ハリーとソフィアとバックビーク──バックビークは飽きてきたのか地面をつまらなさそうに足でほじくり返していた──が木の後ろに隠れ、じっと暴れ柳を見つめて1時間ほどが経過した。
木々は夜風にそよぎ、分厚い雲が流れ時々地面に月明かりが照らされる。
「──来たわ」
ソフィアはハリーに囁き、立ち上がった。
ハリーも立ち上がるとソフィアと同じようにそっと顔を木の幹から覗かせ、暴れ柳の根元を見る。リーマス、ロン、ペティグリューが先に外へ這い出し、そしてその後にシリウスとハリー、ハーマイオニーが。少し遅れてソフィアと、ルイスに抱えられたセブルスが現れた。
「…ルイスって、スネイプの事大事にしてるよね」
ハリーは壊れ物を扱うようにそっとセブルスを抱え直したルイスを見て嫌そうに呟く。ソフィアは少し困ったように眉を下げ「スリザリン生だもの」と呟いた。それを聞いたハリーは、確かにスリザリン生だけはあの人を尊敬してるようだし、と思う。
納得したハリーの横顔を見たソフィアは、内心で胸を撫で下ろした。ハリーが単純で良かった。──口には出さないが、そう思った。
ハリーはルイスとセブルスから、視線を空へ向ける。
風により雲が動き、薄ぼんやりとした月が今にも現れそうだった。
「ソフィア、今…ペティグリューを捕まえるのは…」
「…ダメよ、ハリー。私たちは天候を操る魔法は使えないもの。…暗闇の中ルーモスをするわけにもいかないし…」
「…くそっ!また、ペティグリューを逃すしか…逃すしかないんだ…!」
ハリーは低い声で唸るように吐き捨て、木の幹を強く叩いた。ソフィアはその震える拳に自分の手を重ね、悲しそうに──だが、はっきりとハリーに告げる。
「私も逃したくないわ。だって、ペティグリューは…私たちの家族の
「…わかった」
ハリーは力を込めていた拳をふっと開くと、その手でソフィアの手を握った。
今震えているのは、ソフィアの手ではなく、ハリーの手だった。じっとソフィアを見つめているうちに、ハリーはようやく胸の奥に燻る感情を抑え込むことが出来た。
落ち着き、冷静さを取り戻したハリーを見たソフィアは真剣な表情を少しだけ緩め微笑んだが、すぐに鋭い目で外の様子を見た。
ハリーは、ソフィアには何か特別な魔力があるのではないかと思う。きっとここにいるのがソフィアでなくハーマイオニーなら、もっと混乱したままその時を迎えていただろう。
ソフィアの緑色の目と、その柔らかな声を聞き、その手に触れていると、心がとても落ち着いた。
そして、こんな時に──唐突に理解した。
──僕は、ソフィアが好きなんだ。
今のような真剣な眼差しも、鋭い表情も、いつもの太陽のような明るい笑顔も。──ソフィアは特別な可愛い女の子ではない、だが間違いなく、魅力的な人だった。
それを理解した途端心臓がどくりと大きく打ち、繋いだ手が急になんだか恥ずかしくなり、ハリーはソフィアにバレないよう何気なく外の様子を伺いながら手を離した。
今が夜でよかった、きっと日中なら、顔に熱が集まっていることに、気付かれたかもしれない。
「ハリー、リーマス先生が逃げたわ」
「うん…どうする?」
今はソフィアの事を考えている場合じゃない、そうハリーも理解しすぐに真剣な声でソフィアに聞いた。──後で、全てうまくいったら考えよう。
「シリウスを…追いかけない?」
ソフィアはじっとハリーを見た。
ハリーは、やはりダメだろうかと眉を下げる。
わかっている、ここでじっとしているのが1番良いのだろう。
すぐにセブルスが目を覚まし吸魂鬼が何故かいなくなった湖を訪れ、気絶したハリー達を運ぶ。わかっていても、ハリーは湖に行き──父親と会いたかった。
「…そうね、湖に行きましょう。吸魂鬼が居るから、そっとね」
「いいの?」
「ええ、私もハリーのお父さん、見たいもの」
ソフィアは木に括り付けていたバックビークの手綱を外しながら、少し悪戯っぽく笑った。ハリーはぱっと表情を明るくさせると、外されたバックビークの手綱を一緒に持ち、細心の注意を払いながら湖に向かった。
ソフィアとハリーは、シリウスと過去の自分達を取り囲むように迫る吸魂鬼の後をそっと追いかけた。吸魂鬼はシリウス達に夢中になり、こちらに全く意識を向けていない。
湖の側にある木の茂みに飛び込んだ2人は、遠く対岸の方で守護霊魔法が淡く点灯しているのを見ていた。きっと、今必死に自分達が抗っているのだろう。
ハリーはちょうどこの場所に守護霊と、そして父の影を見た。早く──早く現れて、父さん。
しかし人影はなく、ハリーの胸に焦燥感がじわじわと広がる。
一度眩い光が走り、吸魂鬼が一体空高く舞い上がった。──ソフィアが出したものだ。
「…フェネック…」
ソフィアは小さく呟く。
あれはきっと自分が出した守護霊だ、飼っているフェネックに、とてもよく似ている。自覚はなかったが、ハリーの言うように本当に成功していたんだ。
ソフィアの守護霊が現れたという事は、いよいよその時が迫っている筈だ。ハリーは必死になり目を凝らし辺りを見たが、相変わらずここには
「父さん、どこなの?早く──」
ハリーはハッとした。
──わかった。父さんを見たんじゃない。自分自身を見たんだ。
ハリーは茂みの陰から飛び出し、杖を取り出した。ソフィアは少し焦ったように辺りを見たが──ようやく、ソフィアもわかった。ハリーは、父さんに生写しだと、誰もが口を揃えて言っていた。
「エクスペクト・パトローナム!」
ハリーが叫ぶと、杖の先からぼんやりとした霞ではなく、目も眩むほど眩しい銀色の動物が飛び出した。
暗い湖の水面を音もなく疾走し、吸魂鬼に向かって突進していく。吸魂鬼は強い守護霊の光に後退り、散り散りになると暗闇の中にすっと退散していき──消えた。
吸魂鬼を追い払った守護霊は向きを変え、軽やかな足取りでハリーの方に駆け寄る。
ソフィアは固唾を飲み、茂みの陰からそれを見ていた。
美しい、銀色の牡鹿だった。
それは岸辺で立ち止まると、銀色の大きな瞳で静かにハリーを見つめ、ゆっくりと頭を下げた。
「…プロングス…」
ハリーは呟き、震える指でその牡鹿の立派な角に触れようと手を伸ばしたが、触れる前に牡鹿はふっと空に溶けて消えてしまった。
「ハリー…あなたが見たのは…」
「…うん、僕は…僕を見たんだ」
少し悲しそうに微笑むハリーに、ソフィアは何も言わずにそっと側に寄り添った。
「…ハリー、隠れましょう。もうすぐスネイプ先生が来るはずよ」
「そうだね、…うん」
ソフィアはハリーを茂みまで引き戻し、茂みの陰にしゃがみ込んだ。
少し後にスネイプが気を失っているソフィア達に駆け寄り、ハリーを押し退けソフィアの体に覆いかぶさるように心音を確かめ、強くその体を抱き締めていた。
「…何してるんだろ」
「私の事、死んでると思ったんじゃない?」
ハリーはセブルスがソフィアを抱きしめる様子を見て心から嫌そうに顔を歪めた。
まさかセブルスが──父がそんな事をしていたなんて、必死にそれらしい言い訳を伝えたが…ハリーは幸運にも眉を顰めるだけで、それ以上追及しなかった。
セブルスはソフィアを離すと担架を三つ作りそれぞれの上に載せ、杖を前に突き出しながら城に向かって担架を運び始めた。
「そろそろ時間ね」
ソフィアはセブルスから目を離し、ハリーの腕を掴み手首に巻かれている腕時計を見る。ハリーはソフィアの緊張した声を聞き、ごくりと固唾を飲んだ。いよいよ、シリウスを救う為に動く時が来たのだ。
「ダンブルドア先生が病棟の扉に鍵をかけるまで後45分くらいね…シリウスを救い出して、誰にもばれないように病棟に帰らないと…もう少し待って…うーん、いつシリウスは上に行くかしら」
ソフィアとハリーは時間が過ぎていくのを、その時が来るのをひたすら待った。
「シリウスはもう行ったかな?」
ハリーは自分の腕時計を見ながらソフィアに囁く、その時刻は真夜中20分前を指していた。バックビークはまた退屈そうに座り込み欠伸を一つ漏らしたが、ピリピリとした緊張感の中、ソフィアとハリーはバックビークのご機嫌を取る余裕などあるわけがない。
「そうね……あっ!お城から…誰か出てくるわ!」
「アクネア…死刑執行人だ!きっと、吸魂鬼を迎えにいくんだ!──今だ、ソフィア、行こう!」
2人は頷き合い、座り込んでいるバックビークに駆け寄った。ハリーは先に自身が背に跨るとソフィアに手を伸ばし、上に乗るのを手伝った。ソフィアはハリーの後ろに乗ると、その腰に手を回す。
「いいかい?しっかりと捕まってね」
「ええ。──バックビーク、空のお散歩へ行きましょう!」
ソフィアがバックビークを促し、ハリーが手綱を引いた。バックビークはようやく空を飛べるのかとすぐに立ち上がるとその大きな羽を伸ばし、闇を切り裂くように空高く舞い上がった。
音もなく2人は城の上階へと近づく、ハリーは窓の数をしっかりと数え、手綱を手繰り空中でバックビークをなんとか止めようと格闘する。
「ハリー!あそこよ!」
ソフィアは叫び、杖を取り出すと窓に向かって鋭く振り下ろす。
「
パッと窓が開き、シリウスが驚いて顔を上げた。窓の外で浮いているソフィアとハリーを見て呆気に取られたように口を開きながら弾かれるように椅子から立ち上がり、窓に駆け寄った。
「どうやって…!?」
「乗って!時間が無いんです!ここから出ないと…吸魂鬼がやってきます。アクネアが呼びにいきました」
ハリーは必死に伝えたが、シリウスは困惑した表情のままぐっと窓枠を掴み辺りを見渡す。
痩せ細っていたのなら、窓枠から抜け出せたかもしれない。だが今のシリウスは少し細いとはいえソフィアとルイスの
「下がって!──
シリウスが窓から慌てて飛び退くと、その窓だったところは大きな扉に変わりバタンと音を立てて開く。すぐにシリウスは近づいているバックビークの背中に片足をかけ、ソフィアの後ろに跨った。
「
「よし!バックビーク、上昇!塔の上まで行こう!」
ソフィアはすぐに魔法を消し、窓に戻す。ハリーは手綱を一振りし、足でバックビークの胴を軽く蹴った。
バックビークは再びその羽を力強く、大きく広げ、西棟の頂上まで3人は高く舞い上がった。
バックビークは軽い爪音を立てて胸壁に囲まれた塔頂に降り立ち、ハリー達はその背中から滑り降りた。
「ハリー、ソフィア…ありがとう。あの男の子…ロンはどうした?」
「大丈夫、まだ気を失ったままですけど、ポンフリーが治してくれるって言いました」
「そうか──良かった」
シリウスはほっと表情を緩めると、ハリーとソフィアの手を引き、塔の陰に身を隠しながらじっと、ハリーとソフィアの顔を見た。
「何と言ったらいいのか…ありがとう。…ハリー、もう何度も言われていると思うが、君はジェームズ…お父さんにそっくりだ」
シリウスは土で汚れた手をローブで拭い、そっと両手でハリーの頬を掴んだ。優しい手つきに、ハリーは目を細め嬉しそうに──微笑む。何度も聞いた言葉だが、父親の親友である彼から聞くその言葉は、また違う特別な響きを持っていた。
「…シリウス、そろそろ行ったほうがいいわ」
「…ソフィア、本当に。家族の事は──すまない」
ソフィアは緩く首を振り、「いいの」と答える。確かに、母はジェームズとシリウスの友情を信じた為に、死んだのだろう、だが──この人に全ての責任があるのでは無い。
「ほら、早く──行って!」
シリウスはバックビークに跨り、ハリーとソフィアをじっと見つめた。
「ハリー、ソフィア。…君達の目はとてもよく似ている」
ハリーとソフィアは少し顔を見合わせた。
そういえば、よく似ていると思った時もあったものだ。結局赤の他人なのだから、不思議な事だが。
「そうなんだ、不思議だよね」
ハリーはソフィアの緑色の目を見て答えた。
バックビークは羽を広げ、ふわりと空を飛ぶ。シリウスは少し驚いたようにソフィアとハリーを見て、首を傾げた。
「不思議か?リリーとアリッサ…君達の母は姉妹だ。双子のな。似てるのは当たり前だろう?──また会おう、ハリー、ソフィア」
音もなくバックビークが空高く舞い上がる。残されたのは、塔頂で唖然としたソフィアとハリーただ2人だけだった。
「…母様と…ハリーの、お母さんが…双子の姉妹…?」
ソフィアは同じように驚愕で目を見開いたハリーの目を、唖然と見つめた。