ソフィアが魔法薬学の授業で失敗し、未完成な薬を被り大怪我をした、死の縁を彷徨うほどらしい。
その事実とは少々異なる情報はホグワーツ内に静かに広がった。
フレッドとジョージはすぐにお見舞いに行ったが、「治療中です!面会謝絶です!」と直ぐにポンフリーに追い返されてしまった。その事がさらに噂を大袈裟にしたと言っても過言では無い。
ポンフリーが面会謝絶としたのは、単にソフィアは上半身を露わにしている。それを他人に見せる事は出来なかっただけであり、夕方には熱も引きソフィアは至極暇そうにしていたのだが、ルイスですらも面会させて貰えず、誰もその事実は知らなかった。
「ソフィア…そんなに酷いのか?僕からはあまり様子が見えなかったんだ…」
「うーん…まぁ背中は酷かったけど…普通に会話出来たから…何で面会謝絶なんだろうね」
夕食後、ルイスとドラコは自室で宿題を終え、談話室に向かっていた。
ルイスは誰よりもソフィアを心配していたが、兄妹のルイスですら面会は叶わなかった。それもまた、ポンフリーの家族であっても素肌を見られたく無いだろうという気遣いなのだが、この2人がついこの間まで共に風呂に入っていたと知ればいらぬ気遣いだとわかった事だろう。
「──あの女、面会謝絶らしいぜ」
「──いい気味だ」
ルイスは聞こえてきた会話にぴたりとその足を止めた。談話室へ続く扉の向こうで話しているのはソフィアの事をよく思っていない上級生達だろう。彼らはけして自分からソフィアに挑みはしなかったが、大広間での食事の際嫌そうにソフィアを見ていた。
「どうやらかなり酷いらしい」
「今日の食事は久しぶりに静かで安らかだったよ」
「ああ、違いない!あの女…本当に目障りだったからな」
「ずっと伏せっていて欲しいよ」
「噂では、顔が爛れて酷い事になっているらしいぜ?」
「治らず傷の一つでも残れば少しは大人しくなるだろう」
「はは!ルイスもあんな出来損ないが妹で可哀想だよなぁ」
「彼もきっと、心の奥では出来損ないの妹を疎ましく思っているだろう。いつも申し訳なさそうにしている彼が不憫でならないよ」
「ル、ルイス…」
聞こえてきた会話を嫌に静かに聞いているルイスに、ドラコは恐々声をかけた。
この少年が心から妹を愛し、慈しんでいる事はよく知っている。その妹に対してこんな酷い事を言われ、彼が黙っているはずが無い。いつ爆発するのか、そっとドラコはその表情を覗き見た。
だが、ルイスの口元は笑みの形をつくっていた。──ただし、目は海の底を思わせるほど黒く濁り、静かな怒りを燃やし決して笑ってはいなかったが。
「…ドラコ、…あぁ、大丈夫さ、この寮に配属されて…ソフィアと別れてから覚悟はしていたからね」
ルイスは扉にかけていた手を離すとくるりとドラコに向き合い首を傾げて微笑んだ。
その奇妙な笑顔に、ドラコは表情を固まらせ視線を泳がせた。言葉だけを聞けば納得しているかのような静かなものだ、だが、その目は闇のように暗く、それでいて獲物を狙うような獰猛さをちらちら見せている。
こんなにも静かに怒る人を、ドラコは初めて見た。
そして、それがどれだけ恐ろしいかを、齢11にして初めて知った。
ルイスは微笑みを作ったままわざとらしく足音を立て扉を開いた。
談話室に居た上級生はルイスが現れた事により慌てて話題を変える。流石の彼らもルイスの前で陰口を叩くほど愚かでは無い。
ルイスは上級生達の側によると、2人の前のソファに座り、愛らしく見える表情を作り2人に話しかけた。
「先輩達!さっき楽しそうに話してましたね、僕にも聞かせてくださいよ」
「──いや、そんな大した事は…なぁ?」
「あー…その、聞こえていたかい?」
「え?いいえ、聞こえませんでした!」
「そうか…いや、ただ君の妹が怪我をしたと聞いてね、大丈夫かなーって話していただけさ、なぁ?」
「…ああ、そうだよ、酷い怪我だと聞いたからね、別寮だとしても…同じ仲間の君の妹だから、ちょっと気になっただけさ」
心に思っても居ない事をすらすらと述べる上級生に、ルイスは心の中からどろりと黒い感情が溢れるのを感じた。
この張り付いたような笑みを浮かべる彼らの顔を今すぐに苦痛の表情で歪めてやりたい、彼女を侮辱する口が二度と開かないように永久に、閉じさせたい。
「噂で流れているほど酷くは無いですよ!…ありがとうございます、気遣いに感謝します。…じゃあ、僕はまた妹の様子を伺いに行きますね」
ルイスは立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
上級生達は何も聞こえていなかった事への安堵からほっと胸を撫で下ろしルイスを見送った。
ルイスは談話室から外へ繋がる扉に手をかけながら、ポケットに入れている杖を持ちバレないように彼らに向かって杖を振るった。
それを目撃したのは、談話室の入り口で怖々と成り行きを見守っていたドラコだけだった。
銀色の光が杖先から飛び出て後ろから上級生達の身体を貫く、だが彼らは何も気づかず、別の話題に花を咲かせ続けていた。
ルイスは1人にやりと笑いながらドラコに目配せをし、寮から出て行く。慌ててドラコはその後を追った。
扉から出たドラコは近くの廊下で自身を待つルイスに駆け寄る。
「…何をしたんだ?」
「呪った」
「のろっ…!どんな、呪いだ?」
あっさりと告げられた言葉にドラコは驚愕し、静かにその呪いが何なのかを聞く。だがルイスはにっこりと、綺麗な笑顔を見せると首を傾げたまま口を開いた。
「聞かない方がいい、彼らを可哀想に思うだろうから」
「……」
明確な拒絶に、ドラコは少しだけ彼らの事を可哀想だと思ってしまった。それほどの呪いをかけられたのだ、どんな事がこの先の彼らに待ち受けているのか、想像するだけで寒気がした。
「…そんな呪いを…よく知っていたな?」
「…ま、父様の書斎には色んな闇の魔法に関する書物があったからね。…それに、僕はどうやら…そういう魔法が得意らしい」
ルイスは周りに誰もいない事を確認し、声を顰めて囁いた。
「…僕はルイスを怒らせないようにする」
「ああ、それは賢い判断だ!」
楽しげに笑う友人を見て、ドラコはため息を一つ溢した。そんなドラコにルイスはくすくすと笑いをこぼす。
はじめ、ドラコはルイスがスリザリンに組み分けされた時嬉しさもあったが彼はレイブンクローだとばかり思っていた。聡明で優しい彼が何故スリザリンに選ばれたのか、少し疑問に思っていたのだ。
今までの彼には狡猾さは微塵も感じらなかった、だが妹であるソフィアと寮が別れ、2人の時では見せなかった彼の性格が表に出てきた事で、ドラコは組み分け帽子が彼をスリザリン寮に入れた事は間違いではなく、とても正しかったのだと思い知らされた。ルイスの包み込むような温かな優しさは、限られた人にしか向いていない。
「さ、僕はもう一度医務室に行くよ、ドラコは?」
「…僕は寮に戻る」
「そう?…なら、彼らには近付かずすぐに部屋に戻った方がいい、変な疑いをかけられたく無いでしょ?」
「…わかった」
ドラコは軽い足取りで医務室に向かうルイスを見送り、合言葉を石像の蛇へ告げ、寮への扉をくぐった。
談話室に居る彼らをちらりと見たが、彼らは先程と変わらず楽しそうに過ごしている。ドラコには呪いがもう発動されているのか、それとも時間差で何かが起こるのかはわからなかったが、とりあえずルイスの忠告通り自室へと戻った。
その後、その上級生達は忽然と姿を消した。次の日は土曜日で授業も無かった為、彼らが消えたことに友人達が気付いたのは土曜日の夜遅くだった。
彼らは土曜日の深夜、教師達の捜索により物置と化している空き教室に居るのが見つかった。
身体を震わせ酷く錯乱し、怯えていた。支離滅裂な言葉を話す彼らの周りには乱闘と、魔法痕が残されており、何か闇の魔法を試した結果錯乱状態になっているのだろうと皆が思った。結果、彼らは聖マンゴで数日療養する事となる。
ドラコは監督生からその事を聞いた時、隣にいるルイスがひどく心配そうな表情を見せている事に気付く、ルイスはドラコの視線にきづくと、彼にだけにっこりと、笑って見せた。
その笑顔は少し前に見た闇を思わせる不気味なものであり、ドラコはひくりと喉を引き攣らせた。