翌日の朝、ソフィアはいつもより早い時間に目覚めてしまい、体を起こしながらぐっと伸びをした。
今日は土曜日であり授業は無い。夏季休暇明けの久しぶりの授業に疲れた生徒たちは1週間ぶりの休息をたっぷりと楽しむためにいつもよりゆっくりと寝るだろう。
ソフィアはカーテンの隙間から漏れている陽光を見ながら二度寝をしようか少し悩んだが、昨夜ハリーと手紙の内容を考える、と言っていた事を思い出して服を着替え出した。
まだハリーは寝ているだろうか、男子寮に入ることは出来るが、ロンはともかく他のルームメイトに侵入がバレると少々厄介だ。多分、それを知ったハーマイオニーは監督生として罰則するだろう。
ハーマイオニーが眉を吊り上げ「罰則よ、ソフィア!」という場面を想像し、ソフィアはくすりと楽しげに笑う。
着替え終わったソフィアは薄いカーディガンを羽織り、ルームメイト達を起こさないようそっと寝室を出て、談話室へと向かった。
女子寮の階段を降りて談話室内を見回したが、ハリーの姿は無い。
起きてくるだろうか?手紙を書く場面は、きっと誰にも見られたく無いはずだ。それなら朝か夜かしか書く時間は無いが、ハリーの性格的にきっと夜まで我慢できず朝早くに手紙を書くだろうとは思ったが……と、ソフィアは考えながら暖炉脇にあるふかふかとした肘掛け椅子に座り、ぱちぱちと微かに燃える火を火かき棒で掻き回し、火を大きくするためにそばに置いてあった薪を2本、中に投げ入れた。
「…ソフィア?」
「あ、ハリー、おはよう」
「おはよう」
ソフィアが小さな火を大きくしていると、丁度ハリーが羊皮紙と羽ペンを持って談話室に降りて来た。
誰もいない談話室に、ソフィアの柔らかい声が聞こえ、ハリーは数日絶えず感じていた苛立ちがすっと消えていくのを感じる。
窓から差し込む朝日の光を浴びたソフィアは、何だかキラキラと輝いていて──とても美しく見えた。
ハリーは2人きりだと自覚すると、胸がどきどきと高鳴ったが、とりあえず今は早くシリウスに手紙を書かないといけない、と、高鳴る鼓動を何とか抑え、すぐにソフィアの隣にある肘掛け椅子に座るとローテーブルの上に羊皮紙を広げた。
インク瓶の蓋を開け、羽ペンの先を浸す。
まず、ハリーは『シリウスへ』と書いたが、すぐにソフィアが「ハリー」と小さな声で止めた。
「その名前は書かない方がいいわ」
「え?…あ、そうか…えーっと、スナッフルズだったね、ついうっかり…」
ハリーはシリウス、と書いた部分をぐちゃぐちゃと羽ペンで上から消し、万が一誰かに見られても読めないようにしてから丸める。
すぐに新しい羊皮紙を出したが、羽ペンは羊皮紙に触れる事なく空に止まったままだ。
「……、…ロンとハーマイオニーが、僕に手紙を送るのがどれだけ難しいか…わかったよ」
今更だけどね、とハリーは小声で苦笑する。
伝えたい事はあるが、万が一第三者が見てもわからないようにしなければならない。
シリウスだけに伝わるように、文章を考えないといけないのがこれほど難しいとは思わず、ハリーは「うぅん」と眉を顰めて唸った。
「アンブリッジの事は絶対書きたいんだ…どれだけ酷い奴か伝えたい」
「でも、酷い先生、なんて書くのは……そうねぇ……例えば……」
ソフィアも同じように唸りながら何かいい表現はないかと首を捻る。
「…あ、そうだ!『あなたのお母さんみたいな人です』…っていうのはどう?」
「いいわね!きっと、それはシリウスとか騎士団にしか伝わらないわ。『アンブリッジ先生は、あなたのお母さんのような素敵な人です』…とかはどう?」
なかなかいいハリーの案に、ソフィアが悪戯っぽく言えば、ハリーはニヤリと笑い「最高だ」と答えた。
一度コツを掴めれば、次々といい案が浮かんでくる。──そうか、あの騎士団本部で過ごした事に絡めて書けばいいのか。
ハリーはさらに数分悩んだが、羽ペンの先をもう一度インク壺の中に浸すと、今度は迷う事なく書き始めた。
『スナッフルズさんへ。
お元気ですか。ここに戻ってからの最初の1週間は酷かった、週末になって本当に良かったです。
闇の魔術に対する防衛術に、新任のアンブリッジ先生が来ました。あなたのお母さんと同じくらい素敵な人です。
去年の夏にあなたに書いた手紙と同じ件で手紙を書いています。昨夜、アンブリッジ先生の罰則を受けていたときに、また起こりました。
この前、友達のペットが白くて大きなものになったのは驚きましたね。僕たちの大きな友達がいなくて、みんな寂しがっています。早く帰ってきてほしいです。
なるべく早く返事をください。お元気で。
ハリーより』
「──どうかな?」
ハリーは書き終えた羊皮紙をソフィアに手渡し、ソフィアは何度もその内容をぶつぶつと小声で呟く。何度読んでも、きっとこれでは何のことかわからないだろう。
ソフィアはにっこりと笑い「完璧ね」と言うと羊皮紙をくるくると丸めた。
「僕、手紙を出してくる。ソフィアはどうする?」
「そうね…」
耳をすませば上の寝室から生徒たちが起き出す音が聞こえてくる。間も無くここは生徒たちで溢れるだろう。
悩むソフィアに、ハリーはまだ2人きりでいたい、と思い──その感情のままにソフィアの手を取った。
「一緒に行こう、……駄目かな?」
「──ええ、良いわよ」
ソフィアは僅かに目を見開いたが、すぐにいつものようににっこりと微笑んだ。
ハリーの胸を何とも言えぬ満足感と幸福感が打ち付ける、そのまま、ハリーはソフィアの手を引いて談話室の出入り口である肖像画の裏まで向かった。
残念ながら、肖像画を潜る時に2人の手は離れてしまい、もう一度改めて繋ぐほどの勇気は──流石に、ハリーにはなかった。
ソフィアとハリーは2人で
「今日はクィディッチの練習なんだ、久しぶりで凄く楽しみだよ!」
「良かったわね、これからロンもいるもの、きっと大変な練習も楽しめるわ!…あーあ、今年がOWLじゃなかったら…私もキーパーの選抜を受けたのに」
「…ソフィアが選手なら良かったのになぁ」
ハリーは何度かソフィアと同じクィディッチチームとなり、空を駆け巡る様子を想像していた。それは残念ながら現実にはならなかったが、自分のカッコいいところを見せられるまたとないチャンスだったのに、と残念に思っていたのだ。
「まぁハリー、ロンの前でそれは言っちゃダメよ?」
「勿論、ロンとクィディッチができるのも嬉しいさ!」
「ふふ、わかってるわ。…私も、ハリーと空を飛びたかったわ。──あ、」
ソフィアはニコニコと楽しそうに笑っていたが、ふと小さな声を上げて足を止める。
ソフィアの足元には管理人であるフィルチの飼い猫のミセス・ノリスが細い尻尾をするり、とソフィアの踝に絡ませていた。
「まぁ、ミセス・ノリス。どうしたの?」
「にゃあ」
ミセス・ノリスはランプのように黄色い目をハリーとソフィアに向けると、ハリーにとっては不気味な声で鳴き、そのまますたすたと憂いのウィルフレッドの像の裏へと姿をくらました。
「僕、何も悪い事をしてないぞ!」
ハリーはミセス・ノリスの視線と雰囲気に、きっとフィルチに言い付けるつもりだと思い、ミセス・ノリスが消えた方向へ向かって声を投げかける。
しかし、ミセス・ノリスは既に消えてしまった後であり、鳴き声の一つも聞こえなかった。
「……この時間にふくろう小屋に行くのは、禁止されてなかったよね?」
「ええ、大丈夫よ」
ソフィアも少し不安そうにはしたが、何も悪い事はしていない。2人は顔を見合わせ、少し足を早めてふくろう小屋へと急いだ。
ソフィアとハリーはふくろう小屋に辿り着き、朝日が差し込む明るいふくろう小屋の中に居る何百羽ものふくろうの中からヘドウィグを探した。
少ししてハリーは純白のヘドウィグを見つけ出すと、優しい声でヘドウィグを呼び、足に手紙を括り付ける。
表にはスナッフルズと書いてあるが、シリウスに届けるように、とハリーが声を顰めて伝えれば、ヘドウィグは「わかった」と言うようにホウと鳴き、目をパチリと瞬かせる。
「気をつけて行くんだよ」
ハリーはガラスのない窓のそばにより、腕に乗せたヘドウィグを外へ向ける。ヘドウィグはハリーの腕を足で一押しすると、銀色の朝日が眩しい空へと飛び立った。
しっかりと届けてくれるだろうか、もし第三者に捕まったら──と、ハリーは不安からヘドウィグの白い体が光に溶けて見えなくなるまで、じっと見つめていた。
「…ハグリッドは、まだ帰ってきてないわね」
ソフィアはハリーの隣に並び、ヘドウィグを同じように見送っていたが、ふと、窓から見えるハグリッドの小屋を見て呟く。
カーテンは締め切られていて、煙突には煙も見えない。
「そうだね…シリウスが教えてくれたら良いんだけど」
あの手紙で、シリウスがハリーの望むような答えを教えてくれるかどうかは微妙なところだった。ハリーが手紙を書くことに悩んだように、シリウスもまた、書ける内容は決まっている、言いたい事を伝えるのは、難しいだろう。
「行こうか」
「ええ、お腹すいたわ!」
暫くハリーは禁じられた森を見ていたが、太陽がかなり高くなっていた事に気づき小屋の出入り口へ向かう。
今日の朝は何を食べようか、と2人は話し合いながら元来た道を戻っていると、廊下を走るぱたぱたと足音が響き、チョウ・チャンが現れた。
「おはよう、ハリー、ソフィア!早いわね」
「おはようチョウ」
「おはよう、ふくろう小屋に行っていたの、手紙を出すためにね。私はハリーの付き添いよ」
「私もふくろう小屋に行くの!ママの誕生日が今日だって思い出して、これを届けようと思ったの」
チョウは小包と手紙を持ち上げ、にっこりと笑っていたが、ふと悪戯っぽく目を細めソフィアとハリーを見つめた。
「付き添い?わざわざ?」
「え?ええ、そうよ」
「あ、それは…」
ソフィアは何かおかしいだろうかと首を傾げるが、ハリーはぱっと頬を赤らめ視線を逸らす。
それを見ただけでチョウはピンとくるものがあり──そういえば去年のダンスパーティでも2人は踊っていたし、試験でもソフィアは人質に選ばれたと、思い出し──ニヤニヤとした笑みを深めた。
「…成程……ふふ、何でもないわ!」
チョウは口元を押さえてニヤニヤと笑うと、すれ違いざまにハリーの肩をぽんと叩き「頑張ってね」と囁くと意味ありげなウィンクを一つ綺麗に溢し、ふくろう小屋へと走っていった。
ソフィアは不思議そうにしていたが、ハリーはなんとなくその笑顔の意味がわかり、視線を彷徨わせ「行こうか、もうお腹ぺこぺこ!」と上擦った声で言い、早足で大広間へと向かった。