ハリー達がブラックの突拍子も無い言葉を飲み込むためには時間が必要だった。
しかし、ルイスはすぐにそれを事実かもしれない、と受け入れブラックに真っ直ぐ向き合った。
「…シリウス・ブラック。ペティグリューは死んだんじゃ無かったの?目撃者が居たって聞いた」
「…殺そうと思った。だが、小賢しいピーターに出し抜かれた…今夜はそうはさせない!」
「!──
ブラックはすぐにロンの方へ飛びかかろうとしたが、ルイスが杖を振るいブラックの脚を縄で縛りその場に拘束する。
バランスを崩したブラックは前につんのめりそのままロンの足元に倒れ込み、折れた足にブラックの重さが直撃したロンは痛みに叫び声を上げた。
「シリウス、だめだ!そういうやり方をしてはだめだ!みんなにわかってもらわなければ!…説明しなければ駄目なんだ!」
リーマスは慌ててブラックに飛び付き、腕だけでもがき近寄ろうとするブラックを後ろからはがい締めにし、ロンの上から引き離した。
「後で説明すればいい!」
「ブラック!──僕にはお前が自分に都合が悪い存在を殺そうとしているようにしか思えない!そのネズミが本当にペティグリューなら、その理由を教えてくれ!!」
ルイスは杖先をブラックに向けたまま負けじと叫ぶ。
ルイスは滅多に声を荒げる事はない、その声を聞きソフィアはぎゅっとルイスのローブを掴み、顔を蒼白にさせたまますっと自身の杖をブラックに向けた。
「私達は、誰が母様を死なせた原因になったのか、知りたいの。ブラック、貴方は
ソフィアの硬い言葉に、ブラックはスキャバーズを捉えようともがいていた腕をようやくだらりと下すと、じっとソフィアの目を見つめ項垂れたように床を見た。
腕の中で大人しくなったブラックを見下ろし、リーマスは呼吸を抑えながら噛み締めるように呟く。
「皆全てを知る権利があるんだ。…私もまだわかってない部分がある。ロンはあいつをペットにしていたんだ。──シリウス、君はハリー達に真実を話す義務がある」
友人の静かで重い言葉に、ブラックは項垂れたまま「…わかった」と吐き捨て顔を上げた。目だけはスキャバーズからいっさい離さずしっかりと見据える。ロンも、その手はスキャバーズに噛まれ引っ掻かれ傷だらけになっていたが、スキャバーズをしっかり握りしめていた。
「まずはルイスの疑問に答えよう。ピーターは死んだ。──誰もがそう思っただけだ、その瞬間を見てはいない。…他の数多の犠牲者の肉片と混じり、どれが誰のかわからなかった。ただ、指だけはピーター本人のもので…皆死んだのだと思った。──私自身もそう思っていた、今夜地図を見るまではね。忍びの地図はけっして嘘はつかないから…ピーターは生きている。ロンのペットのスキャバーズとなってね」
「ピーターなんかじゃない!こいつはスキャバーズだ!」
ロンは叫び、手の中で暴れるスキャバーズを必死にリーマスとブラックの視線から隠そうとした。
ありえない、そんなわけがない。ブラックはきっと長い間アズカバンに投獄されていて狂って妄想に取り憑かれているんだ──そう、ハリーとロンは思った。
「でも、ルーピン先生、スキャバーズがアニメーガスの筈がありません。先生はそれをご存知なはずです…」
「どうしてかね?」
震えながらおずおずとハーマイオニーがリーマスに聞けば、リーマスはハーマイオニーに向き合いまるで授業中かと思わせるほど静かに優しくハーマイオニーに聞き返した。
「だって…だって、もしペティグリューがアニメーガスなら、みんなその事を知っているはずです。マクゴナガル先生の授業でアニメーガスの勉強をしました…その宿題で、わたし…アニメーガスの事を全て調べたんです。魔法省が動物に変身出来る魔法使いや魔女を記録していて、何に変身できるか、その特徴を書いた登録簿があります。私──その登録簿で、マクゴナガル先生がのっているのを見つけました。今世紀にはたった7人しか──」
「ハーマイオニー!」
ハーマイオニーは何故ペティグリューがアニメーガスでは無いのか、それを論理的に指摘しようとしたが途中で言葉を遮ったのはブラックでもリーマスでもない、ソフィアだった。
まさかソフィアに遮られるとは思わず、ハーマイオニーは驚いてソフィアを見る。
「ハーマイオニー、その登録簿にはシリウス・ブラックはのっていたの?」
「…それは…」
ソフィアの鋭い指摘にハーマイオニーは口篭り、視線を揺らせた。確か、そこにブラックの名前は無かった。もしあれば──もし、アニメーガスに変身できると皆が知っていれば、黒犬は警戒されていた筈だ。
「それが答えよ。未登録のアニメーガスだったのね」
「正解だよ、ソフィア。…魔法省は未登録のアニメーガスが3匹、ホグワーツを徘徊していたことを知らなかったんだ」
ソフィアの言葉にリーマスは少し微笑む。
3匹──その言葉にソフィアは少し眉を寄せる。1匹…いや、1人足りない。
「その話をするなら、早く済ませてくれ。…俺はもう12年も待った!もう、長くは待てない」
「わかった…だが、シリウス、君にも助けてもらわないと…私は始まりのことしか知らない──」
リーマスの言葉がふいに途切れた。
背後で大きく軋む音が聞こえ、ベッド脇の扉が独りでに静かに開かれたが、その先にあるのは暗くぼんやりとした廊下が見えるだけで誰も現れなかった。
ソフィア達が一斉に扉を見つめ、リーマスが足早に扉へと近づき階段の踊り場を見渡したが、やはり人影はなかった。
「誰も居ない…」
「ここは呪われているんだ!」
「そうではない」
ロンが悲鳴混じりに叫んだが、すぐにリーマスがそれを否定した。
そもそも何故この場所が叫びの屋敷と呼ばれているか。リーマスは目にかかる白髪混じりの前髪をかき上げ、一瞬過去に耽ったように遠い目をしたがすぐに何があったのかを話しだした。
小さい頃に人狼に噛まれ、その性質を移されてしまった事。脱狼薬が最近開発され、セブルスが調合する事で月に一度満月の日に変身しても事務所で丸まっているだけの無害な狼で居られる事。
そして、ダンブルドアの温情により、少年時代ホグワーツに通うことが許されたが、他の生徒に危害を加える事のないように、この屋敷を居場所として提供され──そして、隠し通路の上に暴れ柳が植えられた事…リーマスは全てを淡々と静かな声で話し、それを聞いているうちに、ハリー達はその話にのめり込んでいる事に気が付いた。
その話の何が、今に関わるのかはわからないが、人狼という性質を持ってしまった少年の生き苦しさや苦悩が垣間見れ、思わず固唾を飲んだ。
「──しかし、変身する事を除けば、人生であれ程幸せだった時期はない。生まれて初めて友人が出来た…素晴らしい友が。シリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー…それから、言うまでもなく、ハリー…君のお父さん、ジェームズ・ポッターだ」
リーマスは言葉を区切り、ハリーを見つめる。
ハリーはいきなり自分の父親の名前が飛び出したことに驚き肩を揺らしたが、何も言わずどこか居心地悪そうにその優しい目から視線を逸らした。
「その3人が、私が月に一度姿を消す事に気が付かないわけがない。私は色々言い訳を考えた…。私の正体を知ったら、とたんに私を見捨てるのでは無いかと、それが怖かったんだ。しかし、彼らは…ハーマイオニー、君と同じように本当の事を悟ってしまった。…いや、彼らだけじゃないな。ジャックも…ジェームズ達にバレた時には既に気付いていたらしい」
今度はソフィアとルイスが驚く番だった。そこまでリーマスとジャックが深い友人関係だと、2人は知らなかった。
たしかにジャックは人狼に対して他者のような嫌悪感は持っていない。今までソフィアとルイスはジャックが何に対しても包容力が大きく許容範囲が広く、とても優しいからだと思っていたが──ようやく、2人はリーマスの友人だから、人狼に対しての見方が他者とは異なるのだと理解した。
「それでもジェームズ達は私を見捨てなかった。それどころか私のために…アニメーガスになってくれたんだ」
「僕の父さんが?」
「ああ、そうだとも。どうすればなれるのか、3人はほぼ三年の時間を費やしてやっとやり方がわかった。君のお父さんもシリウスも学校一の賢い生徒だったからね、それが幸いしたんだ。なにしろアニメーガスは間違うと、とんでも無いことになる…魔法省がこれを厳しく見張っているのもそのせいなんだ。ピーターはジェームズとシリウスに散々手伝ってもらって、五年生になってようやく3人はやり遂げた。それぞれが意のままに特定の動物に変身出来るようになったんだ」
「…アニメーガスは、ただの変身術と違って…完璧な動物になれるわ、…満月の夜でも、そばにいる事が出来るのね」
何故3人がアニメーガスになる選択をとったのか、ソフィアが深く頷きながら言えばリーマスは少し嬉しそうに微笑み「その通りだよ」と答えた。
「友達の影響で私は以前ほど危険では無くなった。体はまだ狼のようだったが、3人と一緒にいる間…私の心は以前ほど狼ではなくなった…ほどなく、私たちは夜になると叫びの屋敷を抜け出し、校庭や村を歩き回るようになった。シリウスとジェームズは大型の動物に変身していたので、人狼を抑制する事が出来た。ホグワーツで、私たちほど校庭やホグズミードの隅々まで詳しく知っていた学生はいないだろうね…こうして、私たちが忍びの地図を作り上げ、それぞれのニックネームで地図にサインした。シリウスはパッドフット、ピーターはワームテール、ジェームズはプロングスに」
3人が危険を顧みず、満月の夜にそばに居てくれる──それがどれほど、嬉しく心が震えたか、言葉にするのは難しい程の喜びだった。過去を思い出し噛み締めるように言うリーマスだったが、ハーマイオニーはやや批判的な目でリーマスを見る。それがどれだけ危険な事なのか、彼女はよく理解していた。
ハリーは父親がどんな動物になっていたのかが気になり、ついリーマスに小さな声で聞いた。
「父さんは、どんな動物に──」
「でも、まだとっても危険だわ!暗い中人狼と走り回るなんて!もし人狼がみんなを上手く巻いて人間に噛み付いたらどうするの?」
ハリーの言葉をハーマイオニーが遮りつい口を挟む。リーマスは少し眉を寄せ顔を硬らせた、当時を思い出しあの時は若さゆえ無謀な事をしてしまった事をすぐに認めた。
何より、ダンブルドアの信頼を裏切っていたのだ、学生時代も、そして今も。
彼は自分のために3人の無登録のアニメーガスが居るとはまさか思ってもみないだろう。
リーマスは、シリウスが脱獄したと聞いた時にアニメーガスに変身したのかもしれないという事を、ついに誰にも言えなかったとソフィア達に伝えた。
「だから、私はシリウスが学校に入り込むのに、ヴォルデモートから学んだ闇の魔術を使ったに違いないと思いたかったし、アニメーガスであることは何の関わりもないと自分に言い聞かせた──だからある意味ではセブルス・スネイプの言う事が正しかったわけだ」
「──スネイプだって?…スネイプが何の関係がある?」
リーマスの言葉にブラックはスキャバーズから始めて目を離した怪訝な目でリーマスに聞いた。ブラックとセブルスの仲が悪いという単純な言葉では済まされないという事を知っているリーマスは、重々しく「セブルスもここで教えているんだ」と呟く。
ブラックは嫌そうな顔をしたが何も言わず不機嫌そうに鼻を鳴らし、リーマスは何故ブラックがセブルスに対しそんな反応をするのかわからないハリーとロンとハーマイオニーを──そして、ソフィアとルイスを一瞬見た後、言葉を選びながら慎重に伝えた。
「スネイプ先生は私たちと同期なんだ。私が闇の魔術に対する防衛術の教職に就くことに、セブルスは強固に反対した。ダンブルドアに、私は信用できないと、この一年言いつづけた。セブルスはセブルスなりの理由があった…。それはね、このシリウスが仕掛けた悪戯で、セブルスが危うく死にかけたんだ──勿論それだけではないが、その悪戯には私も関わっていた」
ソフィアとルイスは、分かっていた。
命が脅かされた悪戯のせいだけではない。セブルスは──父は、自分の妻が死んだ原因がブラックだと思っている。それを、許す事が出来ないのだ、勿論ブラックと親交の深かったリーマスの事も同様に信じられなかったのだろう、人狼だと言うだけでなく。
「当然の見せしめだった。こそこそ嗅ぎ回って…我々のやろうとしている事を詮索して…我々を退学に追い込みたかったんだ」
当然だと言う言葉に、ルイスとソフィアはぐっと奥歯を噛んだ。自分の父が死んだかもしれない、そんな悪戯が当然の見せしめなわけがない。何をしたのかは知らないがリーマスが関わっているのなら間違いなく、人狼関係だろう。きっと父はリーマスの特性に気付きかけていたのかもしれない。
「ブラック、人狼と校庭を駆け回ることは退学になってもおかしく無いんじゃない?僕がスネイプ先生なら、きっと同じようにしたよ」
ルイスの冷ややかな声に、ブラックは眉を寄せたまま何も言わなかった。真夜中抜け出して駆け回る事はとても楽しく──そしてスリリングな事だった。リーマスがいったように、あわやと言う事は何度もあったが、若気の至りという物だ。そう、ブラックは思っている。
ただリーマスは苦々しい顔で頷く。──リーマスはソフィアとルイスの父がセブルスだと知っている。これから話す悪戯の事はきっと…2人にとって心苦しいものだろう。
「私たちは…お互いに好きになれなくてね。セブルスは特にジェームズを嫌っていた。…妬み、もあると思う。クィディッチのジェームズの才能をね…。とにかく、ある晩、セブルスは私がポンフリー先生と一緒に校庭を歩いているのを見つけた。ポンフリー先生は私の変身の為に、暴れ柳の方に引率しているところだった。──シリウスは、その…──」
リーマスはソフィアとルイスを見そうになったが、その視線の意味を他者に気付かれてはならないと済んでのところで堪え、ぐっと拳を握ると苦しみに耐えるように、止まっていた言葉を続けた。
「…シリウスが、からかってやろうと思って…木の幹のコブを長い棒で突けば、後をついて穴に入る事が出来ると教えてやった。…それで、セブルスは勿論──試したんだ。しかし、ジェームズがシリウスのやった事をきくなり自分の危険も顧みず、セブルスの後を追いかけて引き戻したんだ」
「そんな!無茶苦茶だ!」
「悪戯とか…見せしめで済まされる事ではないわ!ブラック!あなたは馬鹿なの!?」
「…何だと?」
ソフィアとルイスが非難し、ブラックに向けて強く叫ぶ。ブラックは2人の言葉に同じように言葉を尖らせソフィアとルイスを見た。
2人の顔は怒りから紅潮し──下ろしかけていた杖をもう一度握りなおし、強くブラックに向けていた。
「わからないの!?あなたは──スネイプ先生だけでなく、リーマス先生の事も軽んじているんだわ!もし、ハリーのお父さんが間に合わなかったら?スネイプ先生は噛まれていたわ!人間に牙を向いた人狼が、どうなるか…知らないわけじゃないでしょう!?」
「──それは…」
「…学校一の秀才って、本当に?ちょっと才能に酔って傲慢だったんじゃないの?」
「……」
容赦のない2人の言葉に、ブラックは何か言いかけたが──ぐうの音も出ない程の正論に、開いた口は言葉を発する事は無かった。
ソフィアとルイスはブラックの愚行を許す事が出来ないだろう、勿論セブルスに行った見せしめという度が過ぎた悪ふざけの事も勿論だが──かけがえのない友人の事も危険に晒す彼が、信じられなかった。
「そうだね。許される事じゃない。勿論その夜に何があったのか知った私は…戦慄したよ。まさか人間を噛みそうになったなんて思わなかったからね…。──セブルスはその時、ちらりと人狼になりかけている私を見てしまったんだ。ダンブルドアがけっして人に言ってはならないと口止めした…その時から、セブルスは私が何者かを知って、それで…唆したシリウスの事も、──そして、私の事も憎み嫌うようになった」
「…スネイプ先生は、リーマス先生もその一件に関わってると思ったんだ」
ルイスはため息混じりに吐き捨てる。
流石に、擁護できない。間違いなく父は被害者なのだから。
「──そのとおり」
リーマスの背後の壁の辺りから冷たい、嘲るような声が響いた。
何よりも聞き覚えのある声の─セブルスあまりに冷たい響きに、ソフィアとルイスは肩を揺らしその声のした方を見た。いや、2人だけではない、ハリー達も体を硬直させ声の聞こえた方を驚愕の目で見つめる。
セブルスが透明マントを脱ぎ捨て、杖をぴたりとリーマスに向け現れた。