クラムが現れた途端ホグワーツ生は色めきたち、通り過ぎたクラムをよく見ようと誰もが首を長くして羨望の眼差しでその後ろ姿を見た。
ポケットの中を探り、羊皮紙や羽ペンを持っている者はいないかと必死になり、中には口紅でサインしてもらえないだろうか、と興奮しながら囁く女生徒も居た。
ハーマイオニーはたかだかクィディッチの選手に何をこんなに熱を上げているのか、確かにあのプレーはとても素晴らしかったが…と、嫌そうな顔で恍惚の表情を浮かべソワソワとした様子の女生徒達を見て、ソフィアに「口紅だって」と嫌そうに言ったが、ソフィアもまた目を輝かせ頬を赤く染めてクラムを見ていた。
その表情を見たハーマイオニーは目を見開いた後、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になりため息をつく。
──そうだ、ソフィアもクィディッチが大好きだったわね。
「ああ!羽ペンも羊皮紙も全部寮の鞄の中よ!誰か持ってない?」
「僕もない」
「くそっ!持って来ればよかった!」
「…まったく、もう!」
ぜひクラムからサインを貰いたい。
今でなくても、なんとかこのホグワーツにいる間にサインを手に入れる機会がないだろうか、とソフィア達は生徒に紛れるクラムを熱い眼差しで見ながら思った。
ソフィア達はグリフィンドール生の座る机に行き腰掛けた。
ロンはわざわざ入り口がよく見える場所に座り、半身をそちらに向けたままじっと見る。足はそわそわと落ち着きなく動き、ダームストラングが──クラムがこの近くに座らないだろうか、と期待した。
ダームストラングの生徒達はどこに座っていいのかわからず、大広間中をどこか不安げに見つめていた。引率してきたカルカロフは大広間に入る途中に生徒達と別れ、どこかに行ってしまった。きっと、教員同士の顔合わせや、これからの簡単な説明があるのだろう。
ボーバトンの生徒達は、自分たちが着るローブの水色に近い色のローブを着る生徒達のいる机──レイブンクローの机を選んで座っていた。だが、表情は固く不安げで、話しかけられるたびに少し驚いたように身を引き、ぽつぽつと話し出す。
彼らはジャックがかけた翻訳魔法により、英語を理解することができた──しかし、寒いのが苦手である彼らの体は暖かい大広間に着いたところでその冷えを癒すことはなく…早く暖かい飲み物かスープを飲みたい。そう心から思っていた彼らはぎこちない態度になってしまっていた。
一見すると、寒さに耐えているその表情はむっつりと不機嫌そうな表情に見えてしまい、レイブンクロー生達は何か気に触ることをしたのかと、少し戸惑っていた。
ダームストラングの生徒たちは、その視線が自分たちに向けられているのではなく、ただ1人──先頭に居るクラムだけを見ていることに嫌でも気づいてしまい、少し不満だった。勿論クラムはダームストラングの誇りであり、良き友人である。しかし、この対抗試合の代表候補生に選ばれた彼らは誰もが優秀であり…やはり、その注目が1人に向けられているのは少々気持ちのいいものではない。
ふと、ダームストラングの1人の女子生徒が──候補生の内9名が男子生徒だったが、たった1人、女生徒も居たのだ──自分を見る視線に気付いた。
その視線を送る男子は、視線が噛み合ったことに驚き目を微かに見開いたが──すぐににこりと人の良い微笑みを浮かべた。
「
「──
天井の上ぎりぎりを浮遊する幾百の蝋燭を見上げていたクラムは女生徒の言葉にすぐに頷くと、女生徒が指し示した机──スリザリン生の座る場所へと向かった。
それを見た途端他の寮からは悔しそうな呻き声が響く。勿論、ハリーとソフィアとロンも同じように呻いていた。
クラムはたまたま空いていたドラコの斜め前に座る。そして、クラムにスリザリンの机へ行こうと声をかけた女生徒はその隣──ルイスの前に座った。
ドラコも、勿論クィディッチが好きであり、クラムの事もよく知っている。憧れの選手が今最も近くに座っていることに、他の生徒達への優越感──特に、ハリーに対するものだろう──を噛み締めながらいつもは青白い頬を紅潮させ、身を乗り出してクラムに話しかけた。
「クラム!ようこそホグワーツへ。僕はドラコ・マルフォイ。この前のクィディッチ・ワールドカップで、君の活躍を見たよ。──本当に、凄かった」
「あー…ありがとう」
クラムはそこそこ英語を理解する事が出来る。ただ、ゆっくりと丁寧に話しかけられた場合のみであり、ドラコの興奮したようなやや早口の言葉では彼の名前がドラコであるという事、そしてワールドカップの話をしているのだということしかわからず、曖昧に答えた。他の人と同じだ、多分、あの負けはしたものの、スニッチを捕らえたことを褒めているのだろう。
ルイスは目の前に座った大きな真っ黒の瞳を持つ女生徒を見た。何故だか凄く見られている。…いや、確かにあの男子ばかりいる中に1人いる女生徒は目立ち、ついついぼんやりと見てしまっていたが…それほど、不躾な視線を向けたつもりはない。
「えーっと…
母国の言葉で話しかけられた女生徒は一度ぱちりと瞬きをし、女性らしくふっくらとした唇を開いた。
「
「
ルイスはヴェロニカの言葉に頷いたが自信がなさそうに肩をすくめた。ルイスも、ソフィアも、挨拶程度なら幾つかの言語を話す事が出来る。それも孤児院で暮らしていた時代に沢山の国籍を持つ子どもが居たからなのだが、それももう9年以上前の話だ。当時はある程度話せていたが、今は朧げな記憶を手繰り寄せなんとか、片言に話すことしかできない。
それでもヴェロニカはこんなところで母国語を聞くことが出来るとは思わず嬉しそうに微笑み、ルイスに手を差し出した。
「英語で構わない。私は父が英国人だったからな。問題なく話す事が出来る」
「本当?…良かった!実は、あれくらいしか話せないんだ。…あとは、簡単な挨拶とか」
ルイスはヴェロニカの手を取り、ほっと胸を撫で下ろす。ルイスもソフィアと同様、外国の魔法使いや魔女と交流するこの機会をとても楽しみにしていた。折角の滅多とないチャンスだ。どうせなら交流を楽しみたいと思い、悪くないファーストコンタクトで思わず笑みがこぼれる。
「スウェーデン語って事は…やっぱり、ダームストラングはスウェーデンにあるの?」
「…それは、どうだろうな?」
ヴェロニカはルイスの言葉に、ニヒルに笑う。
ヴェロニカ・アールストレームという魔女は6年生の魔女だった。
背はルイスより10センチは高く、鼻はすっと高く肌は雪のように白い。凛々しく、それでいて黒い目は大きく、その髪もまた闇を思わす濡れたような漆黒で胸下辺りまで艶やかに伸びている。
ルイスはなんとなく──彼女の話し方や、やや顎を上げて見下ろすような眼差しに、
そもそも、ルイスが大広間の扉の前に居るヴェロニカを見ていたのも、ダームストラングの少ない女子生徒への珍しさと、その立ち姿と容姿にどことなく父のようだと、感じていたからだ。
ヴェロニカは天を見上げ星の瞬く天井を興味深そうに眺めながら分厚い毛皮を脱ぎ、手元を見る事なく膝の上に丁寧に畳んだ。
「ルイス、あれはどうなっているんだ」
「ああ…魔法だよ。実際の外の天気と連動するようになってるんだ。今日が満点の夜空でよかったね、客人を迎えるにはぴったりだから」
「…美しい魔法だ」
「ありがとう。気に入ってくれて嬉しいよ。…ま、天候が荒れた時はちょっと暗くなるのが難点だけどね」
ルイスはくすくすと小さく笑い、ヴェロニカもつられるように口の先で微笑んだ。
教職員が座る上座の席にフィルチが5つ、新たな椅子を運んできた。ダンブルドアが座る意匠の熟された肘掛け椅子の両脇に2席づつ、そして端にもう1つを追加した。
ルイスはボーバトンとダームストラングの校長、そしてジャックが座る席なのはわかったが、あと2つは誰の席だろうと首を傾げる。この対抗試合に関わりの深いゲストが、他にも呼ばれているのだろうか。
生徒全員が大広間に集まり、それぞれの席に着席した後、教職員達が一列になり入場する。
ホグワーツ教師の後ろにジャックが、そしてその後ろにダンブルドア、カルカロフ、マクシームが生徒達の間を通って進む中、ボーバトンの生徒は当然のように起立し、マクシームがダンブルドアの隣に座るまで、ホグワーツ生からのくすくすと言う小さな笑いが聞こえようとも平然として立っていた。
ジャックはセブルスの隣に座り「なんだか、懐かしいな?」と悪戯っぽく声をかけたが、セブルスは何も返事を返さなかった。
「こんばんは、紳士、淑女、そしてゴーストの皆さん。そして──素晴らしい客人の皆さん」
ダンブルドアは席に座る事なく、静まり返った大広間を見渡し、ボーバトンとダームストラングの生徒に向け両手を広げにっこりと微笑む。
「ホグワーツへのおいでを、心から歓迎いたしますぞ。本校への滞在が、快適で楽しいものになることを、わしは希望し、また確信しておる。三校対抗試合は、この宴が終わると正式に開始される。さあ、それでは、大いに飲み、食し、かつ寛いでくだされ!」
ダンブルドアの宣言により、目の前の金色の大皿に数々の豪華な料理が並ぶ。いつも以上に美しく飾り付けられた料理の中には見たこともない外国料理もあった。おそらく、客人であるダームストラングとボーバトンの生徒達をもてなす料理なのだろう。
静まっていた大広間が賑やかな声で溢れ、そこかしこで楽しげな会話が飛び交い、美味しい料理に舌鼓をうつ。
ドラコは一方的にクラムに話しかけていたが、クラムは「もう少しゆっくり言ってくれ」の一言を彼に伝える事が出来ず、半分も理解できないまま無言で頷き数々の料理を静かに食べていた。
その様子を見ていたルイスは、隣に座るドラコの脇を小突き、べらべらと続いていたマルフォイ家についてのうんちくを無理矢理止める。
「なんだ、ルイス」
「…ドラコ。もう少しゆっくり、わかりやすい言葉で話さないと…クラムはそんな早口だと聞き取れないと思うよ。…多分、ダームストラングで英語は共用語じゃないんだ」
「何?……そうか。…確かに、そうだな」
いつものように話しかけていたが、よく考えれば彼らは外国人である。
ボーバトンの生徒はジャックにより通訳魔法をかけられていたが、ダームストラングの生徒は彼らの校長が断っていた。英語を理解し話せる者が多いとは言っていたが、流石に共用語のように、とはいかないのかもしれない。
ドラコは少し沈黙した後、いつも早口で高慢に話す彼にしてはゆっくりと、優しくクラムに話しかけた。
「クラム。…僕は、クィディッチの、シーカーをしているんだ」
「シーカー?…君が?…そうですか…クィディッチは、楽しいです、うん」
ショットブラールを食べていたクラムは、今まで一方的だった会話が変わり、さらに聞き取りやすいもので、なおかつ自分が好きなクィディッチの話題であることに初めてまともにドラコの顔を見た。
クラムは、日常会話なら困る事なく英語を話す事が出来たが…ドラコの早口には少々困っていたのだ。
「ヴォく……僕は、英語があまり、得意ない…
とても丁寧で、ゆっくりとした言葉だった。
ドラコはイメージとは違うクラムの言葉に少し面食らったものの、共用語ではない言葉を話すのはきっと難しいのだろう、僕だって英語以外は話せないし──と思い直し、とくに何も言わずに「わかった」と頷いた。
ダームストラングがスウェーデンにある設定です。
スウェーデン語は翻訳サイト利用していますので、間違いがあってもスルーしていただけると嬉しいです…。