ハリーは日刊預言者新聞を購読していたが、隅々までは見ていなかった為に自分の名前がそんなにも悪い意味で揶揄られているとは思わず、悔しいやら困惑やらでぐしゃぐしゃと髪を掻き乱した。
話がハリーへの魔法省の尋問に流れかけた時、階段を上がる足音と軋むミシミシという音が聞こえ、フレッドとジョージは慌てて伸び耳を回収し、自室へ姿を眩ました。
間一髪、2人が消えたのと同時にモリーが扉を開き、フレッドとジョージが今までいたとは微塵も思っていないモリーがソフィア達ににっこりと笑い、話しかける。
「会議は終わりましたよ。降りてきていいわ。ハリー、ソフィア、みんながあなた達にとっても会いたがってるわ!夕食にしましょう。──ところで、厨房の外の扉にクソ爆弾を山ほど置いたのは誰?」
「クルックシャンクスよ。あれで遊ぶのが大好きなの」
ジニーがけろりと言い、モリーは少し眉を寄せたが「そう」ととくに気にする事なく納得した。猫というものは丸いものを追いかけるのが好きだとモリーは思っているのだろう、とソフィアは考えちらりとハーマイオニーと意味ありげな目配せをした。
「やっぱりね、クルックシャンクスかクリーチャーだと思ってたわ。あんな変なことばかりするし…。さあ、ホールで声を低くするのを忘れないでね。ジニー?手が汚れてるわよ、夕食前に手を洗ってきなさい」
ジニーはソフィア達に向かってぺろりと舌を出し、そのままモリーに続いて部屋を出た。
パタン、と扉が閉まった後、ハリーはロンとハーマイオニーに向き合い「あのさ」と口を開いた。
「クリーチャーって誰?」
「ここに棲んでるハウスエルフさ、イかれてる。あんなの見たことない」
「イかれてなんかないわ、ロン!」
ロンの説明にハーマイオニーはすぐに噛みつき、つんと口を尖らせた。だが、ロンはどこかかわいそうなものを見る目でハーマイオニーを見つめ、大袈裟な程に肩をすくめ「あいつの最大の野望は首を切られて、母親と同じように飾られる事なんだぜ?」と焦ったそうに言った。
「それでもまともかい?」
ソフィアはホールを通っていた時に、ハウスエルフの干からびた首が飾られていたのを思い出した。てっきり悪趣味な飾りかと思ったが、ロンの言葉を聞く限り──どうやら本物の首の剥製らしい。
「それは──それは、ちょっと変だからってクリーチャーのせいじゃないわ」
「ハーマイオニーは反吐をまだ諦めてないんだ」
「反吐って言わないで!SPEW、しもべ妖精福祉振興協会です!それに、私だけじゃないのよ、ダンブルドアもクリーチャーには優しくしなさいっておっしゃったわ!」
「はいはい。行こう、腹ペコだ」
ロンはこれ以上ハウスエルフについてハーマイオニーと議論する事は無駄だと思い、面倒臭そうに話を中断すると立ち上がりハリーの肩を叩いた。
ロンが先頭に立ち、ソフィア達は扉から踊り場に出た、しかし階段を降りる前にロンが長い腕を横に伸ばしソフィア達の動きを無理に押し止めた。
「ストップ!まだみんなホールにいるよ、何か聞けるかもしれない!」
ロンの囁き声に、ハリーとロンとハーマイオニーは慎重に階段の手すりから下を覗き込む。
ソフィアは聞くなと言われた事に聞き耳立ててもいいのか少し悩んだが──好奇心と、今何が起こっているのか知りたい気持ち、そして少しでも
階下の薄暗いホールでは先程ハリーとソフィアをここまで護衛してきた集団や、初めて見る魔法使いや魔女、そしてその中心にセブルスとジャックの姿があった。
どれだけ呼吸を止め、耳すませても小声で話している彼らの会話を聞くことは出来ないが、ソフィアはセブルスの体に大きな怪我もなく、数日前に見た時と変わりはない事にほっと胸を撫で下ろした。
伸び耳がソフィア達の目の前をそろりそろりと降りて行ったが、その耳が騎士団達の元に届くよりも前に騎士団達は全員玄関の扉に向かい姿が見えなくなった。
「スネイプは絶対ここで食事をしないんだ。ありがたい事にね」
「さあ、行きましょう。ホールでは声を低くするのを忘れないでね、ハリー、ソフィア」
「ええ、でもどうして?」
「…大変なことになるのよ」
「ああ、めちゃくちゃヤバいことになるんだ」
ソフィアの言葉に、ハーマイオニーとロンは神妙な顔で声を低めて答えたが、あまり答えになっていない言葉にハリーはまた自分だけ教えられない事があるのかと嫌そうに眉を顰める。
先に行ってしまったロンとハーマイオニーの背を睨むハリーを見たソフィアは、この好奇心となんでも気になってしまうからこそダンブルドアはハリーに全てを教えたくなかったのではないか…と思ったが、何も言わずに拳を作る手を握った。
「行きましょうハリー、私お腹ぺこぺこ!」
「…そうだね、行こうか」
ハリーは何か言いたげな目をしていたが、ソフィアの微笑みにつられるように、ここに来て初めて少しだけ微笑んだ。
ハウスエルフの首がずらりと並ぶ壁の前を通り過ぎる時、リーマスとモリーとトンクスが玄関の扉口に魔法の錠前や閂をいくつもつけ、最後に杖でトントンと叩いていた。
ソフィア達が降りてきた事に気づいたモリーは杖をポケットの中に入れながら、一層小声で囁く。
「厨房で食べますよ、さあ、忍足でホールを横切ってあの扉から入るの」
モリーはホールの奥にある扉を指差し、ここに何があるのかを知っているロンとハーマイオニーはそろそろとなるべく足音を立てぬよう歩き、ハリーとソフィアもとりあえずそれの真似をした。
そろそろと歩く中、黒い廊下を縫うように白い閃光が走った。
「ティティ!」
「きゅっ!」
白い閃光に見えたのは、薄く開いた扉から駆け出してきたソフィアのペットのティティだった。ソフィアはさっとしゃがみ込み両手を広げ、ティティは嬉しそうにその中に飛び込む。
それを見たトンクスがパッと表情を輝かせ、思わずソフィアとティティに向かって駆け出してしまった。
「わぁ!可愛い──あっ!!」
トンクスは、少々落ち着かず注意散漫な女性であり、真っ白で愛らしいティティに見惚れていた彼女はうっかりとトロールの足ほどの大きな傘立てにつまずき、大きな物音を立てて倒れ込んでしまった。
「トンクス!」
「ごめん!」
トンクスが転ぶのはもう見慣れた光景であり、モリーは呆れたように小声で叫び、トンクスも慌てて小声で謝る。
「この馬鹿馬鹿しい傘立てのせいよ、躓いたのはこれで2度目──」
その先のトンクスの言葉は誰の耳にも届かなかった。
壁にかけられていたビロードのカーテンが勢いよく開き、その奥から耳を劈き血も凍る恐ろしい叫びが轟く。開かれたカーテンの奥には黒い帽子を被った老女が拷問を受けているかのような叫び、涎を垂らし、目を見開いていた。等身大の巨大なそれは、ハリーとソフィアが見た中で最も生々しく醜悪であり、悪意の塊のようだ。
老女の叫びにより、他の肖像画も目を覚まし何事かと叫びを上げる。ハリー達はたまらず耳を塞ぎ、目をぎゅっと閉じた。
これが、ロン達が言っていた事か!とハリーはようやく分かったが、出来ればこれだけは知りたくなかった。
リーマスとモリーが急いでカーテンを引っ掴み閉めようとしたが、なかなか思うように閉まらず、抵抗するように老女はますます鋭く叫び腕を振り回し長い爪で2人の顔を引き裂こうとした。
「穢らわしい!クズども!塵芥の輩!雑種、異形、出来損ないども!ここから立ち去れ!我が祖先の館をよくも穢してくれたな!」
「ああっ!ごめんなさい!もう!うるさいわね!」
トンクスは自分のミスで老女を起こしてしまった事を何度も謝りながら巨大でどっしりとした傘立てを引きずり立て直す。
モリーはカーテンを閉めるのを諦め、ホールを走り回り他の肖像画に失神術をかけていた。すると、ハリーの目の前の扉が勢いよく開き、中から黒髪の長髪の男が飛び出した。
「黙れ!この糞婆!黙るんだ!」
男──シリウスはモリーが諦めたカーテンを掴み老女を睨み上げ吠え立てる。老女のぎょろりと血走った眼がシリウスを見据えた途端、さっと血の気が失せ──尤も、元々かなり顔色は悪かったが──戦慄き、さらに大声で叫んだ。
「こいつうぅぅっ!!」
その喚きによりシャンデリアがガチャガチャと揺れ、天井から白い埃がぱらぱらと舞い落ちる。ソフィアはこのままでは本部が半壊するのではないかと、本気で思った。
「血を裏切る者よ!忌まわしや、我が骨肉の恥!」
「聞こえないのか!黙れ!!」
シリウスも負けじと吠え、リーマスと懸命にカーテンを戻そうとしたが、分厚く巨大なカーテンはなかなか閉じず、老女の叫びによりばたついた。
「ティティ!」
ソフィアは目を薄く開き、苦しげに顔を歪めたまま腕の中で抱いていたティティを見下ろす。
ティティはぱっとソフィアの目を見て考えを読むと、すぐに腕の中から飛び出しくるりと空中で一回転すると、足を床につける頃には巨大な人物──ハグリッドへと変身していた。
一瞬老女も、リーマスもシリウスも呆気に取られ動きを止めたが、
シリウスはさっとリーマスが持つカーテンを掴み、2人がかりで反対側から閉じた。
白いハグリッドと、シリウスとリーマスの力によりようやくカーテンがぴったりと閉じると老女は嘘のように静まり返り、ホールに響くのは少し荒い呼吸音だけだった。
シリウスは息を弾ませながら長い黒髪を目の上から掻き上げ、ハリーを見てニヤリと笑った。
「やぁハリー。どうやら俺の母に会ったようだな」
「え?──だ、誰の?」
「我が親愛なる母上だ。かれこれ1ヶ月以上も外そうとしているんだが、この女はカンバスの裏に永久粘着呪文をかけたらしい」
シリウスは「母上」の部分を嘲るように強調しつつ、白いハグリッドを見上げ感心するようにその巨体をぽんぽんと叩いた。
「驚いたな、こいつは妖狐か?」
「ええ、そうなの。──ティティ、よくやったわね!」
ソフィアは声を顰め、白いハグリッドに向かって手を差し伸べる。白いハグリッドは無垢な満面の笑みを浮かべると、ソフィアの元にどしどしと駆け寄り、胸の中に飛び込んだ時には既にいつものティティへと戻り、満足げに喉を鳴らしていた。
「ソフィアもよくきたな。──さあ、下に行こう。急いで、コイツらが目を覚さないうちにな」
シリウスは声を顰めながら親指で気怠げに肖像画達を指差し、ハリーの背を叩きつつ廊下を共に歩いた。
ハリーはシリウスの言葉の意味がまだ理解出来ず、目を見開いたままシリウスを見上げる。
「どうして、お母さんの肖像画がここにあるの?」
「誰も君に話してないのか?ここは俺の両親の家だった。…俺が最後の生き残りだからな、今は俺の家だ。ダンブルドアに本部として提供した。──俺にはそれくらいしか役に立つ事がないからな」
シリウスはハリーが期待していたような温かな歓迎をしてくれなかったが、それよりもハリーはシリウスの言葉が苦渋と自嘲に満ちている事が気になった。
ソフィアはハリーとシリウスの後ろを歩きながら辺りを見渡す。
確かにそれなりに広い屋敷であり、埃が被ってはいるが…置かれている調度品や壁にかけられている灯りの装飾はどれも磨けば美しく高価なものばかりに見える。
蛇のシンボル──成程、たしかブラック家は何よりも純血を重んじている由緒正しい純血魔族だ。おそらく、貴族の面もあるのだろう。
階段を一番下まで降りた先にある地下の厨房は、上のホールと同じように暗く、荒い石壁のがらんとした広い部屋だった。
明かりといえば、厨房の奥にある暖炉くらいだろう。
ソフィアは部屋の中央にある木の大きなテーブルの上に羊皮紙の巻紙やゴブレット、ワインの空き瓶、ぼろ布のようなものが散らかっている荒れた様子を見て、せめてもう少し綺麗にすれば、それなりにいいお屋敷なのに、と心の奥で呟いた。
この荒れ方は、スピナーズ・エンドにあるスネイプ家よりも酷い、とは思ったが、おそらくそれを知る者は、この中には誰もいないだろう。
テーブルの端でアーサーとビルが額を寄せ合いひそひそと話しているのを見て、モリーが大きく咳払いをすると、弾かれたようにアーサーが顔を上げ、初めてハリーの訪れに気付き勢いよく立ち上がった。
「ハリー!会えて嬉しいよ!ソフィアも、本当に無事でよかった、よくきたね!」
アーサーは笑顔でハリーの手を取り大きく振るとソフィアにもにっこりと笑いかけた。
机の上に散らかっている羊皮紙をチラリと見たハリーだったが、モリーは片眉をあげるとさっと隠すようにビルに押し付け、ビルはすぐにくるくると丸めてしまった。