237 それぞれの道
ソフィアとルイスは一年ぶりに引っ越したばかりの新居に戻ってきた。
今回ジャックは忙しく、彼の迎えが無かったソフィアとルイスは一度漏れ鍋へと向かう事となった。
店主のトムからフルーパウダーを借りて煙突飛行ネットワークを使い、自分達の新居へ戻った頃にはすっかりと夜空に星が瞬く時間になっていた。
勿論、
学期が終了する前に、事前にほとんど家には帰って来られないという事と、死喰い人と不死鳥の騎士団の二重スパイをしなければならないと──2人は聞いていた。
勿論極秘であり、セブルス立ち会いの元でダンブルドアと魔法契約を交わさねばならなかったが、2人ともその事について何も思う事は無かった。それほど、重要な秘密なのだ、万が一があっては困るという事だろう。
ソフィアとルイスはリビングの暖炉に向かって──魔法を使わず──火打ち石をカチカチと鳴らし、温かな火をつけた後、とりあえず一息つこうと紅茶をいれ、ふわふわとしたソファに身を寄せ合って座った。
2人は暫く無言だった。
ソフィアとルイスは幼き頃、よく似た双子だった。──今はもう、双子と分かる者は少ない。身長差や男女差が現れ、顔の造りは似ていても、ただの兄妹だと思うだろう。
考えも、思いも、昔は全てが同じだった。
たった3人だけ小さな家族の、狭い世界で生きていたソフィアとルイスは、その世界があればそれでいいと本気で思っていた。ただ、家族がいればいい、ずっと慎ましく、幸せに過ごせるのだと信じて疑っていなかった。
しかし、今2人の向いている方向は異なっている。──本質は変わらないとはいえ、現れる行動が異なるのなら……きっと、真意など、お互い以外にはわからないだろう。
「ルイス、無茶はしないで」
「ソフィア、君もね」
どちらからともなく手を取り合い、身を寄せる中、2人を赤く照らしていた炎が一度大きく震え、真緑色に燃え盛る。
──来た。
ソフィアとルイスは、もし家へと来るのなら、ホグワーツに誰もいなくなったその日だろうと思っていた。
きっと、これから彼は沢山の準備や困難な問題に追われる筈だ。ならばその前に簡単な問題から消化していきたいと考えるのが普通だろう。
「ソフィア、ルイス。──夜遅くに、すまんのう」
「ダンブルドア先生…」
「父様…」
現れたのは2人の予想通りダンブルドアだった。父親であるセブルスがその後続いて戻ってくるとは思わなかったが、保護者という立場から──今から話される内容によっては──どうしても同行しなければならないのかもしれない、と、ルイスはふと考えた。
ダンブルドアはいつものような温和な目をしていない。真剣で、どこか疲れたような、何かを憂いているような眼差しだった。
セブルスもまた、いつもより顔色や機嫌は悪く、口は真一文字に結ばれている。
きっと、強く噤んでいなければ何かを言ってしまうのだろう。
ソフィアとルイスは手を繋いだまま暖炉の元へ駆け寄り、じっとダンブルドアを見上げた。
「さて、──座りなさい」
ダンブルドアは杖を一振りし、ルイスが用意したティーセットの隣にたっぷりのクッキーやマフィンを出現させ、もう一振りであと二つのカップと、椅子を二脚出した。
ソフィアとルイスは横目でちらりと見つめ合い、おずおずと先程のソファに座る。
ダンブルドアはこの短い時間を楽しもうとしているのか、それとも、少しでも2人の緊張を解こうとしているのかはわからないが、先ほどの憂いた目はすっかり瞼の奥に消え、いつも通り朗らかな視線で2人を見つめていた。
セブルスはぐっと奥歯を噛み締め──机に沿って回ると、ソフィアの隣に座った。
あくまで、自分は2人の保護者であり、2人についているのだと、その立ち振る舞いが雄弁に語っているようで、ルイスとソフィアは少しだけ緊張を緩めた。
「ソフィア、そして、ルイス。──ヴォルデモート卿が復活したという話は、勿論、真だと理解しておろうな?」
「「はい」」
「うむ。──さて、わしは過去に設立した不死鳥の騎士団を再度結成しなければならん。セブルスもまた──これも、知っているとは思うが──不死鳥の騎士団員である。これから彼らは然るべき時、然るべき場所にて同じ思想を掲げ、ヴォルデモートと戦うのじゃ、──未来のために」
ソフィアとルイスは何も言わずに、ただ、ダンブルドアの言葉を聞いていた。
「不死鳥の騎士団には、学校を卒業した成人のみが参加できる。──危険な事も多いからのう。その家族には、わしが間違いなく安全だといえる隠れ家で、夏季休暇を過ごしてもらおうと思っておる」
「…私たちに、そこに行けと言う事ですか?」
しかし、ただ別の場所へ移動し、夏季休暇の間を過ごす──その説明を、わざわざダンブルドアがする必要があるだろうか?
わざわざ、多忙なダンブルドアがここに来ているのだ、きっとそれだけではないのだろう。
ダンブルドアはじっとソフィアの緑色の目と、ルイスの黒い目を交互に見て──そして「いや、」と小さく否定した。
「ルイス。君は──おそらく、行きたいと思ってないのではないかのう?」
「……、はい」
青い瞳はルイスの心の奥を読むようにとても澄んでいた。
ルイスはぐっと、ソフィアの手を強く握り──確かな意志を込めて、ダンブルドアを見た。
「僕は、行きません。──行かない方がいいでしょう。僕の、なによりも守りたい友は…ドラコ・マルフォイですから」
「…そうか、──いいんじゃな?」
主語のない問いかけに、ルイスはじっとダンブルドアの目を見つめ、「はい」と固く呟いた。
一瞬、ダンブルドアの目が悲しげに揺れたのをルイスは見たが──瞬き一つする間に、それはいつもの輝きに戻っていた。
暖炉の炎の揺れが見せた幻覚だろうか、とルイスが首を傾げる頃にはダンブルドアは既にソフィアの目を見ていた。
「君は、どうするかね、ソフィア?」
「私は──私は、行きます」
ソフィアはルイスの手を握り返しながら、たしかに頷いた。
今まで、ルイスとソフィアは本当の意味で道を違えた事はなかった。
だが、この日、この時。
間違いなく2人の異なる選択により──進むべき未来は変わった。2人は、お互いが居なくても、かけがえのない友と歩めるように、自立しつつあるのだろう。
片方は闇へ、片方はそれに抗うために。
そして、双方、どちらも──かけがえのない、友のために。
「ルイス、ソフィア。君たちの選んだ道はおそらく──正しい道じゃ。じゃが、易い道では無く……辛い事もあるかもしれん」
「大丈夫です、ダンブルドア先生。…覚悟の上です」
「ええ、それに。毎年易い一年じゃないですもの!」
ソフィアが少し笑いながら言えば、ダンブルドアはふっと口先だけで微笑み、紅茶を一口飲むとローブの内ポケットを探り、小さな空き瓶を取り出した。それはところどころ引っ掻き傷があり、くすんでいて──見窄らしいゴミのような瓶だった。
「ソフィア、君にこれを。──ポートキーじゃ」
「ポートキー…?一体、どこの…?」
ソフィアはルイスから手を離すと、そっと両手で瓶を受け取った。それは両手に収まるほどの小さく薄汚れた瓶──いや、ポートキーだった。
「君の事を必要としている場所に行く。少々特殊なポートキーでのう。毎日朝10時にとある場所へ行き、夜6時にこの家に戻ってくるように設定されておる。9月1日まで有効じゃ。ソフィアさえよければ、出来る限り多くの日に、その場所に向かってほしい」
「私の事を必要としている場所…?」
ソフィアは首を傾げたが、ダンブルドアは微笑むだけでそれ以上何も言わなかった。
「さて、ルイス。君にはこれを」
「これは…?」
ルイスが受け取ったのは、小さな銀色の指輪だった。ただのシンプルな指輪であり、中央に何か透明な石はついているが──これといった使い道がわからない。
「導き石の指輪じゃ。会いたい人の事を心から思い、指輪に触れれば──その者までの道を示してくれる」
「…ありがとうございます」
ルイスはそっとその指輪を左手の人差し指にはめる。まるでサイズを合わして造られたかのようにぴったりであり、指輪をつけ慣れていない事から少し違和感はあったが──きっと、すぐになれるだろう。
ダンブルドアはにっこりと笑うと、「よき、夏季休暇を」と告げ暖炉の傍にあるフルーパウダーを一掴みした。
もう行ってしまうのか、とルイスとソフィアは残念そうにセブルスを見たが──セブルスはソファから立ち上がる事なく、ただ紅茶を飲んでいた。
セブルスは一切口を挟まなかった。きっと、ここに来る前に予め説明を受けていたのだろう。
一瞬呆けた2人だったが、すぐにセブルスが今日はここで過ごすのだと分かるとパッと目を輝かせる。
「──あっ!ダンブルドア先生、私はいつ隠れ家に行くんですか?」
ソフィアは立ち上がり緑の炎の中に足を踏み入れたダンブルドアに向かって慌てて声をかける。ポートキーを使い、どこか自分を必要としている場所へ行く事はわかったが、肝心の隠れ家にいつ行けばいいのかわからなかった。
ダンブルドアはくるりと振り返り「然るべき時に」と言うと、引っ張られるようにして消えてしまった。
すぐに炎はいつものように赤く燃え、パチパチと火の粉を吐き出す。
暫く暖炉の炎を見ていたソフィアはくるりと振り返り、ソファに近づくとセブルスをルイスとで挟むように、その隣に座った。
「…父様は、いつまでここで過ごせるの?」
「明日の夜には、いかねばならん」
「そっかぁ…残念だなぁ」
ルイスとソフィアは残念そうに眉を下げたが、正直なところ──来年度が始まるまで一切会えないと思っていたのだ、少しでも、家族として過ごすことができる。それだけで幸せだと自分に言い聞かせた。
「ソフィア、ルイス。金庫の鍵はあの小棚の引き出しにいれてある。ホグワーツからの手紙が届いたら、買いに行きなさい。──今年はジャックの手伝いも頼めないだろう。ホグズミードにいくなら、明るいうちだけだ」
「わかったわ」
「大丈夫だよ、僕たちはもう五年生になるからね」
「ジャックも、父様と──同じなの?」
ソフィアの問いかけにセブルスは暫く無言だったが、微かに頷く。
成程、やはりジャックと
「そう…私は、何があっても父様を信じてるわ」
「僕もだよ。父様」
ルイスとソフィアはそっとセブルスに抱きつくように身を寄せ、その淡い薬品の匂いを胸いっぱい吸い込んだ。
「…ああ…わかっている。私も、2人を何よりも信じている…」
セブルスは2人の柔らかくさらさらとした髪を撫で、愛おしげに呟いた。
ーーー
夜、2時を回ってもまだ眠りたくない、父様のそばにいたい。とルイスとソフィアは起きていたが、流石に眠気が限界になってしまい「明日、7時には絶対に起こして!」とセブルスに何度も言いながら、自分達の個室へと向かった。
セブルスは暫く言うことが出来ないお休みの挨拶をするために、それぞれの部屋まで付き添った。先にソフィアをベッドに寝かせ、額に優しくお休みのキスを落とし、半分閉じかけている瞼を撫でる。
「おやすみ、良い夢を…ソフィア」
「おやすみなさい…父様」
ソフィアはすぐに目を閉じ、穏やかな寝息を立てた。セブルスは暫くその寝顔を見つめていたが、頬を掠めるように指先で撫で、ゆっくりとソフィアの部屋から出て行く。
次にルイスの部屋に入れば、ルイスはベッドに腰掛け、セブルスの訪れを静かに待っていた。
「ルイス…少し、話さないか」
「…うん、そうだね」
セブルスはルイスの隣に座る。2人分の重みでぎしり、とベッドが悲鳴を上げ、静かな部屋に響いた。
「…死喰い人に、なるつもりなのか」
暫く無言だったが、セブルスが低く掠れた声で呟いた。
ルイスは少し悩んだ後で「わからない」と答え、セブルスの肩に頭を預けた。
「…僕は、ドラコの支えになるって決めた。…多分、ドラコは独りだと、潰れてしまうから」
「…、…だが…」
「もし、ドラコが死喰い人になっても…僕の事を、例のあの人は…父様の子供だって知らないでしょう?僕に利用価値があるとは思わないはずだ。──いくらドラコと仲がいいとはいえ…多分、ただの学生を死喰い人にはしないと思う。……死喰い人になりたくはない、けど…」
ルイスは言葉を濁し、消え入りそうな声で呟く。
死喰い人なんてなりたくない、自分の母を殺したヴォルデモートに仕えるだなんて、想像するだけで強い嫌悪感と吐き気がする。
だが、ドラコにとっても、ルイスにとっても互いの存在が切り離せない──大切な人である事は間違い無い。
セブルスがアリッサの未来を守るために死喰い人に身を落としたように、ルイスもまた、ドラコのために足を踏み入れる可能性は十分にあるだろう。しかし、それは勿論──最終手段だ。
「…ドラコを死喰い人には、させたくない。守りたいな」
ルイスの本心に、セブルスはそのしっかりとしてきた大人に向かいつつある肩に手を回し、ぐっと抱きしめた。
「…、…ルイス。何かあれば、すぐに言いなさい」
セブルスは本心を言えば、ドラコなど見捨ててソフィアと共に騎士団に守られる存在でいて欲しかった。
本来ならば、どちらにも関わらないのが一番だろう。だが、父親である自分が両方の陣営に加わるなかで2人を野放しにする事は危険すぎる。
それに、既に2人がハリーにとっての友人であると──ペティグリューを通して伝えられてしまった今、良からぬ企みに傷つけられる事を防ぎ、守る為にはダンブルドアの加護の中に居るのが良い。
しかし、セブルスはルイスとドラコの仲を重々承知していた。
今2人を無理に離せば、間違いなく──ドラコは悲惨な運命をたどるだろう。心優しく、親友を見捨てる事を強要されたルイスもまた、どうなるかわからない。
心を許すことの出来る存在が居ないままで生きていけるほど、きっとこれから先の時代は優しくないのだ。
何があっても裏切る事がないと心の底から思う事ができる、信頼できる存在がいないと、ヴォルデモートの脅威に潰れ、疑心暗鬼になる事だろう。
セブルスにとって、唯一の親友であるジャックがいたからこそ、耐えられた事も多い。
それがわかっているセブルスは、無理に2人を離すことは出来なかった。
「何があっても、私は──ルイスを守る」
「…はい、父様」
ルイスは目を閉じ、父の温もりを感じながら──何も起きず、ヴォルデモートが無事騎士団により倒される未来になるよう、祈った。