シリウスからの手紙が届いた日から、2週間ほどが経過した。
その間にもハリーの状況はちっともよくならず──むしろ悪化していた。
三校対抗試合の第一の課題が近づき、それを考える度に胸に重い石が乗っているような気持ちになる。セドリックを応援しよう、のバッジはスリザリン生だけでなく、ハッフルパフ生やレイブンクロー生もつけるようになり少し廊下を歩くだけでチカチカと点滅し赤から緑に変わったバッジの中で「汚いぞポッター」の文字が踊った。
それだけではない。──いや、それだけならばまだマシだった。
日刊預言者新聞の記者であるリータ・スキーターが書いた記事は、三校対抗試合についての記事というよりも、ハリーの人生や言葉をさんざん脚色して書かれた記事だった。
どこを読んでもハリーの事ばかりで、ボーバトンとダームストラングの代表選手の名前は最後の一行に詰め込まれ、セドリックは名前すら書かれていないという悲惨なもので、それを読んだ生徒達はまたハリーが目立とうとしたのか、と冷ややかな目でハリーを射抜いた。
日刊預言者新聞を購読していたシェーマスに借りてその内容を読んだ時、ハリーはその新聞をめちゃくちゃに破り捨てたい衝動に駆られたが──なんとか、堪えていた。
この新聞はシェーマスのだ、破り捨てるわけにはいかない、そう何度も胸の中で唱え、苛立ちを抑えながらさらに記事を読む。
記事の後半には、ハリーに関することだけではなく、スキーターの記事にはソフィアの事まで書かれていた。
──ハリーはついにホグワーツで愛を見つけた。
親友のコリン・クリービーによると、ハリーはソフィア・プリンスなる人物と離れていることは滅多にないという。この人物は、有名なエドワーズ孤児院出身のとびきりかわいい生徒で、ハリーと同じく、学校の優等生の一人である。ソフィアの兄、ルイス・プリンスによると「親友であるハリーが僕の弟になるのなら、なによりも光栄であり、喜ぶべき事です」との事で──
ハリーはその箇所を読んだ途端叫び出したくなった。
後ろから覗き込んでいたハーマイオニーは「あーあ」と可哀想なものを見る目でハリーを見て、ロンは驚愕し目をぱちぱちと瞬かせる。
たしかに、僕はソフィアとよくいるだろう。だけどロンとハーマイオニーもソフィアと同じくらい一緒にいる。なんでコリンはよりによってソフィアの名前を出したんだ!
…たしかに、ソフィアは、可愛い。とびきり可愛いと、僕は思う。
それに──それに、勿論、ソフィアの事は好きだ。
この記事にはどうやら僕の片想いらしいという結論で締めくくられていたが、もしこれをソフィアが見たらどう思うだろうか。
驚愕する?それとも、嫌がるだろうか、そして、僕はこの記事について、ソフィアに「こんなの嘘っぱちだ」と嘘を、言うべきなのだろうか。
ソフィアに気持ちも伝えていないし、そもそもソフィアが僕の事をどう思っているのかも、わからない。そんな中で──こんな形でソフィアに知られるなんて、耐えられない!
ハリーは強く新聞を握りながら──シェーマスが「ぐちゃくちゃにするなよ!」とぼやいた──隣から覗き込んでいたソフィアの顔を恐る恐る見た。
怪訝な顔をしているのだろうか。もし、嫌がっていたら、課題の重圧よりも──耐えられないかもしれない。
「……ハリー、これって…本当なの?」
しかし、ソフィアの表情はハリーが考えているようなものではなかった。
ソフィアの白い頬は赤く、少し困惑しているようにも見える。
ハリーは息を飲み、ソフィアの緑の目を見つめた。
ドキドキと鼓動が急に大きくなり、周りの騒めきが遠くに聞こえる。まるで世界にソフィアと僕しか居ないみたいだ。
…もしかして、ソフィアは嫌がっていない?頬も、赤いし…──い、今言うべきタイミングだろうか。
「ソ──」
「おはようソフィア!…あ、ハリー!試合の記事が出たの?僕も読んでいい?なんかインタビューされたんだよね」
「えっ!あ、ああ、うん!」
急に声をかけられたハリーはびくりと肩を震わせ、上ずった声で新聞を突き出した。
声をかけた張本人であるルイスは強く胸に押しつけられた新聞にきょとんとしたが「ありがとう!」と礼を言うとすぐに新聞を広げる。
「うーん…この記事、本当なの?…センチメンタルな事ばかり書いてあるけど」
「嘘ばかりだよ!僕、何にも言ってないのに──父さんと母さんを思って夜に泣くとか、そんな事言ってない!」
「そうなんだ?…ハリーの事ばかり書いてて…え?僕こんな事言ってないのに…」
「ルイスも?…そうなんだよ…殆ど嘘ばっかりで…」
ルイスが聞かれたのは、単に「ハリーについてどう思うか?」というシンプルなものだった。その為「友人として応援してます」と答えただけで、ソフィアに関することは何も言っていなかった。兄妹だとバレるのは名前で仕方がないにしろ、この言葉はどこから飛び出したものなのか、と怪訝な顔でルイスは眉を寄せる。
ハリーはルイスの感想に答えながら、再びちらりとソフィアを見たが、ソフィアはすでにハリーから視線を逸らしいつものような顔でトーストを食べていた。
少し──残念に思いながら、ハリーは今じゃなかったんだ、と自分に言い聞かせた。
その後、すっかりタイミングを失ったハリーはもやもやとした気持ちに気が付かないフリをしながらロン、ハーマイオニー、ソフィアと共に授業へ向かった。
ロンはハリーの隣に並び「あの記事って全部嘘なの?」と聞き、ハリーは一部は本当だけど、と内心で呟きながらぎこちなく頷く、しかなかった。
ハーマイオニーは前を歩くロンとハリーにバレないよう、隣に並ぶソフィアの手をさっと握るとそのまま近くの空き教室に引っ張った。
いきなり空き教室に連れ込まれたソフィアは驚きに目をぱちぱちとさせた首を傾げる。
「どうしたの?」
「ソフィア…あの記事、どう思った?その…ほら、ハリーがあなたのことを──」
「ああ…でっちあげじゃないの?だって、嘘ばっかり書く人だって、ハリーは言ってたし…ルイスも、あんな事言ってないって言ってたわ」
ソフィアはハーマイオニーが何を言いたいのかが分かると少し困ったような顔で笑った。
ルイスに聞かれた時に、ハリーは嘘ばかりだと言っていた。だから、あの記事もきっと嘘なのだろう。そもそもコリンの事が親友だと紹介されている時点で──かなり信憑性は薄い。
「それに、とびきり可愛いとか、優秀とか…私についても、嘘ばかりで…うーん、困るわ」
「ソフィアは可愛いし、優秀よ!」
ハーマイオニーはつい大声で反論し、ソフィアの手を両手で強く握る。あまりの剣幕にソフィアは面食らったような顔をしていたが、すぐに照れたようにはにかんだ。
「ありがとう、ハーマイオニー」
「ううん…ソフィアがあの記事を気にしてないなら、いいわ…」
「あー…でも、その…ジニーは…どう思うのかな、って…思っちゃったわ」
ソフィアは小さくため息をつく。一瞬ハーマイオニーは何のことだろうかと思ったが、そういえばジニーはハリーの事が好きだったのだと思い出し──たしかに、あの記事をもし鵜呑みにしてしまったらかなり傷つくだろう。
「それに──それに、もし、ハリーが私のこと…好きなら、困るもの」
ソフィアはぽつりと呟いた。
──あ、これはハリーは脈無しだわ。とハーマイオニーは思ったが、この年代の女子は誰もが恋愛話に興味がある年頃であり、ついついソフィアに「なぜ?」と好奇心が抑えられず問いかけてしまった。
ソフィアは暫く視線を彷徨かせていたが、頬を赤く染めて呟いた。
「だって…私…そりゃあ、ハリーのことは好きだけど」
「…そうなの?」
「ええ…でも…愛、かといわれると…分からないわ。だってハーマイオニーもロンも好きだし…」
「ああ…そういうことね」
ソフィアはハリーに対して、親愛は感じてはいる。友愛とも言えるだろう。かけがえのない大切な人だとは思うが、ただ1人に向ける愛情では無いのだと、流石に恋愛に鈍感なソフィアでもそれは理解していた。
そんな中で、もしあの記事が本当なら、ハリーとどう顔を合わせていいのか分からず気まずくなってしまう。だから、嘘でよかった──そう、ソフィアは思っていた。
ハーマイオニーはソフィアの言葉に納得しつつ──だが、あの記事を見た時のソフィアの表情は、困惑してはいるが、嫌がっているようにも見えず、むしろ照れていた。
つまり、少しは恋愛対象としてハリーを見ているのでは無いか、と思っていた。
今は無意識かもしれないが、もしそれにソフィアが気が付いてしまったら──…。
「ほら!もう行きましょう?」
「…ええ、そうね…」
ソフィアが誰を好きになったとしても、応援する。勿論、友達として。
だがそれがハリーだった場合──その意味を、私は伝えなければならない。賢いソフィアは、わかっていてハリーを選ぶかもしれないけれど──…。
この話はもう終わり、とばかりにソフィアはハーマイオニーの手を引き廊下へ戻る。
ハーマイオニーは少し赤いままのソフィアの横顔を見ながら、それ以上は何も言わずに頷いた。
一方、その日刊預言者新聞の記事を見たセブルスはそれを衝動的に燃やしてしまい、周りの教師とそれを目撃した生徒たちは驚き、それ程グリフィンドール生であるハリー・ポッターが目立つのが嫌なのかと思った。
勿論セブルスが激怒し苛ついている理由はハリーが憎きグリフィンドール生だと言うだけではなく、娘であるソフィアの事が書かれていた事が殆どの理由を締めていた。
──ポッターが、ソフィアを愛している?そんな事、許されるわけがない!いや、ソフィアはポッターに対しそんな感情を持つわけがない。間違いなく、ポッターの失恋に終わるだろう。いい気味だ。…いや、だが、万が一──…。
セブルスが悶々と考えているその表情は今まで見たことも無いほど眉間に深く皺を刻み、どう見ても不機嫌そうであり──ジャックは、ぽん、とその肩を慰めるように叩いたのだった。