ソフィア達は杖を前に突き出しながら、杖先に灯る灯りを頼りに薄暗い道を進んでいた。
暴れ柳の下にこんな抜け道があったなんて──一体、何のために。
曲がりくねった細い通路は突如終わり、小さな穴から漏れるぼんやりとした光がソフィア達の目に入った。
先頭を走っていたハリーは足を止め後ろを振り返る。荒い呼吸をしていたソフィア、ルイス、ハーマイオニーは息を整えながらこくり、と頷く。4人は杖を前に向けながらじりじりと前進し、そっと穴の先を覗いた。
「…部屋…?」
ルイスが穴の先に見えた光景を呟く。
そこは埃っぽく、荒れ果てた部屋だった。壁紙は剥がれかかり、床は黒い染みだらけで床板が捲れている。家具という家具はまるで誰かが打ち壊したかのように破損し、窓には全部板が打ち付けられていた。
まずハリーがそっと穴の向こう側に顔を入れ注意深くあたりを見渡した──犬も、ロンも居ない。先に進んでいたクルックシャンクスも居ない。ハリーは穴をくぐり抜け、埃が白く床に積もる中に、なにかを引き摺った跡が続いている事に気付いた。
ハリーに続きソフィア達が穴をくぐり抜け辺りを見渡す。突然ハーマイオニーが「あっ!」と小さく悲鳴をあげ、隣にいたルイスの腕に強く掴まった。
「ここ…叫びの屋敷の中だわ…!」
「ここが…?」
不安げに辺りを見ながらハーマイオニーが囁く。その声は不気味に反響し、ソフィア達は身を強ばらせた。右側には扉が開けられたままになっており、薄暗いホールに続いている。
その時、頭上で何かが軋む音がして4人が天井を同時に見上げた。──何かが動く音だ、間違いなく黒犬か、ロンだろう。
ハリーは無言で杖先を一つ開いている扉に向ける。──行こう──その無言の合図にソフィア達は頷き、出来るだけ足音を立てないようにしながら隣のホールに忍び込み、上の階へと伸びる朽ち果て崩れかけた階段を上がった。
何かを引き摺った跡はこの先に続いている。──ソフィアは手汗がじわりと滲む杖を、再度握り直した。
「
4人は同時に唱える。何かあればすぐに攻撃魔法か防御魔法を唱えなければならない、いざという時にそなえ杖先から光が消える。
一気に辺りが薄暗くなるが、たった一つの扉から光が線のように漏れ出している。扉は微かに開き、その先から物音と何かが呻く低い声と、大きなゴロゴロという猫特有の声が聞こえていた。
──この先だ。ハリーはちらりと3人を見る。3人とも再びしっかりと頷いた。
杖を目前に構えたまま、ハリーは強く扉を蹴り開け雪崩れ込むようにその部屋に入り杖先を向けた。
黒犬は、居なかった。
埃っぽいカーテンのかかった天蓋付きベッドの上にクルックシャンクスが寝そべり、ハーマイオニーの姿を見るとゴロゴロと鳴き声を大きくした。その脇の床には、妙な角度に足を投げ出して、ロンが力なく座っていた。
「ロン!!」
4人が同時に叫び、すぐにロンの側に駆け寄った。
「ロン、大丈夫?」
「足が…ああ、やっぱり折れてるわ…」
「応急処置するね」
ソフィアは関節が2つになってしまったようなロンの足を見て心配そうにロンの顔を覗き込み、険しい表情をしたルイスが杖を振るい床に転がっていた板を添え木にし「
ロンは冷や汗を流し呻いたが、固定された事で少し精神的にマシになったのか──少なくとも、関節は一つに見えた──僅かに眉間の皺を消した。
「犬はどこ?」
「…ハリー…犬じゃ──ない。ハリー、罠だ…」
「…え?」
ロンは痛みに呻きながらも必死にハリーの肩を掴み訴える。何を言っているのかわからず、ハリー達は困惑した表情でロンを見た。
「あいつが犬なんだ、…あいつは、アニメーガスなんだ…」
ロンはハリーの肩越しに何かを睨んでいた。
ソフィアとルイスはすぐに振り返り杖を振るったが、それよりも先に第三者の鋭い嗄れた声が響く。
「
扉の後ろから現れたその人は長い黒髪が肘まで垂れ、顔色が悪く暗い落ち窪んだ眼窩の奥で目だけが獰猛に輝き生を感じさせた。──そして、左足の腿あたりに白い包帯が巻かれている。
指名手配写真に写っていたシリウス・ブラックはまるで髑髏のような顔だったが、目の前にいるシリウス・ブラックは浮浪者のようななりはしていてもまだ人としての体制を保っていた。
ソフィア達の杖が手から飛び出し、高々と飛んでブラックの手に収まった。ブラックはハリーを見据え、一歩近付いた。
「君なら友を助けに来ると思った」
長い間声の出し方を忘れていたような掠れた響きだった。噛み締めるようなその言葉にちらりと現れた喜びの色に、ソフィアは強く奥歯を噛み締めゆっくりと後退する。ルイスはソフィアを背中に庇うように立ち、じっとブラックの挙動を見つめた。──何があっても、ソフィアだけは、妹だけは守らなければ。
「君の父親も俺のためにそうしたに違いない。君は勇敢だ。先生の助けを求めなかった…ありがたい。その方がずっと事は楽だからな…」
ハリーは自分の父を嘲るようなその言葉に胸の奥が煮えたぎるのを感じた、どろどろとしたものが奥から溢れ脳の後ろが痺れる。
杖が無いにも関わらず憎しみのあまり飛び出そうとしたハリーだったが、すぐにソフィアとハーマイオニーが掴み引き戻された。
「ハリー、駄目!」
「ハリーを殺したいのなら、僕達も殺す事になるぞ!」
ロンは果敢にもブラックに向かって言い放ち、立ちあがろうと身を捩ったが足に激痛が走りずるずるとまた床に座り込む。
ブラックはちらりとロンを見下ろすと、静かな口調で「座っていろ。足の怪我がよけいに酷くなるぞ」と伝えたが、ロンは顔色を青くしたまま必死に這いずりハリーの服を掴んだ──離さない、何があっても一緒だ。という明確な意思を持って。
「聞こえたのか?僕たち5人を殺さなきゃならないんだぞ!」
ロンはハリーの肩にすがり、無事な方の足に力を込めなんとか立ち上がると強い目で睨む。ソフィアはハリーの腕を強く掴みながらブラックを睨む。──彼女はロンの言葉が脅しにはならないとわかっていた、彼は大量殺人鬼だ、子ども5人くらいなんなく殺してみせるだろう。杖さえあれば、杖が、欲しい。
だが、ブラックは薄く笑うと首を微かに振りゆっくりと答えた。
「今夜はただ、──1人を殺す」
「何故なんだ?」
「ハリー!──っだめ!」
ソフィアは自身の腕を振り解こうともがくハリーに小さな叫びを上げる。ハリーは一切ソフィアを見なかった、自分の肩に掴まるロンが呻めきよろめいたことも気にしてられなかった。その目に映るのは、両親を裏切り死に追いやったシリウス・ブラック──ただ1人だ。
「この前はそんな事気にしなかっただろう!ペティグリューを殺るために、沢山のマグルを無残に殺したはずだ!──どうしたんだ?アズカバンで骨抜きになったのか?」
「ハリー、駄目!おねが──」
「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!!」
ハリーは大声で叫び、渾身の力でソフィア達を振り解くとルイスを押し退け、前方めがけて飛び掛かった。
杖を持たない、たった13の子供だという事も忘れブラックに飛びつくと杖を虚をつかれたのか振り下ろさなかったブラックの手首を掴み、杖先を逸らさせ、大きく振りかぶり強く握った拳でブラックの横面を殴りつけた。
「きゃあああっ!」
ハーマイオニーが悲鳴をあげ、ロンは大声でブラックを罵り喚いていた。
咄嗟にルイスはハリーに続き飛び掛かる──何故ブラックが遅れを取ったのかわからない、だが考える暇はない。今あいつを無力化しないと、殺されてしまう。
ルイスは自分が小柄だと言うことも忘れ、暴れるブラックの足にしがみつき、腹を何度も蹴られながらけっして離さなかった。
ブラックの持っていた杖先から火花が四方八方へ噴射し、ハリーとルイスの顔を貫きそうなったが、火花は外れ頬を掠める。しかし、あまりに強烈な光を目前で見たルイスは視界が真っ白になり目を手で覆う。
「ぐっ──!」
ブラックの膝がルイスの腹にめり込み、ルイスは苦しげに呻き何度も強く咳き込んだ。ルイスの束縛が無くなったブラックは一瞬足下でうずくまるルイスを見たが、すぐにハリーに視線を戻すと自由な方の手でハリーの喉を強く抑える。
「いいや──もう待てない」
ブラックはハリーの緑色の目を見つめ静かに囁く。ソフィアは弾かれたようにブラックに近付き──「ソフィア!」とハーマイオニーが悲鳴を上げた──思い切りブラックの脇腹を蹴り上げる。無防備な中の襲撃にブラックは呻き、ハリーの喉を掴んでいた手を緩める。緊張と恐怖で痛みを一瞬忘れる事ができたロンもソフィアに続きブラックの腕に体当たりし、ハーマイオニーはその隙にルイスに駆け寄り部屋の端まで引き摺った。
カラカラと杖が落ちる音が響き、もつれ合う中ハリーはブラックを振り解き落ちている杖を拾おうと床に飛びついた──しかし、クルックシャンクスが雄叫びと共に杖に伸びるハリーの腕に飛びかかり、その爪を食い込ませる。
ハリーが痛みに顔を顰めながら払い除けると、宙でくるりと体勢を整えたクルックシャンクスはハリーの杖に飛び付いた。
「取るな!」
大声で叫び、やはりブラックの仲間だったのかとクルックシャンクスを憎々しげに睨んだハリーはクルックシャンクスに向かって足を振り上げる。クルックシャンクスはシャーッと鋭く鳴きながら脇に跳びのいた。ハリーは素早く杖を掴み振り向くと杖先をブラックに突きつける。
「どいてくれ!」
ハリーはロンとソフィアに向かって叫んだ。
ソフィアは呼吸を荒めながらブラックの指を無理矢理こじ開け──思ったよりもあっさりと、その手は開いた──自分達の杖を掴むと急いでルイスとハーマイオニーの元に駆け寄った。
ロンは息も絶え絶えに天蓋ベッドまで這っていき、倒れ込むと蒼白な顔で折れた足を抑えた。
ブラックはソフィア達の攻撃により、壁の下の方で四肢を投げ出し、胸を激しく波打たせながら自分の心臓に杖を突き付けながら近づくハリーをじっと見た。
「ハリー、俺を殺すのか?」
ブラックは小さな声で呟いた。
ハリーは無言で近づき、ブラックに馬乗りになるような形で止まるとつえをブラックの胸に向けたままその痩せた顔を見た。目にはあざができ、口先から血が垂れている。
「お前は、僕の両親を殺した」
ハリーの声は震えていたが、杖腕だけは微動だにしなかった。
ブラックは落ち窪んだ目でハリーをじっと見上げ、掠れた声で呟く。
「──否定はしない。君の両親…ジェームズ、リリー、そして…アリッサ──」
「「──えっ?」」
ブラックの静かな声に、ソフィアとルイスが大きく反応した。ブラックは他にも言葉を紡ぎかけていたが口を閉ざすと視線だけを動かし、部屋の隅にいるルイスとソフィアを見た。
ハリーはブラックから目を逸らす事が出来なかったが、その名前に聞き覚えがある気がした。確か──そうだ。
「どうして、母様の名前が出てくるの?」
ソフィアはルイスの胸元に縋りつき、蒼白な顔で呆然と呟く。ルイスは杖先をブラックに向け、硬った顔でじっとブラックを睨んでいた。
──そうだ、一年生の時ケンタウルスが言っていた。アリッサは、ソフィアとルイスの母親の名前だ。