ソフィアはイースター休暇前にようやくアニメーガスの習得を再開する事が出来た。
今度こそ、口から絶対に吐き出さないという強い意志により、ソフィアはいつもより口数が少なく、話すときは必ず口を押さえてもごもごと話した。
イースター休暇が始まってからは、ハーマイオニーと共に図書館に篭り、それぞれ勉強や盗聴魔法について調べて過ごしていた。
食事の際も慎重に慎重を重ねているソフィアは、スープ以外のものを口にする事は無く──みるみる痩せていき、ハーマイオニー達は心配して「せめてオートミールを食べて!」と言ったが、ソフィアは首を縦には振らなかった。
「ソフィア!顔色が酷いよ、どうしたの?」
「……アニメーガスを──再開したの」
日に日にやつれていくソフィアに、ルイスは何度も心配そうに肩を撫でた。
ルイスもソフィアがアニメーガスになる為に頑張っているとは知っている。口に葉を入れたまま食事を摂るのはかなり難しいだろう。間違って飲み込む事を防ぐために食事を摂らない──その気持ちはわかる。
「せめてもう少し食べないと……ソフィア、かなり痩せたよ」
「…後、10日──なの」
ルイスはソフィアの腰あたりを両手で掴む。ゆったりとしたローブを着ていて分かりにくいが、その手のひらに伝わるソフィアの身体の細さは──尋常ではない。ぺったりと薄く、痩せたせいで腰骨が角張っていた。
「…わかった、今度チョコを持ってくるから、せめてそれを食べて?チョコなら、口の中で溶かせるでしょ?ね?お願いだよ…こんなに細くて…倒れないか心配だ…」
「……」
眉を下げて懇願するルイスに、ソフィアはチョコならば大丈夫かと渋々頷く。
むしろ、何故今まで気が付かなかったのだろうか──やはり、空腹で頭が回らなかったのね、最近ぼんやりする事が多いし。と、人知れずため息をついた。
ソフィアの不調は一目見るだけでわかり、セブルスもアニメーガスの習得の為仕方がないとはいえ、かなり気にしていた。
直接それを言えないのは、前回の件があるからだろう。補習と称してソフィアを研究室に呼びたいが──また同じ事が起きてしまうかもしれない。
しかし、ついにイースター休暇の最終日、セブルスは蒼白を通り越して土気色になり、ふらふらと廊下を歩くソフィアを見てこれ以上見てられず、どうにかしたいという気持ちから、ジャックにソフィアを連れて来てくれないかと頼んだのだった。
「ソフィア、大丈夫か?」
夕食後、ハーマイオニーと共に図書館へ行こうとしていたソフィアを呼び止めたジャックは、かなり疲れやつれている様子のソフィアを見て眉を寄せ、心配そうに顔を覗き込んだ。
ソフィアは心配させまいと微かに微笑んだが、さらに痛々しく見えるだけであり、ジャックはソフィアの肩をぽんぽんと優しく叩く。
「ハーマイオニー。ちょっとソフィア借りていいかな?」
「え?ええ、勿論です」
「ソフィア、ちょっとおいで。栄養がある飲み物をあげるから」
ソフィアはこくりと小さく頷き、ジャックに手を引かれるまま大人しく後ろをついて行った。
本当なら、図書館へ行って勉強をするべきだ。イースター休暇最終日だというのにまだ宿題が残っている。だが、最近は全く集中出来なかった。気がつけば口を押さえたまま──もはや、癖になっていた──ぼんやりと本を見下ろし、羽ペンを掴む手は止まってしまい羊皮紙に黒い染みを作っていたのだ。
ソフィアは地下教室への階段を降り始めて、ようやくジャックがどこに向かおうとしているのかわかったが──その手を振り払う気力も無かった。
口を押さえるのは習慣になっているし、前回のように感情のままに話さねば口から吐き出す事もないだろう。
「セブ、連れてきたぜ」
ジャックは扉をノックする事なく開き、すぐにソフィアに中に入るよう背中を優しく押した。
研究室の中は、いつもなら数々の薬草により独特のにおいがしているが、今日はどこか甘ったるい匂いに満たされていた。
ソフィアはくんくんと鼻を動かし不思議そうに首を傾げる。直ぐに匂いの元が研究室の中央にある机の上に置かれたカップからだと分かると、思わずごくりと唾を飲んだ。──苦いだけだったが。
ジャックが扉を閉めると、すぐにセブルスはいつもの鍵と防音魔法をかけ、中央にあるソファに座りながら、ソフィアを気遣うような目で見た。
「ソフィア、座りなさい」
「……」
セブルスの言葉に、ソフィアは頷き白い湯気を出すカップをじっと見下ろした。匂いからして、おそらくホットチョコレートだろう。
「ソフィアが日に日にやつれてるから、心配なんだってさ」
ジャックはセブルスの隣に座り、杖を振るう。
ティーセットが現れ、1人でに注がれた琥珀色の紅茶を飲みながら、気難しそうな表情の中に心配の色を滲ませるセブルスを見て苦笑した。
「…これなら、飲めるのだろう?」
心配そうなセブルスの声に、それ程顔色が悪かっただろうか、と痩せこけた頬を撫でながらソフィアは頷き、温かい大きなカップを手に持つと少しずつ、甘いホットチョコレートを飲んだ。
「──美味しい」
ソフィアはほっと表情を緩めた。
空腹感が完全に満たされるわけでは無いが、甘いホットチョコレートはマンドレイクの葉の苦さを軽減し飲みやすい。ソフィアは夢中になって──葉を飲み込まないよう気をつけながら──ホットチョコレートを飲み干した。
「まだある。…飲むか?」
セブルスは杖を振るい、調合机に乗せていた大鍋を引き寄せる。
それはいつもセブルスが調合に使う大鍋であり、様々な薬や劇薬を作り出すそれでこのホットチョコレートを作ったのかと思うと──綺麗に洗っているとはいえ、何となく複雑な気持ちにはなったが、ソフィアは何も言わずにコクコクと頷いた。
2杯目を美味しそうに飲むソフィアを見て、セブルスは表情を緩めると手を伸ばしソフィアのかさついた頬を撫でた。
「満月まで後1週間だ。──頑張りなさい」
「…、…はい、父様…」
ソフィアはセブルスの言葉に少し目を見開いたが、すぐに嬉しそうに目を細める。
てっきり無茶をしている事を叱られるかと思ったが、自分の努力を認め否定する事のないその言葉が嬉しかった。
その後ソフィアは2杯目もぺろりと飲み干し、3杯目を注ごうとするセブルスに「もう、いいわ」と手を振る。
人より食べる量が多かったソフィアだが、3週間ほど少量のスープしか飲んでいなかったせいでかなり、少食になってしまった。
温かいホットチョコレートを飲んだソフィアは、体の芯からぽかぽかと温まるような心地よさにソファに身を沈め、「ふう、」とため息をついた。
「あ、そうだ。ソフィアってハリーと付き合ってんの?」
脈絡なくジャックがソフィアに問いかけ──セブルスはびしりと動きを止めた──ソフィアはジャックまであの噂を本気にしているのかと眉を寄せながら首を振った。
「何?──本当か?」
「……そうよ?」
「だが、この前私には──付き合っていると……」
「私──そんな事言ってないわ」
ソフィアは口を押さえ、なるべく唇を動かさないようにしながら怪訝な顔をした。
何を言っただろうか、あの時はマンドレイクを吐き出した衝撃と苛立ちで勢いづいて何かを言ってしまったが──ハリーと付き合っているなど、言っていない筈だ。
「ほらな?セブ、お前の勘違いだっただろ?ハリーには揶揄われたんだよ」
「……」
セブルスは唖然としていたが、ジャックの言葉の意味と、ソフィアの嘘は言っていない視線を受け──額にびしりと青筋を走らせた。
「…本当に、ポッターとは何も、ないんだな?」
「無いわ」
「…グレンジャーとは?」
「ハーマイオニー?──ハーマイオニーが、愛の妙薬を盛らなくても──相思相愛よ」
何を勘違いし、心配しているのかとソフィアはくすくすと楽しげに笑うが、その言葉も──かなり誤解を招くと言えるだろう。事実、セブルスは「まさかグレンジャーと…?」と愕然と呟く。
ジャックは呆れたような目でソフィアを見て「そういう言い方、セブは誤解するぜ?」と忠告した。
「……?でも、事実よ?」
「友達として、相思相愛って事だろ?」
「それ以外に、何があるの?」
きょとんとするソフィアに、セブルスは大きく安堵のため息を吐いたが「紛らわしい…」と苦々しく呟き額を押さえた。
ジャックは2人の様子に苦笑しながら紅茶を飲む。──この様子だと、セブはこれからも色々勘違いするハメになりそうだ。