ソフィアは熱を出してからイースター休暇が始まるまで医務室で過ごした。
ポンフリー特製の解熱剤を飲んでも下がるのは数時間で、昼に下がっていた熱も夜中にはぶり返していたのだ。
最近、色々ありすぎた。そもそもソフィアは精神的ストレスに強い方ではない、ぶれない強い心を持ってはいるが、誰に対しても優しいからこそ、繊細な心を持ちすぐに心を痛めてしまう。ここ数ヶ月の張り詰められたストレスがロンとハーマイオニーの友情が復活した事により緩み、一気に体調不良として現れてしまっていた。
ソフィアがなんとか医務室から退院し、職員室で各科目の宿題を受け取り、小山と化した書類の山を持ちグリフィンドール寮の談話室に戻った時には、すでに誰もがイースター休暇の宿題に唸り半分ノイローゼになっていた。
「ソフィア!やっと退院できたのね、よかったわ」
「ありがとうハーマイオニー。…でも、今からこの宿題をしなきゃ…ああ、…流石に、気が重いわ…」
「…ノートを見せてあげるわね。…ヌガー食べる?」
腕に抱いた山のような宿題を見て肩をガックリと降ろすソフィアを見てハーマイオニーは優しく慰め、ポケットからヌガーを出すと両手が塞がり受け取れないソフィアの口にヌガーをそっと近づけた。
「ほら、──あーん?」
「あー……ん!…うん、甘くて美味しい!」
ソフィアはもごもごと口を動かしながらにっこりと微笑み、ハーマイオニーが占領している机の一角に自分の宿題の山を置き、ソファに座ると一番上にある占い学を手に取った。
ソフィアの前に座ったハーマイオニーは嫌そうに眉を顰める。
「ソフィア、私占い学やめたの」
「え?…そうなの?」
「あんなのクソよ!」
「…まぁ!」
ハーマイオニーの汚い罵り言葉にソフィアは少し驚いて声を上げたが、彼女が占い学に強い拒否反応を示していた事を知っているため、それ以上、彼女に何かを聞く事はやめた。きっと自分が休んでいる内に何かあったのだろう。
「だから、占い学は教えられないの。…他の科目のノートはあるわ」
「ありがとう…頑張るわ!」
「病み上がりでしょう?ほどほどにね」
ハーマイオニーの優しい言葉に頷き──とりあえず、期限が差し迫っている物からこなしていくしかない。数多くの書類をさっと見たソフィアは、ローブの袖を捲り、魔法薬学のレポートに取りかかった。
イースター休暇は誰もがその数多くの課題と、そして優勝戦を控えたクィディッチの事で頭がいっぱいだった。
イースター休暇が明けた土曜日には、運命を決める優勝戦がある。ハリーはほぼ毎日くたくたになるまで練習やウッドとの作戦会議を行い、疲れ切り泥のようにベッドの上で眠った。宿題は僅かな時間を見つけ、なんとかロンに写させてもらいギリギリで終わらせる事が出来た。
一方ソフィアは初めの2日を風邪のため寝て過ごしていた為、休暇後半なってもまだ宿題を終わらせることが出来ず、ハーマイオニーと同じようにリーマス並みの濃い隈を目の下に作り、いつもの明るい笑いを消し必死になって羊皮紙の上で羽ペンを動かし続けた。
「ソフィア、大丈夫?」
「………」
「…ハリー、ソフィアには聞こえちゃいないよ」
ハリーはまたソフィアが倒れるんじゃないかと心配したが、ソフィアは鬼気迫る勢いで羊皮紙に向かっている。とてもじゃ無いが休んだ方がいいと言える雰囲気では無かった。
「ハリー」
ソフィアが羊皮紙と教科書を視線で往復させたまま顔を上げずハリーの名前を呼んだ。いつもの朗らかさの無い硬い声に、黙っていろと言われるかと思いハリーは肩をすくめる。
「机の上にある、透明な瓶──それ、一つとって頂戴」
「え?うん。……これ?」
ハリーは机の上にある透明な瓶の中に入った苺飴のように真っ赤な物を一つ摘み出した。
ソフィアは顔を上げる事なく口を開く。
「入れてくれる?──手が離せないの」
「…う、うん」
ソフィアの薄く開いた口に、そっと真っ赤なものを押し込む。僅かにソフィアの柔らかな唇が指先に触れ、ハリーは指先が痺れたような奇妙な感覚になった。指の先から電流が走り、強く体の芯を捉えたような、そんな気がする。
「ありがとう、ハリー」
ソフィアはすぐにそれをガリガリと噛み砕き飲み込んだ。ハリーはドキドキしながらも、飴なら彼女は口の中でずっと転がしているはずだ。それは飴では無かったのかと首を傾げた。
「それ、何なの?」
「疲労回復薬とカフェイン剤よ。眠気が吹っ飛ぶわ。──ルイスに作ってもらったの」
これで後2時間はもつわ。とソフィアは呟き、瞬きする事なく目を爛々と輝かせ物凄い勢いで羊皮紙に沢山の文字を書き込んだ。──どうやらややこしい数式らしいが、ハリーはその数字と記号の羅列を見ても全く何を意味するのかわからなかった。
本当は、ルイスにではなく、セブルスに作ってもらった薬だったが──。ソフィアは宿題の事で頭が一杯だったが、僅かに冷静な部分で嘘をついた。
「ソフィア、私も一つ食べていいかしら?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとう」
疲れた目をしているハーマイオニーはその真っ赤な薬を摘み上げ口の中に放り込む、途端に喉がカッと燃えるように熱くなりハーマイオニーは盛大に咽せ、とてもでは無いが飲み込めない薬を舌の上に置き、涙目になった。
「何これ!?く、口の中が大火事だわ!──よ、よ、よく飲み込めたわね!?」
顔を真っ赤にしてひーひー叫ぶハーマイオニーに、ソフィアはちらりと羊皮紙から目を上げ悪戯っぽく笑った。
「──効き目ばっちりでしょ?」
ソフィアは薬を使い無理矢理二徹し、何とか宿題を終わらせるとイースター休暇の最終日はぴくりとも動かずベッドの上で安眠を貪った。ハーマイオニーもまた、最終日までに何とか終わらせる事が出来、大広間に食事をとりに行くことはあったがそれ以外は自室のベッドの上で過ごした。
イースター休暇が明けるといよいよクィディッチ優勝戦が近づき、グリフィンドールのクィディッチメンバーだけでなく誰もが優勝杯に期待し異様な雰囲気に飲まれていた。グリフィンドールが寮杯を取ったのは8年前だ、今年こそ何としてでも寮杯を掲げるのがグリフィンドールであって欲しい──皆がそう思う中、グリフィンドールとスリザリンの寮同士の緊張は最早ピークに達していた。廊下のあちこちで小競り合いが散発し、ついにグリフィンドールの四年生とスリザリンの六年生が大騒動を起こし入院する騒ぎにまでなる。
元々仲が良いとはお世辞にも言えない寮なのは誰の目にも明らかだろう。
スリザリン生はハリーを見ると廊下ですれ違いざまに怪我をさせようと企んでいたが、それを危惧したウッドによりグリフィンドール生総出でハリーの守護に当たっていた。
勿論ソフィアとハーマイオニーとロンも、ハリーに何かあってはいけないと常にピッタリと身を寄せ合ってハリーを守るように行動していたが、ハリーは過保護すぎる周囲の対応にやや気が滅入っていた。
一日一日が過ぎるたびに、ハリーのその細くて小さな肩にはプレッシャーが重くのしかかっていたのだ。
試合前夜、グリフィンドールの談話室ではいつもとまた様子が異なっていた。
ハーマイオニーは「勉強できないわ!集中できないもの!」と言ってここ数ヶ月ぶりに本を投げ出し、何とかドラコに一泡吹かせる為にもグリフィンドールの勝利を強く願いピリピリとした雰囲気を醸し出していた。
ソフィアもまた勉強は行わず、やたら騒がしい──プレッシャーを跳ね飛ばす為だろう──フレッドとジョージの冗談に楽し気に笑っていたが、1人離れた場所でその顔を真っ青にさせ、深刻な表情をするハリーに気づくとすぐに駆け寄り隣に座った。
「ハリー、緊張してるの?」
「うん…明日は僕にかかってるんだ…」
ハリーは膝の上に肘を乗せ、祈るように指を組みその手を額に当てながら重々しく呟いた。ソフィアは丸まったハリーの背中をぽんぽんと軽く叩き、「大丈夫よ、ハリー!」と笑う。
「あなたは誰よりも優れたシーカーだもの!私、ずっとずっと応援してるわ!」
「うん…ありがとう、ソフィア」
「それに──私のために勝ってくれるんでしょう?」
ソフィアが茶目っ気たっぷりににやりと笑い、ハリーは少し心がぽっと熱を持つのを感じた。──ここ数ヶ月、ソフィアの笑顔を見ると何だが胸が騒めく。一体、僕はどうしたんだろうか。
明日のことを考えると胃がきゅっと締め付けられるような苦しさを感じていた。
今にも叫び出して走り回りたいような、体の奥に何か魔獣がいるような、奇妙な感情の中、ソフィアの言葉を聞くと不思議と気持ちが落ち着いた。
ハーマイオニーとロンがハリーとソフィアに気付き駆け寄ると心配そうにハリーを見つめた。2人の顔色はハリーに負けず劣らず、悪い。
「ハリー、絶対大丈夫よ」
「君にはファイアボルトがあるじゃないか!」
ロンの励ましに、つまり──つまり、もしこの最高の箒で負けてしまったら、未来永劫勝利は無いという事か、とハリーは深く考え込み重々しく「うん…」と呟いた。
「ファイアボルトだけじゃないわ、あなたには才能もあるわ、ハリー!」
ソフィア達がハリーを応援していると、時計を見たウッドが急に立ち上がり「選手!寝ろ!」と叫んだ。
ふざけ合っていたフレッドとジョージや、他の選手達は顔を見合わせすぐにそれぞれの部屋へと戻る。ハリーも重い腰を上げ──興奮からか、ちっとも眠気はなかったが、ソフィア達におやすみを言うとロンと共に自室へと繋がる階段へ向かった。