セブルスが帰宅した次の日、ソフィアはシェイドに手紙を持たせ──ちょっと宿題を終わらせるから3日位行けないの──とハリーに伝えた。ハリーからの返事はすぐに届き、残念がってはいたが、それ程鬱々とはしてなさそうだった。
流石に、貴重な家族揃って過ごせる時間なのだ、ソフィアはハリーと過ごそうとは思わなかった。
一つの大きなソファに身寄せ合うようにして座り、3人はそれぞれ本を読んでいた。ルイスは上級魔法薬書、ソフィアは変身呪文一覧書、セブルスは少々危険な闇の魔術書──時々、ソフィアは口の奥でぶつぶつと呟きながら、何かを確かめるように杖を振った。
「──あ、そういえば、ソフィアはアニメーガスになれるようになったんだよね?」
「ええ、そうよ!──あっ!色々ありすぎてお披露目してなかったわね!」
ソフィアはぱっと立ち上がり、セブルスとルイスの前に立つ。
2人の視線を受けたソフィアは、恭しく頭を下げ膝を折り、そのまま茶目っ気たっぷりのウィンクをすると──真っ黒なフェネックへと変わった。
「わっ!す、すごい!」
「…ほう、フェネックか」
「きゅぅん!」
ソフィアはセブルスの膝の上に飛び乗ると、嬉しそうに尻尾を揺らした。真っ黒なセブルスの服装に、ソフィアの体色はまぎれるように溶けていたが、目だけが鮮やかな緑色だった。
「きゅ?」
ティティは同族の声に、不思議そうに耳をピクピクと動かし首を傾げる。
そういえば、話せるのだろうか──と、ソフィアはティティに話しかけた。
「ティティ?私よ、あなたのママの、ソフィアよ?」
「ママ!?えっ、ママ?…ええ!?」
ティティの声は鈴を転がしたかのように高く、愛らしい子どものような声だった。
ああ、本当に何を言っているのかわかるのね──と、ソフィアは嬉しくなり、ソファの端に座っていたティティの元へ駆け寄り、驚愕しているその黒い眼を見つめた。
「ええ、そうよ!驚いた?私も同じ姿になれるのよ!」
「うわぁ!すごいすごい!ティティのママ、すごーい!」
ティティは嬉しそうにくるくるとソフィアの周りを回った。
体格的には、
ソフィアは再び人間の姿に戻ると、きょとんとするティティの体に顔を埋め、すう、と息を吸い込みながら抱きしめた。
「──はぁ!ティティとお話できるなんて、最高!」
「きゅー!」
ぎゅっと強く抱きしめれば、ティティは少しざらざとした舌でソフィアの頬を舐めた。
「そうか、アニメーガスは、近い種族とは話せるのだったな」
「ええ、すごく便利だわ…私のこと、ママだって!ふふ、可愛いわー!」
「うわぁ…いいなぁ、動物と話せるなんて…羨ましい」
ルイスはアニメーガスについてさして興味は無かったが、動物と話せる事は確かに魅力的だと思った。自分が何のアニメーガスになるのかはわからないが、他の人が聞き取れない言葉を知る事ができるのは素晴らしい。
「まぁ、いつか挑戦して──」
いつか挑戦してみればいいわ。とソフィアがルイスに言おうとした途端、その言葉を飲み込むかのように薄く青く光る狐が窓をすり抜けて現れた。
「守護霊…?」
その狐は家の中を飛び跳ねるように3人に近づき、表情を険しくさせたセブルスの腕にぶつかる──かと思われたが、その瞬間、空に溶けて消えてしまった。
何故守護霊が?とソフィアとルイスは顔を見合わせたが、セブルスは無言で立ち上がりさっとリビングを横切る。そのまま階段を駆け上がり自室へと入ると──しっかりと、鍵の閉まるガチャリ、という重い音が響いた。
「…何だったんだろうね」
「…狐の守護霊…よね?…招集かしらね?」
美しくエネルギーに満ちていた守護霊は、きっと死喰い人の招集ではないだろう。──ソフィアとルイスは知る由もないが、幸福な気持ちがなく、闇に身を落とし切った死喰い人は、守護霊魔法が使えないのだ──ならば、不死鳥の騎士団の招集だろうか。
ソフィアは気になったが、騎士団に入ってもいない未成年である自分が何があったのかと聞いても、きっとセブルスは教えてくれないだろう。ならば、下手に聞いて困らせる事はしたくない。
必死に気になる気持ちを抑え、ソフィアは膝の上にティティを置き優しく顎の下を撫でながら、本を開いた。
ルイスは暫く階段の上を見ていたが──ルイスもまた、何も言わず再び本に視線を下ろす。
2人とも、本をとりあえず見てはいるが──気になりすぎて、全く瞳は動いてなかっただろう。
数分後、セブルスが険しい表情のまま自室から出てきて、階段を降り、大股でソファに向かうと不機嫌さを隠しもせずイライラとした様子で舌打ちを零し座った。
ソフィアとルイスはちらりと顔を見合わせる。何かあったことに間違いは無さそうだが、招集がかかったわけではないのだろう。もし招集ならば、すぐ出て行くために暖炉を使ったり、姿くらましをするはずだ。
「…父様、紅茶飲む?」
「……ああ、そうだな」
「オッケー。アッサムにするね」
ルイスは返事を聞くとパタンと本を閉じ、ポケットから杖を出しキッチンに向かってくるくると振りつつ呪文を唱えた。棚の中に入っていたポットはふわりと浮かび、ヤカンに入った水は一瞬で熱湯に変わる。
しばらくしてふわふわといい匂いがするティーセットが机の上に到着し、勝手にカップに紅茶を注いだ。
セブルスはぐいっと一気に飲むと、苦い表情で重々しいため息をつく。
ソフィアとルイスの視線に気付いたセブルスは──小さく口を開いた。
「…どうせすぐに知る事になるだろうから伝えるが…。ポッターの元に吸魂鬼が現れた」
「えっ!?」
「そんな、大丈夫なの!?」
「ああ…守護霊魔法で追い払ったようだが、…マグルの前で未成年が魔法を使う事は許されない。魔法省の尋問にかけられ、退学処分かどうかを決めるようだ」
「でも、自分の命を守るためには許されているはずだわ!」
ソフィアは立ち上がり──ティティが慌てて飛び退いた──怒ったように叫び、ルイスも困惑しながら頷く。もしハリーが守護霊魔法を使えなければ──悲惨な結果になっていたかもしれない。
セブルスは苦虫を噛み潰した表情のまま、唸るように「ああ…」と答え、考え込むように自分の唇に指先で触れた。
「…ダンブルドアが動いている、どうとでもするだろう」
「ダンブルドア先生が?…まぁそれなら…大丈夫かしらね」
ほっと息を吐き、すとん、とソファに座ったソフィアは、セブルスと同じようにじっと深く考え込む。ルイスもまたそんな2人を見つめながら「あまり、よくないね」と呟いた。
「野生の吸魂鬼や…シリウスを探してる吸魂鬼がたまたま近くに居たんだったらいいけどその確率は低いよね。…吸魂鬼は殆どアズカバンにいるんでしょ?……命令に反く吸魂鬼が出てきたって事だね」
「…ああ、そうだな」
「例のあの人は…昔、吸魂鬼も支配下に置いていたのよね…。うぅん…嫌な感じだわ。やっぱり、あの人は昔のような軍団を作ろうとしているの?」
ソフィアの問いかけに、セブルスは口を硬く結んだまま何も答えなかった。
まだアズカバンにいる吸魂鬼全てが反乱してはいないだろうが。それも時間の問題のような気がして、ソフィアは嫌な考えにぶるりと体を震わせた。
もし、吸魂鬼がアズカバンから姿を消せば、間違いなく日刊預言者新聞の見出しになるだろう。
「…さっきの狐の守護霊は誰の?」
ルイスは、ふと思い出したかのように聞いた。セブルスは伏せていた視線を上げ、紅茶のおかわりを注ぎながら「ジャックだ」と軽く答えた。
「ジャック?…へぇ、狐なんだ」
「そういえば、ルイスの守護霊は何なの?守護霊魔法使えるようになった?」
「うーん…」
ルイスはまだ一度も成功していなかった。
3年生のときにセブルスから教わり練習していたが、結局ホグワーツを警備していた吸魂鬼がアズカバンに戻ったのを気に、その練習も終わっていた。
ルイスはポケットから杖をだすと、1度目を閉じ幸福な気持ちを考える。
何よりも大切な家族のこと、そして──ヴェロニカとの思い出。
「……
杖を振れば、杖先から銀色の物が噴出され、そして──それは確かに形をつくった。
「──鴉?」
ソフィアは現れた銀色の鳥を見て、大きな籠の中に入っているシェイドを見た。色こそ異なるが、その大きな鳥は規格外の大きさの鴉に似ていた。
「まさか!成功するなんて!は、初めてだよ!」
ルイスは勢いよく立ち上がると、目の前に悠然と立つ鴉を唖然と見る。
ソフィアとセブルスも、まさか初めての成功だとは思わず大きな鴉を見つめた。
その銀色の鴉はゆっくりと羽を広げるとふわりと浮き上がり、生まれ出たことを喜ぶように鴉は天井ギリギリを旋回する。
「…足が…三本ある…?」
「え?──あ、本当ね」
その足は、通常の鴉とは異なり足が確かに三本あった。
ふわり、と大きく羽ばたきながらその鴉は銀色の靄となって消えた。
暫く、無言だったがルイスはそのキラキラとした銀色の残滓に手を伸ばし、ぐっと掌を握る。成功するなんて思わなかった。──それほど、自分にとってヴェロニカとの出逢いが大きなものだったのだろうか。
嬉しいような、気恥ずかしいような気がしてルイスは小さく微笑みをこぼす。
「……鴉ではなく、八咫烏なのだろう。守護霊が魔法生物になる事は、極めて稀だ」
「八咫烏?…聞いたことないや」
セブルスの言葉に、ルイスは初めて聞いた種類の魔法生物に首を傾げつつ、鳥籠の中で静かにうとうととしているシェイドを見た。
あの守護霊はシェイドとそっくりだった。だが、シェイドの足は2本しかない。きっと、シェイドはただ特別大きなワタリガラスなのだろう。
と、特に違和感を覚える事は無かった。
「八咫烏は、普通のワタリガラスと何が違うの?」
ソフィアもルイスと同じく、先ほどの守護霊がシェイドとそっくりだと気付き、まじまじと鳥籠の中でうたた寝をしているシェイドを見ながらセブルスに聞いた。
しかし、セブルスは沈黙した後、「あまり、詳しくは知らん」と素っ気なく答える。
「八咫烏は、三本脚の巨大な鴉の姿をしている。…魔力と知性を持ち、突風を起こす事ができるとは文献に書いてあったが…。確か、極東の魔法生物だ、詳細が書かれてある本はこの家にはないな」
「そっか、じゃあ…ホグワーツの図書館か、ハグリッドに聞いてみようかな」
この家には膨大な量の書籍があるが、やや魔法薬学や薬草学、呪文学、変身術に偏りがあると言えるだろう。魔法生物に対しての書籍は、一般的なものはあるが詳細に──他国の魔法生物まで網羅するほどのマニアックな本はなかった。
「ソフィアは?守護霊魔法、使えるようになったの?」
「ええ!私は使えるわ。見てて……
ソフィアが得意げに胸を張りながら意気揚々と杖を振れば、杖先から銀色のフェネックが躍り出る。
キラキラと輝く銀色のフェネックは、ティティに近づき鼻先でちょん、とその白い体を突きふわりと空に溶けた。
ティティは不思議そうに鼻をひくつかせ、銀色のフェネックはどこにいったのかと首を傾げる。
「ね?フェネックなの!」
「へぇ!凄いね!ソフィアらしいや」
セブルスはいつの間にか2人とも守護霊魔法を習得できるようになった事に驚いていたが、大人でも難しい魔法を、自分の子ども達が使える事は素直に喜ばしく、優しい目で2人を見つめる。
「おめでとう、ソフィア、ルイス。守護霊魔法は吸魂鬼を退けるだけではなく、他にも様々な有効、かつ素晴らしい力を持つ。──私は2人を誇りに思う」
優しいセブルスの言葉に、ソフィアとルイスは嬉しそうに顔を綻ばせる。これからも、父が誇れるような──そして、今後のために、より強大な魔法を学ばねばならない、と真剣に考えた。
「父様、これからのために…何か習得した方がいい魔法はある?」
セブルスとソフィアは、ルイスの言葉の隠された意味をすぐに察した。
明言しなくとも、今後ヴォルデモートと対抗する──もしくは、何かが起きた時の為に備えるのだと、言われずともわかった。
セブルスはルイスとソフィアの真剣な眼差しを受け、ポケットから杖を出すと、2人の目を見たまま杖先を指で撫でた。
「…そうだな…。……治癒魔法を1つ教えよう」
親の贔屓目があっても、2人が優秀な魔法使いと魔女である事は確実だ。
大人でも難しい守護霊魔法を使い、呪文学では2人とも優秀な成績を収めている。高学年からしか学ばない無言魔法も、簡単なものならば使えるのだ。
これから先、何が起こるかわからない。治療薬がすぐに手に入る状況でなければ、自分の身を守る為にはやはり、治癒魔法しかないだろう。
「治癒魔法?」
「エピスキーなら呪文学で学んで…もう使えるよ?」
2人は簡単な傷を治癒するエピスキーの事かと思ったが、セブルスは首を振る。
たしかに、エピスキーもまた治癒魔法だが、あれは擦り傷や軽い打撲を治癒する事ができる程度であり、有効性は低いと言えるだろう。骨折を治す事も可能だが、複雑骨折などは対象外である。
「いや…私が教えるのは、高度治癒魔法だ。この治癒魔法は…大人でも習得する事が難しく、そもそも……知る者も少ない」
セブルスは杖を振り、自室から一冊の本を呼び寄せる。その本はソフィアとルイスが今まで見た中で最も汚れ、表紙は色褪せ古かった。
「どうして?治癒魔法なんて…知っていれば便利でしょう?」
「使う事が出来れば、の話だ。この魔法は古代高度治癒魔法と呼ばれ、ホグワーツでは学ばん。
難易度の高い魔法を使うよりも、魔法薬を十分に備える方が理にかなっていると考える魔法使いは多い。それ故に闇払いになる為には魔法薬学において、一定の成績を納めなければならないのだ。有能な闇払いほど、油断なく備え、自らの手で必要な魔法薬を調合する。
「そっか…。でも、僕たちは好きな時に魔法薬を作る事が出来ないから…その魔法が必要なんだね?」
「どんな魔法なの?」
セブルスは机の上に本を置き、その治癒魔法が書かれたページを開いた。
人体図や、何やら複雑な詠唱、そして論理が細かに記されており、ソフィアとルイスは今まで見た呪文の中で群を抜いて難しそうだと分かると、目を瞬かせながらその呪文を口にした。
「「
勿論、なんの理論も理解せずその魔法は発動しない。
眉を寄せてじっと書かれた文を読む2人を見て、セブルスは実演した方がわかりやすいかと──左腕の袖を捲った。
「
「あっ!」
「と、父様!」
セブルスの腕にパッと赤い線が走り、すぐに玉のような血が溢れじわじわと青白い腕を染めていく。つん、とした血の鉄臭い匂いが漂い、ソフィアとルイスは顔色をさっとかえると狼狽し不安げにおろおろとセブルスを見つめた。
「この魔法は呪文の紡ぎ方が特徴的だ、よく聞きなさい。──
その呪文は、まるで低く歌うかのような詠唱だった。セブルスが杖先を傷口に向け、何度か呪文を唱えれば──時を戻すかのように垂れていた血が傷口に戻り、赤く深い線は徐々に薄くなっていく。セブルスが3度唱えた時には、その腕は傷などなかったかのようにいつもの青白さを保っていた。
ソフィアとルイスは驚愕し、すぐにセブルスの腕に触れ、たしかに少しの痕も残っていない事を確認すると──その腕に、闇の印は残っていたが──目を輝かせて興奮したようにセブルスを見つめた。
「凄い!ハナハッカ・エキスよりも治癒速度が早いわ!」
「どんな怪我でも治せるの!?」
「かなりの重傷も治癒する事が出来る。…この魔法がなによりも優れている点は、……さて、わかるかね?」
セブルスは服を整えながら、教師としての顔をチラリと見せ2人に問いかける。
ソフィアとルイスは少し沈黙したが、先ほどの光景を思い出し、2人同時に手を上げた。
「はい!スネイプ先生!」
「わかったわ!スネイプ先生!」
「…よろしい。ミス・プリンス?」
「体内から流れ出ていた血液も、元に戻していました!ただの治癒魔法ではなく、巻き戻すかのような魔法、怪我を無かったことにするかのような……。つまり、出血死を防ぐ事が出来るんですね?」
「そうだ。グリフィンドールに2点加点しよう」
「…まぁ!それは、学校で言ってほしいわ!」
いつもなら正解を答えても鼻で笑うか無視をするのに、家だと簡単に加点してくれるのか、とソフィアは頬を膨らませた。
セブルスとルイスは拗ねたようなソフィアの表情に、小さく笑い──ソフィアもまた、頬を膨らませていた息を吐いて吹き出すように笑った。
「失われた血液だけではなく…。もし、肉の一部が剥がれたとしても、腕が飛んでしまっても。その部位がそばにある限り戻り、治癒する。ハナハッカ・エキスと同等…いや、使用者の力量によってはそれを凌駕する治癒能力を持つ。ただし、解毒効果はない」
「うわぁ…それでも、すごいね」
「この魔法は、間違いなく守護霊魔法よりも難易度が高い。私がいる数日で習得するのは困難だろう。よく理論を理解し、ホグワーツへ行っても、日々訓練するように。──ハナハッカ・エキスを準備することを、くれぐれも忘れないようにしたまえ」
「はい、父様先生!」
「わかったわ、父様先生!」
きっと、この魔法は自分達の武器の一つになるだろう。
そうソフィアとルイスは予感していた。
セブルスもまた、何が起きてもおかしくないこれから先、何があっても2人の事を護ると自分自身に誓ってはいるが、どうしても目の届かない時間はあるだろう。少しでも2人の生存確率を上げる為に、何としても、この魔法を習得して欲しかった。
易々と死なせるわけがない。
命に代えても、2人を護る。
セブルスは真剣な眼差しで本を読みぶつぶつと呟く2人の横顔を見て、再度心の奥で呟いた。