いつものように眠気を誘う魔法史の授業が終わり、ソフィア達は魔法薬学の授業を受ける為に地下牢を進む。
今年も例年と同じくスリザリンとの合同授業であり、ソフィアは教室の扉が開かれるのをハリー達と生徒の後ろの方で待ちながら扉の前にいるスリザリンの集団を見た。
ドラコとルイスは特に変わりなく、いつものように小声で何かを話しているようだった。こちらに噛みついてこない分、ドラコはある程度監督生として振る舞う事の大切さを理解しているのだろう。──いや、ルイスが忠告しているのかもしれない。ハーマイオニーとロンもまた監督生だ、たとえ罰則を言い渡したとしても、それはまた自分の身に返ってくるのは火を見るより明らかだ。
ソフィアはルイスと話をしたかったが、ルイスがドラコのそばに居続けるという選択をした意味がわからないほど、今は子どもでもない。
何があっても、ルイスはソフィアにとってなによりも大切な家族だ、信頼しているし、幸せになって欲しいと強く願っている。
ルイスと道を違えてしまった今、世界の明暗がどうなろうとも──2人揃って笑える未来が来ることは、無いのかもしれない。ふと、そう思いソフィアは首を振った。
──ルイスは、死喰い人になんてならないわ。絶対に。ドラコを止めたいって思ってるはずよ。
ソフィアは何度も自分に言い聞かせる。
魔法薬学の扉が軋むような不吉な音を響かせ開く中、何故か漠然とした不安感が胸の中に燻った。
いつものようにソフィア達は後方の席に着く。少ししてセブルスが教室に入ってくると生徒達は一斉に口を閉じ、しん、と静まり返った。
「静まれ」
セブルスは長く黒いローブを翻しながら教壇の前に立ち生徒達を見回したが、セブルスの授業でこそこそ話す者は殆どいない。ドラコだけが注意されない事を良いことに雑談をする事があるが、流石に1度目の授業である今回は静かにセブルスを見ていた。
「本日の授業を始める前に忘れぬようにはっきりと言っておこう。来る6月、諸君は重要な試験に臨む。そこで魔法薬の成分、使用法につき諸君がどれほど学んだかが試される。このクラスの何人かはたしかに愚鈍であるが、我輩はせいぜいOWL合格すれすれの可を期待する。さもなくば我輩の……不興を蒙る」
セブルスがネビルを睨め付け、ネビルは縮こまりごくりと唾を飲んだ。この授業で魔法薬学の調合において、苦手なのはネビルとソフィアだろう。ソフィアの方がまだ僅かにマシだと言えるが、成績にしてみればそれほど差はない。
「言うまでもなく、来年から何人かは我輩の授業を去ることになるだろう。我輩は、最も優秀なる者にしかNEWTレベルの魔法薬学の受講を許さぬ。つまり、何人かは必ずや別れを告げるというわけだ」
セブルスの目が今度はハリーを見据え、冷笑を浮かべた。ハリーは後一年さえ耐えたら魔法薬学をやめられると思うとぞくりとするような喜びを感じながらセブルスを強く睨み返す。
ソフィアはセブルスを睨むハリーを横目で見ながら、闇祓いになるには来年度も魔法薬学の授業を受けなければならない。それをわかっているのだろうか──もし、知らないのならば早めに教える必要がありそうだ、と、考えた。
「しかしながら、幸福な別れの時までにまだ一年ある。であるから、NEWTテストに挑戦するか否かは別として、我輩が教える学生には高いOWL合格率を期待する。その為に全員努力を傾注せよ」
今年一年間の心構えを告げたセブルスは今日の課題である『安らぎの水薬』について調合の注意点を述べ、ついに薬の製作が始まった。
生徒たちは一斉に調合机や材料を取る為に薬棚へ向かう。ソフィアは調合机の1番後ろに率先して自分の大鍋を置くハリー達と教室の前方の黒板を見る。安らぎの水薬の調合は緻密で難しく、細心の注意が必要だ。ならば──得意ではない自分は、黒板がよく見える前方で調合した方がいいだろう。ただでさえ苦手なのだ、将来のことを考え、闇祓いにならないにしても、やはり魔法薬学の成績は優秀な方が良いだろう。──魔法生物に薬を調合する事もあるだろうし。
「私、今年は前で受けるわ」
「えっ、ど、どうして?」
鞄と自分の大鍋を抱えるソフィアにハリーは驚く。
ソフィアは魔法薬学が苦手であり、自分と同じようにネチネチとスネイプから辛辣な事を言われていた。進んで前に行くなんて、どうしたのだろうか。
「ハリー、もしあなたが闇祓いになりたいのなら…魔法薬学を来年も受けなければならないの。つまり、OWLで優が必要ってことね」
「えっ、そうなの?」
「ええ、だって薬が作れないと怪我をした時に困るでしょう?」
ハリーはソフィアの言葉に愕然としながら暫し悩む。魔法薬学はどうも苦手だ、たしか去年の成績は可だったが、優を取ることなんてこの一年で出来るだろうか。それに、あのスネイプの近くに行くなんて──どうせまた余計な事を言われて集中出来ないに違いない。
「私も、調合が苦手だけど…少しは作れるようにならないと…魔法生物の治療薬も作れないなんて、研究者にはなれないわ。──じゃあ、また後でね」
ソフィアはにっこりと笑うと、一度セブルスを見る。
セブルスは生徒が薬棚にある材料を選択する様子をじっと観察していた。
黒板に書いてある材料はただの名称のみだが、よく教科書を読んでいるのならば、材料を選択するところから隠された課題があるのだと気付くだろう。
例えば、バイアン草は青々しい草よりも、やや枯れた草の方がエキスが出やすいのだ。
安らぎの水薬はOWL試験に出る事もあるとセブルスは言っていた。それが実技試験なのか、筆記試験なのかはわからないが出来る限り良い調合をしたい。
ソフィアは教室の前方を占めるスリザリン生の中に堂々と入ると、ドラコとルイスの居る調合机の空いたスペースに大鍋を置いた。
「ここ、いいかしら」
いきなり現れたソフィアにドラコとルイスは驚いたような顔をしたが──いや、2人だけではなく、教室中の生徒がソフィアの行動を振り返って見ていた──場所に決まりはなく、ドラコとルイスは無言で小さく頷いた。
ソフィアは薬棚に向かうと残った材料をとくに選ぶ事なく目についたものをさっと手に取った。
「…ソフィア、月長石は出来るだけ白いものが良いよ、バイアン草は少し枯れかけているものを選んで」
「え?…ありがとう、ルイス」
ルイスは材料を選びつつ、小声でソフィアへアドバイスを送る。すぐに別の材料を選択したソフィアがにっこりと笑えば、ルイスも久しぶりに、少し微笑んだ。
「でも、どうしたの?急にやる気になって」
「将来の事を考えたの。…来年も魔法薬学を受講する為には、今までの調合では無理でしょう?」
「…ソフィアも成長したね。僕に作ってもらえばいいって言ってたのが懐かしいよ」
「その思いが無いわけではないわ」
小声で話し、悪戯っぽくソフィアが笑えば、ルイスは肩をすくめて「頑張って、落ち着いたら大丈夫だよ」と伝え自分の大鍋へと戻る。
ソフィアは何度か黒板に記載されている材料と、自分が手にしている材料を確認し調合机に戻ると乳鉢の中に月長石を入れ、乳棒で細かくすり潰していった。
──想像よりも粉末になりやすいわね。あまり硬くないわ…。白い個体だから…?
落ち着きがなく、つい「まぁいいか」と思い適当に材料を入れてしまっているところが駄目だと何度もセブルスから言われていたソフィアは慎重に鍋をかき混ぜながら、時々隣にいるルイスに「緑色って、これでいいの?」と小声で確認しながら一つ一つの作業をこなしていった。
ルイスは途中で話しかけられても手を止める事なく、慣れた手つきで材料を加える。慢心と油断は禁物だが、ルイスは既にセブルスの個人授業で安らぎの水薬を調合したことがあり、少々話しかけられても完璧に作る事が出来た。
やはり生徒たちの中で最も調合が上手いのはルイスだろう。
誰よりも早くルイスの大鍋からは銀色の湯気が立ち上がり、薬の完成を示している。
生徒の調合の様子を見ていたセブルスは、文句のつけようが無いその様子に、ルイスならば間違いなくOWL試験で優を取る事が出来るだろうと思い内心で満足げに頷く。
「……うーん…これってオレンジ色よね?」
「まだ朱色に近いから、もう少し混ぜて」
「ええ?これくらい──ああ、駄目ね。もう少し混ぜるわ」
セブルスは勿論ソフィアがルイスに助言されていることに気づいていたが、今まで魔法薬学が苦手で大雑把だったソフィアが自分から前方の調合机に着き、真剣に取り組んでいる様子を見るとやはり、嬉しいものがあり──気付いていたが何も言わなかった。
ちらりと時計を見たセブルスは、「薬から軽い銀色の湯気が立ち上っているはずだ」と低い声で生徒たちに告げる。
終了まで後10分程だろう。そろそろ全ての工程を終えなければ時間内に薬を製作する事は難しい。
しかし、セブルスが言うように軽い銀色の湯気が立ち上っている大鍋は、たった二つしかなかった。
ルイスとハーマイオニーの薬だけが完璧に成功し、他の大鍋からは火花や緑の湯気、ピンク色の湯気など色とりどりの湯気が立ち上り教室の空気を染めていた。
ソフィアは集中するあまり、教室内の後方でセブルスがハリーの大鍋を見ていつものように嘲笑している事に気づかない。
慎重に調合していたソフィアはまだ全ての工程を終えていなかった。
山嵐の針の粉末を鍋に入れれば真っ白になるはずだが、いくら粉を入れても少々黄色みがかってしまい、準備していた粉がなくなってしまったソフィアは仕方がなく諦めて鍋をかき混ぜながら火の調節をした。
あとは煮えた薬の温度を下げ、バイアン草のエキスを7滴入れれば完成する、筈だ。
「課題をなんとか読む事ができた者は、自分の作った薬のサンプルを細口瓶に入れ、名前をはっきり書いたラベルを貼り、教壇の机に提出したまえ。宿題は羊皮紙30センチに月長石の特性と、魔法薬調合に関するその用途を述べよ。木曜に提出」
ソフィアは鍋をかき混ぜながらセブルスの低い声と、ばらばらと調合した薬を提出する生徒たちの足音を聞き、つい、焦ってバイアン草のエキスが入った小瓶を手に取った。このままでは間に合わない、その気持ちからだったがその選択は残念ながら誤りだった、と言えるだろう。
充分に温度が下がりきっていない大鍋の中に、焦ったソフィアはバイアン草のエキスを勢い余って8滴入れてしまった。
突如鍋は灰青色の煙を濛々と吐き出し、ソフィアは息を呑んで固まったのち、がっくりと肩を落とした。
どう見ても成功ではない薬だったが、これ以上どうする事も出来ず、ソフィアは細口瓶に薬を詰めると小さくため息をつく。
「惜しかったね。最後焦らなければよかったのに…」
「…丁寧にしようとすると、時間が足りないわ…うまくいきそうだったのに…」
「でも、今までの調合の中では1番うまくいったんじゃない?きっと、慣れたらもっと上達するよ」
隣でずっと見ていたルイスは残念そうなソフィアの肩を叩き励ました。
ソフィアは自分の薬を見下ろし、確かに今まで作った薬の中ではまずまずの出来かもしれない。今日は鍋を溶かす事も、爆発させる事も、固形になってしまう事もなかった、と思えば少しだけ気分はマシになり、教壇の机へ提出した。
終業のベルが鳴り、生徒たちが我先にと教室を出る中、ソフィアは使用した大鍋や教科書を片付け始める。
初動が遅かったソフィアは、気がつけば教室内に1人残されていた。元々、終業のベルがなれば生徒たちは少しでもセブルスから早く離れる為にとすぐに出て行ってしまうのだ。
ソフィアは辺りを見回し、耳をすませて階段を駆け上がる最後の足音を聞き──暫く誰もこの教室には近づかないだろうと判断すると、教壇の机の前で生徒たちが提出した瓶をまとめていたセブルスに近づく。
「…何かねミス・プリンス。すぐに帰りたまえ」
「はい。…あの、スネイプ先生。…調合に成功するのと、時間内に収めるのならば…どちらを優先するべきですか?」
ソフィアの言葉にセブルスはちらりと視線だけでソフィアを見下ろすと、数多くある細口瓶の中からソフィアが提出した瓶を取り出し、目の前で軽く振った。
「今提出した薬の問題点は、わかるかね?」
「え?──はい、山嵐の針の粉の準備不足でした。それと、時間に間に合わないと…その、焦ってしまって、温度が下がり切るのを待つ前にバイアン草のエキスを加えました」
「…それだけか?」
「……多分…」
セブルスの低い声に、ソフィアは肩をすくめ曖昧に答える。
最後時間に追われ焦っていたソフィアは、バイアン草のエキスを8滴入れた事に気づいていなかった。
「魔法薬は何よりも精密なもので、細心の注意を払わねばならない。最後、バイアン草のエキスは7滴でいいが…この色を見る限り、8滴いれたのだろう。時間に追われるがあまり失敗作を提出するくらいならば、居残り完璧な薬を提出する方が幾分もましだ。
しかし、OWL試験において調合時間は明確に定められている。限られた時間の中で手際よく、正確に調合する事もまた、重要である」
「…そう、ですよね……」
ソフィアはせめてもう少し手際良く調合出来るようにならなければ、とため息を吐く。
セブルスに向かって頭を軽く下げた後、ソフィアは鞄を肩にかけ扉へ向かった。
「──今までの中では、まだましな調合だった。…今後、今回のような集中力と落ち着きを持ち、今日の反省を生かし…励みたまえ」
背中に投げられた言葉に、ソフィアは驚いて扉に手をかけたまま振り返る。
セブルスはもうソフィアの方を見ずに、素知らぬ顔で教室内を片付けていたが、ソフィアは嬉しそうに笑うと「頑張ります!」と弾む声で答え、ぱたぱたと軽い足取りで階段を駆け上がった。
遅れて大広間に向かったソフィアは、ハリー達の元へ向かい、座りながらシェパード・パイを自分の皿に取り分けた。
「遅かったな、なにかスネイプの野郎に言われたのかい?」
「ん?──違うわ、私…調合ギリギリだったから、片付けが遅くなっちゃっただけよ。今回の調合、今までの中で1番うまくいったの!まぁ、勿論完璧には出来なかったけど…この調子で落ち着いて集中して調合したらいいって…ルイスが言ってくれたの。今年の私は一味違うわよ!」
ソフィアはにっこり笑いながら胸を逸らす。最後の言葉はセブルスからの言葉だったが、それをこの場で言う事はできなかった。
あの授業でたった1人魔法薬の提出が出来なかったハリーは先ほどの授業と、不公平なセブルスの言動を思い出し一気に機嫌を損ねてしまい、苛々しながらジャケットポテトを食べた。
ハリーが調合した安らぎの水薬は、確かに銀色の湯気は上がっていなかったが火花を散らしていたわけでも、ネビルのようにセメントのように固まってしまったわけでもない。しかしセブルスの手で薬を消滅させられてしまい、たった1人提出ができず点数が貰えなかったのだ。
今年も相変わらず陰険なセブルスの行動に、ロンはセブルスの事を「毒キノコは腐っても毒キノコ」と揶揄し、ハーマイオニーは騎士団員なのだから少しはマシになると思ったと眉を下げていた。
幸運にも遅れて大広間に来たソフィアはその話を聞く事は無く、そもそも集中して調合していた為に何があったのか知らなかったが──もし、今まで通りハリーの近くで調合をしていたら、きっといつも通りひどい調合になっていただろう。
ソフィアが大雑把だということも調合が失敗する原因だが、セブルスがハリーやハーマイオニーを侮辱し嘲笑うたびに心が乱され手が震え、感情が昂り──結果、調合がうまくいかないのだ。
ルイスの的確な助言と、セブルスとハリーへの侮辱に気付かず感情が昂る事なく集中する事が出来たからこそ、ソフィアの調合はそこそこ上手くいったのだった。
「調合していて、ルイスから助言をもらって…私のダメだったところがわかったわ。魔法薬って──例えば、緑色になるまで、とかピンク色になるまで、とか色の指定が多いでしょう?でも、緑やピンクにも色々あるわ。その辺りの見極めが苦手なのよね…」
ソフィアは真剣な顔をしながらかぼちゃジュースが入った瓶をじっと見る。ソフィアにとってこれは黄色だが、魔法薬学においてかぼちゃジュースの色は山吹色であり黄色では無い。
その直感と経験がものをいう色の識別が、ソフィアはかなり苦手だった。
「図書館に『魔法薬調合色名一覧』っていう本があって、それがすっごくわかりやすいわよ」
「そんなのあるの?ありがとう、休み時間に探してみるわ!」
「…ソフィアもハーマイオニーも、1日目から凄いな」
初日でそこまでやる気が出るなんて、自分では考えられないとロンは肩をすくめ、嫌そうに眉間に皺をつくりながらかぼちゃジュースを飲んだ。
「ロン、闇祓いになりたいのなら、来年も魔法薬学を受ける必要があるわよ?」
「え、マジで…?」
「そうらしいよ…」
「…最悪だ……」
ソフィアの言葉にロンとハリーは絶望しきった声でぶつぶつと呟きながらため息をついた。
闇祓いには憧れがある、だが魔法薬学を続けなければならないのはかなり、嫌だ。──いや、そもそも来年度も受講できる未来がちっとも想像出来ない。
ソフィアはコップいっぱいのミルクを飲むと、ポケットに入れていたハンカチで口を拭きながら立ち上がった。
「じゃあ、私は図書館に行くわ。次に会うのは闇の魔術に対する防衛術ね」
「あ、私も行くわ」
ハーマイオニーは口の中にポテトを押し込みながら鞄を掴み、ソフィアと共に大広間の扉へ向かう。ハリーとロンはもそもそとポテトを食べながら顔を見合わせ、同時に大きくため息をついた。