騎士団メンバーとその家族たちの静かな食事が始まった。
ハリーの護衛任務についていたマンダンガスが目先の商売に目が眩み任を離れた時に吸魂鬼がハリーを襲ったのだと、その時初めてソフィアは知ったがマンダンガスのあまりの落ち込み具合いと、ハリーがそれに関してはあまり怒ってはいない雰囲気だったため、何も言わなかった。
フレッドとジョージが魔法を使い一気に食器や料理を運んだために、モリーの怒りに触れつい、彼女が「チャーリーは見境なしに呪文をかけたりしなかった!パーシーは──」と言いかけた途端、場の空気が緊張を孕み凍りついたのだ。
ソフィアは事前にパーシーの立場や、両親たちと何があり家を出たのか説明されていたが──やはり、モリーの不自然に止められた言葉と、一気に無表情になったアーサーを見て胃の辺りがずしりと重くなるように感じた。
間違いなく、和気藹々とした楽しい食事の開始ではなかったが、温かなシチューやパンを食べているうちにポツポツと話し出すものが現れ、自然とパーシーについてはなかったことのように流されていた。
トンクスが彼女の特殊能力である七変化を使い、場の雰囲気を明るくさせ、くすくすとジニーとハーマイオニーとソフィアが笑う。次々と色々な面白おかしい鼻のリクエストをすれば、トンクスはにこにこと嬉しそうに七変化を披露した。
デザートのルバーブ・クランブルにたっぷりとカスタードクリームをかけ、それぞれがお腹がはち切れそうになるほど食べた後、食後のゆったりとした雰囲気が流れ始める。
そこそこで交わされていた会話もひと段落し、アーサーは満ち足りくつろいだ表情で椅子に寄りかかり、トンクスは眠そうに欠伸をこぼす。
ソフィアはこの場にセブルスとジャックが居ないことが残念でならなかったが、きっと彼らは彼らの仕事があるのだろう。実際、2人だけではなく護衛のためにハリーとソフィアを送り届けた魔法使いたちの姿はここには無い。
膝の上に白いクッションのようなティティが丸まりながら座り、ソフィアは美しいその毛を優しく撫でながら皆の緊張がとけた表情を見ていた。
「もうおやすみの時間ね」
モリーが欠伸をしながら言い立ち上がる。
壁にかけられている古びた時計の針は既に11時を指している。
「いや、モリー、まだだ。──いいか、君には驚いたよ。ここに着いた時真っ先にヴォルデモートの事を聞くだろうと思っていた」
シリウスは机の上にあった空の皿を押し退け、ハリーの目を見据えながら低い声で呟く。
その言葉に、部屋の雰囲気がさっと変わった。一瞬前は誰もが眠たげに寛いでいたが、今や警戒し、張り詰めている。
ティティは部屋に立ち込めた雰囲気を敏感に察知し、微睡かけていた意識を覚醒させると心配そうにソフィアの硬い表情を見上げた。
「聞いたよ!ロンとハーマイオニーに聞いた。でも、2人が言ったんだ、僕たちは騎士団に入れてもらえないから、だから──」
「2人の言う通りよ。あなたたちはまだ若すぎるの」
モリーはハリーの言葉を遮り、窘めるような強い口調で言い切ると背筋を伸ばしてシリウスを見る。その目には僅かに、嫌悪感が浮かんでいる事に、ソフィアは気付いた。
「騎士団に入ってなければ質問してはいけないと、いつからそう決まったんだ?ハリーはあのマグルの家に1ヶ月も閉じ込められていた。何が起こったのかを知る権利がある」
「ちょっと待った!」
「なんでハリーだけが質問に答えてもらえるんだ!?」
ジョージとフレッドが大声で叫び、目を爛々と輝かせ──この場に眠気が残っていた者など、いないだろう──勢いよく立ち上がる。
ガチャン、とバタービールの空き瓶が音を立て転がったが、誰もそれを元に戻そうとはしなかった。
「俺たちだって、この1ヶ月、みんなから聞き出そうとしてきた。なのに、誰も何一つ教えてくれやしなかった!」
「あなたたちはまだ若すぎます、騎士団には入っちゃいません!──ハリーはまだ成人にもなってないんだぜ?」
フレッドが何度もモリーから言われたのだろう、彼女の声音を真似て高い声で叫び、憤慨しながらハリーを指差す。
ぐっとモリーの眉間に深い皺が刻まれ顔が赤く染まったが、フレッドとジョージは一瞥すらしなかった。
「騎士団が何をしているのか、君たちが教えてもらえなかったのは俺の責任じゃない。それは、君たちのご両親が決めた事だ」
シリウスは静かな目で怒れるフレッドを見つめ、答える。
「ところが、ハリーの方は──」
「ハリーにとって何がいいのかは、あなたが決める事じゃないわ!ダンブルドアが言った事を、まさかお忘れじゃないでしょうね?」
「どのお言葉でしょうね?」
「ハリーが知る必要がある事以外を、話してはならないとおっしゃった言葉です!」
モリーの鋭い言葉に、シリウスは揶揄うように丁寧に返したが、その目には沸々とした怒りが滲んでいた。
今まで彼は何もできなかった、その鬱憤がどうしようもなく溜まっているのだろう。
ロン、ハーマイオニー、ソフィア、フレッド、ジョージの5人の頭がモリーとシリウスから放たれる強い言葉を、まるでテニスのラリーを見るように往復し、ジニーは散らばったコルク栓の中に座り込みながらぽかんと口を開きモリーを見つめる。
ハリーはシリウスを心の奥底から応援しながら、机の上に置いた手の拳を握り、ぐっと表情を引き締め、シリウスを支持する、と見えるようにモリーを見つめた。
「俺は、ハリーが知る必要がある事以外に、この子に話すつもりはない。しかし、ハリーがヴォルデモートの復活を目撃した者である以上、ハリーは大方の人間よりも──」
「この子は騎士団のメンバーではありません!」
モリーは『ヴォルデモート』の言葉に身震いしたが、その震えを誤魔化すように机を手で叩き、叫ぶ。
モリーは、ハリーが一年生の時から絶えず危機にさらされている事をロンや周りから聞かされしっている。ハリー達により、娘のジニーの命を助けて貰った事もある。かけがえのない恩人であり、そして、息子のロンと同様庇護すべき子どもだと思っている。
──いや、ハリーの境遇を考えた時に、その他の子どもよりも優しく、包み込むように守りたいのだ、辛い事など出来れば教えたくないのも仕方のない事だろう。
同じ歳の子どもがいるモリーだからこその、切なる思いなのだ。
「この子はまだ15歳です!それに──」
「それに、ハリーは騎士団の大多数のメンバーに匹敵するほどの──いや、何人かを凌ぐほどの事をやってのけた」
「誰も、この子がやり遂げた事を否定しません!でも、この子はまだ──」
「ハリーは子どもじゃない!」
「大人でもありませんわ!シリウス!この子はジェームズじゃないのよ!」
「お言葉だが、モリー。俺はこの子が誰かはっきりわかっている」
「私にはそう思えないわ!時々、あなたがハリーの事を話す時、まるで親友が戻ってきたかのような口ぶりだわ!」
その言葉にリーマスは僅かに表情を翳らせる。その事に気づいているのはモリーだけではない、ジェームズとシリウスの仲を知っているリーマスもまた、同じことを思っていた。
「それのどこが悪いの?」
ハリーは、今までも父親であるジェームズと生写しだとずっと言われ続けていた。誰よりも勇敢で賢いジェームズ似ている事が、彼にとっての密やかな誇りだったのだ。ハリーの言葉にモリーは一瞬信じ難い非難的な目をハリーに向けたが、すぐに頭を振ると子どもに言い聞かせるように、優しくゆっくりと伝えた。
「どこが悪いかと言うとね、ハリー。あなたはお父さんと違うからですよ。どんなにお父さんそっくりでも!」
モリーは納得のいかないハリーの視線から逃げるようにシリウスを睨み、再度ハリーは学生であり責任を持つべき大人がそれを忘れてはならぬと強く言う。
「俺が無責任な後見人だと言うのか?」
「あなたは向こう見ずな行動を取る事もあるという意味ですよ、シリウス。だからこそダンブルドアがあなたが家にいるように何度もおっしゃるんです!それに──」
「ダンブルドアが俺に指図することは、よければこの際別にしておいてくれないか?」
「アーサー!──アーサー、何とか言って下さいな!」
シリウスとの話は平行線を辿り、埒が開かないとモリーは焦ったそうに夫であるアーサーに助けを求める。今やシリウスとモリーはこれ以上口論すれば机の上をバタービールの空瓶の一つくらいは飛びそうなほど、熱がこもっていた。
アーサーはモリーと視線を合わせず、つけていたメガネを外すとゆっくりとクロスで拭いた。
──結局、アーサーはモリーが望むような言葉を言うことはなく、リーマスもハリーが歪曲された話を他人から聞くよりも、今我々が正しい話を伝えた方が良いのではと彼の意見を支持した。
このテーブルについている大人達は、ハリーに少しの情報を与えるべきだと思っている。モリーは顔を赤くし険しい表情のままテーブルを見回したが、誰もモリーの意見に賛同するものはいない。
いや、賛同する以前に、大人達の激しい口論に口を全く挟む事が出来なかったと言えるだろう。──尤も、騎士団が何をしているのか聞きたいのは事実だが。
モリーはハリーにのみ聞かせるとしたが、フレッドとジョージは成人している事を理由に、ロンとハーマイオニーとソフィアはどうせハリーから聞かされる事を理由にこの場に残ることとなった。
モリーは悲しいやら悔しいやら、心配やらで複雑な表情をし、なんとか怒りを爆発させないように冷静に努めながらジニーにのみ、この場から離れるように告げた。
流石にたった1人出される事をジニーは激しく拒絶したが、モリーに引き摺られるようにして部屋を後にする。
ジニーの叫びにつられるように、シリウスの母の肖像画が叫んだが、すぐにリーマスが静寂を取り戻しに行き、静かになった後リーマスが戻ってきた後、シリウスがようやく口を開いた。
「オーケー、ハリー。……何が知りたい?」
シリウスの黒い瞳をハリーは真剣な目で見る。
この人だけが、僕の鬱々とした気持ちだけを汲んでくれるのだと思うと、ハリーはたまらなかった。
「ヴォルデモートはどこにいるの?アイツは何をしているの?マグルのニュースを見ていたけど、それらしい不審な死は何もないんだ。ソフィアの言ってたように…今は勢力を蓄えているの?」
シリウスとリーマスがソフィアをちらりと見た。その目には『誰を何から聞かされたのだ』と探るような色があったが、ソフィアは肩をすくめ無言を貫いた。
「…不審な死は我々が知る限り…まだない。我々は相当、色々な事を知っているんだ」
「どうして、人殺しをやめたの?」
「それは、自分に注意を向けたくないんだろう。アイツにとって、それは危険なことだからな…。アイツの復活は思い通りにならなかった、わかるだろう?しくじったんだ」
「──と、いうより、君がしくじらせた」
リーマスがシリウスの言葉に付け足し、満足そうに微笑んだ。
ハリーは不思議そうに首を傾げたが、聡いソフィアとハーマイオニーはその言葉だけでその意味を理解した。
2人の予想通り、シリウスとリーマスはハリーが生きていて、ヴォルデモートの復活をダンブルドアに告げたことがどれだけの意味を持つのかと懇々と説明をする。
ヴォルデモートが唯一恐れた人物である、ダンブルドア。彼に復活を知られることは予定外だったに違いない。本来なら闇に紛れ、配下を集め、奇襲の形で平穏を潰し混沌を生み出したかったのだろう。
シリウス達はダンブルドアが不死鳥の騎士団を集め、ヴォルデモートに対抗するべく企みを根絶させようとしている事を告げた。
勿論、魔法省の協力は不可欠だが、ファッジがヴォルデモートの復活を認めず、ダンブルドアは狂ったのだと、自分の名声を上げるために幻影を相手にしているのだと宣言してしまった。
魔法省──いや、ファッジは自分の権力を保つために、見たくない物を隠し、ダンブルドアの信用を失墜させようと躍起になっている。それは、簡単なことだ。去年の日刊預言者新聞の力を借り、上部だけのダンブルドアとハリーしか知らない大衆に向かってあの2人は戯言を言って魔法界を混乱させたいだけなのだと、連日告げればいい。
大衆もまた、ヴォルデモートが復活しただなんて信じない。いや、信じたくはない。人々が目を瞑り耳を塞ぐのは、これ程まで簡単なことなのだ。
「ハリー、ヴォルデモートは魔法使いの家を個別訪問して、玄関をノックするわけじゃない。騙し、呪いをかけ、恐喝する。隠密工作は手馴れたものだ。いずれにせよ、奴の関心は配下を集めることだけではない。ほかにも求めているものがある。奴が極秘で進める事ができる計画だ──いまは、その計画に集中している」
「配下集め以外に何を?」
ハリーの疑問に、シリウスとリーマスはほんの一瞬目配せをした。
「極秘でしか、手に入らないものだ。武器のようなもの、かな。前の時には持ってなかったものだ」
「それ、どんな種類の武器なの?死の呪文よりも、悪いもの?」
「──もう沢山!」
暗がりの中から、モリーが叫んだ。
ジニーを寝室に押し込んだモリーが厨房に戻り、腕組みをして顔を憤怒で歪めながら大股でテーブルへと近づき、座っているシリウスを睨め下す。
「今すぐベッドに行きなさい!全員です!」
「俺たちに命令はできない!」
「出来るか出来ないか、見てごらんなさい」
フレッドはすぐに抗議の声を上げたが、モリーは怒りから小刻みに震えている。真っ赤を通り越し目が燃え、額には青筋が立っている。血管が数カ所切れていても不思議ではない怒りっぷりに、流石のフレッドも口を閉ざした。
「あなたは、ハリーに十分な情報を与えたわ。これ以上何か言うなら、いっそハリーを騎士団に引き入れたらいいでしょう」
「そうして!僕、入る。入りたい、戦いたい!」
ハリーはモリーの言葉に飛びつき、身を乗り出してモリーとシリウスを見た。
モリーは言い過ぎた、と口をつぐんだが、シリウスはニヤリと賛成を示すかのように笑う。
だが、否定したのはモリーでは無く、リーマスだった。
「駄目だ。騎士団は学校を卒業した成人の魔法使いのみで組織されている。危険が伴う。君たちには考えも及ばないような危険が……シリウス、モリーの言う通りだ、私たちはもう十分話した」
リーマスに止められてしまい、シリウスはハリーを見ながら中途半端に肩をすくめ、言い争うことも拒否する事も無かった。
モリーは鼻の穴を膨らませ、一度大きく深呼吸するとじろりと席に座るハリー達を見る。
もう、ベッドに行きなさい。そう言いかけた時──。
「聞いてもいいかしら」
収まりかけていた場を壊すように手を挙げたのは、今まで沈黙を守っていたソフィアだった。
途端にモリーは「ソフィア!」と非難的に叫び、リーマスもこれ以上何も言えないと厳しい目でソフィアを見る。シリウスだけは意外そうにソフィアを見つめた。
「なんだ?」
「騎士団の事じゃない。私の事を聞きたいのだけど」
ソフィアは立ち上がり、怒りに震えるモリーを見ないように、ただハリーをチラリと見てから、大人達をぐるりと見回した。
「私と──ハリーの関係は騎士団の共通認識なの?」
その言葉に、フレッドとジョージとロンは首を傾げ、ハリーは何を言っているのだろうときょとんとし、その他の大人は目を見開いた。
その反応を見たソフィアは、それだけで全てを理解し、ふう、と小さく息を吐く。
「…──じゃあ、私の家族の事は?」
2度目の漠然とした質問だったが、今度は皆不思議そうに顔を見合わせた。ただ1人リーマスだけが少し表情を変えたが瞬きひとつする間にいつもの表情に戻り、その事に気づいたのはじっと見ていたソフィアだけだっただろう。
「ルイスの事か?…あいつ、来ないってジャックから聞いたが…?」
「ううん、それなら、いいの」
シリウスの言葉にソフィアは首を振る。
シリウスと、父であるセブルスは犬猿の仲だ。もし自分がその娘だと知っているのなら──薄々思ってはいたが、こんな反応にはならないだろう。
つまり、この中でソフィアの家族のこと──セブルスの娘だと言うことは、リーマスしか知らないのだ。
「ソフィアとハリーの関係って?」
ジョージが不思議そうに首を傾げる。ソフィアは隠しているべきなのか、どうなのか悩みモリーやリーマスといった大人たちを見たが、誰もが口を閉ざすだけで首を振る事はなかった。
その答え──ハリーとソフィアの母親が姉妹であり、2人はいとこなのだという事は、部外者が口を出すことではない。本人が言うのならば、それでよし、秘密にしたいのならば、誰にも言うつもりはなかった。
勿論それはダンブルドアと、そして育て親であるジャックに言われていた事だ。ハリーとの関係を伝える事ができるのは、本人であるソフィアと、ルイスの2人だけだと。
ソフィアは少し悩み、そのまま小さく首を振る。
「…なんでもないの、ただ、私が何故ハリーと共にいるべきだったのか気になっただけよ。でも、──もういいわ。ごめんなさい、もう寝る時間よね?」
「え?ええ、そうね!もう寝ましょう!ほら、はやく!」
ソフィアの言葉にモリーはハッとしてハリー達に部屋に戻るように告げた。
ソフィアを心配そうに見るハーマイオニーが真っ先に立ち上がり、ソフィアの手をぎゅっと握る。それにつられるようにして1人、また1人と立ち上がり、ついに最後まで椅子に座っていたハリーも立ち上がった。
階段を上がるモリーの後ろ姿を見ながら、ソフィアは去年ダンブルドアがセブルスとの関係を誰にも──強固な絆で結びあい、信頼しあわねばならぬ騎士団員達にも言わなかった意味を考えた。
その意味を、ソフィアは昔のように、教職員の娘であるから、だけだとは到底思えなかった。
おそらく、この繋がりを隠す事は何よりも大切な事なのだ。
ダンブルドアも、そして、間違いなくセブルス本人もそれを望んでいないのだろう。大人が沈黙を守るのならば、ソフィアは同じように沈黙する事を決めた。