翌日。
スピナーズ・エンドの生家で過ごす最後の日であり、父であるセブルスと共に過ごせる休暇の最終日でもあった。
生活に必要な家財は全て新居に移動されたが、数泊ならこの家で過ごすことが出来る程度の衣服や調理器具、食器はそのままに置いてある。居間に壁のように聳え立つ本棚にもまだいくつもの本が整然と並べられており、全てを移動するには新居での本棚の数が足りなかった。
流石に新たに購入する時間の余裕は無く、次の長期休みに大きな本棚を買い──書斎でも作ろうか、というセブルスの提案にソフィアとルイスは両手を上げて喜んだ。
基本的に知識を得る事が好きな2人は、セブルスが学生時代から集めた本を好きなだけ読み、その年齢の子どもと比べても学力は高い。それぞれに
夜遅い時間、ホグワーツに向かうセブルスは暖炉の前に立ち、ソフィアとルイスは少しの別れを寂しく思いながらもいつもの事だと、引き止める事はなかった。
「ジャックから、両面鏡を預かっている。常に置いておくように」
「あ!これってお話できるやつでしょう?」
「本当だ、…でも、何で?」
セブルスには内緒でハリーの元へ行った時にジャックから借りて使った事があるその魔法器具の使い方を知っている2人は渡された鏡を不思議そうに見た。
セブルスが先にホグワーツへ行き、2人が数日から1週間程度保護者の居ない家で過ごすのは毎年のことだ。何故今年はわざわざこの鏡を使い、自分達の様子を見る必要があるのだろうか。
「…もしかして、死喰い人関係?」
「…そうだ。…何かと物騒だからな」
「ふーん?私たちに関係あるとは思えないけれど…まぁ、それで父様が安心できるならいいわ!」
「ねぇ父様?父様もこの鏡の片割れをずっと持ってるの?」
「そうだ」
ルイスとソフィアはその言葉に顔を見合わせニヤリと悪戯っぽく笑う。
2人の考えている事が手に取るようにわかったセブルスは──どうせつまらない事で話しかけるつもりなのだろう──眉間に皺を刻み、渋い顔をして2人を見下ろす。
「何かあった場合…緊急事態にのみ、話し掛けるように」
「えー」
「つまんない!」
「…私は仕事に行っているのだが?」
「じゃあ、…夜になら?」
「……まぁ、良いだろう」
勤務時間外の夜ならば、仕事の邪魔になる事も無く、少し子ども達の寂しさを紛らわす事も出来るだろう。
少し表情を緩めたセブルスが頷けば、ソフィアとルイスはパッと表情を明るくさせると嬉しそうにはにかんだ。
2人はもう何もわからない子どもでは無い、流石に煩く話し掛け仕事の邪魔をするつもりはなかったが──いや、少しはそのつもりだっただろう──夜に離れた場所だとしても顔を見て話す事が出来るのは、とても嬉しかった。
「新居への行き方はわかるな?」
「うん、大丈夫だよ」
「行ってらっしゃい、父様!」
ソフィアはセブルスに抱きつき、身を屈めたセブルスの頬にキスをする。気がつけば背伸びをしなくても父が身をかがめれば届く程に身長が伸びていたことにソフィアはふと気が付いた。
ルイスもセブルスの元に駆け寄ると、反対側の頬に少々控えめに口の中でリップ音を鳴らし離れる。思春期を迎えたルイスは、勿論変わらずにセブルスを愛していたが──何となく、子どものように頬にキスをするのは気恥ずかしく感じていた。
セブルスはルイスの心の成長を感じ、嬉しいような、少し寂しいような、そんな複雑な感情を噛み締めながらソフィアの頬にキスを返し、ルイスには同じように音だけを返し、2人の肩を優しく撫でた。
「行ってくる」
セブルスは笑って手を振る2人に微笑みかけ、フルーパウダーを一掴みすると緑色の炎を上げる暖炉の中へ身を投じた。
ルイスとソフィアは暖炉の火の色が赤色になるまでじっと見た後、互いに一掴みのフルーパウダーを手に持った。
「えーと、何だったかしら?」
「ニワナズナ、だよ」
「そうそう──先に行くわね?」
「うん、どうぞ」
ソフィアはフルーパウダーを投げ入れ、緑色になった炎の中にひょいと飛び込む。
「ニワナズナ!」
途端にソフィアは渦を描くように下へ引き込まれる。何度か経験した事はある煙突飛行だったが、いつまで経っても慣れる事はない、とソフィアは肘を引っ込めしっかりと自分の体を抱きしめ、煤が入らないように硬く目を閉じながら思った。
足にガツンと床がぶつかる衝撃があり、ソフィアは何とか尻を打ち付ける事なく到着すると、スカートに着いた煤を払いながら新居のリビングに出た。
ついポケットに入れていた杖に手が伸びたが、ここに父はいない事を思い出すと彷徨わせていた手で再度強く汚れを払う。
成人がいない場所で未成年であるソフィアが魔法を使えば、魔法省は直ぐにそれを感知し警告が届く。
「…杖は、ホグワーツに行くまで部屋に置いた方が良いわね…」
好きに魔法が使えないのは不便でしか無かったが、仕方がない。
床に散らばった煤を見て「スコージファイが使えればすぐに綺麗になるのに…」と呟きながら暖炉の側に置いてある柄の長い箒と塵取りを手に取った。
直ぐにルイスが到着し、ふわりと煤が舞う。
ルイスもソフィアと同じようについ、ポケットに手が伸びたが──ソフィアが杖ではなく塵取りと箒を持っているのを見て苦笑すると暖炉の柵を跨ぎ、「手伝うよ」とその手から箒を取る。
ある程度煤を払った後、ソフィアは滑らかな白い石造りの台所へ向かうと蛇口を捻り水を出す。きょろきょろと見渡したが──雑巾が無い。
「ルイス!雑巾、近くにないかしら?」
「あー…うーんと。…普通のタオルしかないや」
「あら…じゃあそれを掃除用にしちゃいましょう」
ルイスは鞄の中からタオルを取り出しソフィアに手渡した。
掃除をする時にはいつも魔法を使い清めたり、スポンジに食器を洗うよう指示を出したりしていた為、この家には普段使いできるような掃除用具が無かった。スピナーズ・エンドにある家にはあるのだが──取りに戻るのも、面倒臭い。
ソフィアはタオルを硬く絞ると、暖炉前の床をさっと拭く。煤で汚れていた床の木目が綺麗な深い茶色に変わったのを見て、ソフィアは満足げに笑った。
ソフィアとルイスは今まで煙突飛行を使い家に戻ってきた時にこのように掃除をした事はない。あの家は煤汚れがそれほど気にならなかったし、あまりにひどい場合は流石に簡単に箒で払うくらいはしたが──ここまで丁寧に磨く事は無かった。
自然と2人が掃除をしたのは、2人が成長したから──というわけでは無い。誰だってそうだとは思うが、ここは新居なのだ、なるべく綺麗な状態を保ちたいものだろう。
「──こんなものかしら!」
「ありがとう、タオルは僕が洗うね」
「お願いするわ!」
ソフィアはルイスにタオルを渡すと、リビング中央にあるふかふかとしたソファに座る。
ふと、机の上に置かれていたルイスの鞄を目に留めるとにやり、と企むように笑い中から両面鏡を取り出した。
「父様ー?」
ソフィアはそっと鏡に話し掛ける。
しかし何も返答は無く、ソフィアはつまらなさそうに口を尖らせた。
まだ父様は自室に戻ってなくて、鏡も鞄の中に入れたままなのかもしれないわね。──ソフィアはそう思い、鏡を手に持ったままぐるりとリビングを見渡した。
スピナーズ・エンドの家から持ってきた本が部屋の奥にある本棚に並べられ、窓際にある棚の上には家族の写真が並ぶ。元いた家の雰囲気もありつつ、やはり部屋のほとんどが見慣れぬアンティーク家具であり──何だか、他人の家に居るような、ちょっとした居心地の悪さと、ワクワクとした胸の高鳴りを感じた。
それでも、いつかこの家が自分の家だと思える時がきっと来るのだろう。まだ2日目なのだから──いや、ここで寝るのは今日が初めてだ──仕方のない話だ。
「シャワー浴びてくるわー!」
「ん、わかった。寝る前に紅茶いるよね?」
「ええ、お願い!」
「えーっと、ヤカンと紅茶どこに仕舞ったっけ…」と戸棚をゴソゴソと探すルイスの声を聞きながらソフィアはリビングを出てソフィアはパタパタと脱衣所へ向かった。
服を脱いで籠の中に入れようとして──はた、と手に鏡を持ってきていることに気づいた。
流石に開きっぱなしは駄目だろう、とソフィアは洗面台に手鏡を置くと服を脱ぎ、洗面台下の棚からタオルを取り出す。
元の家ではバスタブは無く、狭いシャワールームしか無かったが、この家にはつるりとした猫足バスタブがあり、壁にはシャワーが取り付けられている。湯を貯める事もできそうだが、ソフィアはあまり湯に浸かる経験も無かったため滑らないように気をつけながらバスタブに入り、頭から熱いシャワーを浴びた。
「…これ、何かしら…?」
ソフィアはふと、バスタブ近くに蛇口が3つもあることに気がつく。熱湯と、水が出るだろう事は蛇口のハンドルについた赤と青の色を見て判断できるが──その真ん中にある虹色のハンドルは、何を意味しているのだろうか?
ソフィアは好奇心に駆られ、まぁ風呂場にあるくらいだから変なものではないだろうと判断しぐいっとハンドルを回した。
ルイスはソフィアがシャワーを浴びているうちにティータイムの準備をすましてしまおう、とヤカンに水を入れ火にかけていた。
あまり風呂に時間をかけないソフィアはきっと直ぐに出てくるだろう、と考えティーポットに茶葉を入れ沸いた湯を注ぐ。
「キャアーーーッ!!」
「!?…ソフィア!」
遠くからくぐもったソフィアの悲鳴が聞こえ、ルイスは荒々しくヤカンを置くと直ぐに駆け出した。
「ソフィア!?どうし──」
「ル、ルイス!!見て!凄いわ!!」
「…な、なにこれ…」
一面の泡だらけだった。
その泡は白くは無く、なぜか虹色でありモコモコと絶えず出てくる。バスタブから溢れ出た泡が脱衣所まで侵入し、ルイスは驚いて足を引いた。
「──なにがあった!」
小さくくぐもったセブルスの声が響き、呆然とその泡を見ていたルイスははっとして辺りを見渡す。
洗面台の上に鏡があることに気づき、泡を避けながらなんとかそれを掴み、覗き込む。
「ルイス!どうした、何かあったのか?」
「あー…」
鏡の中のセブルスはソフィアの悲鳴に焦ったような表情でルイスを問いただす。ルイスは困ったように言い淀むと──見た方が早いだろう、とその鏡をソフィアの方に向けた。
ちょうど、泡まみれになっているソフィアは首から上だけが泡から出ていて体のほとんどは隠されている。
「父様!見て!凄いわ!虹色の泡が出てくるの!!」
きゃっきゃと楽しそうに泡まみれになるソフィアを鏡越しで見たセブルスは、ひくりと口を引き攣らせ──。
「──馬鹿者!!」
盛大な
ソフィアはダンスパーティ、誰と踊りますか?
-
ドラコ
-
ハリー
-
フレッド
-
ルイス