代表選手が選ばれた翌日の朝。
ソフィアとハーマイオニーは日曜にしては早くに目覚めてしまった。
きっと、ハリーが4人目として選ばれた漠然とした不安感により気持ちがざわついているからだろう。
着替え終わり談話室に降り、いつものようにハリーとロンの到着を待つ。約束はしていないが、この4年間ずっとこうしていた為今朝も待っていれば2人が共に現れると信じて疑っていなかった。
だが、男子寮の階段から降りてきたのはロン1人だった。
ちらり、とロンはソフィアとハーマイオニーを見ると、怒っているような、悲しんでいるような、そんな複雑な表情で彼女達に近付き隣に座る事なく「おはよう。朝食に行こうぜ」とぶっきらぼうに声をかけた。
「ハリーを待たないの?」
ソフィアは驚き、ロンに聞く。
しかし、ロンはその複雑な表情の中に怒りを多く滲ませるとソフィアの言葉を無視してずんずんと談話室の出口に向かってしまい、ソフィアとハーマイオニーは慌ててその後を追った。
「ロン!待って!昨日ハリーと話したんじゃないの?」
談話室を出たところで追いついたソフィアはロンの腕を取り、一人で大広間に行こうとする彼の歩みを無理矢理止めた。
ロンは振り払う事なくくるりと振り返り、その顔に不自然な笑みを浮かべた。
「ああ、話したさ。自分では入れてないって言い張ってた。親友の僕にも、話してくれなかった」
「それは…ハリーが自分で入れてないからでしょう?」
ハーマイオニーが宥めるように優しく言ったが、ロンは「はっ!」と鼻で笑うとついにソフィアの手を振り払い肩で風を切るように怒りながら廊下を進む。
「ロン!待ってよ!」
「ハリーが自分でいれていない?──ああ、そうかもしれないな!だけど、誰が入れたにしても、毎年
「ロン…あなた…」
苦しげに吐き捨てられた言葉を聞いたハーマイオニーは唖然とロンの顔を見た。ロンは顔を怒りで赤くしたままハーマイオニーを見据える。あまりの感情の激しさに、ハーマイオニーは何も言えず口を閉ざした。
「一千ガリオン!期末試験の免除!栄光!──良いよな、ハリーは!」
ソフィアとハーマイオニーはロンの怒りが、自分に黙って抜け駆けをし、炎のゴブレットの中に名前を入れた事ではないのだと察した。
ロンはハリーの1番の親友だ。それは最も近くにいる彼女達がよく知っている。だが親友であっても──いや、親友で、常に一緒にいるからこそ、毎年ハリーだけが注目され、ハリーだけが偉大な事をやってのける。
今まではロンは何も言わず、胸の奥に潜む
ソフィアは、1年生の時にみぞの鏡でロンが何を見たのか思い出した。彼は誰よりも偉大なことをやり、注目される自分を心から渇望していた。
ハリーが名前を入れた事に怒っているのなら、まだ誤解を解くことは簡単だった。だが、これは誤解ではない。ロンの心の問題なのだ。
それに、このハリーに対し異常なまでに怒っている様子を見ると…昨夜、ロンとハリーの間で何かあったのかもしれない。
「…僕らは親友なのに」
ロンはぴたりと足を止めて俯き呟いた。
親友なのに、何故こうも違うのか。その背中があまりにも寂しそうで、辛そうで──ソフィアとハーマイオニーは何も声をかけることが出来なかった。
すぐに勢いよく走り出してしまったロンの背中を、ソフィアとハーマイオニーは見送り、同時にため息を吐いた。
「…深刻ね」
ハーマイオニーは額を押さえ廊下の端までくると石壁に背を預け、もう一度長くため息を吐いた。
「ロンは、ハリーに…嫉妬してるのね」
「ええ、きっとそうだわ…いつも目立つのはハリーだったから…それをハリーが望んでなくても、ロンには関係ないんでしょうね」
「…嫉妬、はわからないけど…ハリーってなんでこうも毎年巻き込まれるのかしらね」
ソフィアは窓際に近づき、窓枠に手を乗せてうっすらと映る自分の心配そうな顔を見た。
ハーマイオニーは「全く、その通りだわ!」と嘆いた。
その後ソフィアとハーマイオニーは2人で大広間に向かった。
朝早かったが既に何人もの生徒で溢れ、口々に昨日のことを話していた。選手達の集められた部屋にいた肖像画の魔女が、きっと全ての生徒に何があったのかを知らせたのだろう。すでに皆がハリーは異例として出場する事を知り、特別とも言える待遇にぶつぶつ文句を言っていた。
「…ハリーは、ここに来ない方がいいわね」
「そうね…私、サンドイッチを持って行くわ。…ハーマイオニーは…ロンのそばにいてあげて?…私たち2人ともハリーのそばに居たら…きっと、ロンはさらに臍を曲げちゃうわ」
ソフィアはグリフィンドールの机に並べられている料理からサンドイッチを数個手に取ると綺麗なナプキンでさっと包む。
ハーマイオニーは自分もいた方が良いのではないか、と思ったが──確かに、ロンを独りにさせる事も出来ない。
「…わかったわ。…ソフィア、ハリーの事お願いね」
「ええ、…ロンの事を、頼んだわよ」
2人は真剣な顔で同時に頷き、別々の方向へ向かった。ハーマイオニーは机の端でひとりで朝食を取るロンの元に、ソフィアはそろそろ起きているだろうハリーの元に。
ソフィアは来た道を戻る途中、大広間から出た途端ばったりとルイスとドラコに遭遇した。
「おはようルイス、ドラコ」
「おはようソフィア」
「ああ…おはよう」
ルイスはいつものように笑顔でソフィアに挨拶をし頬にキスを落としたが、ドラコはいつもより表情が硬く苛立ちを隠しきれていなかった。
ソフィアはルイスの頬にキスを返しながら、まぁ…ドラコも、面白くないって思ってるわよね、と内心で呟く。
「ソフィア。…ポッターはどうやって炎のゴブレットを出し抜いたんだ?君は知ってるんだろう?」
「ドラコ、ハリーは自分で入れてないわ」
ソフィアがきっぱりと言うと、ドラコは少し顎を上げ嘲笑にもとれる冷たい笑いを浮かべた。
「へえ?君にも教えなかったのか」
「教えられないわ。だって入れてないもの」
「それを信じるのか?」
ドラコの細められた瞳がソフィアを見据える。ソフィアはすぐに頷いた。
「ええ、だって…。あのね。ドラコはどう思ってるのかわからないけど、ハリーは毎年平穏を望んでるのよ」
「…ふぅん?それにしては、毎年騒ぎの中心に自ら進んでいるようだが?」
「それは…」
ハリーは平穏を望んでいる。
だが、否応なしに巻き込まれてしまい、それを対処する内にかなり目立ってしまう。仕方のない事だが、周りにとっては──目立ちたがり屋に見えるのかもしれない。
口籠ったソフィアに、ドラコはフンと鼻で笑うと腕を組み「それ見たことか」と言う目を向けた。
「ドラコ、僕もハリーは自分で入れてないと思ってるし、誰よりもハリーが静かに暮らしたいんだって知ってる。…けどね、ハリーは…多分、そういう運命なんだよ。それが決まったのは…ハリーのご両親が亡くなった時だ、奇跡の子になった時、そういう運命が…ハリーを捕らえたんだと思うよ。──沢山の犠牲と引き換えにね」
「…はっ!運命?奇跡?そんな高尚なものなわけがあるか!目立ちたがり屋なだけだろう」
ドラコはぷいっとそっぽを向き、そのまま大広間に入る。その途端聞こえてきたハリーへの言葉の数々ににやりと笑い、ソフィアとルイスを振り返った。
「僕と君たち、どっちの意見が正しいかは──ここにくればすぐにわかるな?」
勝ち誇った顔でドラコは意地悪く笑うと、ハリーの悪口を言っているスリザリンの集団の中に混じった。
「…まぁ……
「ハリーに何があったのかを知ってるのは…僕たちだけだからね」
ルイスとソフィアは呟く。もし、ハリーに今まで何があったのかを皆が知れば、きっとハリーが置かれている状況が自ら望んだものではないとわかっただろう。
一年生の時は、ヴォルデモートに寄生されたクィレルと戦い、賢者の石を守った。
二年生の時は、学生時代のヴォルデモート──トム・リドルと戦い秘密の部屋を閉ざした。
三年生の時は、裏切り者がペティグリューだと知り、無実の罪で捕えられていたシリウスを死の運命から救った。
全ては、ハリーが奇跡の子になったからだ。一歳のその出来事から──終わりなく、続いている。
「…ルイス。今ね…ハリーとロンが喧嘩してるの。…ハリーが選ばれて、ロンは──その、嫉妬してるの…ほら、みぞの鏡で…ロンは何よりも目立って全ての中心にいる自分を望んだでしょう?」
「あー…。…僕思うんだけど、ドラコとロンって似てるよね」
目立ちたく、ハリーの栄光の数々に嫉妬している。
その点においては2人は今、ハリーに同じ感情をぶつけていると言えるだろう。
ソフィアは少し黙った後、片眉を上げてルイスを見た。
「…それ、絶対ロンにもドラコにも言わないでよ。余計に
「勿論、言わないよ。…じゃあね」
ルイスは肩をすくめて、楽しげにスリザリン生とハリーの悪口に花を咲かせるドラコの元へ向かった。
ソフィアは「はあ…」と何度目かのため息をついて、グリフィンドール塔へ向かった。
もうそろそろ起きているだろう、寝ていたら談話室で待っていようか──そう思いながら太ったレディを見上げた時、パッと肖像画が開き中からハリーが現れた。
「おはようハリー。サンドイッチ持ってきたの。…ちょっと散歩しながら食べない?」
「いいね」
ハリーはソフィアの隣に立つと安心したように笑ったが、その目はソフィアでは無く周りに向いていた。いつもなら居るハーマイオニーとロンが居ない。それにすぐハリーは気がついたが何も言わず、2人は大広間の前を足速に通過し玄関ホールを越え、寒々とした風が吹く中芝生を横切り湖に向かった。
ソフィアはサンドイッチをハリーに渡し、自分も一つ食べながらあてもなく歩き続ける。ハリーはサンドイッチを頬張りながら、昨夜グリフィンドールのテーブルを離れてから何が起こったのかありのままに話し、ソフィアは一度も口を挟まず真剣な顔でその話を聞いた。
「ソフィア、僕が入れたんじゃないって…信じてくれる?」
「勿論よ。だって…名前を呼ばれた時…物凄く驚いていたし…ゴブレットを騙す事が出来る程の錯乱の呪文なんてあなたは使えないわ。それに、ダンブルドアの年齢線もあるもの。…ダンブルドアよ?その辺の本屋にある年齢線じゃないわ。それを越えられるなんて…そんな偉大で強力な魔法を知っているのなら…あなたはこの3年間怪我せずに全てをこなしてた、そうでしょう?」
ハリーはソフィアが自分の事を信じてくれたのだと分かると、とても嬉しかった。胸の奥の獣が満足気に喉を鳴らしているかのような奇妙な感覚に、ハリーは無意識のうちに自分の胸を撫でる。
「問題は…ムーディ先生の言うように、誰が名前を入れたのかよ。ゴブレットを騙して、ダンブルドアを欺く。そんな事生徒には──」
「ソフィア、ロンを見かけた?ハーマイオニーは?」
ソフィアの話を途中で遮り、ハリーは今まで気になっていた事を我慢できず聞いた。
ソフィアがここまで信じてくれているのなら、きっとハーマイオニーとロンもそうに違いないと思ったのだ。昨日、ロンとはあんな──喧嘩のようになってしまったが、賢い彼女達に諭され、今はハーマイオニーと図書館にでもいるのだろうか?
「…ええ、朝食に来てたわ」
「僕が、自分の名前を入れたってまだ思ってる?」
「うーん…ううん。多分、思ってないと思うわ」
ソフィアは困ったような顔で口篭り、ハリーの目を見つめた。なんとなく、不穏なソフィアの言葉にハリーは怪訝な顔をする。
「じゃあ…なんで、2人は…いないんだ?僕が入れたんじゃないってわかれば…昨日の夜の誤解は解けたはずだろ?」
「えーっと…。……そういうことじゃないの。ゴブレットに名前をいれたとか、いれてないとかじゃなくて…」
「そういうことじゃない、って、それ…どういう意味?」
ソフィアにしては歯切れが悪く、言葉を選ぶような言葉にハリーは眉を寄せた。
本当に、ロンの心がわかっていない様子のハリーに、ソフィアは肩を落として湖のそばにしゃがみ込んだ。風により微かに揺れる水面を見つめるソフィアの真剣でいて悲しそうな横顔を見ながら、ハリーも隣に座り込む。
「…多分、ロンは…ハリー、あなたに嫉妬してるの」
「嫉妬?何に嫉妬するんだ?課題に失敗して全校生徒の前で笑いものになるかもしれないのに?」
ハリーは信じられず、怪訝な顔でソフィアの横顔を見つめる。ソフィアは少し沈黙したが、意を決したかのように口を開く。本当は、この事はハリー自身で気が付き、ロンと話あった方が良いのだと思っていた。だが、この様子ではハリーは一生、ロンの気持ちに気付く事は無いだろう。
「…ほら、一年生の時の…みぞの鏡で…ロンは何を望んでいたのか、知ってるでしょう?」
「ああ…うん、…でも、それが?」
「ロンはね、注目されたいの。誰よりもね。──ロンは、ハリーの1番の親友よ、それは勿論だけど…毎年注目されるあなたに…今回は耐えられなかったんだと思うわ。だから…臍を曲げてるのよ」
「そりゃ傑作だ!ロンに僕からの伝言だって伝えてくれ!いつでも好きな時に代わってやるって、僕がいつでもどうぞって言ってたって!…どこに行っても、みんなが僕の額をじろじろ見るんだ…」
ハリーは苦々しく顔を歪め吐き捨てるように言った。
ハリーは、いつだって平穏を望んでいたし、自分の立ち位置が…注目され、期待されることなんて望んで居なかった。平穏に、両親が揃う普通の家庭で過ごしたかった。それが得られるのなら、何だって差し出しただろう。
ソフィアはハリーを見て、悲し気に微笑み、怒りで震えるハリーの手をそっと握った。
「わかってるわ。あなたはいつだって巻き込まれるだけで、自分から進んで何もしてないもの。──まぁ、大人しい模範生じゃ無い事は確かだけどね。…私はロンに何も伝えないわ、それは自分で言わなきゃダメよハリー」
「僕、ロンの後を追っかけ回して、あいつが大人になる手助けをするなんてごめんだ!僕が首でもへし折られれば、楽しんでたわけじゃ無いって事をロンも信じるだろう!」
あまりにハリーの声が大きく、近くの木に止まっていた梟が驚いて飛び立った。
「そりゃね。でもそんな事あってはならないわ?そうでしょう?…ハリー、私たちが今すべき事は──」
ソフィアはこの事をシリウスになんとか伝えなければならないと思っていた。ホグワーツで起こった事全てを知りたがっていたし、何よりシリウスはこうなるだろう不吉な予感を感じていたようなのだ。きっと知らせた方がいいだろう。
だがハリーは苦く笑うと、ソフィアの言葉を遮り吐き捨てるように言った。
「ああ、ロンを今すぐ蹴っ飛ばしてわからせてやるんだ!」
ハリーは立ち上がり残っていたパンの耳を湖に向かって放り投げる。
今日は持っていた鞄から羊皮紙と羽ペンを取り出しかけていたソフィアは手を止めて少し考え──そしてニヤリと笑った。
「そうね!そうしましょう!それがいいわ!」
ソフィアの思ってもみなかった賛同に、ハリーは一瞬言葉に詰まった。ロンに対する怒りから勢いで出た言葉だったなんて言えないほど、ソフィアは大きく頷いている。
もし、今ここにいるのがソフィアではなくハーマイオニーなら、きっと「馬鹿な事言わないでシリウスに知らせるのよ!」とそれを第一に考えただろう。だが、ソフィアはハーマイオニーではない。
彼女は手紙を出すのが少し遅れるよりも、ハリーとロンの蟠りを解く方が良いと考えた。
すぐにソフィアはカバンの中から羊皮紙と羽ペンとインク壺を取り出すと何かを書き留め、立ち上がる。
キョロキョロと辺りを見渡し、森に向かって「ティティ!」と叫んだ。
暫く待つと、森の中から白いティティがひょっこり現れたソフィアのもとにすぐに歩み寄り首を傾げた。
「ティティは森でお散歩するのが大好きなの」
いきなり現れた白く美しいフェネックを驚いて見たハリーにソフィアは笑いながら言うと、ティティに向かって羊皮紙を差し出した。
「ティティ、この手紙をハーマイオニーに届けて欲しいの。ね?わかる?ハーマイオニーよ」
ゆっくりと告げたソフィアの言葉に、ティティはこくりと頷くとぶるりと一度身を震わせて──ソフィアに似た姿に変身した。
「えっ!?…これは…?ソフィア?…え?ティティは?」
「ティティはね、変身出来るの!最近わかったんだけどね…妖狐っていう変身の得意な魔法生物みたいなのよ。ねーティティ?」
ティティの顎の下をくすぐるように撫でれば、ティティの目は嬉しそうにとろんと細まりくるくると喉を鳴らした。
ティティの姿は、真っ白なソフィアそのものになっていた。真っ黒だった髪は白く、肌はいつもより正気がなく白い、目は黒く、着ている制服まで真っ白だ。
雪の化身のような
ぽかんと口を開き信じられない目でそれを見ていたハリーに、ソフィアは立ち上がりにっこりと笑いかける。
「さ、行きましょう」
「行くって、どこに?」
「ロンを蹴っ飛ばしに行くんでしょう?ジャックが言ってたわ、言葉よりも拳で語り合った方がわかることもあるって」
ハリーは困惑し「言葉のあやだよ!」と言いたかったが、ソフィアはそんな表情には気付かずハリーの腕を引いて来た道を戻り出した。
ご主人様の望み通り、この手に持つ紙をハーマイオニーに渡さなければならない。
すぐにティティはグリフィンドール生の居るテーブルにたどり着くと、とんとん、とハーマイオニーの肩を叩いた。
「何?──えっソフィア?ど、どうしたの?」
真っ白なソフィアを見てハーマイオニーは驚愕し頭のてっぺんから足先までを見た。何が魔法薬でも被ったのか、それとも変身術で失敗したのか、言葉も出せないハーマイオニーに、ティティは両手で掴んでいた羊皮紙をずいっと差し出す。
「えっ?…何?…手紙…?」
困惑しながら受け取ったハーマイオニーはそれを開き、中に書いてある文を読んだ。
『ハーマイオニーへ。
ロンと一緒に至急花束を持つ少女の部屋に来て!
追伸 この子はティティです。変身が得意なの!驚いた? ソフィアより』
「あなた、ティティなの!?」
「ティティ?嘘だろ?どうみても白いソフィアだ!」
ハーマイオニーは驚愕し叫んだ。隣でつまらなさそうな表情でオートミールを食べていたロンも驚いてティティを見る。
ティティはこくりと頷くとぶるりと大きく震え、いつものような真っ白な姿に戻り、机の上にあるハムを美味しそうに食べた。
「…ただのフェネックじゃないのね、きっと…」
「すっげぇ…誰にでも変身出来るのかな?」
ロンはハリーに対してもやもやとしていた気持ちを忘れ、ティティの艶やかな白い毛並みを撫でる。別のもの──例えばハットやペンに変身出来る魔法生物はいても、全く別の生き物に変身出来る魔法生物はそう多くは無い。
「ロン、ちょっと来て」
「え?何だよ、図書館か?」
「いいから」
ハーマイオニーの言葉にロンは少し嫌そうな顔をしたが、抵抗することなく立ち上がり頭を掻きながら面倒くさそうに先導するハーマイオニーの後に続いた。
ティティも、大きな肉を咥えたままぽてぽてとその後を追い──ソフィアとハリーが待つ、花束を持つ少女の秘密の部屋へ向かった。
ーーー
花束を持つ少女の部屋でソフィアとハリーはソファに座り待っていた。
だが、ハリーは──本音を言えばすぐにここから飛び出したかった。ハリーは友達と喧嘩なんてした事がない、口からつい飛び出た言葉を現実にできるのかどうか、今になってもわからなかったし、何よりロンにどんな顔であえばいいのかわからなかった。
自分は間違った事はしてない、ロンが勝手に嫉妬しているだけだ。何故わざわざその誤解を解かねばならないのだ。それも、自分から!お膳立てをされて!
「ソフィア、僕、ハグリッドの小屋に──」
「ダメよ。蹴っ飛ばしてからにしなさい」
「…君って、意外と好戦的だよね」
「ええ、知らなかった?」
ソフィアはハリーの顔を覗き込み不敵に微笑む。ハリーはそう言えばそうだった。と過去にソフィアがロンを殴り、ドラコに殴りかかりそうになっていた事を思い出し引き攣った笑みを浮かべ──ソフィアだけは怒らせないようにしよう、いや、勿論好きな人を怒らせる事なんてしたくないが、と真剣に思った。
がちゃりと肖像画が開く音と共に、ハーマイオニーが入ってきた、すぐにロンが入り──部屋の中にハリーがいる事に気がつくとありありと嫌そうな顔で戻ろうとしたが、ハーマイオニーに強く腕を引かれ無理矢理引き摺り込まれてしまった。
ハーマイオニーはハリーもいる事にぎくりと顔を硬らせた。ハリーを今のロンの前に連れてくるとは考えず、ソフィアだけだと思い込んでいたのだ。
「何だよ、こんなとこに呼び出して…まだ僕に馬鹿って言い足りないのか?それとも、賛辞の言葉が足りなかったか?──おめでとうハリー!頑張ってくれよ!」
ロンはすぐに噛み付くように叫ぶと嘲笑を浮かべる。ハリーはカッとなりソファから立ち上がり、ロンに一歩踏み出した。
「──ああそうだ!君は馬鹿だ!」
「何だと!?」
「僕の1番側にいて、気がつかなかったのか?僕が一度だって…自分で目立とうとした事があった!?」
ハリーもまた、ロンと同じように叫んでいた。ハーマイオニーは2人の剣幕に顔を引き攣らせ、さっとソフィアの隣に──安全地帯に移動し、胸の前で指を組みおろおろと2人の間で視線を動かす。
「いつも目立つ事ばっかりしてるじゃないか!僕は…僕は、ずっと君の──」
「僕が羨ましいか!?本当に!?」
ロンはそれでも結局ハリーは自分からトラブルに突き進む事もあるじゃないか、1番側に居たからこそそれを知っていると言おうとしたが、ハリーはロンの襟元を両手でぐっと掴むと、頭ひとつ分は高いロンを下から強く睨みあげる。
あまりの強い視線に、ロンはその先の言葉を飲み込んだ。──ハリーの目に映る感情が、怒りだけではない事に、ロンは気づいた。
「それなら、喜んで代わってやるよ!父さんも母さんも殺された!ヴォルデモートに!僕だけが生き残って奇跡の子だって言われて…そんな言葉より、僕は…僕は父さんと母さんが居る方がずっと良かった!──ああ、代わってやるよ!僕みたいに目立ちたいのなら、君の家族は全員死ぬ事になるんだぞ?フレッドとジョージもジニーもパーシーも、ビルもチャーリーも!それに君のお父さんやお母さんだってそうだ!みんなヴォルデモートに殺される!」
「…っ…!」
ハリーの声は怒りと悲痛に満ちていた。ハリーは自分でもロンの襟元を掴む手が震えているのを感じていた、きっと、ロンにもこの震えは伝わっているだろう。
興奮した思考は纏まらず、口から堰を切ったように爆発した感情に任せてべらべらと動いた。
ヴォルデモートの名前が出た途端、ロンがさっと表情を変える。だがそんな事ハリーには気にする余裕は無かった。
「僕には誕生日を祝ってくれる家族はいない!クリスマスにセーターをくれる母さんはいない!箒の乗り方を教えてくれる父さんはいない!兄弟だって、いないんだ!ヴォルデモートに殺された!君は僕が注目されて羨ましいんだろうけど、僕は君が──羨ましかった!」
「ぼ…僕が…?」
「そうだ!君には素晴らしい家族がいるじゃないか!…僕だって…僕だって普通に生きたかった!一年生の時から、ずっと僕はヴォルデモートに平穏を壊され続けている…!今だってそうだ…きっと、僕を殺すために誰かが僕の名前をゴブレットに入れたんだヴォルデモートの関係者か死喰い人か知らないけど──」
「殺すため…?ハリー、君を…?」
ロンは信じられない気持ちで呆然と呟く。
昨日は何のために名前を入れたのかわからないと言っていたじゃないか、まさか──危険な課題に見せかけて…?
「きっとそうなんだ。課題中に僕が死ねば、ヴォルデモートは満足なのさ!…ロン──本当に、僕が羨ましいのか?」
ハリーの声の勢いは徐々に落ち着き、最後は呟くような声になっていた。
ハリーは、じっとロンを見上げる。ロンは暫く口を開閉させた後──拳を握っていた手の力をふっと抜いた。
「…僕は…家では兄貴達に比べられる。僕には何にも優れたところがないから…特別に、なりたかった…。…だから、ずっと──みんなから尊敬されて、注目されてる君が羨ましかった…」
「ロン──」
「だけど!!」
ハリーはここまで言ってもわからないのか、ソフィアの言う通り蹴るか殴るしか解ってくれないのかと胸の奥にぐっとぶん殴りたい衝動にかられ、ロンの襟元を掴む手に力を込めた。
だが、ロンはハリーの言葉を強く遮ると、ハリーの額の傷を見た後──ハリーのエメラルドの瞳をじっと見つめた。
「だけど…。…僕は、わかってなかった。…ううん、都合の良いところしか、見てなかった。…ハリー、僕は…ずっと側に居たから、君が自分から目立とうとした事なんて無いって、わかってた。周りが勝手に君に注目してるだけで…」
ロンは4年間も、ハリーの側に居た。
ハリーはどこにいっても注目される、奇跡の子ハリー・ポッター。英雄ハリー・ポッターとして、注目される。魔法界に住む者でその名前を知らない人はいない。
それが、羨ましかった。それだけが、羨ましかった。
毎年の命の危険にさらされながらもぎりぎりで回避し、さらに伝説をつくるハリー。それは世界に知られている伝説では無いが、それでも──全て知っていたからこそ、はじめはただ尊敬していた、流石英雄だと思っていた。だが年を重ねるにつれ、それは嫉妬へと変わってしまった。
やっぱりハリーは僕のような一般人では無いのだとその度に思い、そう思ってしまう自分を恥じ、必死に考えないようにしていた。
それが、何を犠牲にして得た名声なのか──気付かないふりをして。
「……ごめん、ハリー」
ロンはぽつり、と呟いた。
ハリーは息を飲み目を見開き──ロンの襟元から手を離した。
「…うん。……僕も…その…ごめん。ロンなら僕の気持ちがわかってるって…思い込んでて…」
ロンとハリーは、何故かとてつもなく気まずく感じた。
喧嘩をした事がないハリーは、果たしてこれで本当におさまったのかどうなのか分からず、俯く。
ロンもまた、言葉に表すのが難しい感情に何も言えずにいた。
「あら、殴り合いの喧嘩はしないの?ハリー、ロンを蹴っ飛ばさないの?」
気まずい雰囲気を砕くようなソフィアの明るく、からかうような声が響く。
ロンは「蹴っ飛ばす」という物騒な言葉にぎょっとして半歩後ろに下がった。
「──うん、蹴っ飛ばさないでよかったみたいだ。…なあロン?」
「…そうだな、うん」
ロンは困ったように笑い、ハリーもその表情を見て──ようやく、笑う事ができた。
ハリーとロンの言い争いを見守っていたハーマイオニーは、なんとか2人のわだかまりが解けたようだと、ほっと胸を撫で下ろし、嬉しそうに笑った。
きっと、長引くだろうと思っていた。だが、まさかたった1日で2人の仲が戻るとは思わなかった。2人が和解したのはきっとハリーとロンが本音を吐いた事と、決裂していた時間が短かったからだろう。そして、何より──ソフィアが、この場を作ってくれたからだ。
「…ハリー、ほんとに…自分で入れてないんだよな?」
「うん、入れてない。…君との友情に誓って、嘘は言わないよ」
ハリーは、悪戯っぽく笑った。
ロンは目を見開き、泣きそうに顔を歪めたがなんとか笑みの表情を作ると「うん、1番信じられる言葉だ」と噛み締めるように呟いた。
「じゃあ…その、例のあの人がまた何か企ててるって…それも本当かい?なんで、昨日の夜に…わからないって嘘をついたんだ?」
「…。…だって…僕を殺すために、だなんて、安っぽいドラマみたいで…その、なんだか…嫌で」
ハリーはぼそぼそと呟いた。ロンは呆れたような顔をしたが、何も言わずに頷いた。
「何があったのか話すよ──」
ハリーは部屋の中にある暖炉前のソファに移動し座る。
ロンに隣に来いよ、と言うように座っている隣を叩けば、ロンはすぐにいつものように隣に座った。ハーマイオニーとソフィアは机を挟んだその前に座り、ハリーの言葉を待つ。
ハリーは校庭でソフィアに話した事と同じ内容をハーマイオニーとロンに話した。
2人は驚き、はっと口を抑え、心配そうにしていたが口を挟む事無くハリーが話し終わるまでは黙って聞いていた。
「…あの人の手先が、まさか…今年もどこかに潜んでるってのかい?」
「それは、充分あり得るわ…ほら、今は部外者が多いもの」
「そうよ!ハリー、この事シリウスに伝えた?手紙はもう出した?」
ハーマイオニーが思い出したと言うように叫ぶ。ハリーはそんな事をすれば、傷口が痛んだと言うだけでこっちまで来てしまったシリウスは学校に乗り込みかねないと渋ったが、日刊預言者新聞の記事でハリーが選ばれた事は世界に広まるだろう。新聞からそれを知るのなら、ハリーの口から伝えたほうがいいと説得されてしまい、渋々ながら頷いた。