ハリーが4人目の代表選手に選ばれ、初めての月曜日──つまり、グリフィンドール寮の談話室や花束を持つ少女の部屋に篭る事が出来ず、今日から通常通り授業を受けなければならない。
ハリーは2日もたてば、生徒たちは自分が選ばれたことへの衝撃にも慣れるだろうと思っていたが、学校中の生徒はハリーは自分で名前を入れたのだと思っていたし、グリフィンドール生のように快くは思っていなかった。
朝食をとりに大広間へ来た瞬間、突き刺すような無遠慮な視線の数々にハリーはたじろぎ、思わず扉の前で足を止めてしまったほどだ。
スリザリン生とレイブンクロー生はハリーにだけ恨みにも似た視線を投げかけていたが、ハッフルパフ生はグリフィンドール生全員が敵だとでもいうように──おそらく、グリフィンドール生がハリーを応援しているのが不快なのだろう──はっきりとよそよそしく、冷たい態度だった。
ハッフルパフと合同の薬草学の授業では、いつもならほのぼのと和気藹々と話しながら授業を受けているのだが、不気味なほど視線を合わさず不必要な会話は全くしなかった。
どこか、スプラウト先生すらもよそよそしく──ハリーは感じた。
その次の魔法生物飼育学はスリザリンと合同であり、ハグリッドと会えることは嬉しかったのだが、きっとマルフォイからの嘲笑と小言がいつもよりも多いに違いない。
ハリーはそれを覚悟してソフィア達と授業が行われるハグリッドの小屋の前まで向かい──勿論、その予想は当たっていた。
「おい、ほら、見ろよ。代表選手だ」
ハリーを見つけたドラコはすぐに後ろにいたクラッブとゴイルに話しかける。隣にいるルイスに視線を向けないのは、間違いなくルイスはドラコの話に同調しないからだろう。
「サイン帳の準備はいいか?今のうちに貰っておけよ。もうあんまり長くはないんだから…対抗戦の選手は半数は死んでいる。君はどのくらい耐えるつもりだい?ポッター?僕は最初の課題が始まって10分だと賭けるね」
クラッブとゴイルがゲラゲラと笑う中、ソフィアが胸を張りながらドラコの前に進むと、にっこりと笑い高らかに宣言した。
「じゃあ私は全課題をクリアする方に賭けるわ!」
「僕も、ハリーは全部クリアする方に賭けるよ」
「…ソフィア、ルイス。君たちに聞いてない」
「え?じゃあ誰と賭けるつもりだったの?ドラコ、君僕以外で賭け事してくれる友達なんている?」
「…うるさいっ!」
ルイスのきっぱりとした言葉にドラコは図星のため、顔を赤くしながら噛み付くように怒鳴った。
だが、ルイスは涼しい顔をして「どっちが?」と笑うだけで、ソフィアはいつもの2人の掛け合いを楽しそうに見ながら「ハニーデュークスのお菓子3ガリオン分掛けましょう!」とちゃっかりと賭ける内容を決めた。
簡単にソフィアとルイスに
ソフィアとルイスが止めたのではなく、ハグリッドが山のように積み上げられた木箱を抱えながら小屋の後ろから現れ、そちらに気を取られたからだ。
「よーしよし。今日はこいつらを散歩させるぞ」
ハグリッドはどさりと木箱を置き──ボン!と爆発の音が中から聞こえた──生徒達を見回しながら説明を始めた。
この大きな木箱一つひとつに、尻尾爆破スクリュートが入っており──この巨大になったスクリュートがお互い殺し合うのはストレスが原因であり、ストレス発散の為には散歩させる方が良いというとんでもない事を言い出し、クラス中が真っ青になった顔を引き攣らせた。
「こいつに散歩?それに、いったい何処に引き綱を結べばいいんだ?毒針にかい?それとも爆発尻尾とか吸盤にかい?」
ドラコはうんざりした顔で箱の中に収まっている1メートルは超えるだろうスクリュートを見下ろしながら言った。
「真ん中あたりだ。あードラゴンの皮の手袋をした方がええな。なに、まぁ──用心のためだ。2人1組になってやってくれ。手袋はこっちの木箱に入っちょる」
ハグリッドはドラコの疑問に答えながら分厚い皮の手袋を押し付ける。受け取るしかなかったドラコは嫌そうに手袋をルイスに渡した。
「ルイス、やってくれ」
「えー?…もう、仕方ないなぁ…」
こんな時ばっかり都合良いんだから、とルイスは思ったが何も言わず、彼の手には大きすぎる手袋を嵌めて、とりあえず1番おとなしそうなスクリュートを探し、一つの木箱を指差した。
「ドラコ、これ運んで。ちょっと離れた方がいい。…他の個体の爆発に巻き込まれたくないしね」
「わかった」
ドラコとルイス以外の生徒達も、ため息をつきながら手袋を嵌め、木箱を運びばらばらと移動をする。
ソフィア達もいつものようにハリーとロン、ハーマイオニーとソフィアに分かれて作業を行おうと思ったが、ハグリッドが一際大きなスクリュートが入った木箱を古屋の裏から持ってくると──このスクリュートだけ何故か2メートル近くあった──ハリーの元に近付いた。
「ハリー、それと──そうだな──ソフィア、こっち来て大きいやつを手伝ってくれ」
「あー…うん」
「わかったわ」
ハリーは是非とも遠慮したかったが、大好きなハグリッドの頼みを断ることも出来ず小さく頷く。ソフィアは特に嫌がることも無く、大きな革手袋を嵌めてハグリッドが置いた木箱の中を覗き込んだ。
「うわぁ!大きくなったわねぇ」
「ああ、こいつが1番デカくて凶暴でな、他のスクリュートと離しちょるんだ。俺が抑えるから2人で縄を通してくれ」
「強そうね…よし、やりましょうハリー!」
「き、気をつけようね、ソフィア…」
灰色に輝く分厚い鎧のような殻に覆われているスクリュートに、ハリーは半分のしかかるようにしてその身体を押さえ、ソフィアがさっと胴体らしき真ん中に縄を通した。
なんとか爆発は起こらず、毒針に刺されることもなく、ソフィアは「ふうっ!」と息を吐いて綱をしっかりと掴んだ。すぐに進もうとするスクリュートに、小柄なソフィアが引っ張られ前につんのめり、ハリーは慌てて綱を掴んだ。
すでに広い芝生では沢山の生徒が綱を持ち、怯え顔を引き攣らせながらスクリュートを散歩させていた。──いや、生徒が散歩させられているのかもしれない。
ソフィアとハリーが散歩させているスクリュートはあまりに大きく、力も強い。2人が顔を真っ赤にし力の限り足を踏ん張っていてもずりずりと引っ張られてしまい、ハグリッドは苦笑して綱を持った。
「ありがとうハグリッド…」
「ええ、ええ。ちっとコイツはデカ過ぎたな…」
「本当にね」
ソフィアとハリーは力強く掴んでいたため指が綱を握る形で固まってしまい、ぎこちなく動く手を振りながらハグリッドを見上げた。
「──ハリー、試合に出るんだな?対抗試合に、代表選手で」
「選手の1人だよ」
「ハリー、誰がお前さんの名前を入れたのか…わかんねぇのか?」
「ハグリッドは、僕が入れたんじゃないって、信じてるんだね?」
ハリーは心の底から感謝の気持ちが込み上げてきた。ハリーの事を信用してくれているのは、ソフィア達しかいない。教師ですら怪訝な目を向けているのだ──友達のハグリッドが、こうして信じてくれているのはなによりも嬉しかった。
「勿論だ。お前さんが自分じゃねぇって言うんだ。俺はお前さんを信じる──きっとダンブルドアもそうさ」
「…一体誰なのか、僕が知りたいよ」
「私、多分大人だと思うわ、また…教師の誰かかも…しれないわ」
ソフィアが周りを見渡し、声を顰めながら呟けば、ハグリッドは低い声で唸った。
いつもは教師達を庇うハグリッドだが、流石の彼もゴブレットを騙し、ダンブルドアを欺く事が出来るのは生徒では無理だと、分かっていた。
3人は無言のまま芝生を見渡した。
生徒たちがあちこちに散らばり、苦労しながらスクリュートを散歩させている。
ルイスとドラコは幸運にもなかなか大人しい個体を選ぶ事ができ、割と余裕を持って芝生を歩いていたが、ロンとハーマイオニーが選んだ個体は頻繁に尻尾を爆発させ、その度に2人は引っ張られ30センチは飛び上がっていた。
ぎゃあぎゃあと引き攣った悲鳴が響く中、どう考えても楽しくはなさそうな悲鳴であるにもかかわらず、ハグリッドはにっこりと朗らかに微笑み頷いた。
「見ろや。みんな楽しそうだ、な?」
「うん、スクリュートはね」
「そうね、スクリュートは…楽しそうだわ」
もしハグリッドが生徒たちの事も言ってるのなら、彼の感性はどうかしてる。
腹這いになって引き摺られる生徒や、何とか立ちあがろうともがく生徒は1人や2人ではない。あちこちで悲鳴と爆発音が上がる中、ソフィアとハリーのそばにある一際大きなスクリュートも轟音をたてて先端を爆発させた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「おお、今日1番の爆発だな!」
スクリュートは2メートルは飛んだが、ハグリッドびくともせず楽しげに笑い、元気の良いスクリュートを褒めるように分厚い殻をぽんぽんと撫でる。
ソフィアとハリーは眉を顰めキーンと鳴る耳を何度も手で叩きながら、乾いた笑いを浮かべた。
「なぁ、ハリー。一体どういう事なのかなぁ。…代表選手か…お前さんは、毎年いろんな目に遭うなぁ、え?」
ハグリッドは急にため息をつき、心配そうな目でハリーを見つめた。
「そういう運命なのよね、きっと」
「……嫌だなぁ…」
毎年色んな目に遭うのが運命だとするならば、それが原因でロンは自分に嫉妬したし、周りから冷たい目で見られるのだ。
ハリーは低く呟き、重いため息を吐いた。
それからの数日間は、ハリーにとって人生で2回目の疎外感を味わっていた。
2年生の時、ハリーが蛇語を話す事がバレてしまい秘密の部屋を開いたのだという噂が流れ、周りから冷たい視線を浴びさせられたのと同じような心境だった。
ただ、前回と同じくハリーは無実だと信じているソフィア、ロン、ハーマイオニーのおかげでなんとか孤独ではなく済んだ。
もし、ロンと話し合う事なく、あのままだったら──ハリーは自分の隣にいるロンを見て、そんな想像をしてしまい背筋がぞくりと冷えるのを感じた。
きっと、1番の親友が隣にいてくれなかったら、耐えきれなかっただろう。
ロンがいる事はハリーにとって、やはり特別な事だった。それでも──周りの視線や囁きが気にならないといえば、嘘になり、どの授業でもハリーの集中力はやや欠けていた。
呪文学の教室に向かう時、廊下ですれ違ったレイブンクロー生達の悪口と射抜くような視線に、ハリーは何度目かのため息を吐いた。
この授業は、グリフィンドール生しかいない。
そのためまだマシだったが──かと言って視線がゼロなわけではない。クラスメイト達は善意からハリーを励まし、肩を叩いていく。勿論嫌ではないが、嬉しくはなかった。
何故なら、彼らもまた──ハリーが何らかの方法で自分から名前を入れたのだと思っているのだ。
始業のベルがなり、教壇の後ろにある椅子に5冊ほど本を乗せた上に立つフリットウィックは今日から教える『
「この部屋にあるもの、何か一つでもアクシオで呼び寄せてごらんなさい。──さあ、はじめ!」
至る所で口々に「アクシオ!」と唱える声が響く。この呪文は集中力さえあれば難しい事では無く、殆どの生徒が10回試すまでには教科書やらチョークを呼び寄せていた。
「アクシオ!」
勿論、ソフィアは1発で教室にあった大きな地球儀を引き寄せ、パシリと手でキャッチした。
「アクシオ!…アクシオ!」
しかし、ハリーは目の前の教科書に狙いを定めていたが、教科書はぴくりとも動かない。
ムッとして杖をぶんぶんと振るハリーの肩を隣にいたソフィアがトントンと叩く。
「ハリー。アクシオは意識を集中させないとダメよ」
「……そうだね」
ソフィアはそういうが、こんな状況で集中出来るほどハリーは図太い神経を持っていなかった。
結局、ぴくりとも動かせなかったのはハリーとネビルだけであり、出来が悪かった2人は特別に宿題を出されてしまう事になり──ハリーはさらに気が滅入った。
「そんな気にするなよハリー、調子が悪いことなんて誰でもあるさ」
「…そうだね」
ロンは肩を落とし暗い表情をするハリーを慰めるように背中を叩く。
ハリーは少しだけ微笑み、頷いた。