ソフィア達は魔法史の授業が終わると教室を飛び出し、闇の魔術に対する防衛術の教室に急いだ。
教室の前につくと、ちょうどムーディも教室から出るところであり──彼も寝ずに校内を見回ったのだろう、どこか眠そうな疲れた表情をしていた。
「ムーディ先生?」
教室から出てくる生徒を掻き分け、ハリーがムーディに声をかければ、ムーディは魔法の目で通り過ぎていく2.3人の生徒を見ながらハリーを見た。
「ああ、ポッター」
一年生は青い目に怯え、体を縮こまらせながらソフィア達の横を小走りで通りすぎ、廊下の角を曲がった。
ムーディは青い目がぐるりと一回転し、教室の中が無人である事を確認した後「こっちへ来い」と、ソフィア達を空になった教室に招き入れた。
4人が教室の中に入った後ムーディは後ろ手に扉を閉め、ようやく、両眼でソフィア達を見据えた。
「クラウチさんを見つけたのですか?」
ハリーは待ちきれず、前置きなくムーディに聞いた。だが、ムーディは顔を顰め「いや」と首を振ると自分の机まで行き座り、小さく呻きながら義足をぐっと伸ばす。携帯用酒瓶をローブの内ポケットから取り出し、息を吐きぐいっと煽りぶるり、と大きく震えた。
「あの地図を使いましたか?」
「勿論だ。お前の真似をしてな。呼び寄せ呪文でわしの部屋から禁じられた森まで、地図を呼び出した。クラウチは地図の何処にもいなかった」
「それじゃ、やっぱり姿くらまし術?」
「ロン!学校の敷地内では姿くらましは出来ないの!消えるには、何か別の方法があるんですよね、先生?」
ロンの言葉をハーマイオニーはきっぱりと否定しムーディを見る。ムーディの魔法の青い目がハーマイオニーを見据え、笑うように震えた。
「お前も闇払いになる事を考えてもよい1人だな。考えることが筋道立っておる、グレンジャー」
ハーマイオニーが嬉しそうに頬を赤らめた。
「うーん、クラウチは透明ではなかったし。あの地図は透明でも現れます。それじゃ──きっと、学校の外から出てしまったんでしょう」
「…ムーディ先生。一つ、聞きたいのですが」
ハリーの言葉を聞きながらソフィアは顎に手を当て、じっとムーディを真剣な目で見つめる。ムーディは「ああ、何だ?」と答え、両目でソフィアを見た。
「過去、例のあの人が世に不安と不信をばら撒いていた時…服従の呪文により、誰が操られているのかわからない状況だったんですよね?」
「ああ…嫌な時代だった」
「服従の呪文は…日常生活を送らせながら…敵を殺すように仕向ける事も、可能ですか?」
ムーディは少し目を見開き、ソフィアを無言で見ていたが──唸るように「そうだ」と答える。それを聞いたソフィアは当時のことを想像し嫌そうに眉を寄せたまま、言葉を選ぶようにぽつぽつと話す。
「それなら…クラウチさんはきっと服従の呪文をかけられていたのかもしれませんね。ハリーが見た様子を考えると…その可能性が高いと思います。それで──パーシーに指示を出していた──けれど、服従の呪文が一時的に解かれる…クラウチさんは抵抗していたのですね。理性を取り戻した時に、ダンブルドア先生に助けを求めてここまできて…ハリーとクラムと会った。──その後、考えられるのは2つです」
ソフィアは一度言葉を切り、驚愕し不安そうな顔のハリーとロンとハーマイオニーを見回す。
3人は服従の呪文を使っているとは考えもしなかった。だが、ヴォルデモートが台頭していた時代、かなりの魔法使いが服従の呪文をかけられ、自分の意思とは異なる行動をさせられていたと──シリウスから聞いた話を思い出し、はっと息を呑んだ。
「一つ目は、クラムが言っていたように…服従の呪文により、クラウチさんは衰弱してたから…再度操られてしまってクラムに失神術をかけて、その場から姿を消した──禁じられた森の全てを地図は記載してないから……あの広い森だもの。隠れる事は出来るでしょう?」
「…まだ、森の何処かにいるの…?」
ハーマイオニーが囁くような不安げな声でソフィアに聞く。だがソフィアは「うーん…」と唸り、肩をすくめた。
「わからないわ。もう安全な場所に帰ってしまったのかもしれないわね。ホグワーツに来れるくらいだもの、帰る事だって不可能ではないわ。…二つ目は、別の第三者の存在ね。あの場に誰かが現れて…クラムに失神呪文をかけ、クラウチさんは──まぁ、間違いなく殺されている、と思います」
「そんな!」
ロンが愕然とし、信じ難いと首を振る。
ソフィアは何も言わずムーディを見つめ、ムーディは顎を撫でながら「うぅむ」と小さく唸った。
「何故、そう思うのだ?」
「それは…ハリーの話だと、クラウチさんはダンブルドアに会うために、何処かから──おそらく、自分に服従の呪文をかけた者の場所から逃げ出したという事ですよね?ダンブルドアに何かを、言うために…。それも、かなり重要な何かを…。敵はそれを何としてでも止めなければならなかった──服従の呪文は耐性ができて、効果が切れかけています。失神させても一時的な効果しかありません。その秘密を隠すため、口を封じるのが1番理にかなっています。…この場合、警戒しなければならないのは……敵がホグワーツ内部にいる、という点ですね」
「プリンス…なかなか、冴え渡っているな。闇払いにならんか?」
ソフィアの話を聞いたムーディはくつくつと喉の奥で笑いながら何度も頷いた。
「わしも、同じことを考え──既にダンブルドアに伝えた」
「そうですか…クラウチさんは、何処にもいないのですよね?」
「ああ、何度も地図を見たが…間違いなく、ここにはいない。…しかし、もはや学生の踏み込んでいい領分ではない。深入りするな…危険すぎる。クラウチの事は──生死も含め、魔法省が調査に乗り出すだろう。ダンブルドアが知らせたのでな。──ポッター、お前は第3の課題に集中する事だ」
ムーディは大きなあくびを一つ漏らした後、ハリーを両眼で見据える。昨夜クラムと別れてから第3の課題について一度も考えなかったハリーは不意をつかれたように「え、ええ」としどろもどろに答えた。
ソフィアはまだ言いたいことがあったが──口を閉ざした。
たしかに、クラウチがまだ生きているのか、死んでいるのかもわからない。敵がホグワーツ内部に入り込んでいる可能性が高い中で、学生である自分達が──いくら毎年困難な運命を乗り切っていたとしても──あまり深入りするのは良くないだろう。場を混乱させるだろうし、敵の狙いがハリーならば、無闇に嗅ぎ回るのは得策とは言えない。
今までとは違い、敵の明確な悪意が現れていない今年、ソフィアは何と戦えば良いのか、何に立ち向かえばいいのかまだわからなかった。
ゴブレットにハリーの名前を入れた者が黒幕だろう。ソフィアはクラウチが姿を見せないようになり、セブルスの研究室に現れた一件から──クラウチが黒幕なのではないかと考えていた。しかし、その考えもシリウスからクラウチの過去を──闇の魔法使いを心から軽蔑し、嫌い。自分の息子でさえも無情にアズカバン送りにしたという事実──知れば、クラウチが黒幕だという説に揺らぎが生まれた。
尤も、シリウスやその他の大衆が知らぬだけで、クラウチ本人の心は謎であり──影で闇の帝王の復活を願う、闇の魔法使いだという可能性もあると、ソフィアは思っていた。
大人の魔法使いは、自分を偽る事が上手い。ソフィアは──ソフィア達は、何度もそれを経験している。
だからこそ、昨夜クラウチが現れ、どうも正気ではないというハリーの言葉、その時の会話──そして消えてしまったという事実に、クラウチは黒幕ではなく、被害者なのかもしれない、と思った。
ならば、何故クラウチなのか。
ソフィアはそれが気になったが──クラウチの事をよく知らぬソフィアはその答えを持たない。パーシーは忙しくクラウチの事を心より敬愛している。そんな事を聞けば吠えメールの一つでも送りかねない。
「お手の物だろう。ダンブルドアの話では、お前はこの手の物は何度もやった退けたらしいな。一年生の時、賢者の石を守る障害の数々を破ったとか……。そうだろうが?」
「僕たちが手伝ったんだ。僕とハーマイオニーとソフィアが手伝った」
自分も闇払いに向いていると言われたいロンは、急いでムーディに言った。しかし、ムーディはロンを見てニヤリと笑うだけで、ロンが望んだ言葉は投げなかった。
「ふむ。今度も練習を手伝うがいい。今度はポッターが勝って当然だ。当面は……ポッター、警戒を怠るな。プリンスの言う通り、何処に敵が潜んでいるかわからん。油断大敵だ」
ムーディはまた携帯用酒瓶を煽り、魔法の目を窓の方に向け、ダームストラング船の帆を見る。
それを見たソフィア達は、ムーディが誰を警戒しているのかわかり、真剣な顔で同じように窓の外を見つめた。
「お前たち3人はポッターから離れるでないぞ。いいか?わしも目を光らせているが…それにしてもだ。警戒の目は多すぎて困ると言う事はない」
ムーディからの警告を受けたソフィア達は教室から出て、昼食を取るために大広間へ向かう。
「ソフィア…このホグワーツに敵がいるかもって…本当に?」
ハリーは声を顰め、ソフィアに聞いた。ロンとハーマイオニーも言葉には出さないが同じ事を考え、不安げに辺りを見回す。
「かもしれない。っていうだけよ。…誰がハリーの名前をゴブレットに入れたのかわからないでしょう?…私、クラウチさんかなって思ってたの…ほら、姿も見えないし、スネイプ先生の研究室に侵入するし…。けど、シリ──スナッフルズの話をハリーから聞いて…クラウチさんは操られているだけで、別の人がいるのかなって思ったの。…ムーディ先生も同じように思ってたみたいだけど」
「たしかに…クラウチさんは怪しいけれど、スナッフルズの話では…闇の魔術を心から憎んでるみたいだったもの…無事なら、良いんだけど…」
ハーマイオニーは窓から見える鬱蒼とした禁じられた森を眺めた。この広大な森の何処かに潜んでいるのか、もう何処か別の場所に隠れているのか──それとも、葬られてしまったのか。
「さっき、ムーディ先生に言うタイミングが無かったんだけど……何故、クラウチさんなのか…何故、操っておきながらクラウチさんの姿を私たちに見せないのか…それが気になるのよね…」
ソフィアは窓辺に近づき、そっと窓ガラスに手を添え、うっすらと映る自分の不安げな顔を見ながら呟く。
ハリーとロンは顔を見合わせ首を傾げたが、ハーマイオニーは目を見開き、「たしかに…そうね」と低い声で答えた。
「どう言う意味?」
納得しているハーマイオニーに、ロンは怪訝な顔をして首を傾げる。
聡明な2人は数少ない情報から多くの事を読み解くが、ロンとハリーはそれ程察しは良くない。ハーマイオニーはチラリとソフィアを見て、声を顰め他の誰かに聞かれないよう囁いた。
「もし、ハリーを殺したくて、クラウチさんを操ってゴブレットに名前を入れさせたのなら…その後も、普通はハリーを見張らないかしら?何故姿を隠す必要があるの?あまりに長期間休みすぎて怪しまれているでしょう?──計画的犯行にしては、お粗末だわ」
「それは…その、何か秘密を漏らされるのを恐れているんじゃないの…?」
ハリーは懸命に考えながら呟く。ハーマイオニーとソフィアは「うーん」と唸り首を捻り──今までの事を思い出す。ハーマイオニーはうろうろと何度もその場を行き来し、ソフィアは腕を組み思考の海に耽る。
「それなら──そもそも、何故黒幕はクラウチさんを操ろうとしたの?そんな秘密を抱えている人を操り人形にするには…リスクが大き過ぎるわ。つまり……多分、クラウチさんを操らなければならなかった理由が存在するのよ」
「それか…黒幕は、クラウチさんがそんな重要な秘密を抱えてるとは知らなくて…途中から作戦を変更した、とか…?」
「ああ、それもあり得るわね…だから、クラウチさんを公の場に出す事ができなくて…病気だと偽って、隠していたのかしら…」
ハーマイオニーとソフィアはお互のその瞳の中に何か答えがあるのではないかと言うように、じっと見つめ合いながらゆっくりと囁く。
ハリーとロンはあまりに突拍子がなさ過ぎるのではないか、と思ったが──ソフィアとハーマイオニーの推理や、勘は、割と当たるのだ。無視する事はできない。
「じゃあ…誰が犯人だって思うんだい?」
ロンは焦ったそうにハーマイオニーとソフィアに聞いた。だが、2人は途端にぴたりと口を噤む。
教室を出る前に、ムーディの魔法の目が見せた視線の意味も、勿論2人は理解している。それに──ダームストラングが、闇の魔術に傾倒していると言う事も。
「わからないわ。ただ、今年ホグワーツに来た誰かなのは間違い無いわ。──過去の経験から考えてもね」
「そうね…クラウチさんが操られてゴブレットに名前を入れたと仮定しても──高度な服従の呪文が使えるのなんて、大人の魔法使いだわ。…大人で、今年ここに来た人…その中で、例のあの人に関わりのあるかもしれない人物……」
ハーマイオニーの言葉をソフィアが引き継ぐ。ハリーとロンは、その条件に当てはまる人物は、やはり──ダームストラングの校長であるカルカロフしかいないだろう、と思った。
「やっぱりカルカロフだな!あいつには近付かない方がいいぜ、ハリー」
ロンがハリーの肩を叩き、真剣な声音で言う。ハリーも大きく頷き「うん、元々嫌われてるみたいだし、ちょうどいいよ」と答えた。
ソフィアは、ふと──ハリーの言葉に何か違和感を感じ、首を傾げる。
カルカロフが全ての黒幕──そうかもしれない、色々仮定してでの条件だが、あり得るのはカルカロフしかいない。しかし、漠然とした違和感がある。
だが、ソフィアはそのもやもやとした気持ち悪さの正体を、まだ理解できなかった。