水を汲み終えたソフィア達は重くなったヤカンや鍋を持ち──流石のソフィアも、マグルがいるかもしれない外で魔法を使う事はなかった。──テントに戻る。
マッチで火をつける事に楽しみつつ悪戦苦闘しているアーサーを見てハーマイオニーが優しくマッチの使い方を説明し、ようやく集められた薪に火をつけた。
それでも魔法を使わず料理するのは簡単ではない。少なくとも1時間はかかるだろうが、ソフィア達がいるテントは競技場への大通りへ面しているらしく、魔法省の役人達が忙しなく行き交い、アーサーに気付くと丁寧に挨拶をした。
その度にソフィア達はアーサーの解説を聞いていたため、料理が出来上がるまでの時間暇を持て余す事はなかった。
ソフィアは次々と声をかけられにこにこと愛想よく対応するアーサーを見て、けっして本人には言わないが──少し、アーサーを見直した。いや、彼に対する評価が変わったと言えるだろう。
ルシウスはアーサーの仕事は意味がなく窓際に追いやられているといつも言って嘲笑っていたが、役人達の反応を見る限りかなり敏腕であり、信頼されているようだ。
それがわかったソフィアは、他者からの一方的な人の評価を鵜呑みにしてはいけないとも思い──無意識のうちにアーサーを少し見くびっていた自分を恥じた。
小さかった火は煌々と燃え上がり、そろそろ用意していたソーセージを焼いてもいいかもしれない。
そう思いバタバタと卵を割ったり調味料をカバンから引っ張り出した時、森の中からゆっくりとビル、チャーリー、パーシーが現れた。
「父さん、ただいま姿現しで来ました」
「ああ、ちょうど良かった!昼飯だ!」
ソフィア達は焚き火の周りを囲みながら賑やかに食事をする。──椅子を出す事をアーサーが最後まで否定したため、地面に座り込んでいた──ただ焼いただけの卵とソーセージだったが、ソフィアは何故か今まで食べた中で最も美味しく感じた。
大皿が半分ほど空になった時、アーサーはぱっと立ち上がり遠くからこちらへ大股で近付いてくる人に手を振った。
「これはこれは、時の人ルード!」
「よう!我が友アーサー!」
ルード・バグマンは笑顔でアーサーの手を取り強く握手をすると「ふーっ…」と息を弾ませ額に滲んだ汗を拭いながら焚き火に近づいた。彼のおかげでクィディッチ・ワールドカップのチケットを手に入れる事が出来たのだった。
ソフィア達も皿を地面に置き立ち上がるとバグマンの前に並び、アーサーから紹介されるままに頭を下げた。
「みんな、こちらはルード・バグマンさんだ。誰だか知ってるね?この人のお陰でいい席が手に入ったんだ」
バグマンは他の魔法使いと同じく、ハリーの名を聞くと少し表情を変え、前髪で隠された傷痕をじっと見ていたが、すぐににっこりと笑い何でもないというように手を振った。
「いやいや──そんな事より、試合に賭ける気は無いかね、アーサー?」
にやりと笑いながらバグマンはローブのポケットに入った金貨を鳴らしながら熱心にアーサーを誘う。モリーからあまり賭け事などしてはならないと言われており──そもそも、賭け事をする金銭的余裕もないアーサーは、金貨1ガリオンだけ、アイルランドチームの勝利に賭けた。
少ない金額にバグマンはがっかりしたようだったが気を取り直して「他に賭ける者はいないか?」とソフィア達を見回す。
流石にソフィア達は賭け事をする気はなく曖昧に笑ったが、フレッドとジョージはポケットから麻袋をさっと出し中に入っている金額全てと、彼らが作った騙し杖を賭けた。
未成年の2人が賭け事をする事にアーサーは嫌そうに顔をしかめたが、バグマンは楽しげに笑い、2人の金額と勝利チームを羊皮紙に書き留める。アーサーが強く止める事が出来なかったのは──間違いなく、チケットを入手した恩人だからだろう。
バグマンは羊皮紙に書いたメモをフレッドに渡し、そのまま皆と一緒に草むらに座り込んだ。
「バーサ・ジョーキンズの事は、何か消息はあったかね?」
「いや、なにもない。だがそのうち現れるさ。あのしょうのないバーサの事だ…漏れ鍋みたいな記憶力!方向音痴!──迷子になったのさ、絶対間違いない。10月ごろになったらひょっこり役所に戻ってきて、まだ7月だと思っているだろうよ」
「そろそろ捜索人を出した方がいいんじゃないか?」
「バーティ・クラウチはそればっかり言ってるなぁ」
アーサーは遠慮がちにバグマンに聞いたが、バグマンは丸い目を見開きあまり気乗りしない声で答える。
「しかし、今は1人たりとも無駄に出来ん。──おっ!噂をすればだ!」
姿現し独特の音が2つ響く。
焚き火のそばに現れたのは、今話題に上がっていたバーティ・クラウチと、ソフィアとルイスの育て親であるジャック・エドワーズだった。
クラウチは背広にネクタイを締めた初老の魔法使いだ。短い銀髪の分け目は整えられ、背筋は伸びている、マグルの服装に関する規律を守り、身なりがきちんとしているクラウチはパーシーが崇拝するのも頷けるほどに、間違いなく法律や規律を重んじる性格なのだろう事が外見だけで判断できた。
ジャックもいつものラフな格好ではなく、黒いスーツを着こなしていて、ハリーとハーマイオニーはまるで仕事の出来るマグル界のビジネスマンのようだと思った。
「やぁ、ちょっと座れよバーティ。ジャックもこの前ぶりだな」
「いや、ルード。遠慮する」
バクマンはそばの草むらをぽんぽんと叩き朗らかに言ったが、クラウチは眉間に皺を刻んだまま苛立ちの滲む声で答える。
ジャックはソフィアを見つけるとぱっと笑顔を見せて駆け寄った。
「ソフィア!久しぶりだな、ルイスはドラコ達と行ったんだって?」
「ええ、そうなの。ジャックは…お仕事なの?孤児院のお仕事は…?」
ジャックの本業は孤児院の運営である。いつも子ども達とのびのび遊んでいる彼がこういう場に観客として訪れているのではなく、どうやら仕事として訪れているのは──何となく奇妙な気持ちになった。
「ああ、
疲れたように笑ったジャックはちらりとクラウチを見る。すぐに立ち去るのなら、自分もここから離れなければならないと思ったが、パーシーに話しかけられたクラウチが茶を一杯飲む事にしたと分かると、ネクタイに指をかけて緩め、ソフィアの隣に座った。
「…ジャック。あのね、私ジャックに謝らないといけない事があるの…」
ソフィアは声を顰め、ハリー達がクラウチとアーサーの会話を聞いていて、こちらに意識が向いていないのを確認すると申し訳なさそうに呟いた。ジャックは驚いたように目を開いたがすぐににっこりと笑うと「どうした?」と優しくその先を促した。
「私とルイス。ドラコに…ホグワーツで開催される
「ああ…あの事か。嘘は良くないが、…うん、まぁ彼らの前でドラコの名前を出すと面倒な事になっただろうなぁ…。わかった、適当に話を合わせておくよ」
「ごめんなさい…」
ソフィアはしゅんと項垂れたが、ジャックは気にするなというようにソフィアの頭をぽんぽんと撫でた。
「──ところで、バーティ、忙しくしてるかね」
「かなり。五大陸にわたって移動キーを組織するのは並大抵の事ではありませんぞ、ルード。ジャックの助けがあったからかなり、助かったが…」
急にクラウチ達の会話の中で自分の名前が出てきたジャックはぱっと立ち上がり手を後ろで組むと「いいえ」と何でもない事だと遠慮がちに笑う。
「そんな大それた事してませんよ。バーティさん」
「いやいや…謙遜するなジャック。君ほど有能な人材は魔法省にも中々居ない。…どうだね?これを気に入省しては?」
「お誘いありがとうございます。…そうですね、本業が落ち着いたら、考えてみます」
「いい返答を待ってるよ、ジャック」
クラウチは今までの苛立ちの表情を消し、ジャックにかすかに微笑みかける。
パーシーはクラウチからの信頼を得ているジャックを驚愕しながら無言で見た。ホグワーツで僅かな時間臨時教師として働いたジャックの事を、パーシーは勿論知っている。
授業は中々に面白くそれでいてわかりわすかったが、フレッドとジョージの悪戯に参加する事もありパーシーが尊敬するような人間では無かった。
「ジャックは何のお手伝いをしたの?」
「…君は?」
ついどんな仕事をしたのか気になったソフィアがジャックに聞けば、クラウチは初めてソフィアに気付いたと言うように首を傾げる。
ジャックの隣に居るこの少女はどうやらジャックと交友があるらしい、そんな気さくな雰囲気をクラウチはジャックとソフィアの様子を見て感じた。
「ああ、この子は私の子どもですよ。孤児院に居て──」
「ソフィア・プリンスです」
ソフィアは立ち上がり頭を下げた。
ジャックの本業の事も良く知っているクラウチはジャックが向けるその目線の優しさの意味に気付き納得した。ジャックは孤児院にいる子供たち全員の兄であり、父でもあるのだ。
「そうか。──ジャックは移動キーの制作と配置を殆ど1人で行ってくれてね。彼は数々の言語を話せるし、何より長距離の姿現しが得意だ。…いやはや、彼1人で何十人分もの働きだったよ、国を渡るややこしい手続きも1人分ですんだ…。君の育て親は素晴らしい人だ」
「ええ…誇りに思います」
ソフィアはジャックを尊敬の眼差しで見ながらクラウチの言葉に嬉しそうに笑う。クラウチとソフィアから褒められたジャックは少し居心地悪そうに肩をすくめたが、それでも照れたように笑っていた。
ジャックが主に手伝ったのは移動キーのポイントを設定し、それを各国に配置する事だった。姿現し術はその距離が長距離になる程困難なものになる。──むしろ、大人でも姿現しではなく箒で移動する者もいる。それほど難しい術なのだが──しかし、ジャックは地球の裏側ですらも正確に姿現しをする事が出来る才能を持っていた。
また、色々な国から孤児を受け入れていたジャックは多数の国の言語を魔法で翻訳せずとも話す事が出来た。──ただし、人間の言語に限るが。
「──さあ、バーティさん。そろそろブルガリア側に会わないと」
「そうだな。…ルード、早く行こう。──お茶をご馳走さま、ウェーザビー君」
ジャックは照れを誤魔化すように腕時計を見てクラウチに言う。クラウチもここでのんびりする暇がない事を思い出したのか、手に持っていた口をつけていないカップをパーシーに押し付けるようにして返し、クラウチはまだ座ったままのバグマンを厳しい目で見下ろした。
バグマンはお茶の残りをぐいっと飲み干すと膝を叩いて立ち上がる。
「じゃ、あとで!みんな、私と貴賓席で一緒になるよ。私が解説するんだ!」
「ソフィア、…それに、ハリー達も、楽しめよ?」
クラウチはソフィア達に僅かに頭を下げ、バグマンは手を振り、ジャックは笑ってその場から姿くらましで消えた。
ソフィアはジャックが消えた芝生を見つめていたが、ふとバグマンの「貴賓席」という言葉の意味に気がつく。──貴賓席、という事は、まさか…ドラコ達と近かったりして。
夕暮れになり、空が暗くなり始める。
夜の帳が下りて魔法使い達を闇が覆うと最後の慎みも消え、そこかしこで興奮が抑えきれない魔法使い達が空にあからさまな魔法の印をあげ始める。
行商人が姿現しで集まりだし、ソフィア達はこの為に貯めたお小遣いを手に持ち様々な物珍しい品を見て回った。
「わぁ、これ見てよ!」
ハリーはカートに高く積まれた真鍮の双眼鏡のような物を指差す。
「万眼鏡だよ。スローモーションでアクション再生が出来る。必要なら、プレイを一コマずつ静止させる事もできる。大安売り──ひとつ10ガリオンだ」
大安売り、といってもけっして安くないそれをロンは物欲しそうな目で見つめ財布の中身を確認し、残念そうに大きなため息を付き自分の頭の上に乗った──先程買ったばかりの踊るクローバーの帽子を指差した。
「こんなの買わなきゃよかった」
「四個下さい」
ハリーは行商人にキッパリと言い、ロンはかっと頬を赤らめた。
「いいよ、気をつかうなよ」
「クリスマス・プレゼントは無しだよ。──それも10年くらいはね」
ハリーは万眼鏡をソフィア達に押し付けながら悪戯っぽく笑う。
「いいとも!」
「うわぁ!ハリー、ありがとう!」
「ありがとうハリー!」
ロンはそれなら良いかと受け取りながらにっこりと笑い、ソフィアとハーマイオニーも嬉しそうに笑う。
「じゃあ、私は4人分のプログラムを買うわ」
「えーっと…じゃあ、私はあのお菓子を買うわ!」
ハーマイオニーは今日のプログラムを4人分買い──それは出場選手たちのプロフィールも詳しく載っていた──ソフィアは、スニッチを模した飴菓子を四つ買った。
棒付きのその黄金色の飴は、薄く輝く羽をぱたぱたと動かしていてハリー達はぺろぺろとその飴を舐め、羽を齧りながらテントへ戻った。
丁度テントに着いた時、森の奥からゴーンと深く響く音が聞こえ、同時に木々の間にある赤と緑のランタンに一斉に明々と明かりが灯り、競技場への道を照らしてきた。
「いよいよだ!さあ、行こう!」
アーサーは皆に負けず劣らず興奮し、叫ぶ。
キャンプ場に喜びの声がそこかしこで上がり、ソフィアは胸を興奮で一杯にしながら、森の奥へ続く灯りを見つめた。
ソフィアはダンスパーティ、誰と踊りますか?
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ドラコ
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ハリー
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フレッド
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ルイス