夕方になればモリーがソフィア達全員の新しい教科書とロンのリクエストである新品の箒を抱えて戻り、ソフィア達は地下にある厨房に集合した。
テーブルにはいつもより豪華な料理が並び、壁にはモリーが掲げた真紅の横断幕がはためく。『おめでとう、ロン、ハーマイオニー。新しい監督生!』──魔法がかけられているその金文字はキラキラと輝き、今までの中で1番上機嫌なモリーの心情を表しているようだった。
「テーブルに着いて食べるのじゃなくて、立食パーティーはどうかと思って。お父様もビルもきますよ、ロン。2人にフクロウを送ったらそれはそれは大喜びだったわ!」
鼻歌の一つでも歌い踊り出しそうなほど上機嫌のモリーに、フレッドは影で嫌そうに顔を顰めた。
シリウス、リーマス、トンクス、キングスリー・シャックルボルトは既に集まり、ムーディとジャックもソフィア達がバタービールを手に取って間もなく現れた。
「まあ、アラスター、ジャック、いらしてよかったわ!アラスター、ずっと前からお願いしたい事があったの──客間の文机を見て中に何がいるか教えてくださらない?とんでもないものが入っているといけないと思って、開けなかったの」
ムーディは旅行用マントを肩から振り落とすように脱ぎながら「ああ、引き受けた」と唸るように伝えた途端、鮮やかな魔法の青い目をぐるりと上を見上げる。
厨房の天井を透過し、その上を凝視した。
「客間──隅の机か?うん、成程…ああ、ボガートだな……」
「モリーさん、俺が行って退治してきましょうか?」
ジャックもマントを脱ぎ、杖を振るい壁のそばに押し退けられている椅子にかけると、ムーディの青い目の先を見るように天井を見上げた。
「いえいえ、私が後でやるわ。お飲み物でもどうぞ、実はちょっとしたお祝いなの」
「お祝い…?」
「兄弟で4番目の監督生よ!」
不思議そうにするジャックに、モリーは隣にいたロンの髪をくしゃくしゃっと撫でながらにっこりと笑う。
ようやく横断幕の存在に気付いたジャックはそこに書かれている文字を読み、薄く微笑むと「おめでとう、ロン」と肩を叩いた。
「監督生、ん?──うむ、めでたい。権威ある者は常にトラブルを引き寄せる。しかし、ダンブルドアはおまえが大概の呪いに耐える事が出来るのだと考えたのだろう。さもなくばおまえを任命したりはせんからな…」
「いやいや、そこまで考えてないだろ」
ロンがムーディの考えを聞き顔を引き攣らせる中、ジャックがあり得ないと苦笑して手を振る。何か答えた方がいいのか、とロンが視線を彷徨わせている間にアーサーとビルとマンダンガスが到着し、ロンは何も答えずに──そしてその言葉について考えずにすみ──ほっと胸を撫で下ろす。
「さて、そろそろ乾杯しようか。新しいグリフィンドール監督生、ロンとハーマイオニーに」
みんなが飲み物を手にしたところでアーサーが2人に向かってにっこりと笑いゴブレットを掲げる。他の者も2人のためにゴブレットを上げ、惜しみない拍手を送った。
「私は監督生になった事がなかったな」
みんなが食べ物をとりにテーブルの方へ動き出した時、ハリーの背後でトンクスが明るい声を出した。今日のトンクスは赤毛の美しい長髪であり、ジニーと並ぶと姉妹のように見える。
「寮監がね、私には何か必要な資質が欠けているって言ってたわ」
「どんな?」
「うーん、お行儀よくする能力とか?」
ジニーの疑問にトンクスは笑いながら答え、ジニーとソフィアも楽しげにくすくすと笑う。ハーマイオニーは笑っていいべきか悩み、誤魔化すようにバタービールを飲んだが勢いよく飲みすぎて盛大に咽せてしまった。
「シリウスはどうだったの?」
ソフィアがハーマイオニーの背を優しく叩きながらシリウスに聞けば、シリウスは吠えるように高く笑い、手を振る。
「誰も俺を監督生にするはずがない。ジェームズと一緒に罰則ばかり受けていたからな。リーマスは良い子だったから、バッジをもらった」
「ダンブルドアは、私が親友を大人しくさせられるかもしれないと、希望的に考えたのだろうな。言うまでもなく、失敗したがね」
リーマスはバタービールを飲み肩をすくめる。
それを聞いたハリーは、急に気分が晴れ晴れとし、ロンを心から祝える気持ちが溢れてきた。──父さんも監督生じゃなかったんだ。
「ジャックは監督生だったよな?」
「ん?ああ、そうだな。ジェームズとシリウスの悪戯の減点を幾つしたか…もう忘れてしまったよ」
「いやー俺は今でも覚えているぞ。『シリウス!ジェームズ!いい加減大人になれ!グリフィンドール2点減点!』──ってな」
「ああ、あったあった!」
「ははっ!懐かしいなぁ!」
シリウスの楽しげな言葉に、リーマスとジャックは声を上げて笑う。
寮が違えど仲の良さそうな3人を見て、ソフィアはなんだか心が温かくなり、つられるようにして笑った。
それからロンは聞いてくれるなら誰彼お構いなしに新品の箒を自慢し、ソフィアとハーマイオニーは五年生になったらどんな事を学べるのか楽しげに話し、モリーとビルはいつもの髪型論争をしていた。
テーブルの上にあった数々の料理が殆どなくなり、デザートもすっかりみんなの胃袋の中に収まった頃、モリーが欠伸を噛み殺す。ロンが監督生になった事で興奮しすぎたのだろう、彼女の就寝時間より早い時間だったが、睡魔がすぐそばまでやってきていた。
「さて、寝る前にボガートを処理してきましょう……アーサー、みんなをあまり夜更かしさせないでね、いいこと?おやすみなさい」
モリーは空になっている皿に向かって杖を振りシンクまで運ぶ。黄色く大きなスポンジが待ってましたとばかりに泡を吐き出しながら皿を洗う中、モリーはもう一度大きな欠伸をするとゆっくりと階段を上がって行った。
「ねえ、ソフィア」
「ん?なあに?」
ソフィアはまだ眠気は来ていなかったが、充分に食べて飲み、満たされた心地良さのなか歓談するシリウス達を、壁に押し退けられている椅子に座り眺めていた。
ジニーは隣に座ると、髪をさらりと後ろに流し泡がすっかり消えたバタービールをちびちびと飲みながら小声で話す。
「私、ハリーは諦めたわ」
「──っ!?……えっ、ど、どうして…?」
ソフィアは飲んでいたバタービールを吹き出してしまい、口の端に垂れたバタービールを吹きながら驚き困惑しながらジニーを見る。
ジニーはソフィアをちらりと横目で見て、小さく笑うと「うーん…」と唸りながら壁に頭を預け天井を見た。
「だって、ハリーの心に居るのは私じゃないもの。尊敬してるし、大好きなのは今でも変わらないわ。けどね、私は──ハリーの心に居る人も、大好きなの」
「ジニー……」
「ソフィアの心に居るのは、誰なの?」
ジニーは頭を壁につけたまま、視線だけをずらしてソフィアを見る。
ソフィアは一瞬迷ったように視線を揺らしたが──ごくりと唾を飲むと、囁くような声で、答えた。
「……ハリー…」
その答えを聞いたジニーは僅かに悲しそうにしたが、すぐににっこりと笑う。
「──だと思うわ」
「え?まだはっきりしてないの?」
「だ、だって…」
続けられた言葉に、ジニーは怪訝な顔をする。ソフィアは頬を赤らめもじもじとバタービールの瓶を意味もなく撫でながら「よく、わからなくて」と消え入りそうな声で呟いた。
「まぁ、わかったら真っ先に教えてね、応援しなくても成功するとは思うけど」
「う…。……ええ、教えるわ」
「それに、私今──マイケル・コナーと付き合ってるの」
「え、ええっ!?そうなの?」
「ええ、だから本当に──私のことは気にしないでね」
ジニーは悪戯っぽい声で言うと、ソフィアの肩をぽんぽんと叩き、いつものように鼻の形を面白おかしく変えて場を盛り上げるトンクスの元へと駆け出した。
1人残されたソフィアは、赤い頬を誤魔化すようにバタービールを飲み──。
「…あ、もう空だったわ」
一滴も落ちてこない事に気付くと、小さくため息をこぼし目を閉じた。
確かに、ハリーの事は好きだ。
ハリーが落ち込んでいるのを見ると悲しくなるし、ハリーにとって自分が心の支えになれるのなら嬉しいと思う。
それに──ヴェロニカに言われたように、確かにハリーのそばに居たい、隣に立ちたい、同じ時を共有したいと思う。
だが、これが愛なのか、これが恋なのかと言われると、何とも言えなかった。
しかし、ハリーが他の人に向かって愛を囁きキスをしている場面を想像すると、どうしようもなく胸が痛むようになっている。前までは、少し悲しいくらいだった。
変わったのは──ハリーにとって自分が必要なのだと、夏休みが始まってすぐにそれを理解した時に、なんとも言えない喜びと満足感に心が満たされたのを、知ってしまったからだろう。
ふ、と目を開いたソフィアは部屋の中を見渡した。
──今でも、無意識に……気がつけば、ハリーの姿を探してしまう。
「……?」
ソフィアはハリーが居ないことに気付く。さっきまで部屋の端でムーディと話していたのに、いつの間にかムーディはシリウスと何かを見ている。
もう、部屋に戻ったのだろうか。ハリーは監督生になりたかったようだし、やっぱりまだ心のどこかでもやもやしているのかもしれない。パーティが始まった時は、楽しそうにしていたけれど。
「あら、ソフィア。もう眠いの?」
「ハーマイオニー…ううん、眠くはないけど、そうね、色々考えてたの」
「ああそうよね、明日から五年生だもの…!何を学べるのか、すごく楽しみだわ!闇の魔術に対する防衛術の先生も、どんな人なのか気になるし」
ハーマイオニーは先ほどまでジニーが座っていた椅子に座ると「ああ、やっぱり寝る前に教科書を読まないと!」とぶつぶつと呟く。
ソフィアは勉強のことを考えていたわけではないが、何となくハリーの事を考えていたとは言えず──曖昧に笑った。
突如、小さな悲鳴が響いた。
びくりとソフィアとハーマイオニーが肩を震わせ何事かと辺りを不安そうに見回す頃には、既にリーマス、シリウス、ジャック、ムーディが厨房を横切り階段を駆け上がった。
「みんな中央に集まれ!」
先程の楽しい雰囲気が一気に緊張を孕んだものにかわり、アーサーは強い口調で叫ぶとソフィア達を呼ぶと、ポケットから出し油断なく前へ掲げた。
ソフィアとハーマイオニーは立ち上がり、厨房の中央で不安げに身を寄せ合うロンとジニーの元に向かうと無言のまま階段の先を見つめる。
ここに残った大人たちもまた、ソフィア達を囲むように緊張した面持ちで前を見据えた。
「…まさか、侵入者…?」
「そんな!だって、ここはダンブルドアの守りが効いてるはずよ、そんなわけないわ…」
「きっと、ほら、ピクシーかなんかが居たんだ、きっとそうだ、そうに決まってる」
ソフィアとハーマイオニーとロンはひそひそと囁き合い、階段の上に行ったジャック達が戻ってくるのをじっと待っていた。
10分ほどすると、ジャック達が階段からゆっくりと降りてきた。誰も怪我をしていない様子から、緊急事態ではなかったのだとソフィア達はホッとしたが、アーサーはすぐにリーマスに駆け寄り何があったのかを聞いた。
「ああ、ボガートがいてね、巨大な虫に変わってモリーが驚いただけだ」
「なんだ……そうか、良かった」
「うん、ボガートは退治したし、モリーはもう寝室に戻ったよ。──さあ、そろそろお開きだ、みんなもう寝なさい」
リーマスの朗らかだが有無を言わさない声音に、ソフィア達は顔を見合わせ、こくりと頷いた。