ハリーはソフィアにこっそりと実はクィディッチのシーカーに選ばれた事を伝えた。秘密にしててね、と囁いた後、飛行訓練の後マクゴナガルと何があったのかを伝え、そして夜談話室に誰も居なくなった後でニンバス2000をソフィアに見せた。
「わぁ!ニンバス2000!これ、すっごく素敵な箒だって聞いたわ!いいなぁ…私もこれで飛んでみたいわ!…触っても良い?」
ソフィアは目を輝かせ、箒の美しいフォルムにうっとりとしたように呟く。ハリーはニコニコと微笑み頷いた。
「勿論!」
「ありがとう!…ああ!なんて滑らかなの…それに、見た目より軽いわ!ハリー、あなたはきっと素晴らしいシーカーになるわよ!この箒と、あなたの才能が組み合わされたら…怖いものなしよ!」
「期待に応えられるように頑張るよ!…練習が週3回あってね、疲れるけどすごく楽しいんだ!…それで、…えぇっと…宿題をちょっと…手伝ってくれないかな?」
ハリーのおずおずとした申し出に、ソフィアは箒を丁寧に袋の上に置くとすぐに頷いた、ただ、表情は少し悪戯っぽく笑っていたが。
「勿論よ!そのかわり…ちょっとだけこの箒に乗せてもらえるかしら?」
「えっ?」
その申し出を受けるかどうか、ハリーは少し悩んだ。ハリーはソフィアの箒の腕前を知らない。もし、あまり上手く無くてこの素晴らしい箒を壊されたら…そう思うと直ぐには頷けなかったのだ。
そんなハリーの不安をソフィアは感じ取ったのか、自信たっぷりの笑顔を見せて胸を逸らせた。
「私、箒の扱い方には自信があるのよ!変身術の次にはね!」
「そうなの?ならいいよ!でも、その…くれぐれも気をつけてね?」
「勿論よ!」
ソフィアが変身術の次にと自信を持って言うのであれば余程得意なのだろう、それなら壊される心配はしなくても良さそうだ、とハリーはほっと胸を撫で下ろした。
その日の夜7時から練習が入っていた為、ハリーは早速ソフィアとロンを連れて練習前にクィディッチ競技場へとやってきた。ハリーはロンにも乗ってみるかと提案したが、ロンは少し悩んで「万が一壊したら弁償出来ないから」と辞退したが、苦渋の決断、とばかり表情は歪められていたし、それでもハリーが乗せてくれる事を密かに期待していたがハリーはそれ以上ロンに何も言わなかった。ハリーとしても、万が一であっても壊す可能性がある人には──たとえ友人のロンであっても──乗せられなかった。
「ここが競技場!初めてきたわ!…選手達はこんな目線なのね…」
ソフィアは目を輝かせ、何百人も入るだろう観客席やスタジアムの中をキョロキョロと見渡した。
「はい、ソフィア…気をつけてね?」
「大丈夫よ!万が一の墜落も、あり得ないわ!」
ハリーは宝物の箒をそっとソフィアに手渡す。ソフィアもしっかりと受け取り、そしてゆっくりと跨った。
「──行くわよ!」
ソフィアはぐっと柄を握り地面を蹴った。
箒はソフィアの思ったように動き、速度を上げる。今まで乗ってきたどんな箒よりも滑らかに空を切り裂くように進み、そして驚くほど軽やかに方向を変える。
「あはは!!すごーい!最高だわ!!」
ハリーとロンは地上で楽しそうに飛ぶソフィアを見て歓声を上げた。
高く飛び上がり、速度を落とさずくるりと回転しそのまま急降下する。箒に自信があると言っていたソフィアの言葉に嘘は無く、むしろハリーが想像する以上に上手く空を駆け巡っていた。
「──っと!ああ!本当に素晴らしい箒ね!ありがとうハリー、楽しかったわ!」
10分ほどすると満足したのかソフィアは頬を興奮で赤らめながら地上に降りてきた。長い髪は風に煽られやや乱れていたが、ハリーはそんな姿を見て何故か胸がどきりと高鳴ったのを感じた。
顔にかかった髪を後ろに流し、頬を紅潮させながら顔中に幸せを表現する明るい笑顔を見せるソフィアの姿が、ハリーは何よりも魅力的に見えた。
「ソフィア、君って本当に上手いんだね!来年選手になれるんじゃない?」
ロンは興奮したようにソフィアの箒捌きを褒めた、ソフィアも嬉しそうに笑いながら胸を張りふふんと自信に満ちた顔で得意げに笑う。
「ありがとう!そうね、来年立候補してみようかしら!」
「それが良いよ!ソフィアと一緒だと、僕も嬉しいし!」
ハリーはソフィアから箒を受け取りながら何度も頷いた。
満更でもない表情でソフィアは笑いながらもう一度広いグラウンドと高い空を見上げる。
ここでクィディッチの選手として仲間と戦う、もしそれが出来たらなんて素晴らしい事だろうかと、想像するだけで胸は高鳴った。
競技場を見渡していたソフィアは入り口から誰かがこちらに向かってくる事に気付き、それが誰か──誰達か──が分かるとぱっと笑顔を見せて駆け寄った。
「フレッド!ジョージ!あなたたち選手なの!?」
自分の箒を持ち、この時間ここにやってきたと言う事は選手なのだろう、ソフィアが驚いていると2人は大きく頷いた。
「ああそうさ!言ってなかったか?」
「俺たちはビーターなんだ!」
「そうなの?クィディッチの試合応援しているわ!」
ソフィアは背伸びをして双子の頬にキスをするとにっこりと笑った。頬を抑えた双子はにやりと笑い恭しくソフィアに頭を下げる。
「勿論!我らが姫様のお望みとあれば!」
「必ずや勝利の杯を届けて見せましょう!」
「期待していますよ、ステキなナイト様達?」
ソフィアもまた、演技がかった動作でスカートの端を掴み膝を折る。3人は顔を合わせ、同時に噴き出すと腹を抱えて楽しそうにけらけらと笑った。
ハリーの練習を見ていくというロンと別れ、ソフィアは1人廊下を歩いていた。
さて、どこへ行こうか。もう宿題は終わらせてしまったし、ハーマイオニーがいるだろう図書室に行くのも、なんとなく気まずかった。
あれからハーマイオニーはソフィアを無視する事は無くなったが、それでもやはりまだ許せていないのか彼女の言葉にはいつも棘が含まれていた。
いい加減、ソフィアは仲直りがしたかったが、いつまで経ってもきっとハーマイオニーは規則を破る度に許さず、こんな雰囲気になってしまうだろう。確かにあの夜はハーマイオニーに多大な迷惑をかけてしまった、だが来なければ良かったのではないか、自分から着いてきたのにこちらにばかり怒られても釈然としない。と、ソフィアは胸の奥で考えていた。
あてもなく廊下を歩き、ハーマイオニーとどうすれば仲良くなれるのかと思考をそちらに飛ばしていたソフィアは、曲がり角で向こう側からきた人と正面衝突した。
「──きゃっ!?」
「──ああっ!す、す、すみま、せん、ミ、ミス・プリンス!」
「私、前を見てなくて…すみませんクィレル先生!」
小さなソフィアは身体が軽く、ぶつかった衝撃でひっくり返りその場に尻餅をついてしまった。
衝突した相手は闇の魔術に対する防衛術の教師、クィレルだった。いつも何か酷く臭いターバンを巻き、生徒にすらおどおどしいつも眉を下げ不安げに辺りを見渡している。緊張からか、そのどもりは止まる事がない。
「だっだだだいじょうぶですか?」
「ええ、はい──っ!」
ソフィアはすぐに立ちあがろうとしたが、足首にずきりとした痛みを感じ呻めき声を上げた。左足の靴下を少し下げてみれば、倒れた時に変に捻ってしまったのだろう、足首が次第に赤く変わりつつあった。
クィレルはソフィアが怪我をしてしまった事に気付き、オロオロと胸の前で手を揉んでいたが、躊躇いながらも、意を決したようにソフィアに震える手を差し出した。
「ど、どどどうぞ…医務室まで、つ、つ、つれて行きます…」
「すみません、クィレル先生…お願いします」
ソフィアは苦笑しながらその手を取った。震えている手はひやり、としていて酷く冷たかったが、生徒に対してもいつも緊張している人だ、怪我をさせてしまった事でいつもより更に緊張し怯えてしまっているのだろうとソフィアは思った。
片足で立ったソフィアはよろりとよろめき、思わずクィレルの胸元に捕まった。びくりとクィレルは大きく肩を震わせ恐怖と緊張に満ちた目でソフィアを見下ろす。
「あー…すみません、うまく立てなくて…」
クィレルの噂はソフィアも知っていた。
それは吸血鬼を恐れ、いつまた襲われるかわからないという恐怖にいつも襲われているというものだ。だから、彼はいつも怯え小さな物音にもびくつき震えているのだ。
しかし、ここはホグワーツだ、吸血鬼が入ってくるとは考えにくい。寧ろここにいる事が最も彼にとって安心できるのではないだろうか。何をそんなに怯えているのだろうかと、ふとソフィアは思った。
ソフィアは固まってしまった──勿論小さくいつものように震えていたが──クィレルから離れると壁に手をつき身体を支えた。
「…ふ、ふふ浮遊呪文を、か、かけますね?」
「…お願いします」
クィレルは杖を出し、ソフィアに向けた。
ソフィアは苦笑し黙って魔法を掛けられるのを待つ。
「何をしている!」
突如、叫ぶような怒号が響いた。
ソフィアとクィレルは同時に声をした方を振り向く。
「セ、セ、セブルス…」
「…先生?」
つかつかと大股で現れたのはソフィアの父のセブルスだった。
セブルスはソフィアの前に立ちはだかると、クィレルを睨み、そっとローブの陰に彼女を隠した。
「わ、私はただ、か、彼女に浮遊呪文をか、かけようとしただけで…その、ぶ、ぶつかってしまって、彼女が、け、怪我を…医務室に、つ、連れて行こうと…」
「…そうなんです、先生。私ぶつかった時に足を挫いてしまったようで…」
クィレルは見ていて可哀想なほど萎縮し一歩後ろに下がった。生徒に怯える程だ、彼にとっては怖い表情の父に睨まれるなんて、今すぐ逃げ出したいのだろう。
ソフィアはそっと後ろから見ていてなんだかクィレルに対し申し訳なく思った。
「……ほう?クィレル、あなたの震えでは上手く魔法をかけることも叶わないのではないかね?我輩が医務室まで連れて行くとしよう」
「そ、そうですか、な、ならよろしくお願いします」
クィレルはそそくさとその場から直ぐに離れていく。途中であまりにも急ぎすぎたのか足がもつれ1人で転びかけ、ずれたターバンを慌てて手で押さえながらばたばたと廊下の角を曲がり消えていなくなった。
セブルスは足音が充分に離れてからソフィアへと向き合う。
「…どちらの足だ」
「あ、左足首です」
「…座りなさい」
ソフィアは大人しく座り、左足首を見せるために靴と靴下を脱いだ。足首は先程よりも赤く腫れ、じんじんと熱を持ち始めていた。
患部をじっと観察したセブルスは杖を出し足首に向けて軽く一振りした。杖先から銀色のひかりと白い包帯が現れやさしくソフィアの足首を光が包み、そして包帯が巻かれた。
「──わぁ!すごい!痛みが消えたわ!」
「応急処置だ、この後医務室に行くように」
「はい、先生、ありがとうございます」
ソフィアはそっと立ち上がってみたが、微かな違和感はあるが痛みはほとんどない、これなら問題なく歩けそうだ。
「…、…」
セブルスは周りを見渡し、人間やゴースト1人もいない事を確認すると身を屈め、そっとソフィアに顔を寄せる。ソフィアはきょとんとしたまま黙ってセブルスを見上げた。
「…クィレルには、近づくな」
「──え?」
セブルスはソフィアの耳元でそれだけを囁くとすぐに身体を離す。ソフィアは告げられた言葉に訝しげに眉を寄せた。
「──それは、私だから、ですか?」
「…君の兄にも伝えておくように、質問は許さない」
セブルスは静かに言うと直ぐに踵を返し、その場から去った。生徒と2人で話しているところをあまり見られたくないのだろう。
1人残されたソフィアはその言葉の意味を考えていた。
他の生徒たちには伝えていない、私だから──つまり、娘である私にだけ伝えたかったのだ。
自分とルイスにだけ、という事は父の個人的な感情と思考で、クィレルと子どもたちを近付けたくないという意味になる。
もし、大多数の生徒たちをクィレルから遠ざけたいのであれば、きっとまず父はスリザリンの生徒たちにその事を告げるだろう。寮長である父の事をスリザリン生はとても信頼している。もともと仲間内の結束はどこの寮よりも強いのだ。
「…医務室に行って、ルイスを探さないと…」
言葉の意味はいくら考えてもわからない、ただ、父がそう望んでいるのならとりあえずルイスに話し、相談しようと思っていた。
「…何だか色々ありすぎるわ…ハーマイオニーとは話せないし…ケルベロスは居るし…」
小声で呟き、ソフィアは小さくため息をついた。