「で、でも…ソフィアのお母さんは、純血だって…」
ハリーはシリウスから伝えられた言葉に目に見えてうろたえ、混乱した顔でソフィアを見た。ソフィアは硬い表情のまま、小さく頷く。
「私もそう聞いて──」
ソフィアは過去、母について少しだけセブルスと話した会話を必死に思い出していた。だが、途中で言葉を止め口を抑える。
──違う、誰も純血だとは言っていない。私とルイスがそう思っただけで。父様は聞いた時に否定はしなかった、かといって…肯定もしていない。
「…違うわ、私…スリザリン生だからって…そう、思って…まさか、本当に……」
2人のよく似た瞳が混じり合う。
ハリーは、昔、目が似ていると思った時に本当にソフィアが──ソフィアとルイスが自分の親戚ならどれだけ幸せだろうかと思っていた。まさか、本当に、それもただの遠い親戚ではない。母親が姉妹なら──いとこという、かなり近い血縁関係だ。
「…この件は、ルイスとも話し合いましょう。とりあえず、今は戻らないと…」
「そう、だね。後10分しかないみたいだ」
ハリーは自分の腕時計を見て頷き、なんとか思考を切り替え、2人は急な螺旋階段を駆け降りた。
ソフィアは先に前を走るハリーを見て、シリウスが別れ際に放ったとんでもない情報のことを、必死に考えた。
いとこだったなんて、そんなの、父様もジャックも、誰も教えてくれなかった。母様の話題を避け続けていたのは、この事実がバレたくなかったから?でも──何故…。
「ソフィア、ダンブルドアが鍵をかける前に──もし病棟に戻らなかったら、どうなるんだい?」
「考えたくないわね!ハリー、後何分?」
「あと…1分だ!…ソフィア!」
ハリーは遅れていたソフィアに手を差し出す、ソフィアがその手を強く掴むと、ハリーは引っ張りながら懸命に走った。
喉が燃えるように痛む、ぜいぜいと喘ぐように呼吸しながら何とかソフィアとハリーは病棟に続く廊下の端に辿り着く。
「はあっ、はあっ…ダンブルドア、先生の…声が聞こえるわ…」
「行こう!」
2人は廊下を這うように身を下げて進む。
目の前の扉が開き、ダンブルドアの背中が現れた。
「君たちを閉じ込めておこう。今は──真夜中5分前じゃ。ソフィア、3回ひっくり返せばいいじゃろう。幸運を祈る」
ダンブルドアが後ろ向きに扉から出ると、扉を閉め、杖を取り出し魔法で鍵をかけるために少し杖先を上げた。
ダンブルドアに魔法で鍵をかけられてしまえば、きっとアロホモラでは開かない──ソフィアとハリーはダンブルドアの前に飛び出した。
「さて?」
ダンブルドアは顔を上げ、長い銀色の口髭の下ににっこりと笑みを広げてソフィアとハリーに静かに聞いた。
「やりました!シリウスはいきました、バックビークに乗って…!」
ハリーが呼吸を整えながら小さく叫ぶように伝えれば、ダンブルドアはキラキラとした瞳で2人を見下ろし、優しく微笑みその上がる肩をぽん、と撫でた。
「ようやった。さてと──よかろう。2人とも出て行ったようじゃ。中にお入り、わしが鍵をかけよう」
ソフィアとハリーは促されるまま病室の中に入る。後ろでかちゃりと鍵がかかる音を聞いた途端2人は弾かれるようにしてそれぞれのベッドに潜り込んだ。
ソフィアは逆転時計を再び服の下に隠し、じっと息を顰める。
がちゃりと遠くから事務所の扉の開く音が聞こえ、ポンフリーが手に大きなチョコレートを持ち、大股でかつかつと足音を響かせながらハリーとソフィアのベッド脇に歩み寄った。──間一髪だ。
「校長先生がお帰りになったような音がしましたけど?これで、わたくしの患者さんの面倒を見させていただけるんでしょうね?」
不機嫌そうなその声に、ソフィアはそろりと体を起こすと黙ってそのチョコレートを受け取った。
ちらり、とソフィアがハリーを見れば、同じようにチョコレートを押し付けられたハリーもソフィアを見ていた。
どうやら、食べない限りポンフリーの機嫌を戻す事は不可能らしい。そうわかったソフィアは端のほんの少しだけ齧ったが、殆どチョコレートは喉を通らなかった。
本当に、これでシリウスが無事に逃げられたのかも心配だったが、それ以上にハリーの母親と自分の母親が姉妹であるという事を考え、表情には出さないがかなり混乱していた。
2人が4個目のチョコレートをポンフリーから受け取ったちょうどその時、遠くで怒り狂う唸り声が低く聞こえた。
「何かしら?」
ポンフリーが驚き、声のした方──扉の向こう側を見つめる。ソフィアはその途方もない怒りが誰のものなのか、すぐにわかった。聞き間違えようがない、あの声は──あれ程の憤怒の声を聞いた事はないが──間違いなく、父…セブルスのものだ。
「まったく。全員起こすつもりなんですかね!いったい何のつもりでしょう」
ポンフリーがだんだん近づいてくる声に憤慨し、呆れたような声を出す中、扉の向こうから複数人の足音と共に会話が漏れ響いた。
「きっと、姿くらましを使ったのだろう、セブルス。誰か一緒に部屋にいるべきだった…こんなことが漏れたら──」
「奴は断じて姿くらましをしたのではない!この城の中では姿現しも、姿くらましも出来ないのだ!これは、断じて──何か、ポッターが絡んでいる!」
「セブルス、落ち着け、ハリーは閉じ込められている」
病室のドアが、破壊されそうな勢いでけたたましく開き、ファッジ、セブルス、ダンブルドアがつかつかと中に入ってきた。
ファッジは混乱し動揺しているが、ダンブルドアだけは涼しく、どこか楽しんでいるような表情を浮かべ、セブルスは言うまでもなく──憤怒の表情だ。
「白状しろポッター!一体何をした!?」
「スネイプ先生!場所をわきまえていただかないと!」
ハリーに向かい叫ぶセブルスの前にポンフリーは立ちはだかり、強い口調で責める。このは、あくまで病室──彼女のテリトリーだ。
「スネイプ、まぁ、無茶を言うな。ドアには鍵がかかっていた。今見た通り──」
ファッジは何とかセブルスを宥めようとしたが、セブルスは射殺さんばかりの鋭い目でハリーを睨み、指差した。
「こいつが奴の逃亡に手を貸した、わかっているぞ!」
ハリーはあまりの怒りに、凍りついたように黙り込んだ。セブルスの勘は当たっている、シリウスを逃したのは自分達であり、紛れもない事実だ。何とか不審に思われないよう、困惑した表情を出そうと眉を寄せ不安げにちらちらと助けを求めるようにダンブルドアとファッジを見る。──これで、大丈夫だろうか?
セブルスは肩で呼吸をしながら、ぐっと唇を噛み締めソフィアを見下ろした。
ソフィアは肩を震わせ、その強く──どこか、縋るような目を見つめた。
「…ミス・プリンス。ポッターはここにずっと居たのか」
低く響く声だった。必死に怒りと失望を押し殺しているセブルスの様子に、ソフィアは強く心を痛め──一瞬迷ったが──小さく、頷き「はい、居ました」と呟いた。
その言葉を聞いたセブルスはぎりっと奥歯を噛み締め、拳を怒りで震わせながら沈黙した。
その僅かな静寂をダンブルドアは逃さず一歩踏み出すと、穏やかにセブルスに声をかける。
「もう充分じゃろうセブルス。わしが10分前にこの部屋を出た時から、このドアにはずっと鍵がかかっていたのじゃ。マダム・ポンフリー?ハリーはベッドを離れたかね?」
「もちろん、離れてませんわ!校長先生が出らしてから、わたくし、ずっとこの子たちと一緒におりました!」
「ほれセブルス。聞いての通りじゃ。ソフィアもそう言っておったろう?ハリーが同時に二箇所に存在できると言うのなら話は別じゃが。これ以上彼を煩わすのは、何の意味も無いと思うがね」
セブルスはダンブルドアの静かな言葉に、ゆっくりと視線をダンブルドアに向ける。その半月眼鏡の奥でキラキラと輝いているダンブルドアの目を見たセブルスは、暫しその場に無言で立っていたが、ローブを翻し病室から静かに出て行った。
「あの男、どうも不安定じゃないかね」
ファッジはセブルスの後ろ姿を見ながら、あまりの怒りを見せた彼に衝撃を受けたように呟く。
「いや、不安定なのではない。──ただ、ひどく失望して、打ちのめされておるだけじゃ」
ファッジはその後、これから魔法省に戻りシリウスをまたも逃してしまったという報告をしなければならず、吸魂鬼をすぐに引き上げるとダンブルドアと約束して足早に病室を去った。
ダンブルドアはファッジの後に病室を後にし、最後扉のところでハリーとソフィアを振り返ると、意味ありげにウインクをひとつ溢した。
ハリーはパッと表情を明るくしたが、ソフィアは心から喜ぶことが出来なかった。
セブルスに、全てを伝えたかった。あれ程怒り狂い、失望の表情を浮かべた父の憂いを何とか晴らしたかった。しかし、今──ペティグリューが逃げた今、どれだけシリウスは無実だと訴えても、まじめに聞き入ってくれるだろうか。
それに、何より、本当に母とハリーの母が姉妹──それも双子なのかを聞きたかった。
ソフィアはベッドの上で、深くため息を吐き、とりあえず、退院した後でルイスに相談しよう、そう思いながら後ろ向きに倒れ、僅かなベッドの反発を感じながら目を閉じた。