ソフィアはハーマイオニーを医務室まで連れて行った後、ハーマイオニーに付き添いたかったが、ポンフリーに「あなたは怪我も何もありませんね?授業に戻りなさい」と尤もなことを言われ追い出されてしまった。
しかし、今ソフィアは魔法薬学の授業に戻るつもりは微塵もない。いやむしろ放課後の罰則に行くつもりも無かった。
セブルスは毎回グリフィンドール生を冷遇しているが、それにしても今回は酷すぎる。
ソフィアは口をへの字に曲げ、怒ったまま廊下を当てもなくずんずん進んでいた。
どこで魔法薬学が終わるまで時間を潰そうか、図書館や校庭だと他の教師が通った時に咎められてしまうだろう。
談話室に行ってもいいけど、空き時間の生徒たちに会って説明をしなければならないのも、面倒くさい。
ソフィアは少し考えていたが──花束を持つ少女の部屋に行こう、と決めると足早に廊下を歩いた。
「あっ!ジャック?」
「あれ、ソフィア…授業は?」
花束を持つ少女の部屋の中ではジャックが大きなソファに寝転び本を読んでいた。
ソフィアの驚きの声に──こんな所にいるとは思わなかったのだ──ジャックは身体を起こすと不思議そうに首を傾げる。
空き時間があれば紅茶にでも誘おうと思っていたため、ジャックはソフィアとルイスの時間割を把握していたのだが、確かこの時間は普通に授業中だったような気がする。
ジャックの不思議そうな顔に、ソフィアはツンとした不機嫌そうな顔のまま隣に勢いよく座り、鼻息荒く何があったのかを話した。
「ジャック!父様ったら酷いの!ドラコがね、ハーマイオニーの事を穢れた血って呼んで、それにハリーが怒って喧嘩になってお互い魔法を放ったの!ハリーの歯呪いがハーマイオニーにあたっちゃって…ドラコの鼻呪いはゴイルにあたったんだけど…父様ったら、ゴイルは医務室に行って良いっていったのに、ハーマイオニーにはね、歯がいつも通りだっていって!──本当に信じられない!喉まで伸びてたのよ!?気がつかないわけないのに!」
「あー…それで、ボイコットか?」
「ええそうよ!」
ジャックは苦笑しながら机の上にあったクッキーを摘み、ソフィアの口元に近づける。ソフィアは眉を高く吊り上げていたが、ぱくりと食べると無言で甘いクッキーを食べた。
「ま、ちょっと落ち着けよ」
「……。…本当、父様酷すぎるわ!…クッキーもっと食べていい?」
「おお、食べろ食べろ」
ソフィアは大きな平皿の上にあるクッキーをむんずと掴むとやけ食いするかのようにバクバクと食べ始めた。時々「本当に酷い!」とか「信じられない!」と小言を言うことも忘れず、平皿の上がすっかり綺麗になった頃、大きく「ふーっ…」とため息をつき、ソフィアはようやく、自分の怒りが落ち着いてきたのを感じた。
「…ジャック、私ね。…私たち、父様がなんでハリーとか…グリフィンドールが嫌いなのかわかったの。…その、信じられないかもしれないけど…去年、シリウスが脱獄した時に…色々聞いて」
「…ブラックから?」
ジャックは目を鋭くさせ、怪訝な顔付きでソフィアを見る。
去年、シリウス・ブラックが脱獄し、ホグワーツに侵入した後一度捕らえられたものの逃亡した事は知っている。どうやってダンブルドアの目を盗み逃亡したのかは分からなかったが、まさか──ソフィア達が関わっているのだろうか、とジャックは厳しい目つきでソフィアを見下ろした。
ジャックの疑いの目に、ソフィアは肩をすくめ、もう一度「信じられないかもしれないけど」と告げ、去年知った事を全て話した。
ジャックは無言で聞いていたが、ソフィアが話し終わった後顎に手を当ててじっと机の上を睨み沈黙する。
ソフィアはやはり、セブルスと同じでジャックも信じてはくれないかと、少し悲しくはなったが──それも仕方のない事だろう、実はペティグリューがポッター家の守人で、彼らを裏切り、シリウスに濡れ衣を着せ、アニメーガスになり12年も逃げていただなんて、ペティグリューを目にしていなければ自分だって、信じられない。
「……この事、セブルスも知ってるのか?」
「ええ、父様にも伝えたわ…でも、信じてくれなかったわ。それに、母様と兄様が亡くなったのは、シリウスとジェームズを信じたからで…たとえ本当でも、許せないって」
「…全て知ったのか…」
ジャックの掠れた驚愕の声に、ソフィアは頷いた。
ちらりとジャックを見上げれば、ジャックはその目を揺らし、苦しそうな目でソフィアを見下ろし「…ごめん、今まで言えなくて」と呟く。
「…いいのよ、父様の気持ちはよくわかるし…その、ハリーの事もあるでしょう?だから、言えなかったのよね?ハリーは、奇跡の子だから…」
「…、…もしかして、ハリーとの関係も…?」
「ああ、いとこって事よね?それも知ってるわ」
「………そうか」
ジャックは背もたれに身体を預けると、顔を手で覆い大きなため息をついた。
いつのまにか、ソフィアと──そして、おそらくルイスは、全てを知ってしまっている。
家族に何があったのかを。その悲しい事実はたった13.4の子どもが受け入れるには重過ぎると思い、今まで黙っていたが──2人はきっと、自分達が思っているよりも、子供ではない。聡く、賢く──強く、成長している。
「…ソフィア、錯乱の呪文とか、そういう──」
「違うわ。私は、ペティグリューを確かに見たもの。…逃げられちゃったけど」
「……俺も、セブルスと同じで…信じられない。あいつらがアニメーガスだったなんて…そんなの、リーマスの為だとしても……それに…ジェームズは、俺に──俺に、シリウスが守人になったって…」
ジャックは首を振った。
あの日、予言が下され、ジェームズとリリーの間に生まれてくる子どもが命を狙われることになるかもしれないとわかった時、ジェームズは自分に「シリウスを守人にした。…彼なら信用できるからね」と笑っていた。
だが、裏をかいてペティグリューを守人にしていた?──そんな、ペティグリューが死喰い人で、彼らの内通者だったなんて…死喰い人本部でも、あいつの姿は無かった、見た事がない。…いや、シリウスの姿も見た事が無く、勿論裏切ったなんて信じられなかったが──だが、12年間、潔白を証明する証拠をいくら探しても見つからず、諦めていた。
ジャックは、シリウスとジェームズの友人だった。だが、2人のようにずっとそばにいたわけでもない、親友とまでは、言えなかった。だから、自分が知らないだけで何か2人の間に決定的な確執ができてしまったのだと──信じられなくとも、そう自分に言い聞かせていた。
「信じられないのも、当然よね…。でも、私は…家族の仇が誰かを知ってるの。シリウスじゃないわ、ペティグリューなのよ」
「…ペティグリューが守人だと…シリウスとジェームズは、リーマスにも伝えなかったのか?あいつら、いつも4人で…」
「え?…えーっと、確か……シリウスはリーマスの事をスパイだと思ってたみたい。シリウスが守人だっていう情報を流して、敵の目を引こうとした…とか言ってたと思うわ」
「……はぁ?──いや、それでか…」
ジャックは怪訝な声を上げたがすぐに納得したように頷く。
だからか、だからジェームズは
当時、不死鳥の騎士団に内通者がいるのでは無いかという話は密かに囁かれていた。隠れ家を何度変更しても死喰い人に知られ襲われた。死喰い人の集会所を見つけ捕縛しに行っても逃げられた後だという事もあった。作戦が漏れ、騎士団員が命を落とした事もあった。
ジェームズが、不死鳥の騎士団全員に自分の守人が誰なのかを伝えたのは、内通者を炙り出すためのものだったのか。
しかし、ジェームズの企みは──その作戦の中枢が裏切り者本人だと言う事で、瓦解してしまったのか。
「…ソフィア、今年も何かが起こるかも──いや、ハリーが4人目の選手に選ばれたし…既に何かが起こっている。もし、周りでおかしな事があれば、すぐに俺かセブルスを頼れ」
「……ふん!父様なんて知らないわ!」
ジャックは暫し思案した後真面目な顔でソフィアに言ったが、ソフィアはセブルスの名前を出した途端怒りを思い出しぷいとそっぽを向いた。
しかし、ジャックは真面目な声で「ソフィア」と低く彼女の名を呼ぶ。
ソフィアの気持ちはわかるが、だとしても──駄々を捏ねている場合では無い。
ソフィアはむっつりとしたまま、小さく頷き、ジャックは少し表情を緩めるとその頭を優しく撫でた。
ジャックはソフィアの拗ねたような表情を見ながら、悩んでいた。
ソフィアに、今自分が抱えている違和感を伝えるべきなのかどうか悩み──結局、何も言わない事にした。
ジャックが思い悩んでいることは、ムーディの事だった。
ムーディは、自分のことを
何か──可笑しい。
そう思うが、決定的な違和感は一度だけの名前の呼び方だけであり、それ以外は数年前と変わらない。彼がこの数年間、何度も死喰い人の残党に襲われ疑心暗鬼になっているというのは聞いている。だが──そうだとしても、
ジャックは、アラスター・ムーディと友人ではない。
年齢が親子ほど離れている彼らの仲を的確に現すのならば、師弟関係。という言葉がしっくりとくるだろう。
不死鳥の騎士団として働いていた時期、ジャックはムーディにいくつかの魔法を教わり、さらに共に死喰い人を捕らえることもあった。
ジャックは騎士団からのスパイとして死喰い人の中枢に潜り込んでいたが、死喰い人達は騎士団に対するスパイだと思っていただろう。つまりジャックは二重スパイだったのだが──それを知っているのは、ダンブルドアだけだった。
「…ジャック?」
ソフィアは今まで見た事が無いほど強い眼差しを見せるその表情に息を飲む。
「…今年も、平和とは…いかなそうだな」
ジャックはため息をつき、ソフィアは少し黙ったあと「そうね」と同意した。