9月1日。
ソフィアとルイスは朝早くに目覚め、今日から始まる新年度を楽しみにしていた。きっとハリーたちは急に居なくなった自分達の事を心配しているだろう。ルイスが飼っているワタリガラス──ではなく、実際は魔力を持つ八咫烏なのだが──に騒動があった翌日遅くに手紙を届けて貰ったし、何よりジャックがちゃんと説明したとセブルスから聞いては居たが、ろくにお別れも、隠れ穴で過ごしたことのお礼も言えなかった事をソフィアはずっと気にしていた。
朝食のオートミールを食べながら、ソフィアはふと思い出したように首を傾げた。
「ところで…私たち、どうやってホグワーツに行けば良いのかしら?」
「そうだね…チケットはあるけど…。普通に徒歩で行った方が近いよね」
ルイスは机の上に置いてあったホグワーツからの手紙を掴み、中から毎年届けられるホグワーツ特急のチケットをまじまじと見た。
2人が今いるこの家は、ホグズミード村にある。
ホグズミード村の外れに位置するとはいえ、ホグワーツ特急が停車するホグズミード駅まで歩いて行ける距離である。
「うーん、でも…汽車に乗ってハリー達とお喋りをするの、すっごく楽しいのよね…」
「ああ…そうだね、…キングズ・クロス駅は…かなり、遠いし…」
「そうねぇ。毎年、ジャックが駅まで送っていってくれたものね」
「それに、ホグズミード駅でみんなを待ってたら変に思われるよね?引っ越したってバレちゃうかも」
「これは──緊急事態ね?」
「そうだね、緊急事態だ」
ルイスとソフィアはにやりと笑うと、机の上に置いてあった鏡を覗き込み「父様!緊急事態!!」と叫んだ。
暫くすると、セブルスが眉間に皺を刻んだままの仏頂面で現れる。特に心配している様子がないのは、2人の声が緊急事態にしては弾み、楽しそうだったからだろう。
「…何だ」
「おはよう、父様!」
「おはよう父様、何だか疲れてる?」
「…おはよう。……何度も作業を中断させられ、深夜まで事務作業が終わらず──疲れないと、思うか?」
セブルスの低い声に、ソフィアとルイスは肩をすくめたがちっとも申し訳なさそうではなかった。
「あら、私たち父様を呼んでないわよ」
「そうだよ。ちょっと家の中を探検してたら…父様が気になって見にきたんでしょ?」
「……」
セブルスは頭を押さえため息を重々しく吐く。
暇を持て余したソフィアとルイスは鏡を持ったまま家中を散策し、楽しげな叫び声を上げていた。この家には隠し部屋や、秘密の通路があり──古い魔法族の家では普通の事なのだ──元の家では無かった仕掛けに何度も喜びの悲鳴をあげたのだ。
だが、鏡越しにその小さな悲鳴が響くたびにセブルスは鏡を覗き込む羽目になってしまった。
たしかに、ソフィアとルイスは言いつけを守り日中話しかける事はなかったが、鏡からは絶えず何か物を崩すような音と叫び声、ドタドタと五月蝿い騒ぎを響かせ──結局、セブルスの手を止めさせ、邪魔する結果になっていた。
「…それで、緊急事態とは、何事だ」
「私達、どうやってホグワーツに行けばいいの?ホグズミード駅で汽車の到着を待つの?」
「一応、手紙にはチケットも入ってるけど…」
「ああ…。…そうだな、2人はどうしたいんだ?ホグズミード駅に直接行くのなら、汽車が到着する時刻を伝えるが…」
「うーん、私たち…キングズ・クロス駅からみんなと一緒に行きたいわ」
「それに、ホグズミード駅で待ってると引っ越しした事がバレちゃうかもしれないし…」
「……それもそうだな」
ルイスの言葉にセブルスは自分が思い足らなかった問題に気が付いた。
ホグズミードに新居を構えたのは、魔法使いの村で安全だと言う事と──ホグワーツに近く、何かあればすぐに駆け付けることが出来るからだ。勿論姿現しをすれば直ぐに向かうことが出来るが、あれは距離が伸びるほど到着時間が数秒程だが、変わる。──その数秒を縮める為に、この家に決めたのだ。
「私は──出れん。…ジャックに頼む事にしよう」
「はーい、わかったわ」
「じゃあ父様、また後でね!」
「──ああ」
鏡の向こうのセブルスはすぐに姿を消した。
きっとジャックに自分達の事を頼みに行ったのだろう。
「…なんか、ジャックって便利屋さんみたいだね」
「しっ!…駄目よ、それは言っちゃあ…」
ぽつりと呟いたルイスに、ソフィアは人差し指を唇に当てて首を振る。
実際、セブルスが頼み事をする事が殆どであり、ジャックが何かをセブルスに頼んでいる場面を見た事がない二人は何とも言えず苦笑いを浮かべた。
「でも…多分、父様はジャックを1番信頼してるのよ、私たちのことを頼むほどだし…」
「そうだね。…父様が唯一…何かを頼める人なのかも」
それはあながち間違いでは無さそうだ、と2人は顔を見合わせ、今度は楽しげにくすくすと笑った。
ホグワーツ特急が発車する時刻の1時間前、リビングの暖炉が突如緑色の炎を上げ、中からジャックが現れた。
「久しぶり」
「久しぶり、ジャック!」
「この前は送ってくれてありがとう、あれから大変だったんでしょう?」
「あー…まぁな」
ジャックは苦笑しながら暖炉から抜け出すと杖を振るい煤を消した。
ぐるりと家の中を見渡すと、「へえ、なかなか良い家だな」と率直な感想を楽しげに漏らす。
「まだちょっと慣れないけどね」
「一人部屋になったの。夜に起きて…誰も居ないことにまだ慣れないわ」
「一人部屋か…まぁ、そんな歳になったって事だな。すぐに慣れるさ」
慣れる、とは言ってもホグワーツでも一人部屋では無く、夜に目が覚めてもルームメイトの微かな寝息が聞こえ、常に誰かがいる気配を感じるのだ。
それに慣れきっていたソフィアは夜に目覚めた時に、真っ暗な自室で寂しさを感じながら何度か寝返りを打っていた。
「さて…準備は出来てるな?」
「うん。…ジャック、いつもありがとう」
「…どーした?」
ジャックはリビングに置いてある二つの大きなトランクとティティとジェイドが入る籠に向かって歩いていたら足を止め、ルイスに向かって振り返る。
ルイスは「んー…」と困り顔で曖昧に笑っていたが「いつも、送っていって貰ってるし」と呟いた。
「いつも、父様が送れないから…ジャックに頼んでるでしょう?ジャックも…忙しいわよね?」
「ああ、そんなこと…気にするな。ソフィアとルイスは俺の子どもでもあるんだ、セブの代わりに子ども達を届ける事くらい…喜んでするさ!」
幼い頃は分からなかったが、ジャックはかなり多忙だ。孤児院の経営だけではなく、何かと魔法省に出入りし仕事を手伝っていると知った今、その貴重な時間を自分達の為に使わせているのが申し訳なかったが──ジャックは優しく笑うと二人の頭をぽんぽんと叩いた。
「さあ、忘れものはないか?」
「うん、大丈夫だよ」
「杖も持ったし…オーケーよ!」
「──よし、行こうか」
ジャックは二つのトランクを両手に掴み、ルイスとソフィアはそれぞれのペットが入った籠を持つ。空いている手でジャックの腕を掴み、準備が整った事をちらりと彼を見上げて笑いかけて伝えた。
空気を裂くような音と共に、ジャックの姿くらましによりソフィアとルイスは例年通りキングズ・クロス駅に向かった。
ーーー
ソフィアとルイスとジャックはキングズ・クロス駅近くの路地に到着し、周りにマグルが居ないことを確認するとそっと大通りへ出た。
「うわっ!凄い雨だね」
「ちょっと待ってろ」
軒下にいる3人は雨を直接被る事は無いが、構内に行く為には滝のように振る雨の中を通り抜けなければならない。
ジャックはベルトポーチに片手を突っ込み暫くゴソゴソと中を探っていたが、ようやく目当てのものを見つけると小さなポーチの中から大きな傘を2本取り出した。
「これ、さして行け」
「ありがとう!」
「ジャックはどうするの?」
「ん?…後で魔法で乾かすから気にするな」
マグルの世界では雨の日に傘を差すのが当然だが、魔法界では基本的に子ども以外は傘を差さない。大人は雨よけの魔法や、濡れてもすぐに乾かす術を持っている為、荷物になるだけの傘など持ち歩く事は無かった。
マグル界に行く事がたまにあるジャックはマグル達に奇妙に思われないように常備しているが──まぁ、その使用頻度は高くないだろう。
「トランクは防水魔法かけて、俺が運ぶから…2人はペットが濡れないようにだけ気をつけるんだぞ?」
「わかったわ」
「よーし…行こう!」
ソフィアとルイスは真っ黒の大きな傘を開き、胸に大きな籠を抱きしめたまま駅の構内に向かって走る。バシャバシャと足元で雨水が飛び跳ね、足首がじわりと冷たくなるのを感じた。
ジャックも直ぐにトランクに防水魔法と軽量化魔法をかけるとその2人の後を追う。
短い距離だったが、ペットの入る籠を守るように傘を斜め前に差していた2人の服は濡れてしまい、大きな水溜まりを踏んだのか泥水が裾を汚していた。
「…ま、駅に着いたら乾かしてやるよ」
ジャック自身も雨に濡れながら苦笑し、3人はマグルとおそらくホグワーツ生とその家族だろう集団に混じり、改札を通り9と4分の3番線へと向かった。
4年目となればホグワーツ特急が停車するこのホームへの行き方も慣れたもので、3人は人が途切れたその瞬間に何気なく柵に寄りかかりするりと横向きで入り込んだ。
紅色の蒸気機関車──ホグワーツ特急はすでに入線し、白い煙を吐き出しながら子ども達を受け入れていた。
ジャックは杖を出しソフィアとルイスと傘を杖先から出る温風で乾かし、ついでに足元の泥を綺麗に清める。
自身の体を乾かした後、トランクをそれぞれ、2人に渡しにっこりと笑った。
「楽しんでこいよ!今年は
「ええ!楽しみだわ!」
「実は…俺、ちょっと関わってるんだ。多分──また直ぐに会える」
「そうなんだ?…ジャック、本業が何かわからないね?」
「んー…最近が異常なだけさ、来年からは普通に戻る」
ジャックは2人を抱きしめ、その背中を軽く叩きながらひそひそと囁く。
2人は今年ホグワーツで開催される行事の事を知っていたが、まさかジャックが関係者の1人だとは思わず驚いたが、一年後に会えるのではなく、また会えるという言葉がとても嬉しかった。
「ソフィア、ルイス。…行ってらっしゃい」
「「行ってきます!」」
ソフィアとルイスは大きく手を振り、ジャックに別れを告げると汽車の中にトランクを詰め込み空いているコンパートメントを探しに行った。
ジャックは2人が汽車に乗り込むまで見送った後、姿くらましをし、直ぐにどこか──間違いなく仕事場へ──消えてしまった。
「ハリー達はまだ来てないようね?」
「多分ね、いつも時間ギリギリだったから…今回もそうじゃない?ドラコも多分…まだかな?」
2人はかなり時間に余裕を持ち、汽車の中程にある空いているコンパートメントに入り込むと窓の外を眺めたが、特に仲の良い彼らの姿はまだなかった。
「アーサーさんか、モリーさん来るかしら?お礼も言えないまま別れちゃったもの…」
ソフィアは呟きながら身を乗り出し、窓の外へ顔を出してきょろきょろと人混みの中に赤毛の集団はないかと暫く探し続けたが、それらしい姿はやはり見えない。
諦めたソフィアは椅子に座り──それでも時々窓の外を見ながら──鞄の中に入れていたお菓子を食べた。
ルイスは籠の中で置物のように大人しくしているジェイドに鳥用のオヤツを上げながら、その美しい羽を指で撫でる。
数分後、ノックも無くコンパートメントの扉がガラリと開き、窓の外を見ていたソフィアとルイスはぱっと扉の方を振り返った。
「こんな所に居たのか」
「ドラコ!久しぶり…でもないかしら?」
「あれ、もしかしてドラコの方が早く着いてたの?」
現れたドラコは呆れたような目でソフィアとルイスを見たが、いつものようなやや横暴な顔でふふんと笑う。
「そうだ。窓の外から見て2人が来た事に気付いていた。いつ来るのかと待っていたが…いつまで経っても来なかったからな、隣にいたんだぞ?…迎えに来てやったんだ」
「はは、ありがとうドラコ」
ルイスは苦笑しながら立ち上がり、ジェイドの籠とトランクを荷台から降ろす。
「ソフィアはどうする?」
「んー…私、アーサーさんかモリーさんにお礼を言いたいから…ここでもうちょっと探すわ」
「そう?じゃあまた後でね」
ドラコは何か言いたげな目でソフィアを見たが、ソフィアはその視線に気付くことなくまた窓へ視線を向けてしまっていた。
口をへの字にして黙り込んだドラコの肩をルイスはぽんぽんと叩き、顎で「行こう」と扉の方を指した。
ドラコはソフィアもルイスと共に自分のコンパートメントに来て欲しかったし、ルイスも本当ならソフィアとドラコと共にホグワーツへ向かいたかったが──2人の仲のいい友達は、犬猿の仲だ。どんな間違いがあり、どのような魔法があっても皆で仲良くホグワーツに向かう事は無いだろう。
ドラコとルイスはそれがわかっていた為、無理にソフィアを連れ出そうとはせず、隣のコンパートメントに移動した。
ソフィアはダンスパーティ、誰と踊りますか?
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ドラコ
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ハリー
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フレッド
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ルイス