「ハーマイオニー…あの…」
「私今勉強してるの、話しかけないでちょうだい」
ハーマイオニーはあれからソフィアに何と話しかけられようが無視し、同室のラベンダーとパーバティは肩をがっくりと下ろし元気のないソフィアの背を気遣うように優しく撫でながら自室から廊下へと連れ出した。
流石にハーマイオニーのいる前で原因を聞く事は出来なかったのだ。
「どうしたの?」
「あー…ちょっと、喧嘩?…かなぁ。ほら…私が規則をあまり、守らないから…怒っちゃって…」
「ああ…成程ね。彼女は規則が大好きだから」
ラベンダーとバーパティは顔を見合わせ、ソフィアを慰めた。彼女達は頭ひとつ分ほど違う小さなソフィアの事をどこか妹のように感じていた。同じ歳だとは分かっていても、くるくると楽しげに変わる表情や明るい声、そしてちょっと悪戯好きな所など、もしひとつ下に妹がいればこんな感じかと思っていた。
「飛行訓練の事もあったものね…大丈夫よソフィア!朝になって何かの授業で先生に褒められたらあの子の機嫌も戻るわ」
「そうそう、それに…私はソフィアの悪戯大好きよ!この前の花火のはすっごく素敵だったもの!キラキラしてて…あんな素晴らしい景色は初めてだったわ!…あの子はちょっと頭が硬すぎるわね」
「バーパティ…ラベンダー…」
「談話室に行きましょう?ここは冷えちゃうわ。私、ソフィアともっと話してみたかったの!」
ラベンダーはソフィアの手をとり、優しく微笑む。バーパティもまた、ソフィアの肩を掴み微笑みながら頷いた。
彼女たちからの励ましと優しさに、ソフィアは少し嬉しそうに頷くと2人に手を取られ談話室へと降りて行った。
夜の11時半より少し前、ソフィアはそっと身体を起こし、そばに置いていた灰色のカーディガンを羽織る。ルームメイトの寝息が微かに響く自室からそろりと這い出て、螺旋階段を音をなるべく立てずに降りた。静かに談話室を覗いたがそこには人1人居らずほっとため息をこぼした。
僅かに火を上げている暖炉のそばの肘掛け椅子に座り、手を火に当てながらハリーとロンの到着を待った。
暗闇の中ぼんやりと小さな炎を見つめる。
ラベンダーとバーパティに連れられ談話室へ降り、暫く経って戻った時に既にハーマイオニーは自分のベッドの上だった。
喧嘩をした時は、その日の内に仲直りをしないと長引いてしまう。ルームメイトでありよく顔を合わせるのだから、気まずい思いはしたくないし、なにより仲良く過ごしたかった。
きっと、ハーマイオニーの制止を聞かず夜に抜け出したとバレてしまえば、それこそ彼女との仲は修復不可能になってしまうかもしれない。
かと言って、審判員の自分が行かないわけにも、いかないのだ。
「ハーマイオニー…怒るかなぁ…」
「怒られるとわかってて、どうしてやるのかしら」
「──っ!?」
誰も聞いていないと思っていた呟きに返答があり、ソフィアは飛び上がるように身体を跳ねらせ声をのした方を向いた。
談話室の入り口にもたれかかるようにして腕を組み、ピンクのガウンを羽織ったハーマイオニーがしかめ面をしてソフィアを見ていた。
ソフィアは何と言っていいのか、視線を右往左往させているとハーマイオニーは長い溜息をつきながらソフィアの隣の肘掛け椅子に座り、薄らと赤い暖炉をじっと見た。
「…図書室で、魔法使いの決闘について調べたわ」
「…え?…あー…そうなの…」
「子どもだといえ、危険じゃないの?」
「危険はないと思うわ、彼ら魔法上手くないもの!…私とハーマイオニーが決闘するなら…マダム・ポンフリーにベッドの予約を2つしなきゃならなかったかもね」
「まぁ!…ふふ、そうかもね」
ハーマイオニーはソフィアの言葉に少し笑った。ソフィアは久しぶりに見たハーマイオニーの笑顔にほっと安堵の息をつく。
ハーマイオニーちらりとソフィアを見た。
「ソフィア…あなたはどうして、規則を守らないの?先生達に怒られるし…私たち、同じグリフィンドールの仲間に迷惑がかかるとは、思わないの?」
その言葉は、怒りのまま吐かれたものではない、真剣に、友達だからこそ向き合いたいというハーマイオニーの心が見えていた。
「ハーマイオニー…そうね、私は…友達の為になら、規則を破ってもいいと思ってるの。…後は退屈な生活の少しのスパイスの為ね。減点して迷惑をかけているのは、わかってるわ。でも…その分授業で加点しているつもりよ」
「…、…はあ…だめ、分かろうかと思ったけど、全然、わからないわ!」
じっとソフィアの言葉を聞いていたハーマイオニーだったが、やはりどう考えてもわからず首を振る。ソフィアはこればっかりは仕方がないのかもしれないと思いもう何も言わなかった、きっと今何を言っても彼女には言い訳にしか聞こえないだろう。
「ハーマイオニー、私、あなたの事好きよ」
「なっ…何よ…ご機嫌でも取ろうっていうの?」
「そうじゃないの。…もしハーマイオニーに何かあって、助ける為に沢山の規則を破らないといけない事になっても…私は迷わず規則を破るわ」
真っ直ぐなソフィアの瞳は炎の僅かな明かりに照らされキラキラと輝いていた。
あまりにも真摯な言葉に、ハーマイオニーはぐっと言葉を無くす。
その目には、あなたならどうするの、と訴えて居るような気がして、ハーマイオニーは思わず目を逸らした。
重い沈黙が流れる中、微かな足音が近づく音が聞こえ2人は身体をこわばらせた。
ハーマイオニーは肘掛け椅子の影からそっと顔だけを出し様子を伺った。
男子寮の方から降りてきたのは、ハリーとロンであり、ハーマイオニーは小さく疲れたようなため息をついた。本当に来るとは思わなかったのかもしれない。
「もうソフィア来てるかな?」
「さあ、どうだろ」
「来てるよ、…ハーマイオニーもだけど」
「──ハリー、まさかあなたがこんなことするとは思わなかったわ」
「また君か!ベッドに戻れよ!」
ハーマイオニーは立ち上がりつかつかと2人の元に進む、ロンの顔は薄暗い中でもわかるほど怒りで赤くなっていた。
「本当はあなたのお兄さんに言おうかと思ったのよ。パーシーに。監督生だから、絶対にやめさせるわ」
「…行くぞ」
ロンはハーマイオニーの言葉を無視し苛立ちながらハリーとソフィアを呼ぶ。2人は顔を見合わせロンについて肖像画を超え外に出た。
ソフィアはハーマイオニーはもう諦めるだろうと思っていた、止める為だとは言えこんな時間に外に出ているのが見つかればきっと彼女も処罰の対象となるだろう。
だがハーマイオニーはなんとかして3人を止めようとその後をつけて肖像画から出ると後ろから叫んだ。
「グリフィンドールがどうなるか気にならないの?自分の事ばっかり気にして。スリザリンが寮杯をとるなんて私はいやよ!私が変身術を成功させたからマクゴナガル先生が下さった点数を貴方達がごはさんにするんだわ」
「あっちへ行けよ!」
「いいわ。ちゃんと忠告しましたからね。明日家に帰る汽車の中で私の言った事を思い出すでしょうよ。貴方達は本当に──…」
もううんざりしたのか、ハーマイオニーはくるりと踵を返す。
だが太ったレディは夜のお散歩に出掛けてしまいそこに残っていたのは額縁だけだった。
太ったレディが居なければ、いくら合言葉を言っても扉は開かれない。
「さあ、どうしてくれるの!?」
「知ったことか」
「僕たちはもう行かなきゃ、遅れちゃうよ」
「あー…ハーマイオニー、少し待ってたらきっとレディは帰ってくるわよ。…じゃあね」
ソフィアはここにハーマイオニー1人残していいものか少し悩んだが、ロンに「はやく!」と急かされ仕方がなくその場から移動する。
「一緒にいくわ」
その場に残ると思われたハーマイオニーは後ろから走って3人に着いてきてしまった。
「ダメ、来るなよ」
「ここに突っ立ってフィルチに捕まるのを待ってろって言うの?見つかったら私、フィルチに本当の事を言うわ。私は貴方たちを止めようとしましたって!ねえソフィアは証人になってくれるわよね?」
「あー…そうね、見つかったらちゃんと言うわ」
ハーマイオニーの何処か吹っ切れたのか、ギラギラとした目に睨まれソフィアは苦笑しながら頷き、ロンはハーマイオニー信じられない物を見る目で見ていた。
「君、相当の神経してるぜ!」
「しっ!3人とも静かに、…何が聞こえない?」
ハリーの声に3人は口を閉ざし息までも止めた。
こんな出だしで誰かに見つかっていたら、約束の時刻に間に合わないだろう。
「…ネビル?なんでこんなところにいるの…?」
ソフィアは床の上で身体を丸めて眠っているのがネビルだと分かると声を顰めながら訝しげに丸い背中を見た。
ロンとハリー、ソフィアは顔を見合わせ無言で頷くと、ネビルを起こさないようにそろそろと抜き足差し足、静かに進んだ。
だが人の気配を感じたネビルはビクッと身体を震わせ目を覚ました。
「ああよかった、見つけてくれて!もう何時間もここにいるんだよ、ベッドに行こうとしたら合言葉忘れちゃって…」
結局、ネビルは1人残されるのを嫌がりソフィア達に着いてくる事になった。何とか置いて行きたかったが、約束の時間まで後少ししかなく、宥め落ち着かせる時間はないと判断しやむを得ず5人はトロフィー室へ向かった。
トロフィー室には沢山のカップ、盾、賞杯などが月明かりを浴びて輝いていた。
ソフィアはふと、何故ドラコがここの部屋の鍵はいつも開いていると知っているのだろうかと思った。
輝かしいクィディッチ選手を讃えたトロフィーや功績を残した生徒の名前が記された盾、もしかして彼はこれをよく見にきているのだろうか。──自分も、必ずここに名前を刻むと誓う為に。
月明かりの下、トロフィー室の奥に1人の人影が見えて5人は脚を止めた。
「…本当に来たの?」
「ルイス!…マルフォイは何処だ?」
月明かりに照らされたルイスは呆れているようにも、彼らの勇気に感心しているようにも見えた。
ルイスはなぜここにハーマイオニーとネビルが居るのかと思ったがもう時間はない、直ぐにハリー達に近付くと声を顰めながら言った。
「居ないよ、罠だったんだ。ドラコに言われてもうすぐここにフィルチが来るから、早く帰ろう」
「なっ…罠!?そんな…」
ハリーはその言葉に愕然としていたが、ハーマイオニーはそれ見たことかと言うような責める目でハリーを見ていた。
ソフィアもまた、ドラコがここまで卑怯な事をするとは思えず、つい大声で怒り叫びそうになったが、突如聞こえてきた物音により、あわてて口を閉ざした。
ハリーは隣の部屋から聞こえて来るフィルチの声に急いで五人を手招きし、自分について来るよう合図した。五人は硬い表情のまま音を立てずに反対側の扉へ急ぎ、沢山鎧が飾ってある長い廊下を這うように進んでいたが、あまりの恐怖と緊張にパニックとなったネビルが闇雲に走り出し、躓きロンの腰に思わず抱きつき、そして鎧にぶつかり倒れ込んだ。
鎧がけたたましい音を立てて倒れ、ハリー達はさっと表情を無くした。
「逃げろ!!」
ハリーの叫びに五人は必死になって走った。
先頭を走るハリーは今自分がどこを走っているのか、どの扉を潜ったのかわからなかった。次から次へと目についた扉をくぐり抜け、闇雲に走り抜ける。
「──フィルチを撒いたと思うよ」
ハリーの声に、五人は答える余裕はなく、誰もが冷たい壁に寄りかかり、ぜえぜえと荒い呼吸を整え、額から流れる汗を拭いていた。
ソフィアもまたドキドキとうるさい心臓を抑え、必死に呼吸を整える。
「日常に、スパイスは欲しいけれど──これはちょっと刺激的過ぎだわ!」
「たしかに、僕らにはフィルチと夜の鬼ごっこをするには、早すぎたね」
笑いながらソフィアとルイスは言ったが、ハーマイオニーは強く胸を抑えながらぎろりとそんな2人を睨んだ。
「早くグリフィンドール塔に戻ろう。ルイスは大丈夫?一人で帰れる?」
「ああ、大丈夫、多分みんなで行動するより、一人の方が逃げやすいから」
「だから──そう──言ったじゃない!」
ハーマイオニーは怒りを爆発させたが、それ以上は言わなかった。今更何を言っても無駄だと思ったのだろう、ドラコに嵌められたという事実と、こんな所まで来てしまった現実は変えられない。
五人はすぐに寮へ戻ろうとしたが、妖精の呪文の教室から転がるようにピーブズが飛び出てきて身体を硬らせる。
ピーブズはおもちゃを見つけた子どものような歓声を上げるとにたにたと意地悪げに笑った。
「ピーブズ…お願いだから、黙って…じゃないと、僕たち退学になっちゃう…」
「真夜中にふらふらしているのかい?一年生ちゃん、悪い子悪い子捕まるぞ!」
「黙ってくれたら捕まらずにすむよ、お願いだ。ピーブズ…」
「フィルチに言おう、言わなくちゃ。君たちのためになる事だからね」
「どいてくれよ!」
ピーブズはニヤニヤ笑いを止めて、突如凛々しく言ったが、それに苛ついたロンはピーブズを怒鳴って払い除けようとしてしまった。
急にピーブズは表情を変えると、息を大きく吸い込んだ。
「──まずいわ」
ソフィアの低い呟きは──。
「生徒がベッドから逃げ出した!妖精の呪文の教室の廊下にいるぞ!!」
ピーブズの大声により掻き消された。
六人はピーブズの下を潜り抜け全速力で走った、ドアにぶち当たり開けようとノブを回すが鍵がかかっていて一向に開かない。
「もうダメだ!おしまいだ!一巻の終わりだ!」
ロンが絶望感漂う悲鳴を上げた、ソフィアとルイスはすぐにアロホモラを唱えようと杖を出したが、それよりも先にハーマイオニーがロンを押し退け前に出た。
「どいて!──アロホモラ!」
カチリと小さな音が響き、六人は重なるようにして扉を開け雪崩れ込んだ。
ソフィアはほっと安堵の息を吐く、きっとフィルチはこの扉に鍵がかかっていると思っているだろうし、一年生はまだアロホモラを使えないと思い込んでいるに違いない。
兎に角、助かった。
そう思い、ふと、獣の臭いがする事に気づき視線を上げた。
それに気づいたのは、どうやらソフィアとネビルだけだったようだ。
ハリーとロン、ハーマイオニーにルイスはじっと外の様子を伺っていて、まだ此処が何処か気がついていない。
声を出す事が出来なかった、頭が三つある巨大な犬のような怪物。──ケルベロスだ。
獰猛な顔つきに口から見える牙は自分の腕ほどありそうだ。爪も、黒く鋭利であれに切り裂かれたらひとたまりもないだろう。
ソフィアは思わず、隣にいるルイスのローブを引っ張った。ルイスは扉につけていた顔を後ろに向け、彼もまた巨大なケルベロスを見上げびしりと固まった。
声を出してはいけない、まだこの怪物は突然の侵入者に戸惑っているが、直ぐにその鋭利な爪か尖った牙を振るうだろう。
ルイスは震える手で杖を握り、ソフィアを守るように後ろに隠した。背中越しにソフィアが恐怖から小さく震えているのを感じた。何があっても彼女だけは、助けなければならない。──例え、誰かを犠牲にしても、自分が死んだとしても。
「──え?どうしたの?」
ハリーがようやく異変に気づき、ロンとハーマイオニーも振り返り、そして彼らもまた言葉を無くしその怪物を見た。
眠っていたのか、ぼんやりとしていたケルベロスは小さく唸りそろりと一歩近づく、ハリーは咄嗟に扉を弄り取手を掴むと扉を開け、六人は先程とは反対に廊下から飛び出した。
幸運にもフィルチは居らず、ハリー達は無言のまま──誰も話せなかった──寮へと走る。
ルイスはソフィアの手を引き途中まで行くと一度強く抱きしめ、頬に掠めるキスを落とし離れた。
「行って」
「…っ…ルイス…」
「さあ、早く」
二人はお互いに震えている事に気付いていた。だがルイスは安心させる為に無理に微笑み、ソフィアの背中を押した。
ソフィアは何度か振り返りながらもハリー達に続きグリフィンドール塔を駆け登る。
一人闇の中残されたルイスはその場にしゃがみ込み、胸を押さえた。
「──っはぁ…」
あそこから生きて帰れた事が奇跡のように感じた、手はまだ震え、身体は芯から冷え切っている。
何とか震える足に力を入れ、ルイスはゆっくりとスリザリン寮へ向かった。