クィディッチの優勝杯をグリフィンドールが手に入れた。
その幸福な余韻はなかなか消えず、スリザリン生以外を温かく包み込んでいた。
だが、いつまでも余韻に浸っている場合ではないと、冷静な生徒達はすぐに思考を切り替える。──そう、試験が迫っていた。
ソフィアとハーマイオニーは勿論朝早くから図書館に篭り、夜遅くまで談話室で勉強していた。
いつもは勉強せずふざけてばかりいるフレッドとジョージでさえO.W.L試験を控え、珍しく唸りながら勉強した。
試験を間近に控えたソフィア達は談話室で就寝時間ぎりぎりまで勉強していたが、真面目に取り組んでいたのはソフィアとハーマイオニーだけで、ロンとハリーは時々手を休めては2人の邪魔をしないようにこっそりと魔法チェスをして休憩していた。
ハーマイオニーが最早見慣れた景色と化している羊皮紙やら教科書の山から数占いの本を探していると、窓辺からすっとヘドウィグが嘴にメモを咥え舞い降りてきた。
ハリーはすぐにヘドウィグからメモを受け取り急いで開く。
「ハグリッドからだ──バックビークの控訴裁判、6日に決まったって」
「6日…試験の最終日ね」
ソフィアは古代ルーン語の翻訳本から顔を上げ、真剣な顔をしてハリーを見つめる。
ハリーは続きの文を読み、「みんなが裁判のためにここにやってくるらしい。魔法省からの誰かと──死刑執行人が」と重々しく呟く。
「控訴に死刑執行人を連れてくるなんて!それじゃまるで、判決が決まってるみたいじゃない!」
教科書を探していた手を止めたハーマイオニーは愕然として叫ぶ、ハリーは苦々しい表情のまま頷き、ロンは憤慨し机を苛々と叩いた。
「そんなことさせるか!僕、あいつのために長ーいこと資料を探してたんだ!それを全部無視するなんて、そんな事させるか!」
「ロン頑張っていたものね。…まとめてハグリッドに送りましょう」
ロン達は頷き合い、流石のハーマイオニーも勉強の手を止めてロンが部屋から持ってきた資料をまとめる作業に取り掛かった。
これで少しでもバックビークの罪が軽くなればいい、そう、願いながら。
試験が始まり、週明けの城は異様な静けさに覆われていた。誰もが教科書を持ち廊下を歩き、そこかしこで生徒同士が衝突していたが誰も気にする事なく最後の追い込みにかけていた。
ソフィアは月曜日の変身術のテストは難なくティーポットを陸亀に変身させ、特別課題としてティースプーンを海亀に変身するテストが与えられたが、勿論難なく終える事が出来た。マクゴガナルは何も言わなかったが、にっこりとした笑顔をソフィアに見せ、ソフィアはきっと変身術は満点以上を貰えるだろうと思ったが、数占い学は数表を元に来年のハロウィンを予想立てるというもので──ソフィアは必死に計算し予測を立てたがその結果、その日は新たな訪問者がくる可能性を示しており、この学校に途中で訪問者がくるだろうか、そう悩みながらもその結果を書いた。
慌ただしい昼食の後、古代ルーン語学、呪文学のテストを受け──何とか合格点は取れそうだとソフィアは安心した──すぐに翌日に控えるテストの科目の復習に取り掛かる。
魔法生物飼育学のテストは
魔法薬学は大きな失敗は無かったものの、ソフィアが作った混乱薬は少し色が薄く、満点を取る事は叶わないだろう。
真夜中の天文学ではソフィア達は試験続きの倦怠感の中、眠たい目を擦りながら空に浮かんでいる星を書き込んだ。
水曜日の魔法史では魔女狩りについて出題され、ソフィアはセーレム魔女裁判についての詳細と、自身の見解を書き示した。
薬草学では蒸し蒸しとした暑い温室で行われ、踊り狂う草花の花弁を散らすことなく採取できるかどうかが課題だった。「大人しくしなさい!ね?お願いよ!」ソフィアの願いも虚しく草花はアクロバティックなブレイクダンスを決め、真っ白な花弁が数枚散ってしまった。
落胆し隣のネビルを見れば、鼻歌を歌いワルツを踊らせ優しく草花を大人しくさせ、手で素早く掴み一枚も花弁を散らす事なく採取していた。
木曜日の闇の魔術に対する防衛術のテストは今まで受けた事のない奇妙でいて面白いテストだった。
水魔が入った深いプールを渡り、レッドキャップのいる穴だらけの場所を通過し、ヒンキーパンクをかわして沼地を通り過ぎた。全て授業で学んだ対処を冷静に行えば難しいものではなく、ソフィアは最後空き地にポツンと置かれた大きなトランクを見た。
「…ボガート…」
ソフィアはトランクの前で膝をつき、そっと鍵を開け中に入った。
中はどこかの空き教室と繋がっているらしく、がらんとしていてその部屋の中央には洋箪笥がひとつ、ぽつんと置かれていた。
それはソフィアが開けずとも静かに開き、そして口や目から夥しい量の血を流すルイスが現れた。足を一本踏み出すたびにべちゃり、と水音が響き、ソフィアは眉を顰める。
「リディクラス!」
すぐに唱えるとボガート・ルイスは包帯でぐるぐる巻きにされよろめき、そのまま開かれた洋箪笥に倒れ込み──扉は閉まった。
「…何に変化するかわかれば、冷静に対処出来るわね」
ソフィアは杖を握ったまま呟き、すぐに出口へと向かった。
それは普通の教室の扉だったが、出た先は先程居た空き地であり、すぐそばに笑顔のリーマスが立ち、ソフィアがトランクから出るのを手伝った。
「上手くやったね、ソフィア。──満点だよ」
手を引いたままリーマスはそっと身を屈め、ソフィアの耳元で低く囁く。ソフィアはにっこりと嬉しそうに笑った。
ソフィアの次にハリーが完璧にボガートを退治し、その後ロンも無事に終え、3人はハーマイオニーの到着を待った。
ハーマイオニーは最後の課題であるトランクに入り込むと1分ほどして叫びながら飛び出し、ソフィア達はハーマイオニーの目が恐怖で引き攣り目に涙を溜めている様子を見て一体ボガートはどんなおそろい姿に変わったのかと、ごくりと固唾を飲んだ。
「ハーマイオニー、どうしたんだ?」
錯乱するハーマイオニーに、すぐリーマスが駆け寄り肩を撫でれば、ハーマイオニーはトランクを指し絶句しながら叫ぶ。
「マ、マ、マクゴガナル先生が!先生が、私、全科目落第だって!」
わっと泣き出すハーマイオニーを見たソフィア達は顔を見合わせ苦笑した。
ハーマイオニーを何とか落ち着かせたソフィア達は城へと向かった。ロンは時々ハーマイオニーを揶揄ったが──全科目落第なんて、そんなのが怖いの?──彼らが口喧嘩にならずに済んだのは、正面玄関の階段の上にコーネリウス・ファッジを目撃したからだった。
ファッジはハリーを見つけると額に浮かんでいた汗を拭う手を止め驚きながらも何処か嬉しそうに笑いハリーに声をかける。
ソフィアとハーマイオニーとロンは魔法大臣と親しく話すような間柄では無いため、その場を通り過ぎる事もできず、なんとなく居心地悪そうに視線を交わし後ろの方でウロウロとしていた。
「ハリー、あまり嬉しく無いお役目で来たんだがね。危険生物処理委員会が私に凶暴なヒッポグリフの処刑に立ち会ってほしいと言うんだ。ブラックの事件を調べるのにホグワーツに来る必要があったからね、ついでに立ちあってくれという事だ」
「もう控訴裁判は終わったという事ですか?」
ロンが思わず進み出てハリーの横に立ち口を挟んだ。ファッジは興味深げにロンを見ながら首を振る。
「いや、いや。今日の午後の予定だがね」
「それだったら、処刑に立ち会う必要なんか全然なくなるかもしれないじゃないか!ヒッポグリフは自由になるかもしれない!」
強いロンの言葉に、ファッジは目を瞬かせながら何かを言おうと口を開いたが、ファッジが答える前にその背後の扉が開き、城の中から2人の魔法使いが現れた。
1人は老人で、もう1人は屈強な大柄の魔法使いだった。その2人を見たソフィア達はきっと彼らが危険生物処理委員会の委員なのだろうと思った。
「やーれやれ。わしゃ、もう歳だ。こんなことはもう…ファッジ、2時じゃったかな?」
老人はファッジに聞き、隣に立つ大柄な魔法使いはベルトに挟んでいた斧を指で撫でる。それを見たロンはカッと顔を怒りで染めながら口を開いて何か言いかけたが、ソフィアがロンの袖を引き険しい顔で首を振りながら玄関ホールの方を顎で指した。
「なんで止めたんだ?あいつら、斧まで用意してきてるんだぜ?どこが公正裁判だって言うんだ!」
大広間に入り、ロンはソフィアの腕を振り払うと怒ったように聞いたが、ソフィアは悔しそうな顔をしながら閉まりゆく扉がの向こうにいるファッジ達を見た。
「アーサーさんは魔法省にお勤めでしょう?お父さんの上司に向かって…そんな事言わない方がいいわ」
「そうよ、ソフィアの言う通りだわ。…それに、ハグリッドが今度は冷静になって、ちゃんと弁護さえすれば、バックビークを処刑出来るはずがないじゃない…」
ハーマイオニーはすたすたと歩きながら言ったが、その言葉を自分でも信じきれていないのだとソフィアには分かった。
きっと、ハグリッドはあの大柄な男が持つ斧を見て激しく動揺するだろう、何とか冷静になって欲しいが──難しいかもしれない。
ソフィア達は昼食を食べながら、周りの生徒達が「あと一つで終わる!」と試験終了を心待ちにはしゃぐ声を聞いていた。
他の生徒が晴れ渡った明るい顔をする中、ソフィアはハグリッドとバックビークが心配で、全くそんな気持ちにはなれず、暗い顔でサンドイッチを食べた。
ソフィアは逆転時計を使いマグル学の試験を先に済ました。内容はマグルが移動のために何故船ではなく飛行機を使うのか、飛行機の仕組みを踏まえてそれを述べよと言うものでソフィアは試験時間ギリギリまで羊皮紙に向い、細かい字で空白を埋めた。
最後の試験は占い学であり、占い学の教室の前ではたくさんの生徒が最後の追い込みに教科書を開いていた。
「一人ひとり試験をするんだって、君たち、水晶玉の中になんでもいいから見えたことがある?」
空いていた席に座ったソフィアとロン、ハリーにネビルが心配そうに聞く。3人は顔を見合わせ首を振った。
「ないさ」
ロンは気のない返事をし、開いた教科書を見る事なく壁にかけられた時計をちらちらと見ていた。どのくらい時間がかかるだろうか?バックビークの控訴裁判の時間までに終わるだろうか?──そう、ロンが気にしているのだとハリーとソフィアはわかった。
「ソフィア・プリンス」
「…行ってくるわ」
ソフィアは聞きなれた、霧の彼方から囁くような声を聞き立ち上がると、銀色の梯子を登り、教室内へ入った。
教室内のカーテンは完全に締め切られ、暖炉の火は夏だというのに燃え盛る。いつもの紅茶の強い香りが、この暑さでさらに不快感を増しソフィアを包み込んだ。ソフィアは服の袖で鼻を覆いたかったが、部屋の中央にトレローニーが居ることに気づくと流石にそれは出来ず、精一杯の引き攣った笑顔を見せ両手を緩く広げる彼女の前の席に座った。
「こんにちは。いい子ね…」
「こんにちは、先生」
トレローニーは儚げに微笑むと2人の間にある水晶玉を優しく指先で撫でた。
「さあ、この玉をじっと見てくださらないこと…ゆっくりでいいのよ…。それから、何が見えたか…あたくしに教えてください…」
ソフィアは丸く艶やかな水晶玉を見下ろした。それは透明ではなく、中に白い靄のようなものが揺らめいている。
──何も見えないわ。
しかし、そう言えばこの課題をクリアすることは出来ないだろう。最早占い学でもなんでも無く──トレローニー学とでも言うべきか──ソフィアは彼女を分析し、望む答えを伝えた。
「そうですね…寂れた…墓場…」
「まぁ!墓場…成程…他には何が見えまして?」
トレローニーは囁くようにいうと膝の上にある羊皮紙に何かを書き込みソフィアの次の言葉を促した。ソフィアはぼんやりとその白い靄が蠢き──息を呑んだ。
何も形を作らず揺蕩っていた靄が、何か明確な意志を持ち蠢いている、そんな気がしたのだ。
「…何か──小さな生き物が…見えます……虫…?…違うわ…ネズミ?…それと、蛇──髑髏……」
「…!──ソフィア、あなた、それは…」
ソフィアの呟きに、トレローニーは息を呑んだ。蛇と髑髏が何を示すのか、それはこの魔法界においてのタブーであり、闇の象徴──死の刻印だ。
「──以上です、それ以外は、見えません」
「…そう。…ここでお終いにしましょう。…ソフィア、あなたはもう少し目を鍛える必要がおありね…」
トレローニーの顔色は悪かったが、どこか残念そうにソフィアに伝える。トレローニーはきっとソフィアが見ようと思うばかりで自分の心の中にある恐怖の妄想を水晶玉に見たのだと考えた。──でなければ、あの象徴が見えるはずがない。
水晶玉を睨み見ていたソフィアだが、既にその水晶玉はいつものように白く靄を揺らめかせるだけでなんの形も作っていない。──見間違いだろう。
ソフィアは静かに立ち上がると、暑く茹だるような教室を出て銀の梯子を降りた。
「ソフィア、どうだった?」
まだ名前が呼ばれていないハリーとロンはどんな試験だったのかとソフィアに聞いた。
ソフィアは肩をすくめ「いつもと同じ、水晶玉を見るだけよ。談話室で待ってるわ」と答え、この塔から一刻も早く出たい──2人が答えるよりも早く螺旋階段を駆け降りた。