土曜日の朝。
ハーマイオニーやホグズミードに向かう生徒達に混ざり、ソフィアも玄関ホールに集まっていた。
後ろを振り返ればハリーがロンに向かって手を振っている「じゃあ、帰ってきたらまた!」ロンがにっこりと笑いハリーに向かって手を振り、ハリーが笑顔でそれに応え大理石の階段を駆け上がって行った所をしっかりと額にし、ソフィアは安堵の息を吐いた。
「良かったわ…帰って行くみたい」
「当然よ。今行こうとするなんてただの馬鹿の命知らずだわ」
「今日はネビルもホグズミードには行けないし…ハリーは独りじゃないわ」
ツンツンとしたハーマイオニーの棘のある言葉に頷き、ソフィアはとぼとぼと帰って行ったネビルの後ろ姿を見ながら言うとようやく玄関先から目を離した。
ネビルは合言葉を書いた紙を落とした一件で保護者である祖母からホグズミード行きを禁じられた。きっと2人は寮で遊んで過ごすだろう。そう思うとソフィアの気持ちも少し、マシになった。
「行きましょう」
「ええ、そうね」
ソフィアとハーマイオニーは楽しそうにする集団に加わりホグズミードまでゆっくりと歩いた。
ソフィアとハーマイオニーはハニーデュークスで勉強のお供として沢山のお菓子を買い、三本の箒でバタービールを飲んで休憩した後、少し早めにホグワーツへと戻った。時間ギリギリまで過ごすつもりは始めから2人には無く、買ったばかりの菓子を食べながら勉強しようと決めていた。
玄関扉についた時、ソフィアとハーマイオニーの頭上に黒い影が被さる。ふと上を見上げればシェイドが嘴に手紙を咥え、ソフィアの前に降り立つとそれを差し出した。
「ありがとうシェイド。……ハグリッドからだわ!」
「ハグリッド!?ソフィア、早く見せて!」
「ええ」
すぐに2人は昨日あったバックビークの裁判の結果を知らせる手紙だと分かると封を切り中に書かれていた文章を読んだ。
それは湿っぽい羊皮紙で、それを握った途端ソフィアは嫌な予感がした。どうか嬉し泣きの涙でありますように──ソフィアはそう願ったが、書かれていた内容は敗訴し、バックビークが処刑されることが決まった事を告げる悲惨なものだった。
「──ああ!そんな!」
ハーマイオニーは悲痛な声を上げ、一気に目に涙を溜めた。ソフィアもまた辛そうに眉を寄せ、口を手で押さえる。
ソフィアとハーマイオニーはバックビークが有利になるようたくさんの判例を書いたメモを渡し、ルイスも怪我をした証人として嘆願書を書いた。それでも、この判決だというのか。ハグリッドが言っていたようにルシウスが委員会を脅した結果なら──それだけの力を彼が持っていたなんて。
暫く愕然とその場に立っていたが、ソフィアは顔を蒼白にし微かに震えるハーマイオニーに寄り添いながら、重い足取りで寮でへ向かった。
ソフィアもまた顔色は悪かったが、ここで2人倒れるわけには行かない。まだ控訴がある筈だ。諦めてしまえばバックビークの尊い命は失われてしまう。
ソフィアとハーマイオニーは人の少ない談話室の暖炉の側に座った。ぱちぱちと暖かい焔が燃えているが、2人は身を寄せ合い僅かに震え、何度もその手紙を見つめて居た。
「…ハリー達にも知らせましょう」
「…ええ、そうね…」
ソフィアは手紙を両手で強く握りきながら立ち上がる。ハーマイオニーも頷き辺りを見渡したが談話室にハリーの姿はなかった。
「…どこに居るのかしら…」
「さあ…図書室か、またリーマス先生の所かもしれないわ」
ソフィアは不安げなハーマイオニーの声に一瞬、まさかとは思ったがその考えを振り払うように首を振った。──いや、行ってないはずだ。きっと約束を守ってくれている。
一度目のホグズミード行きの時、ハリーはリーマスと過ごしていた事を思い出したソフィアは──ハリーはホグズミードに行ってない──そう信じ、ハーマイオニーの手を握り談話室を抜け出した。
ソフィアとハーマイオニーはトロールが行き来している廊下の向こうからハリーとロンが揃ってこちらに向かってきている事に気付いた。ロンは嫌そうに眉を寄せ、ハリーは何故か顔色が悪い。
ハリーはソフィアとハーマイオニーの蒼白な表情と、悲しみが混じるその目を見てきっともうホグワーツから抜け出しホグズミードへ行ったことがばれ、きっとマグゴナガルに言いつけたのだと思った。
──ソフィアの気持ちを裏切ってしまった、あんなに止められたのに、誘惑に勝てずに…。
ハリーはソフィアの顔が見れず、項垂れた。
「さぞご満悦だろうな?」
ソフィアとハーマイオニーが彼らの前で足を止めた時、ロンがぶっきらぼうに言った。その言葉にソフィアはぎゅっと眉を寄せた。──何の事だろうか。
「告げ口しにいってきたところかい?」
ロンの嘲るような言葉に、ソフィアは目を見開き、ロンの隣りで項垂れるハリーを見つめた。
「まさか──」
「違うわ。あなた達も知っておくべきだと思って…」
ソフィアはハリーに声をかけようとしたが、それよりも早くハーマイオニーがため息混じりに囁く。唇をわなわなと震わせ目に涙をいっぱい溜めたハーマイオニーに、ロンとハリーは狼狽えた。
「──ハグリッドが敗訴したの。バックビークは処刑されるわ」
「…これを、ハグリッドが送ってきたの」
ハリーに沢山言いたいことがあったが、ソフィアはぐっとそれを飲み込むと手に持っていた皺くちゃになってしまった手紙をハリーに突き出す。ハリーとロンは困惑しながらも、そのところどころインクが滲み読みにくい手紙を読んだ。徐々に顔つきが険しくなる彼らの様子に、ソフィアは憂いにも似た目でそれを見る。
「こんな事って無いよ。──こんなこと、出来るはずないよ。バックビークは危険じゃないんだ」
手紙から顔を外したハリーが真剣な目でソフィアを見つめたが、ソフィアは辛そうに眉を寄せたまま首を振った。
「危険じゃないのはわかってるわ。…きっと、ドラコのお父さん…ルシウスさんが委員会を脅したのでしょうね…」
「あの父親がどんな人か知ってるでしょう。委員会は、老いぼれのヨボヨボの馬鹿ばっかり!みんな怖気づいたんだわ…そりゃ、控訴はあるわ。必ず。──でも、望みはないと思う…何も変わりはしない」
ハーマイオニーは涙を拭い、ソフィアも同じように悲痛な面持ちでうっすら目に涙を溜めていた。あの素晴らしく、美しく、気高い生き物が殺されるなんてそんな酷いことをソフィアは受け入れられなかった。自分の子どもを傷つけた魔獣が許せないにしろ、もっとやり方はあっただろう、それに元はと言えばドラコが話を聞いてなかったからだ。
「いや、変わるとも。ハーマイオニー、ソフィア。今度は君たち2人で全部やらなくてもいい。僕が手伝う」
ロンは力を込めて、真剣に言った。ハーマイオニーは一瞬息を飲み、顔を歪めるとロンの首元に抱きついた。
「ああ、ロン!」
自分の首元に抱きつき泣きじゃくるハーマイオニーに、ロンは慌てたように不器用にその頭を撫でる。強くロンに抱きついていたハーマイオニーは暫くして目元を擦りながら離れ、心からロンに──ようやく、謝る事が出来た。
「ロン、スキャバーズのこと、ほんとに、ほんとにごめんなさい…」
「ああ…うん、あいつは年寄りだったし。それに、あいつちょっと役立たずだったしな、パパとママが今度は僕にフクロウを飼ってくれるかもしれないじゃないか」
ロンはハーマイオニーが離れた事に、心からホッとしたような顔で言った。女の子を慰める経験も、ハグでは無いその抱きつきもロンにとっては慣れない事でどうすればいいのか全くわからなかったのだ。
「ハグリッドの所に行かないとね…」
「ええ…でも…夜に行くのは難しいわ、流石に先生達が見回りをしてるもの…」
ハリーは今すぐにでもハグリッドの元へ行きたかった。湿った羊皮紙を握りしめ、きっと泣き暮らしている彼を今すぐに慰めてあげたかった。だがブラックの二度目の侵入事件以来、生徒達が夜に出歩くとすぐに戻るように言われてしまう。完全に禁止されている訳では無いが──特に、狙われているハリーが夜で歩くことは困難だろう。
ソフィアはハーマイオニーの肩をおずおずと叩きながら何とか泣き止ませようと慰めているロンと、ようやく謝ることができたハーマイオニーを安堵の目で見つめていた。──良かった、これでまた元通り4人で行動できるだろう。きっと、ハーマイオニーもずっと謝りたかったんだ、ただ色々重なり意地になってしまっただけで。
「…ハリー、ちょっと来て」
ソフィアはハリーの袖を引き、少しロンとハーマイオニーから離れた場所まで連れて行くとくるりとハリーを見上げた。
ハリーは気まずそうな目をしていたが、何を言われるのかわかっているのか、目を逸らすことは無かった。
「…ごめん、ソフィア…僕…僕、ホグズミードに行ったんだ」
「…でしょうね。さっきのロンの言葉でわかったわ」
ソフィアは腕組みをして大きくため息をつく。ここにハリーが怪我一つせず居るということは、ブラックに襲われる事は無かったのだろう、だが──それにしても、愚かな行動だった事に変わりはない。
「もう行かないわよね」
「…うん、忍びの地図も…没収されたし…」
「…え?…ホグズミードで何があったの?」
「実は──」
ハリーはソフィアに透明マントをかぶってホグズミードに行ったが、その先でドラコをからかい、その拍子に透明マントがずれてそれを目撃されてしまった事。セブルスにより問い詰められ、何とかリーマスが助けてくれたがその際に厳しくも正しい忠告を受け忍びの地図を没収された事を話した。
ソフィアはハリーの手から地図が失われた事にこっそりと安堵した、良かった──これで、名前の事がばれないで済む。きっとリーマスはブラックの件が片付くまでは忍びの地図をハリーに返すことは無いだろう。
じっと考え込み黙ってしまったソフィアに、ハリーは悲しげに眉を下げおずおずとソフィアの顔を覗き込む。かなり怒っているに違いない、ソフィアを悲しませた、──裏切ってしまったんだ。
「ソフィア…本当に、ごめん…」
「…ハリー、私はあなたが傷付くのを見たくないの」
「…うん」
「…もう二度と、危険な真似はしないで」
ソフィアの真剣な言葉にハリーは何度も頷き、その表情を見てソフィアはふっと口元を緩め、笑って許した。
ほっとしたようなハリーの顔を見て、ソフィアはふとセブルスの事を考えた。
毎年の危険な真似をするなと約束させられている。…それは、一度も守られていないが、きっと父もこんな気持ちだったのだろう。ただひたすらに、心配なのだ。
「──さあ、談話室に戻って作戦を立てましょう」
ソフィアのその言葉に、三人は顔を見合わせて頷き合った。