ファッジはダンブルドアが何を言おうと、決してヴォルデモートが肉体を手に入れ復活したと頑なに認めることはなかった。
ダンブルドアはすぐにファッジが魔法大臣としてヴォルデモートの復活を認める声明を出し、迅速に措置を取らねば──また暗黒の時代が訪れることを懇々と説明したが、ファッジはどうしても、この世界の安念な秩序が──自分の魔法大臣としての世界が崩壊することを恐れ、受け入れることが出来ない。
ダンブルドアがファッジに求めたのはアズカバンを吸魂鬼の支配から解き放つ事だ。吸魂鬼はすぐに裏切り、ヴォルデモートの支配に下るだろう。
そして、巨人に使者を送りヴォルデモートの魔の手が彼らに向かう前に有効の手を取り合うことだ。
ヴォルデモートは過去、闇の生物たちを支配化に置いていた、おそらく勢力を拡大するために同じことをするだろう。
ならば、まだヴォルデモートが復活してまもない今、迅速に行動しなければ間に合わない。全てが手遅れになり、13年前と同じ事が起きる。
何を言っても変わらず認めないファッジに、ダンブルドアは淡々と、彼を見据えた。
「目を瞑ろうとする意志がそれほど過大なら、コーネリウス。──袂を分つ時が来た。あなたはあなたの考え通りにするがよい。そして、わしは──わしの考え通りに行動する」
ダンブルドアの言葉に威嚇や脅しの響きは微塵も無かったが、それを聞いたファッジは目を見開き毛を逆立て、怒りに震える目で鋭くダンブルドアを睨んだ。
「いいか、言っておくがダンブルドア。私はいつだってあなたの好きなように、自由にやらせてきた。あなたを非常に尊敬してきた。あなたの決定に同意しないことがあっても、何も言わなかった。魔法省に相談なしに人狼を雇ったり、ハグリッドをここにおいたり、生徒に何を教えるかを決めたり──そうしたことを黙ってやらせる者はそう多くないぞ。しかし、あなたがその私に逆らうというのなら──」
「わしが逆らう相手は1人しかいない。ヴォルデモート卿だ。──あなたもやつに逆らうのなら、コーネリウス、我々は同じ陣営じゃ」
ファッジは一瞬、その目にこめていた怒りを沈め、戸惑いを見せた。
ファッジはどう答えていいか分からず、しばらくの間、不安げに体を揺すり帽子を忙しなく両手でくるくると回す。
周りの人間が皆自分を見ている事に気付き、ファッジはようやく弁解がましい口調で言った。
「戻ってくるはずがない、ダンブルドア、そんなことはありえない……」
その言葉に今まで黙っていたセブルスが、一瞬ソフィアをチラリと見た。ソフィアは不安げにセブルスを見つめ──2人の視線が絡み合ったのは、刹那的な時間であり、ファッジの動きを睨み見ていたハリー達は気が付かなかった。
セブルスは左袖を捲り上げながらダンブルドアの前に出ると、ずいっと腕を突き出し、ファッジに見せる。その白い腕に描かれたものを見たファッジは、怯み、顔を引き攣らせた。
「見るがいい。──さあ、闇の印だ。1時間ほど前には、黒く焼け焦げて、もっとはっきりしていた。しかし、今でも見えるはずだ。死喰い人は皆この印を闇の帝王により焼き付けられている。互いに見分ける手段であり、我々を招集する手段でもあった。あの人が誰か1人の死喰い人の印に触れた時には、全員が姿くらましをし、すぐにあの人の下に姿現しをする事になっていた」
「──大臣、印は今年になってから、ずっと鮮明になっていました。私の印も──そうです」
ジャックは静かにセブルスの隣に立つと、袖を捲る。ファッジは勿論ジャックがその印を持つことを知っていたが、嫌悪感を滲ませ、その印を見たくないというように目を逸らした。
「カルカロフもそうでした。──私たちは印が焼けるのを感じました。カルカロフはあの人の復活を知り、逃げました。闇の帝王の復讐を恐れたのでしょう。カルカロフは──自身が助かるために、大勢の死喰い人を裏切りました。仲間として感激されるわけがありませんから。……大臣、これでも、あなたはまだ夢を見続けたいのですか?」
ファッジは切々としたジャックの声を振り払うために強く首を振り、後ずさり、ダンブルドアの目をじっと見た。
「あなたも、先生方も、ジャックも、いったい何をふざけているのやら…ダンブルドア、私にはさっぱり。──しかし、もう聞くだけ聞いた。私も、もう何も言うことはない。この学校の運営について話があるので、ダンブルドア、明日連絡する。私は役所に戻らねばならん」
ファッジは言いながら医務室の扉に向かい、取手を掴んだがぴたりと立ち止まると向きを変え、無表情なままでハリーに近づき──ソフィアはぐっと強くハリーの手を握った──ベッドの側で立ち止まった。
「きみの賞金だ。一千ガリオンだ。授賞式が行われる筈だったが、この状況では……」
ファッジはベッドの側にある机に大きな皮袋をどさりと置くと、帽子をぐいと手で押し誰にもその表情を読まれないようにしながら足早に医務室から出て行った。
バタン、と扉が閉まった途端、ダンブルドアはハリーのベッドの周りにいる人々に向かい合う。
「やるべきことがある。モリー……あなたとアーサーは頼りにできると考えてよいかな?」
「勿論ですわ」
モリーは顔だけではなく、唇まで蒼白にしていたが、決然とした面持ちで頷いた。
ダンブルドアはアーサーに全てを伝え、仲間を再び集めなければならないと説明した。しかしそれは──魔法省で働いているアーサーだからこそ、迅速に、かつ目立たぬよう事を運ばなければならない。
ビルがすぐにアーサーに伝えに行くと立ち上がり、ハリーの肩をポンと叩き、モリーの頬にキスをしてマントを羽織り足早に医務室を後にした。
「ミネルバ。わしの部屋で出来るだけ早くハグリッドに会いたい。それから──もし、来ていただけるようなら──マダム・マクシームも」
マクゴナガルは無言で頷き、すぐに部屋を出て行った。
「ポピー、頼みがある。ムーディ先生の部屋に行って、そこにウィンキーというハウスエルスが酷く落ち込んでいるはずじゃから、探してきてくれるか?できるだけの手を尽くして、それから厨房に連れて帰ってくれ。ドビーが面倒を見てくれるはずじゃ」
「は、はい」
ポンフリーはまさか自分にも指示があるとは思わず、驚いたような顔をしたが、すぐに頷き出て行った。
ダンブルドアは扉が閉まっている事を確認して、ポンフリーの足音が消え去るまで待ってから、再び口を開いた。
「さて、そこでじゃ。ここに居る中で3名の者が、真の姿で認め合う時が来た──シリウス、普通の姿に戻ってくれぬか」
大きな黒い犬がダンブルドアを見上げ、一瞬で元のシリウスの姿に戻った。長い髪はボサボサとしていて、かなり薄汚れ草臥れた服を着ている。頬はそこまで痩せこけてはいないが、具合が悪そうな顔色をしている──手配書で見たその顔に、モリーが悲鳴を上げベッドから飛び退いた。
「シリウス・ブラック!」
「シリウス!?」
モリーがシリウスを指差し金切り声を上げたのと、ジャックが驚愕しながらシリウスに駆け寄り感極まる表情で頭の上からつま先まで見るのは同時だった。
「…おまえ…イケメンだったのに、やつれて…」
ジャックの声音に自分に対する警戒や嫌悪感がない事が分かると、シリウスは呆然とし「何故、俺を…?」と呟いた。ジャックは何も知らないはずだ。しかし、その目は喜びと少しの悲しさが揺れるだけで、激しい怒りは込められていない。
「ソフィアから聞いた」
ジャックは軽く言い、シリウスの肩をぽんぽんと優しく叩く。
ソフィアから本当の守り人はピーターであると聞いていた、勿論その証拠はなく、すぐに鵜呑みにすることはなかったがこうしてダンブルドアがシリウスをこの場に連れてきているということは、本当に彼が裏切り者ではなかったのだと──ようやく、心から信じられた。
シリウスはぽかんと口を開いていたが──すぐにぐっと眉を寄せ、「そうか」と詰まったような声で呟いた。
「──何故、やつがここに」
セブルスもまた、ソフィアからシリウスが無罪だとは聞いている。だが、だとしても拭い去れない疑惑や、どうしょうもない憎しみと怒りが胸の奥を燻って消えることはない。
セブルスは嫌悪感をありありと見せながらシリウスを睨んだが、シリウスもまたセブルスに負けず劣らずの嫌悪感を露わにしセブルスを見据えた。
「わしが招待したのじゃ。セブルス、きみもわしの招待じゃ。わしは2人とも──勿論、ジャックも──信頼しておる。そろそろ2人とも、互いに信頼しあうべき時じゃ」
ハリーはダンブルドアが殆ど奇跡を願っているに違いないと思った。シリウスとセブルスはこれ以上の憎しみはないという目で睨み合っている。
ソフィアとジャックもまた、そんな奇跡は起きないだろうと火花を散らせる2人を見て思う。何故なら──全てを伝えれば、シリウスがセブルスを許容することはあるかもしれない。しかし、何があってもセブルスはシリウスを許すことは無いのだ。
「妥協するとしよう。あからさまな敵意を暫く棚上げにするという事でもよい。君たちは同じ陣営なのじゃから。──時間がない、真実を知る我々が、結束して事に当たらねば、望みはないのじゃ」
ダンブルドアは睨み合ったまま動かない2人に苛立ちを隠さず、厳しい声で伝えた。
ジャックはセブルスとシリウスを交互に見ながらため息をこぼす。
「セブ、シリウス。……子どもたちが見てるぜ?」
ジャックの言葉に、ぴくりと2人は眉を跳ねさせ──そして、互いの不幸を願ってるかのように睨みながら歩み寄り、握手した。
勿論、あっという間に離したが。
ソフィアはまさかセブルスとシリウスが本当に──かなり嫌々だとしても握手するとは思わず、少し面食らっていたが何言わなかった。
そして、ふと──今、自分達の関係を言うべきじゃないかと、思った。同じ陣営で、これから大人たちは行動するのだろう。
それならばシリウスとセブルスとの間の遺恨は少しでも減らすべきだ。
ヴォルデモートが復活した今、隠し事をする事なく結束しなければならない。
「当座はそれで十分じゃ」
ダンブルドアは再びシリウスとセブルスとの間に立った。
その一拍の隙を見逃さず、ソフィアはハリーの手を離し座っていた丸椅子から立ち上がった。
「あの──ダンブルドア先生」
医務室にいるすべての目がソフィアを捉えた。どうしたのだろうか、と不思議そうな目と、そして怪訝な目にソフィアは少し狼狽えたが、ぐっと真剣な顔をしてダンブルドアを見つめる。
「どうしたのじゃ、ソフィア」
「……私は?」
ソフィアは何と言っていいか分からず、ただ、ダンブルドアには伝わるだろう事を祈り短く呟いた。
──私は、全てを言わなくてもいいのか。
ダンブルドアはすぐにその言葉の意味に気付き──暫く沈黙し、長い髭を撫でた。
「当面は、まだ」
「……で、でも…」
「ソフィア、すまないのう。今は時間が無いのじゃ」
バッサリと言い切られ、ソフィアは困惑し目を揺らせたが、小さく頷きストン、と静かに椅子に座り直した。
「さて、それぞれにやってもらいたいことがある。予想しなかったわけではないが、ファッジがあのような態度を取るのであれば、全てが変わってくる。──シリウス、君にはすぐに出発してもらいたい。昔の仲間に警戒体制をとるように伝えてくれ。リーマス・ルーピン、アラベラ・フィッグ、マンダンガス・フレッチャー…。暫くはリーマスのところに潜伏していてくれ。わしからそこに連絡する」
「はい」
「でも──」
ハリーは思わず、声を発していた。
シリウスとようやく会えた、ここにまだいて欲しかった。こんなに早く別れを言いたく無かった。
シリウスは表情を緩めるとハリーのそばに寄り、その緑の目を見つめ、ぎゅっと手を握った。
「また、すぐ会えるさハリー。約束する。──俺は、自分にできる事をしなきゃならない。わかるな?」
「…うん、…うん、もちろん、わかります」
「いい子だ」
シリウスは強くハリーの手を握り、肩を優しく叩きながらダンブルドアの方に頷くと、再び黒い犬に変身し、扉に駆け寄り器用に前足で取手を回し、外へ飛び出した。
「セブルス、ジャック。君たちに何を頼まねばならぬのか、もうわかっておろう。もし、準備が出来ているのなら──もし、やってくれるのなら……」
「大丈夫です」
「行ってきます」
セブルスとジャックは同時に答えた。
2人の顔色はいつもより悪かったが、恐れているわけではないのがその確かな光を宿す瞳が示している。
「それでは、幸運を祈る」
ダンブルドアがそう言うと、セブルスとジャックは何も言わずに扉へ向かい、シリウスの後からさっと立ち去った。
ソフィアは理解した、
「下に行かねばならん。ディゴリー夫妻に会わなければのう。──ハリー、残ってる薬を全部飲むのじゃ。みんな、また後での」
ダンブルドアもまた、静かに医務室から出て行った。
残されたのはハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニー、モリーの5人になり、ダンブルドアがいなくなった後、ハリーはまたベッドに倒れ込んだ。
長い間、誰も言葉を発しなかった。何があったのか、聞きたい、だが今夜はハリーに聞かないと約束をしている。
モリーは机の上から薬の入ったゴブレットを取るとそっとハリーに声をかけた。
「残りのお薬を飲まないといけませんよ、ハリー。ゆっくりお休みなさい。しばらくは何か他の事を考えるのよ……そうね、賞金で何を買うか考えなさい?」
「賞金なんかいらない。あげます、誰でも欲しい人にあげる。──僕が貰っちゃいけなかったんだ、セドリックのものだったんだ」
ハリーは抑揚のない声で言っていたが、セドリックの名を呼んだ瞬間、迷路を出てからずっと、必死に押さえつけてきたものがどっと溢れそうだった。鼻の奥がツンとし、メガネをつけているのに、目の前がぼやける。
「ハリー、あなたのせいじゃないわ」
そばに座っていたソフィアが、ハリーの頭を撫で、囁いた。双方の緑色の目が交わり、ハリーはソフィアの瞳の中に映る自分の姿をひたすらに、見つめ続けた。
「一緒に、優勝杯を取ろうって──僕が、言ったんだ」
ぐっとハリーは息を詰まらせた。これ以上何も言えない、口を開けば、必ず全ての思いが涙や嗚咽としてして溢れてきてしまう。
ソフィアはハリーとセドリックの間に何があったのかを知らない。
ただ、優勝杯が移動キーだったことは、ダンブルドアがファッジに伝えていた。それを2人は掴み、そして──セドリックだけが殺されたのだ。ハリーは自分から逃げ出したのか、生かされたのか、ソフィアにはわからない。ただ、ハリーのせいではない、そう思っているのはソフィアだけではないだろう。
ソフィアは何も言わずにハリーの元へ屈み込み、そして両腕で優しく抱きしめた。
ふわり、とソフィアの黒く長い髪がハリーの頬をくすぐり、甘い匂いがかすかに漂う。
ソフィアと触れているところから、とくとくと小さな心臓の鼓動が伝わる。ハリーはソフィアの胸に抱かれながら、今日あったことが脳内を駆け巡り──もう我慢出来なかった。
こんな姿を見せたくない、そう思ったが、自分の腕は気がつかないうちに、ソフィアの背中にしっかりと周り、強く抱きしめていた。
くっついてしまったかのように、腕が離れない。むしろ、僅かな隙間も埋めたくて、さらに強く、ソフィアを抱きしめていた。
「…っ……ぅ、うっ…!」
ハリーは哀しい叫びを漏らすまいと、必死に奥歯を噛み締め、ソフィアの肩口に顔を埋め、嗚咽を漏らした。
突如、パーンッ!!と大きな音がして、ソフィアとハリーはパッと離れた。
ハーマイオニーが窓辺に立ち、小さなガラス瓶を握りしめていた。
注目されたハーマイオニーは「ごめんなさい」と小さく呟き肩をすくめる。
「お薬ですよ、ハリー」
モリーは手の甲で涙を拭いながら、ハリーにゴブレットを渡した。
ハリーはソフィアの手を強く握り、涙で潤み、赤くなった目でソフィアを見上げる。
「ソフィア、そばに…隣に、いて?」
ソフィアは目を見開いたが、すぐに優しく微笑むと「ええ」とだけ呟き、頷く。ハリーは安心したようにかすかに微笑み、そのまま一気に薬を飲み干した。
たちまち効き目が現れ、ハリーは抵抗しがたい眠りに、身を委ねた。