翌日、ソフィアはホグズミードには行かず、1人、図書館を訪れていた。
ソフィアはどの四年生よりも沢山の授業を──逆転時計を使い履修している。去年ほど追い詰められてはいないが、ハリーの手助けをする為に自分の課題に見て見ぬふりをしていたのも事実だ。ジリジリと焦りのようなものを首筋に感じるほどにはなっている。
今年、ソフィアは去年よりも宿題の手を抜いている。あまり良い成績は取れないかもしれない、と思うと少し胸の奥に重い石が落ちたような感覚になるが──仕方がない。自分がハリーと宿題を天秤にかけ、ハリーを選んだのだ。
三年生以上の者は殆どホグズミードに行っている為、図書館はいつも以上に閑散としている。
ソフィアはしん、と静まり返った図書館で沢山の本を机の上に広げていた。ソフィアの周りには誰もいない。ただ、ソフィアが本を捲る音と、羽ペンが羊皮紙の上で滑る音が微かに響くだけだった。
──うーん。来年、フクロウ試験が終わったら…科目を絞ろうかしら……。
勉強する事は嫌いではない。寧ろ好きな方だ。
たくさんの知識を得て、成績をきちんと収めていれば今後就職する時の選択肢が広がる。ソフィアには将来的なりたい職業について、幾つか憧れはしているものの一つに絞れてはいなかった。しかし、どの職業も優秀な者でないと門前払いをされると知っているため、影で努力を重ねていた。
だが、それでも最近手一杯なのは事実だ。
ハリーの課題を手伝わなければ自分の時間を確保する事は出来るのだが、ソフィアにその選択肢は無い。
大切な友達が困っているのなら、自分の時間を犠牲にしてでも助けたいと思うのが普通だろう。
ソフィアが遅れを取り戻すように──とは言っても、地頭が良いため格段遅れているわけではないのだが──勉強していると、静かな空間に足音が響く。
ホグズミード行きの日だとしても図書館に来る者は居るだろう。ソフィアは特に気にする事なく本を読み続けていた。
「──ミス・プリンス…」
「……え?」
ソフィアは低い声で呼びかけられ、ようやく顔を上げた。
「スネイプ先生…?どうしました?」
ソフィアの目の前にセブルスが立っていた。
魔法薬学の授業で見せるような高圧的であり、どこか見下しているような冷たい目線ではなく、親子として会話する時の雰囲気がちらちらと滲み出ている。
それに、何だか──様子がおかしい。
辺りを伺い、近くに誰もいない事を何度も確認し、それでもセブルスはソフィアにしか聞こえない程小さく囁く。
「…、…我輩の研究室に来たまえ」
「え?……何故ですか?」
「…補習だ」
ソフィアは怪訝な顔でセブルスを見つめる。
補習だなんて、前回の授業で作った頭冴え薬では、大きな失敗は無かった。
数回に一度は大鍋を溶かしてしまうが、前回ソフィアはルイスの隣で作業する事が出来たのだ。的確な助言と、少し手伝ってもらって完成した薬は寧ろ今までの中ではまずまずの出来だと言えるだろう。
つまり、この場での補習は口実であり、何か親子として話したい事がある、という事だ。
「…補習──は、今度では、ダメですか?…私、今他の科目に手一杯で……」
ソフィアは申し訳なさそうに目の前にあるレポートを指差し肩をすくめた。
親子として、珍しく1人である自分をお茶にでも誘ってくれているのかもしれない。それは凄く、嬉しい。──だが、そんな時間を取れないほど、今は切羽詰まっていた。
セブルスは僅かに動揺した。
聡いソフィアのことだ、補習は口実であり親子として話したいという事を理解しただろう。
その上で──断られるとは、想像もしていなかった。
セブルスとソフィアの間になんとも言えない沈黙が流れる。
──それでも、来いって言わないって事は、そんなに大切な用事じゃないのね…。父様には悪いけれど、私本当に忙しいし…。
もし、何か緊急の用事があるのなら父の性格上、有無を言わせず引っ張っていく筈だ。そうしないという事はやはりただのお茶の誘いなのだろう。ならば、断っても良い筈だ。忙しいし、沢山宿題が残ってるし──…。
「……、…わかりました!行きますよ…」
しかし、セブルスの情に訴えかけるような、どこか寂しげな視線を受けたソフィアは直ぐに諦めたように立ち上がり読んでいた本を閉じ、鞄の中に筆記具を片付けた。
杖を振り、宿題に必要な本以外を元の書棚に戻した後、数冊の本を胸に抱えたソフィアはセブルスをじろりと睨み見る。
「行きましょう、先生。先に──この本を借りても良いですか?」
「…ああ……」
あんな悲しそうな目で見るなんて狡い。拒絶出来るわけ無いじゃない。そうソフィアは思い、小さくため息をつきながら司書のいるカウンターに本を持っていった。
セブルスはソフィアを自分の研究室に招き入れると直ぐに鍵を閉め、防音魔法をかける。
もう一度杖を振り、部屋の中央にいつものようにティーセットを出現させた。
「……座りなさい」
「…父様、なんの用事なの?私、ほんっとうに忙しいの、勉強しないと……」
ソフィアは少し困惑しながら勧められるままに椅子に座り、紅茶が注がれたカップを持った。
口の中にマンドレイクの葉があり、いつもなら美味しく飲める紅茶も──どことなく苦い。
すぐに口を離したソフィアは角砂糖を普段より3つ多く入れてティースプーンでかき混ぜた。
対面側に座ったセブルスは、言い淀むように口を何度か開閉した後、意を決したようにぐっと机の下で拳を握る。
「──恋人なのか」
「……は?」
「とぼけるな。──噂は、私の耳にも入っている」
「あの雑誌のこと?…まぁ!父様、そんなくだらない事で私を呼んだの?信じられないわ!」
あんな雑誌に書かれていた記事、信じる方がどうかしている。そんな事を確認する為に呼んだのか。忙しいって言ってるのに、勉強の邪魔をして!──ソフィアは怒ったように叫び、セブルスを睨む。
「くだらない事ではない!」
しかし、セブルスはソフィアの声よりも大きく叫ぶと、強く机を叩いた。
あまりの剣幕にソフィアは目を見開く。──何故そこまで怒られなければならないんだ。くだらない事を、くだらないと言って何が悪い!
ソフィアは手にしていたカップを受け皿の上にガチャンと置くと勢いよく立ち上がり、セブルスを睨みつけた。
「父様!私──」
私、誰とも付き合ってなんかないわ!あの記事は全部嘘よ!──と、ソフィアははっきりと言おうとした。
だが、ソフィアにとって大した事ではない、かなりどうでもいい事を確認する為に勉強を邪魔されてしまい、苛立ちから勢いづいた口から飛び出したのは言葉ではなく、マンドレイクの葉だった。
ぽちゃん、とソフィアのカップの中にマンドレイクの葉が落ちる。ソフィアはバッと口を押さえたが──全て遅い、後の祭りだ。
茶色の紅茶の海に泳ぐマンドレイクの葉を見たソフィアは、怒りと、自分の情けなさと、期待してくれているマクゴナガルへの申し訳なさから瞬時に顔を赤く染めると癇癪を起こした子どものように強く机を両手で叩く。
「──ああ、もう!最悪!折角慣れてきてたのに……また満月の日にやり直しだわ!」
ソフィアは苛立ちを隠す事なく「もう!」と何度も唸り、バンバンと机を叩く。その度にティーセットがガチャガチャと音を立てて震えた。
ソフィアがアニメーガスを取得する為に、マンドレイクの葉をずっと口に含んでいた事をセブルスは勿論知っていた。セブルスもまた、保護者として何枚も申請書にサインしていたのだ。
流石に、もっと冷静に話すべきだったと少し反省したセブルスだが、ソフィアの怒りは収まる事はない。
怒りから肩を震わせたソフィアは、真っ赤な顔で叫んだ。
「私が誰と付き合おうが、誰を恋人にしようが父様には関係ないでしょ!!」
「ソフィア──」
セブルスがその言葉に愕然としているうちに、ソフィアは鞄を荒々しく掴むとすぐに扉へと駆け出した。
「ソフィア、待て!」
「
ポケットから杖を抜くとすぐに鍵を開け、ソフィアは外へ飛び出す。後ろから「ソフィア!」とセブルスの必死な声が聞こえたが、ソフィアは無視して階段を駆け上がった。
そのままの勢いでソフィアはグリフィンドール寮まで戻り、驚いた顔をする太ったレディに荒々しく合言葉を告げ、何人か残っていた寮生の脇を通り抜け、自室へと飛び込む。
「──もう!」
ベッドに勢いよく倒れたソフィアは、苛立ちと自分への失望や、悲しみからボスボスと枕を叩いた。
「……はぁ……マクゴナガル先生に…言わないと…」
期待されている分、早く成功しアニメーガスの姿を見せたかったのに──。ソフィアは大きくため息をつき、枕に顔を埋めた。
残されたセブルスは、薄く開いた扉を見つめ暫くその場で固まっていたが、ようやく正気を取り戻すと、よろよろと研究室から出る。
すれ違った生徒達は今にも死にそうな程顔色の悪いセブルスを見てぎょっと目を見開き──その顔色の悪さを、きっとかなり不機嫌なのだと思い、慌てて視線を外した。もし見ている事がバレたら不機嫌なセブルスに八つ当たりの罰則と減点をされてしまうかもしれない。そう考えたがセブルスは誰とすれ違ったかなど、少しも意識していなかった。
セブルスは幾つかの廊下を過ぎ、とある扉の前に立つと震える手で扉をノックした。
「──はーい、誰だ?」
「……ジャック…私だ…」
自分の声が情けないほど震えていることに、セブルスは気が付いた。すぐに扉が開き、真剣な顔をしたジャックが現れる。
ジャックは様子がおかしいセブルスを見て、何かあったのかと表情を険しくするとすぐに部屋の中にセブルスを招き入れた。
セブルスが、ジャックの部屋を訪れることなんて今まではなかった。それ程緊急を要する事態なのだろう。まさか、死喰い人の残党に何か動きがあったのだろうか。
「どうした?」
「私は──どうすれば、いいのだ…」
「何があった?」
ここまで動揺し狼狽しているセブルスを見るのは、十数年ぶりだ。それ程の事態になっていただなんて、気が付かなかった。確かに魔法省は今行方不明の魔女の事や、クラウチの不在でやや深刻な雰囲気になりつつある。だが、それでも──死喰い人が動いている気配はクィディッチワールドカップ以来、無い。
「ソフィアが──」
「ソフィア?…まさか、あの子に何かあったのか!?」
ソフィアもルイスも、事件に巻き込まれやすく──時期は異なっていたが、長い間2人とも眠らされていた事もある。
まさか、また何かに巻き込まれ、セブルスがこれ程動揺する事になったのかと、ジャックは顔色を変えた。
「ソフィアが…」と呟いたまま何も言わないセブルスの肩を掴かみ、軽く揺さぶれば、セブルスは絶望に染まった目でジャックを見た。
あまりの絶望の強い眼差しにジャックは息を飲み、──最悪の結果を覚悟した。
「ソフィアが、どうしたんだ?」
「ソフィアが──ソフィアが、ポッターと、恋人だと…」
「………、……は?」
「ソフィアが……ポッターと……2人とも、それを、認めて──」
「……セブ」
「私は、どう、すれば……」
声を震わせ項垂れるセブルスをぽかんとした顔で見つめたジャックは、真剣な顔でセブルスの肩を叩いた。
「……セブ。お前──俺の心配を返せ」
ジャックの呟きは、しんとした部屋に虚しく響いた。