い学はソフィアにとって簡単にこなす事ができる授業の1つとなっていた。──最も不運な予言をすればいい、それでトレローニーは喜ぶのだから。
ソフィアとハーマイオニーがいつものように本の山を築き上げながら羊皮紙に吸血鬼についてのレポートをまとめていると、小さな囁き声が聞こえた。
「どうする?」
「そうだな。フィルチはハニーデュークス店への通路にはまだ何も手出ししていないし…」
ひそひそと話しているのはロンとハリーだった。2人は談話室に入り掲示物を読んだ後すぐに座る場所を探そうとあたりを見渡しながら誰にも聞こえないように囁き合っていたが、本の山に隠れたソフィアとハーマイオニーがすぐ側にいる事に全く気が付かなかった。
「ハリー!あなた、本気なの?──約束したでしょう?」
ソフィアは思わず声を上げ、本の山を手で押しやった。ハリーはびくりと肩を震わせ辺りをキョロキョロと見渡していたが、本の山の先にいるソフィアに気がつくと「しまった」というように顔を曇らせた。
「ハリー、今度ホグズミードに行ったら…私、マクゴナガル先生にあの地図のことお話しするわ!」
ハーマイオニーもソフィアに続き、非難めいた声でハリーに伝える。ハリーは2人からの厳しい尤もな言葉に何も反論出来なかったが、ロンは2人がすぐ側に居ることに気付きながらもそちらを見ようとせず顔を顰め唸るように言った。
「ハリー、誰か何か言ってるのが聞こえるかい?」
「ロン、あなたハリーを連れて行くなんてどういう神経なの?シリウス・ブラックがあなたにあんな事をした後で!私、本気よ!」
「そうかい。君はハリーを退学にさせようってわけだ!今学期、こんなに犠牲者を出してもまだ足りないのか?」
ロンの言葉にハーマイオニーは口を開けて何か言いかけたが、その時小さな鳴き声をあげクルックシャンクスが彼女の膝に飛び乗ってきた。ハーマイオニーは一瞬顔を硬らせロンの顔色を窺い、さっとクルックシャンクスを抱きかかえると急いで女子寮の方まで走っていった。
ソフィアはハーマイオニーを見ること無く立ち上がり、じっとロンを見つめる。その目には少しの怒りが滲んでいた。
「ロン、あなたはハリーを死なせたいの?」
「な──」
「あなたは、そう言ってるのよ。私も今回ばかりはハーマイオニーに賛成だわ。…ハリー、お願いだから…行かないで」
最後は懇願するような響きがあった。
ハリーが何も言えないで居ると、ソフィアはぐっと言葉を詰まらせ大きなため息をつくと、ハリーとロンを睨んだ。
「私は…。…もう少し、あなた達が賢いと思っていたわ」
「ごめんね期待に添えなくて」
ロンが突き放すように言えば、ソフィアはそれ以上何も言わず──少し軽蔑したような眼差しでロンを一度睨むと口をグッと強く結んだまま荷物を片付け女子寮へ戻っていった。
「──それで、どうするんだい?行こうよ。この前は…君はほとんど何も見てないんだ。ゾンコの店にも入っていないんだぜ!」
ロンはまるで何事も無かったかのようにハリーを見てホグズミード行きを誘った。ハリーはしばらく迷った。──ソフィアとハーマイオニーの意見は尤もだ。自分はここから出るべきじゃない。…だが、魅力的なホグズミード行きを断るなんて、そんな事まだ幼いハリーには考えられなかった。
「オッケー。──だけど、今回は透明マントを着て行くよ」
それなら誰にもバレない。ソフィアが心配するようにブラックが居たとしても、自分の存在には気が付かない筈だ。何も起こさずこっそりと戻ってくればいい、そうしたら、ソフィアは気付かない。
ハリーは脳裏にソフィアの悲しそうな表情がちらちらと浮かんでくるのを、必死に振り払った。