ハリーと2人きりでたくさん話をしたシリウスは、それからはとくに理由なく厨房にいたり、ハリー達と共に屋敷の掃除をした。
9月1日が近づくにつれ、シリウスはやはりふとした時に、どうしようもない寂しさや、夜に胸を掻きむしりたく成程の無力感に襲われ、気が滅入ってしまう事はあった。
それでも、ハリーとなるべく共に過ごした思い出を作ろう、今までの10年以上の空白を埋めようと、にっこりと笑い学生時代の話を沢山話した。
ハリーもまた、一年生の時から今までの試練の数々を話して聞かせた。心配せずとも、自分にはロン、ソフィア、ハーマイオニー、そして、ルイスというかけがえのない友が居て、何があっても助けてくれるし、お互いに支え合っているから。だから、心配しないで──それを、ハリーはこの数年間のソフィア達との絆を語る事で現した。
午前中の掃除がひと段落し、子ども達は汚れた手や雑巾を洗うために洗面所へ向かう。
爪の間に入った黒い汚れを取るために眉を寄せいじいじと爪を擦り合わせながらロンと階段を降りていくハリーを見送ったシリウスは、「なあ、友よ」と、共に掃除をしていたリーマスに声をかける。
魔法で雑巾を動かしていたリーマスは、汚れた雑巾をバケツの中に入れ「何だい」と朗らかな声で聞いた。
「ハリー、あいつ…ジェームズに似てるけど…全然、似てねぇな」
「そうだね、中身は──リリーに似ている」
「俺、どこかで…。ジェームズの息子なんだから、ジェームズと同じような性格だと思っていた。…だが、似てるのはクィディッチが好きで飛行術が上手い、それくらいだな。──俺はまだハリーの事を何も知らないんだな」
シリウスは壁に背を預け、そのまま大きくため息を溢す。
しかし、そのため息は失望しているわけではなく、ようやく目の前の霧が晴れ、ハリー本人をよく見て理解できる事への安堵や喜びの気持ちが多く含まれている。
「これから、よく知っていけば良い。君たちには沢山の時間がある。その何の変哲もないささやかな幸せの時間。誰にでも与えられて当然の時間が等しく子ども達にあることが、私──僕たちの願いだからね」
「リーマス…ああ、そうだな」
シリウスはリーマスの言葉を噛み締め、深く頷いた。
これから何が起きるのか、誰にも予想をする事は出来ない。騎士団は死喰い人の動きをよく見ているが、全てを知れるわけではない。
子ども達が何の変哲もない、当然のささやかな幸せを得るために。そのために大人達は戦うのだ。たとえ、この命が失われようとも、輝く未来が待っている子ども達の道になれるのならば構わない。──そう、騎士団員全員が思っているのだ。
「違うってわかってるんだが…ふとしたときに、ジェームズって呼びそうになる」
シリウスの小さな呟きに、暫くリーマスは沈黙していたが困ったように顎に手を当てた。
「それは…。……うっかり呼ばないようにね」
「いやー…後ろ姿とか、そっくりすぎてなぁ…これ、制服着てたらヤバいかもしれない」
「……まぁ、気持ちはわかるよ。メガネの形もよく似てるし。…正直、僕も何回か呼び間違えそうになったよ」
「だろ?どうしても口がジェームズって言い慣れてるからなぁ…正面から見たらハリーなんだが…」
リーマスは眉を下げ困り顔をしているシリウスをちらりと見下ろし、くすくすと喉の奥で笑うとシリウスの腕をトン、と肘で突き、悪戯っぽい笑顔を見せた。
「ならば、友よ、パッドフッドよ。ハリーの事をプロングスJr.と呼べばいい」
「──成程?誤ってプロングスだと思い、そう呼んでしまってもその後に苦し紛れのJr.を付ければなんとかなると言うわけか」
「ああそうとも。──問題は根本的解決になっていない事だね」
「それに、あだ名にしては長すぎる!」
くっくっと喉の奥でシリウスが笑い、リーマスも口元を押さえて低く笑った。
リーマスもまた、シリウスがハリーと離れる事を寂しがり落ち込んでいるとは知っていた。だが学生時代にも同じような事が多々あり、まぁ放っておいたら落ち着くだろうと思っていたのだ。
もう、子どもではなく大人なのだから自分の感情に折り合いをつけ、いつかひょっこり姿を表すだろうと。
しかし、ハリーが勘違いしているとはリーマスもまた、思わなかったのだ。
深夜、リーマスが厨房で寝ずの番をしているとシリウスが長い籠城から戻り、赤ワインをぐいっと瓶から直接飲みながらばつが悪そうに「ハリーを悲しませた」と吐き捨てたのだった。
その後は懺悔やら後悔やら、過去にあったハリーの勇敢な行動を称賛したり、まぁ色々朝が明けるまで一方的に聞かされていた。
「まあ、万が一ハリーの事をジェームズと呼んでしまったら、すぐに謝る事だね。そんな事無いのが一番だけど」
「そうだな、肝に銘じる」
シリウスはリーマスの優しい忠告に、しっかりと頷いた頃、洗面所から戻ってきたハリー達が口々に空腹を訴える。
「お腹すいたなぁ」
「今日の昼食は何かしら?昨日パスタだったから…うーん…」
「あ、そういえばハリー?ロン?あなた達宿題は終わったの?」
「食事前に食欲がなくなる事言うなよハーマイオニー!」
「宿題が終わらない!お困りのあなた、W.W.Wオススメの商品がありますよ!」
「そんなあなたにピッタリなのが──『眼が覚める目薬』!ダダーン!」
「ただし、瞼が閉じられなくなって涙が止まらないかもな!」
「うーん、絶対買わない」
ハリー達が楽しげに話す平穏な会話を聞き、シリウスとリーマスは、この会話がこれから先何年も、誰もかける事なく続く事を願った。
ーーー
夏休みの最終日、この日は明日からホグワーツに向かうため、今まで暮らしていた部屋を掃除することになった。
朝食を食べた後、ソフィアとハーマイオニーはすぐに部屋へ戻り机の上に山のように置いていた教科書をトランクに詰めていく。
「…明日からホグワーツなのに、まだホグワーツからの手紙が届かないなんて…」
「多分、ここは本部だから…色々検問があるのかもしれないわ。…でも!予習が全く出来ないのは痛手よ…!」
ハーマイオニーとソフィアはこの本部には手紙が届かない事や、一気に数日分まとまって届く事があると知っていたため、手紙が遅延するのは仕方がないとわかっていたが──いくらなんでも遅すぎる。
ハーマイオニーは新しい教科書を買わなければならないのなら、早く予習を始めないと1回目の授業に間に合わないかもしれない、そればかり考え日に日に落ち着き無くなっていた。
流石に、今日届かなければ新しい教科書を買いに行く時間がなくなってしまう。
きっとすぐに届くわよ、そうソフィアがハーマイオニーを慰めようとした時、トントンと扉がノックされた。
「ハーマイオニー、ソフィア、ホグワーツからのお待ちかねの手紙がやっと届いたわよ」
「まぁ!ありがとうジニー!」
「ようやく買えるわね!」
ジニーはハーマイオニーとソフィアにホグワーツからの手紙を渡すと、「ああ、こんなに沢山買わなきゃならないなんて…まぁどうせ、中古だけれど」と教科書リストを見ながらため息をつきトボトボとモリーの元へ向かった。
ハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせたが、下手に慰めるのはジニーのためにはならないだろう──家の金銭的事情なんて、未成年である自分達が触れない方がいいに決まっている──と考え、手元の手紙の封を開け中から教科書リストや手紙を取り出した。
「新しい教科書は、呪文学の本と、闇の魔術に対する防衛術の本…それと…あ、マグル学も必要だわ。…3冊なら、少ない方ね」
「良かったわ!これなら予習もなんとか間に合い──ああっ!」
「ど、どうしたの?」
ハーマイオニーは急に大声で叫ぶと、目を見開きホグワーツからの手紙を穴が開きそうなほどじっと見つめる。
口はぽかんと丸い形で開いていたが、みるみる内に広角が上がり、目を輝かせ頬を赤らめてハーマイオニーは勢いよくソフィアを見た。
「ソフィア!ああ!やったわ!!わ、私、監督生ですって!」
ハーマイオニーはソフィアの首元に飛びつき、ぴょんぴょんとその場で跳ねながら「嬉しいっ!」と叫ぶ。
ソフィアは目を瞬かせたが、すぐに満面の笑みになるとハーマイオニーを強く抱きしめた。
「おめでとう!まぁ、ハーマイオニーだと思っていたわ!だって誰よりも優しくて、正しくて、勇敢で、素敵な人だもの!」
「ありがとう、凄く嬉しいわ…!ずっと、監督生に憧れてて…!でも、私…ソフィアかなって思ってたわ」
「えっ?私?」
ハーマイオニーはソフィアの肩に手を置き、ゆっくりと体を離すと近距離でじっとソフィアの目を見つめる。
ソフィアは監督生になりたいとは一度も思った事が無かった。寧ろ監督生になれば、下級生の模範生となるべく振る舞わなければならない、そんな事──どう考えても不可能だ。何より、ソフィアは割とあっさりと校則を破るのだから。
「私は無理よ!だって、模範生にはなれないし、皆をまとめることなんて出来ないもの。ハーマイオニーはリーダーになる素質があるわ!本当に、おめでとう!良かったわね」
「ソフィア…ありがとう!」
「ああ、でも──ちょっと校則を破っても、減点はしないでね?」
ソフィアが悪戯っぽく言えば、ハーマイオニーはくすくすと笑い「私は公平に判断するわ」と胸を逸らし、早くも監督生としての片鱗を見せた。
「もう1人の監督生は誰かしらね?」
「そりゃ…ハリーじゃない?ねぇ、聞きに行きましょう?」
「えっ?ハリー?──うーん、まぁ行ってみましょうか」
ハーマイオニーは手紙を握りしめたまま、反対の腕をソフィアの腕に絡ませて引っ張る。
ソフィアは、ハリーが監督生になるだろうか?確かに偉大な事はしているが、違反ばかりだもの。と、思ったがとりあえず行ってみよう、とハーマイオニーに引かれるまま廊下を挟んで斜め前にあるハリーとロンの部屋へ向かった。
「ねえ!貰った?」
ハーマイオニーがノックをせず扉を勢いよく開け、中に入る。
部屋の中にはフレッドとジョージ、そして部屋で寝泊まりしているロンとハリーが同じようにホグワーツからの手紙を持っている。──ハリーの手にあるのは、監督生のバッジだ。
「わぁ!そうだと思った!私もよ、ハリー!私も!」
ハーマイオニーは興奮しながら自分の封筒をひらひらさせてアピールする。
ハリーは一瞬表情を歪めると、ロンにバッジを押し付け「違うんだ、ロンだよ。僕じゃない」と急いで言った。
「えっ?」
「ロンが監督生、僕じゃない」
ハーマイオニーはハリーの言葉を、彼女にしては珍しくなかなか理解する事が出来ず困惑した。
ハリーだと思っていた、何故ならグリフィンドールの五年生になるもので、ハリー以上にいろいろな事を経験している人なんていないと思ったからだ。
ソフィアはまさかロンだとは──失礼かもしれないが──思わなかったが、かけがえのない友達から2人も監督生に選ばれるなんて嬉しく、すぐに「おめでとう、ロン!」とにっこりと笑う。
「私…えっと……。わーっ!ロン、おめでとう、本当に!」
「予想外だった」
「ち、違うわ!私、本当に…ロンは色々な事を──」
ジョージがハーマイオニーの動揺も理解できるとばかりに頷くが、ハーマイオニーはみるみる内に顔を赤くしてもごもごと喉の奥で呟いた。
微妙に居心地の悪い空気になってしまった中、突然扉が開きモリーが洗濯が終わったローブを山のように抱え後ろ向きに入ってきた。
モリーはローブの山をベッドの上に置くと、ソフィア達が持っている封筒に目を走らせ、午後からダイアゴン横丁に行き、代わりに買ってくると告げた。
その後、どうせすぐバレるなら早い方がいい、とジョージとフレッドの2人がロンと、ハーマイオニーが監督生に選ばれたとモリーに伝え、モリーは感激し、喜び、これ以上見た事がないというほど全身でロンを褒め称えキスを送り、監督生になったロンへのご褒美を買うために早めにダイアゴン横丁へ向かう事にしたらしく、部屋を興奮し喜びの涙を流しながら出て行った。
ジョージとフレッドは監督生になったハーマイオニーとロンを揶揄いつつ姿くらましをして部屋から退散し、ロンは「クリーンスイープがいいって伝えてくる!」と箒のリクエストをするために部屋を飛び出した。
ハーマイオニーもまた、少しハリーの様子は気にしていたが両親に監督生になった事を知らせるためにヘドウィグを借り、部屋から出ていく。
ハリーは何故か、ソフィアの顔を見る事ができずにベッドの上に作られたローブの山を抱え、トランクに何度も詰め直していた。
「ロンとハーマイオニーが監督生だなんてね!これから規則を破るときは…私たち2人でしなきゃならないかもね」
「え?──あ、そっか、ソフィアも監督生じゃないんだ…」
ハリーは自分の事ばかり考えていたが、ようやくソフィアも自分と同じで監督生では無いのだと思い出した。
同じ友達のグループに2人も監督生がいるなんてかなり珍しいだろう。4人グループで良かった、もしこれが3人グループなら──周りからの視線が痛かったに違いない。
「そうよ?だって監督生は男女1人ずつだもの」
「…僕、監督生の事すっかり忘れてた…」
「そりゃ、私もハーマイオニーに言われるまでは忘れていたわ。興味も無いし…なれないと思ってたし…」
「そ、うなの?ソフィアが監督生になっても、おかしく無いとは思うけど」
「無理よ!だって私は色々規則を破っているもの、率先してね?」
「……僕が、監督生になれなかったのは…僕も規則を色々破ってるからかなぁ…」
「まぁ、率先して規則を破るのは私とハリーで、ロンとハーマイオニーはそれに巻き込まれる事が多いものね」
「…僕…僕、なんで監督生になれなかったのかって思っちゃった」
ぽつり、と思わず心の醜い部分がこぼれ落ちてしまったが、ソフィアは首を傾げ「まぁ、そうね。監督生になっても模範生にはなれないからかしら?私も、ハリーも」とあっさりと答えた。
「でも…ロンとハーマイオニーも同じじゃない?」
「そう?うーん…ロンは監督生になる事をずっと望んでいたでしょ?ほら、みぞの鏡で…だから、実際になれたら規則をあまり破らないと思うわ。ハーマイオニーは…あの性格だもの、模範生であろうとするはずよ。でも、私とハリーは…何かあったら躊躇わずに校則を破るんじゃないかしら?例えば、夜に透明マントで抜け出したり、ちょっと悪戯をしたりね?」
「あー…まあ、そうかも」
ソフィアの言葉に、ハリーはもやもやとしたものがほんの僅かに晴れたのを感じた。
ソフィアはにっこりと笑い「これから2人で仲良く規則を破りましょうね、ハリー?」と茶目っ気たっぷりにウインクをしながら手を振り、荷物を片付けるために泊まっている部屋へ戻った。
1人残されたハリーは、ベッドの上に仰向けに倒れると。うう、と唸り声を上げ顔を手で覆った。
ソフィアはああ言っていたけど、もし、監督生の事を覚えていたら、間違いなく自分にそのバッジが送られてくるだろうと期待していた。
だって、ロンよりも沢山の試練を乗り越えた。ロンよりも、優れているのはクィディッチだけで成績は同じだが──ロンよりも、間違いなく色々やってのけた、こんなのは不当だ!
だが、ダンブルドアは幾多の危険を乗り越えたからといって、監督生には選ばないのかもしれない。だって、こんな目に遭っているのは僕だけで他の寮の生徒には何も起きていないんだから。──きっと、監督生になる素質が、僕が想像も出来ない素質がロンにはあったんだ。
そう自分に言い聞かせているうちに、階段を昇ってくるロンの足音が聞こえ、ハリーは慌てて顔面に笑顔を貼り付けた。