「おはよう」
「おはよう、ハーマイオニー、ロン」
ソフィアとハリーは大広間に到着し、ハーマイオニーとロンの前に座った。
やけに明るいハリーの挨拶に、ロンとハーマイオニーは「おはよう」と挨拶を返しながら少々驚く。
「何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「ほら、後でクィディッチができるから…」
ハリーはクィディッチよりも、ソフィアと少しの時間でも2人きりで過ごせた事が嬉しかったのだが、それをロンにいうのは──ソフィアの前では流石に恥ずかしかった。
ハリーはベーコンエッグの大皿を引き寄せ、自分の皿に沢山盛り付ける。今日はクィディッチの練習がある、しっかり食べないと力が出ないだろう。
「あなたたちどこに行っていたの?」
ハーマイオニーはソフィアに問いかけ、ソフィアはちらりとハリーを見た。ハリーは何も言わずに少し照れたように悪戯っぽく笑うだけであり、きっとまだハーマイオニーとロンには伝えるなという事だろう、と判断すると「朝早くに目覚めて、たまたまハリーと談話室で会ったから、ハグリッドが帰ってきてるか見に行っていたの」と、咄嗟に嘘をついた。
ハーマイオニーはソフィアの答えに納得したように頷きながらオートミールを食べ始め、ソフィアも卵サンドを何食わぬ顔でぱくりと食べる。
ハリーは隣でさらりと嘘をついたソフィアに、ほんの僅かに意外だと思った。──ソフィアはどちらかと言うと嘘が苦手だと思っていたが、意外と嘘をつく事も出来るんだ。
「ねえ、僕と一緒に早めにクィディッチの練習に行ってくれないか?ちょっと…ほら、僕にトレーニング前の練習をさせてほしいんだ。そしたら、ほら、ちょっと勘がつかめるし」
「ああ、いいよ」
ロンは少々ボソボソと言いにくそうにしながらハリーに聞き、ハリーはすぐに頷いた。
「あらそんなことダメよ。2人とも本当に宿題が遅れてるじゃない──」
ハーマイオニーは真剣な顔をして厳しい声で言ったが、「だから、ギリギリまで宿題をしないといけないわ」と続くはずの言葉は途中で途切れた。
朝の郵便が到着し、大広間中に何百というふくろうが現れたのだ。日刊預言者新聞を購読しているハーマイオニーの前にコノハズクが新聞を咥えて現れ、ハーマイオニーはコノハズクから新聞を受け取ると片脚についている革の巾着に1クヌートを押し込んだ。
チャリ、と硬貨が擦れる小さな音を鳴らしながらコノハズクはすぐに飛び立っていく。ハーマイオニーはすぐに新聞の一面記事に目を走らせた。
「何か面白い記事ある?」
ロンはこのチャンスを逃すまい、となんとかハーマイオニーの意識を自分たちの宿題の進行状況から逸らすために身を乗り出して新聞を覗き込んだ。
ソフィアとハリーはそんなロンの思考がすぐにわかり、顔を見合わせてくすりと隠れて笑う。
「何もないわ。妖女シスターズのベース奏者が結婚するゴシップ記事だけよ」
ハーマイオニーは新聞を広げてその影に埋もれてしまい、見えなくなった。ロンはいつもの彼なら全く興味を示さないだろうに、何かが気になって仕方がない、という顔で隣から新聞を覗き込み続ける。
「ちょっと待って。──ああ、そんな……シリウス!」
じっと新聞を見ていたハーマイオニーは突如小さな悲鳴を上げ、ハリーは名付け親の名前とハーマイオニーの様子に一気に顔をこわばらせ「何があったの?」と身を乗り出し新聞を引っ張った。
あまりに乱暴に引っ張ったため新聞は丁度中央でびりびりと裂け、ハーマイオニーとハリーの手に半分ずつ残った。
「『魔法省は信頼できる筋からの情報を入手した。シリウス・ブラック、悪名高い大量殺人鬼は──現在ロンドンに潜伏している!』」
ハーマイオニーは心配そうに声を顰め、自分の手に残っていた記事を読んだ。
その内容にソフィアとロンは一気に顔を歪め、ハーマイオニーと同じく心配そうにハリーを見る。
「ルシウス・マルフォイ…絶対そうだ。プラットホームでシリウスを見破ったんだ…」
ハリーが唸るように低い声で呟く。新聞を持つ手に力が篭り、微かに震えている。かなりの怒りにソフィア達は慰めの言葉も、それを否定する事も何も言うことが出来なかった。
「…『魔法省は、魔法界に警戒を呼びかけている。ブラックは非常に危険で……13人も殺し……アズカバンを脱獄』──いつものくだらないやつだわ」
ハーマイオニーは続きを読んだ後、新聞を片割れを下に置き、怯えたような目でソフィア達を見る。もしハリーの言う通り、あの犬をルシウス・マルフォイが目撃してシリウスのアニメーガスの姿だと結びつけているとしたら──。考えるだけで、背中に嫌な汗が流れる。
「つまり、シリウスはもう二度とあの家を離れちゃいけない。そういうことよ。ダンブルドアはちゃんとシリウスに警告してたわ」
「そうよね…流石に危険だわ。…出たいのなら、誰か他の人に変装すればいいのに…ポリジュース薬を使うとか…」
ソフィアとハーマイオニーは声を顰めて囁き合う。
ハリーは先程までソフィアと過ごした幸せな気持ちがすっかりと萎えてしまい塞ぎ込み、破り取った新聞の片割れを見下ろした。
ページの大部分は広告であり、マダム・マルキンの洋装店がセールをやっているらしい。そのまま、次の記事を読んでいたハリーはハッと目を見開き大声を上げた。
「えっ!これ見てよ!」
ハリーは向かい側に座っているロンとハーマイオニーが見えるように新聞を机の上に広げて置いた。目に飛び込んできたのは洋装店のセールの広告であり、ロンは眉間に皺を寄せ「僕、ローブは間に合ってるよ」と呟く。
「違うよ、見て、この小さい記事……」
ソフィア達は顔を寄せ合い新聞に覆い被さるようにしてハリーが指差す先の、小さな6行程度の記事を読んだ。それは、隠されるように1番下に記載されており、隈無く読まなければきっと気づかないだろう。
それは、魔法省の侵入事件についての記事であり、スタージス・ポドモアが午前1時に最高機密の部屋に押し入ろうとしているところを警備員に捕まり有罪になり、アズカバンで六ヶ月収監される事となった、という記事だ。
「スタージス・ポドモアって……確か、騎士団の人よね?」
ソフィアは記憶を辿るように静かに呟き、ハーマイオニーもすぐに思い出し頷いた。
「アズカバンに6ヶ月!部屋に入ろうとしただけで!」
「馬鹿なこと言わないで。単に部屋に入ろうとしただけじゃないわ。魔法省で、真夜中の1時に一体何をしていたのかしら?」
ただ部屋に入ろうとしただけで半年もアズカバンに入らなければならないなんて、とショックを受けるハリーに、ハーマイオニーはきっぱりと──だが、声はなるべく顰めて──囁いた。
「騎士団の事で何かしていたんだと思うか?」
「ちょっと待って……スタージスは僕たちを見送りに来るはずだった。覚えているかい?」
ハリーの言葉に、ソフィア達は硬い表情で頷いた。
「確か…キングズ・クロスに行く護衛隊だったわよね?時間になっても来ないってムーディが凄く苛々してたわ。モリーさんと言い合ってたもの」
「そうなんだ、だからスタージスが騎士団の仕事をしていたはずがない、そうだろ?」
ソフィアの言葉をハリーが引き継ぎ、ハーマイオニーも神妙な顔で「多分、騎士団はスタージスが捕まると思ってなかったんだわ」と頷いた。
「ハメられたのかも!いや──わかったぞ!」
暫く黙っていたロンが大声をあげ指をパチンと叩いた。途端にハーマイオニーが強くロンを睨み、肘で腕を押し「シーッ!」と静かに話すように告げる。すぐにロンは声量をがくんと下げ、小声で話したがその声はかなり興奮して早口になっていた。
「魔法省はスタージスがダンブルドア一味じゃないかと疑った。それで──わかんないけど──連中がスタージスを魔法省に誘い込んだ。スタージスは部屋に押し入ろうとしたわけじゃないんだ、魔法省がスタージスを捕まえるのに、何かでっちあげたんだ!」
ソフィア達は暫く黙ってロンの推理を考えた。ハリーはそんな事あり得るだろうか、と思ったがハーマイオニーとソフィアはかなり感心したような顔で大きく頷く。
「納得できるわ。その通りかもしれない」
「…問題は、本来なら無事に帰る事が可能だったはずの任務だったのか、それとも任務外でスタージスが個人的な理由で魔法省に向かったのか……と言うことね」
ソフィアの言葉に、ハーマイオニーは難しい顔をして考え込んでいたが、ハリーとロンはその差になんの意味があるのかと顔を見合わせて首を傾げる。
ハーマイオニーは考え込みながら手にしていた新聞の片割れを折りたたんでいたが、ハリーがナイフとフォークを置いたとき、ふと我に帰ったかのように手を叩いた。
「さあ、それじゃスプラウト先生の『自然に施肥する灌木』のレポートから始めましょうか。上手くいけば昼食前にマクゴナガル先生の『無生物出現呪文』に取り掛かれるかもしれないわ」
今ここで自分たちが考え込んでいてもきっと答えは分からずモヤモヤするだけだ。それなら本来の本分に取り組むべきだろう、とハーマイオニーは思ったのだが、ロンとハリーは顔を見合わせて肩をすくめた。
「宿題は今夜やるよ。それよりクィディッチの練習をしないと…なぁ、ハリー?」
「そうだね…ほら、長いことファイアボルトに乗ってないし…」
「まぁ!そんな……私はノートを見せないわよ!?」
ハリーとロンはデザートを食べることなく立ち上がると口々に言い訳を言い立ち上がる。
その言葉を聞いた瞬間ハーマイオニーは目を吊り上げ更に「2人ともOWLに落ちるわよ」と低い声で畳み掛けるように警告したが、ハリーとロンは聞こえないフリをして足速に大広間の扉へ向かった。
「──もう!私は2人の事を思って言ってるのに!」
ハーマイオニーは怒りながらかぼちゃジュースの入ったゴブレットを掴み、一気に飲み干した。空になったゴブレットを机の上に叩きつけ、ガチャン、と食器が悲鳴を上げる中、ソフィアはハーマイオニーの気持ちも、ハリーとロンの気持ちもわかったため何も言わず苦笑するだけに留めた。
「ソフィアは、宿題をするわよね」
疑問文ではない有無を言わさぬハーマイオニーの言葉に、本当は練習の様子を見に行こうと思っていたソフィアだったが──。
「ええ、勿論よ」
と、少し引き攣った笑顔で頷いた。
ソフィアとハーマイオニーは一度図書館へと向い、レポートの参考になりそうな本を数冊借りてグリフィンドールの談話室へと戻った。
昼食前に一度宿題の手を止め大広間に向かう。美味しい昼食も食べ、宿題の終わりも見えかけていた事からハーマイオニーの機嫌は落ち着いていたが、ハリーとロンが現れた事に気付くと収まりかけていた怒りが蘇り、機嫌がまた急降下し、ツンと口を尖らせソフィアを置いて1人で談話室に戻ってしまった。
ハリーとロンは少し気まずく思ったが、クィディッチの練習は楽しくとても充実していたためこの時間は決して無駄ではない、宿題を終わらせる事よりも優先順位の高い事だったのだ、と自分を言い聞かせながらソフィアの近くに座った。
「練習はどうだったの?」
「ロン、凄く上手なんだよ!僕のシュートの4分の3はブロックしたし、練習すればするほど調子が良くなってたよ、なぁロン?」
「うん、僕も──うん、自分でも、最後の動きはなかなか良かったと思う」
朝の不安な表情はさっぱりと消え、確かな自信を覗かせるロンにソフィアは「凄いわ!練習して良かったわね!」と素直に賞賛した。
「この後クィディッチチーム全員で練習でしょう?疲れてない?」
「大丈夫さ、今からたくさん食べるから!」
ロンは空腹の腹を撫でながら大きなチキンパイを手で掴み、大きな口を開けて頬張る。
ハリーも途端に空腹を思い出し、近くにある太いソーセージが山盛り入った大皿を引き寄せた。
「なら良かった、2人とも頑張ってね!」
「昼からの練習、見にこない?」
立ち上がったソフィアにハリーが期待を込めて聞いたが、ソフィアは肩をすくめて残念そうに苦笑した。
「ごめんなさい。ハーマイオニーが拗ねちゃうわ。…それに、宿題を終えないと……あなた達を手伝えないでしょう?」
ソフィアは声を顰めて悪戯っぽく笑うと、ハリーとロンに手を振り大広間の扉へと向かう。
もぐもぐとチキンパイを食べながらソフィアを見送ったロンは、ごくん、と飲み込むと大きくため息をついた。
「ソフィアって、ほんといい奴だよな」
「…うん……本当だよね」
ハリーはソフィアが消えた扉をぼんやりと見つめ、こくこくと何度も頷いた。
人の少ない談話室でハーマイオニーとソフィア2人が本を読みながら順調に宿題を終わらせていると、クィディッチの練習が終わったのかハリーとロンが肖像画の穴を通って談話室に戻ってきた。
好きなクィディッチの練習をしたとは思えない程の落ち込んだ表情と、何より想像以上に早く帰ってきた事から何かあったのだろう、とソフィアは察した。
「練習はどうだった?」
ハーマイオニーはハリーとロンを見て、かなり冷たい声で聞く。
「練習は──」
「めちゃめちゃさ」
ハリーが先に言いかけたが、ロンは自分から虚な声で言うとハーマイオニーの隣にドサッと腰掛ける。
あまりの落ち込んだ様子に、ハーマイオニーの冷淡さは少し和らぎ、慰めるために気遣うように柔らかい目でロンを見る。
「そりゃ、初めての練習じゃない。時間がかかるわよ、そのうち──」
「めちゃめちゃにしたのが僕だなんて言ったか?」
ハーマイオニーは慰めるつもりだったが、ロンはカッとしてハーマイオニーの言葉に噛み付く。
練習は散々だった。朝の個人練習では上手く動けたが、昼からの本番練習では全く上手く飛ぶ事が出来ずミスを連発し、見学に来ていたスリザリン生が野次を飛ばし腹を抱えて笑い馬鹿にするたびにさらに焦ってしまい、頭の奥がじりじりと熱くなるような恥ずかしさと悔しさと不甲斐なさに押しつぶされそうになった。
上手くやらなければ、そう思うたびにまた動きがぎこちなくなり、必死になり、笑われ、野次を飛ばされ──悪循環に陥り、ロンは自分でも全く上手くできなかったことはわかっていた。
つまり、これは八つ当たりだった。
「そんな事言わないわ、ただ、私──」
「ただ、君は、僕が絶対ヘボだって思ったんだろう?」
「違うわ!そんな事思わないわ!ただ、あなたがめちゃくちゃだってって言うから、それで──」
ハーマイオニーは必死に弁解するが、頭の中が悔しさや不甲斐なさでぐちゃぐちゃになってしまったロンは聞き入れる事ができず、煩わしそうに首を振った。
「僕、宿題を──」
「ロン!」
バシン、と強い音がロンの言葉を遮った。
「宿題をやる」そう言うつもりで腰を浮かせかけていたロンはいきなりソフィアが分厚い教科書を机に叩きつけた驚きで目を丸くして言葉を飲む。
ロンだけでなく、狼狽えていたハーマイオニーも、どうしたものかと見守っていたハリーもまた驚いたようにソフィアを見た。
「……ロン、ちょっと落ち着いて」
ソフィアはポケットを探り、勉強に疲れた時に食べるために常備しているヌガーを取り出し、包みを開くと無理矢理ロンの口の中に押し込んだ。
「むぐっ──」
口の中に広がる甘い味とソフィアの静かな視線に、ロンはすとん、と力が抜けたようにもう一度座り込む。
いや、たしかに今まで肩や拳に無意識のうちに力がこもっていた。その力がふっと抜けたロンはもぐもぐと黙ってヌガーを噛み、虚な目でソフィアを見る。
「朝の練習では上手くいったんでしょう?」
「……きっと、まぐれだったんだ」
「そうかしら?まぐれでどうにかなるものではないわ。クィディッチの練習で何が大切かわかる?──さあ、ハリー?」
「えっ?えーと…練習して、ミスがあれば正す事……」
「そうね。練習して、反省して、正して、何度も練習して──を繰り返すのよ。…朝の練習では何度もしていくうちに調子が上がったんでしょう?でも、あなたの様子を見る限り上手くいかなかった。私は練習を見ていないしキャプテンでもないわ。でも、何があったのかを客観的に聞いて、アドバイスくらいはできるわよ。だってクィディッチ大好きだもの!」
ロンは無言でヌガーを噛んでいたが、少し冷静さを取り戻し、情けない顔をして視線を下に下げたままぽつぽつと話し始めた。
「…僕、上がっちゃった。…スリザリンの奴らが見学に来てて……野次が凄くて…ミスするたびに…わ、笑われて……」
ハーマイオニーとソフィアはその小さな呟きを聞いて、何があったのかをすぐ理解した。今までも何度かハリーの練習を見にいっていたが、そのたびにスリザリン生は大声で野次を飛ばし選手達の心を乱して練習を邪魔するのだ。
「成程ね。…他には?」
「……パスする練習の時に、クァッフルを捕まえようとしたけど上手くできなくて…急降下して、体勢を立て直す時に…もたついた」
「それで?」
「…キーパーなのに、上手く守れなくて……アンジェリーナに僕だけ何度も注意されて……スリザリン生には笑われるし…」
「それで?」
「……それで、…ケイティが酷い鼻血を出して医務室に行ったから……練習は終わったんだ」
ロンの声は徐々に小さくなり、最後の方は掠れるような声だったがソフィアとハーマイオニーは真剣な顔をして聞いていた。ハリーは失敗をもう一度思い出させるなんて、少し酷いのではないかと困惑しながらソフィアを見たが、ソフィアはロンを見つめ続けハリーの視線には気づかない。
「アンジェリーナはキャプテンだもの、初めてチームに参加したロンをしっかり見るわ。それに、あなたに強い選手になってほしいと考えてる筈よ、だから動きが悪ければ注意をするわ。……アンジェリーナの注意は間違いだった?受け入れられない事?」
「……ううん、正しい…」
「なら、いいじゃない。ロン、あなたが次までに気をつけなければいけないことはしっかりと分かったんでしょう?」
「……」
「それにね、アンジェリーナはあなたに期待しているから、上手くなって欲しいから、注意をするのよ。何にも言われなくなったら──見捨てられたらそれこそ終わりだわ」
ソフィアの静かな言葉に、ロンは目元と鼻の奥がツンと痛むのを感じた。
俯いていた顔をあげ、ロンはソフィアを見る。ソフィアは真剣な顔をふっと緩めると手を伸ばし優しくロンの肩を叩く。
ロンはそのままハーマイオニーとハリーを見た。彼らもまた、ソフィアのように優しい顔をして頷いていた。
「せっかく選手になったのよ。あなたはあなた自身の力で合格したの。他の誰でもないわ。今日の動きで反省するところはしっかりして、沢山練習して、本番に活かせばいいわ。そのための練習でしょう?」
「…ソフィア……、っ…」
ロンは言葉に詰まり、また俯いてしまう。
ハーマイオニーはそっと慰めるようにロンの背中を撫でた。その背中に触れる瞬間、一瞬振り払われないだろうか──と思ったが、ロンはハーマイオニーの優しい慰めを、今度はしっかりと受け入れた。
「ご──ごめん、僕、ハーマイオニー……八つ当たりだった、むしゃくしゃ、して」
言葉を途切れさせながら言うロンに、ハーマイオニーは首を振り「分かってるわ」と彼女にしてはとても優しい声で囁いた。
「ロン、あなたは野次に慣れてないもの。心が乱されてミスをするのは当然よ」
「…そうだよ、ロン。スリザリンの奴らの言葉なんて気にするな。むしろ、毎回聞いてたらバリエーションの無さに笑えてくるからさ」
「ハーマイオニー……ハリー……」
「空を飛んでいない人の野次なんて無視しなさい。スリザリンの奴らはきっとあなたに素晴らしい選手になって欲しくないから潰そうとしているのよ!逆に考えれば…スリザリン生はあなたが脅威だと思ってるのかもしれないわ」
「……僕が?脅威?」
「そうよ、ロン!だってあなたは新しい選手だもの。能力は未知数でしょう?スリザリンの奴らの鼻を明かすチャンスだわ!ソフィアの言う通り、練習と反省あるのみよ!……まぁ、宿題も少しはしないといけないと、私は思うけどね」
ハーマイオニーの言葉に、ロンは小さく笑った。
ロンはバシン!と強く自分の頬を両手で叩くと今まで虚だった目に確かなやる気を見せ、ソフィアとハーマイオニーとハリーを見回し、大きく頷いた。
「うん──うん!僕、今日の反省点をまとめる。それで、アンジェリーナにも、他に気になった事が無かった聞きにいく。練習見てもらえるかも…頼んでみるし、個人練習もいっぱいする。スリザリンの奴らの野次も…うん、気にしない。無視する。──だから……ハリー、また練習に付き合ってくれるかい?」
「勿論だよ!」
ハリーは大きく頷きにっこりと笑う。
ロンも先ほどの落ち込みと苛立ちが嘘のようににっこりと笑い返し、さっぱりとした清々しい表情で「羊皮紙を取ってくる!」と言い男子寮へ向かった。
「…ソフィア、きみって本当凄いね…ありがとう、本当に……」
ハリーは初めはどうなる事かと思い、ソフィアの言葉に困惑していたが、こうもいい方向にいくとは思わず、心の底から感謝した。
「いいのよ。ロンは実力はあるんでしょう?……メンタルの問題なのよ、練習を重ねて自信がつく前にスリザリン生はロンを潰したかったんだと思うの。でもそんなの酷いじゃない?そのためには冷静になって、無視できる心を持つしかない。でも、それはロンには難しいわ。ロンが周りをすごく気にするのは知ってるでしょう?
その時の心の状態がキーパーとしての動きに強く影響するのなら、こっちは応援と励ましでロンの気分を盛り上げないとダメなの。野次を馬鹿馬鹿しいと思えるまではね」
ソフィアの言葉にハーマイオニーは感心したように頷き、尊敬の眼差しで見つめた。
「ソフィア、あなたって……やっぱりカウンセラーに向いてるんじゃない?」
「ふふっ、そうかしら?──ほら、ややこしい性格の人が多いから」
ソフィアが含みを持たせて言えば、ハーマイオニーはセブルス・スネイプの事を思い出し──たしかにあの人の娘ならば、人の心を読み解き受け止め包み込むような性格になり、人が何よりも望んでいる言葉をかけられるようになってもおかしくはない、と思った。
その後、戻ってきたロンはハリーにも今日の練習を見てどう思ったかを聞き、ハリーのアドバイスに真剣に耳を傾けて反省点を見つめ直した。
ケイティの見舞いを終えてアンジェリーナが談話室に入って来ればすぐに駆け寄り、今日の動きは自分でも悪かったと分かっている事、スリザリン生の野次と嘲笑で心が乱された事を正直に告げ、次までには立て直すと真剣に訴えた。
それを聞いたアンジェリーナは正直なところ、ロンをこれからもキーパーとして使っていいのかと不安に思っていたが──とりあえず、ロンのやる気は認め、受け止めた。
「厳しいことも言うと思うわ。私はキャプテンだから。──でも、ついてきなさい、ロン」
アンジェリーナの言葉に、ロンは強く頷く。
今日ばかりはロンとハリーは全く宿題に手をつけなかったが、ハーマイオニーは何も言わなかった。