ハリーとロンは占い学を、ハーマイオニーとソフィアは数占いの授業を終えて闇の魔術に対する防衛術の教室へ向かう。
グリフィンドール生が教室に入った時、アンブリッジは上機嫌に鼻歌を歌いながら独り笑いをしていた。
防衛術の論理の教科書を取り出しながらハリーとロンはハーマイオニーとソフィアに占い学での査察の様子と何があったのかを細かく話して聞かせた。しかし、ハーマイオニーが怪訝な顔をして何か質問をする前にアンブリッジが「静粛に」と言い、みんなしん、と静まった。
「杖をしまってね」
アンブリッジはにっこりと笑いみんなに指示をする。もしかしたら、と期待して杖を出していた数名の生徒は肩を落とし鞄の中に杖を戻した。
「前回の授業で第一章は終わりましたから、今日は19ページを開いて『第二章、防衛一般理論と派生理論』を始めましょう。お喋りはいりませんよ」
独りよがりに笑ったままアンブリッジは自分の席についた。生徒全員がはっきり聞こえるほどのため息をついたが、アンブリッジは全く気にしない。
ハリーは今学期中ずっと読み続けるだけの章があるのだろうか、とぼんやり考えながら目次を調べようとした。──その時、ハーマイオニーがまたしても手を上げていることに気付く。
ハリーだけでなく教室中の全ての生徒がハーマイオニーに気付く、もちろんアンブリッジも気付いていたが前回の反省を踏まえ今回は対策を練っているらしい。
アンブリッジは立ち上がると焦らすようにゆっくりとハーマイオニーの真正面まで歩き、他の生徒に聞こえないように体を屈めて囁いた。
おそらく、声が聞こえたのはハーマイオニーを挟むようにして座っていたハリーとソフィアだけだろう。
「ミス・グレンジャー。今度はなんですか?」
「第二章はもう読んでしまいました」
「それなら、第三章に進みなさい」
「そこも読みました。この本は全部読んでしまいました」
アンブリッジは囁き声だったが、ハーマイオニーは声を顰める事はなく静かな教室に彼女の声は良く響いた。
ソフィアは「ハリーに大人しくしてという割にはハーマイオニーも全く大人しくできないわよね」と思いながら2人の様子をちらちらと横目で見る。
「さあ、それでは、スリンクハードが第十五章で逆呪いについて何と書いてあったか言えるでしょうね」
目を瞬かせていたアンブリッジは、どうせ斜め読みだろうとハーマイオニーを舐めてかかりふふんと意地悪く笑う。
しかし、ハーマイオニーは誰よりも勉強が好きで、優秀であるのはグリフィンドール生ならば皆知っている。
「著者は、逆呪いという名前は正確ではないと述べています。著者は、逆呪いというのは、自分自身がかけた呪いを受け入れやすくするためにそう呼んでいるだけだと書いてあります」
即座に答えたハーマイオニーに、アンブリッジは片眉を上げた。完璧な答えに、意に反して感心してしまったのか、アンブリッジは黙り込む。
「でも、私はそうは思いません」
ハーマイオニーはさらに言葉を続ける。アンブリッジの眉がさらに吊り上がり、目つきがはっきりと冷ややかなものになった。
「そう思わないの?」
「思いません。スリンクハード先生は呪いそのものが嫌いのなのではありませんか?でも、私は防衛のために使えば、呪いはとても役に立つ可能性があると思います」
「おや、あなたはそう思うわけ?」
アンブリッジは冷笑を浮かべ体を起こした。生徒達に聞こえないように声を顰めるのも忘れ、その声ははっきりとクラス中に響き渡る。
「さて、残念ながらこの授業で大切なのは、ミス・グレンジャー。あなたの意見ではなくスリンクハード先生の意見です」
「でも──」
「もう結構」
ハーマイオニーは即座に反論したが、アンブリッジは踵を返し教室の前まで戻り生徒の方を向いて立った。
授業の前に見せていた上機嫌は吹き飛び、
いつものようなわざとらしい笑みも消えている。
「ミス・グレンジャー。グリフィンドール寮から5点減点しましょう」
ただ意見を言っただけで減点となり、クラス中が騒然となった。
アンブリッジに対して良く思っていないハリーが真っ先に「理由は?」と怒って聞いたが、ハーマイオニーは小声で「関わっちゃダメ!」と囁く。
自分が減点されるのはいい、他の授業でいくらでも挽回できるし少しも痛くはない。しかし、ハリーはこれ以上アンブリッジの気に触ることを言えば、また1週間の罰則となりクィディッチの練習に参加できなくなってしまう。
「埒でもないことでわたくしの授業を中断し、乱したからです」
アンブリッジはハリーを見据え、澱みなく言った。
「わたくしは魔法省お墨付きを得た指導要領でみなさんに教えるためにここに来ています。生徒たちに、ほとんど分かりもしない事に関して自分の意見を述べさせることは、要領に入っていません。
これまで先生方は、みなさんにもっと好き勝手をさせたかもしれませんが誰一人として──クィレル先生は例外かもしれません。少なくとも年齢に相応しい教材だけを教えようと自己規制していたようですからね──魔法者の査察をパスした先生はいなかったでしょう」
クィレルを褒めるその言葉に、騒めきが一瞬消え緊張に満ちた。
クィレルに何があったのか、誰もが知っている。勿論それを全て信じている者は──今は多くない事は確かだが、クィレルにヴォルデモートが取り憑き賢者の石を狙っていたということ、そしてハリー達が勇敢にもクィレルを退け賢者の石を守ったということは、一応緘口令が敷かれていたが、勿論守られていない。
「ああ、クィレルは素晴らしい先生でしたとも」
沸騰した怒りの中、ハリーが失笑しながら大声で言う。ハーマイオニーとロンは目に見えて「まずい」と顔を引き攣らせ間違いなくハリーは明日からまた1週間の罰則だと思った。
「ただ──」
「──クィレルは素晴らしい闇の魔法使いで私たちを殺そうとしましたね。トロールを城に招いて、賢者の石を盗もうとしました。あの人と、共に」
ハリーが全てを言い切る前に、ソフィアが良く通る声ではっきりと言った。
まさかソフィアが目に見えて反抗的な意見を言うとは思わず、誰もが驚き口をぽかんと開ける。
ハリーを見ていたアンブリッジは、すっと視線をソフィアに向けた。その突き刺さるような目を、ソフィアは避けることなく冷めた目で見つめ返す。
騒めきが消え、完璧な沈黙が訪れた。
「ミス・プリンス。1週間の罰則です」
冷たいアンブリッジの声に、ソフィアはふっと笑う。
「わかりました。ハナハッカ・エキスの用意をした方がいいですか?それとも、育て親に送るフクロウ便の用意を?」
何故ハナハッカ・エキスを用意するのか、その薬が何に使われるか知っている生徒達は首を傾げアンブリッジを見つめる。
アンブリッジとて、ハリーに科した罰則が出るところに出れば流石に父兄から苦情が届き糾弾されるとは分かっている。いくら新聞で嘲笑されるハリー・ポッターであっても、彼を擁護する声は勿論ある。魔法省が日刊預言者新聞と結託し、規制し、表に現れていないだけだ。何よりハリーはまだ守られるべき子供であり、傷付けられて良いわけがない。
アンブリッジは目を細めじっとソフィアを見ていたが、にっこりと笑うと「いいえ、書き取り罰ですから、羽ペンと羊皮紙を持ち、5時に来なさいね」とねっとりとした甘ったるい声で言う。
「──さあ、第二章を読みなさい。ほら、みなさん、早く!」
アンブリッジはぱちんと手を叩き、ソフィアをちらちらと見つめていたクラスメイト達は一人、また一人と教科書に視線を落とした。
最後までソフィアを心配そうに見ていたのはハリー達だろう。ソフィアは視線に気がつくと、悪戯っぽく笑いアンブリッジが背中をむけている間にちろりと舌を出した。
授業が終わるとアンブリッジは用意していた罰則の申請書を嫌らしく笑いながらソフィアに手渡した。「マクゴナガル先生に渡すのですよ」と言うアンブリッジに、ソフィアは「分かりました、先生」と大人しく受け取る。教室にいる生徒たちが皆ソフィアを見ていたが、ソフィアはちっとも気にせず申請書を鞄の中に入れた。
ハリー達はソフィアを待ち、一緒に教室を出た。暫く無言だったが、ハリーが耐えきれずソフィアの腕を掴み歩みを止めさせると、驚いたような顔をして振り返ったソフィアを見て苦しそうに顔を歪めた。
「どうして……」
「だって、ハリーは…きっとクィレルの頭には例のあの人がいたとかなんとか言うつもりだったでしょう?」
涼しい顔で言うソフィアに、ハリーは全くもってその通りでありぐうの音も出ない。
しかし、ソフィアは教師に対してあまり反抗的な態度に出ることはない。──セブルスがハーマイオニーを貶したときは真っ先に反抗したが、それだけだろう──自分が癇癪を起こさず黙っていれば、ソフィアはあんな事は言わなかったんじゃないか、罰則を受ける事は無かったんじゃないかと思うと、ハリーは胸がシクシクと痛んだ。
「そうだけど──でも……」
「ハリー、あなたが怒っていただけじゃないわ。私もハーマイオニーに対する不当な減点で、かなり、怒ってたの」
ソフィアはにっこりと笑う。
しかし、その口は笑みの形を作っていたが、目は微塵も笑っていない。静かな怒りに、それを近くで見たハリーとロンはひくりと口先を震わせた。ハーマイオニーだけは、喜んでいいのか怒るべきなのか複雑そうな表情をしていたが。
「それに書き取り罰だから、大丈夫よ。毎日罰則があっても宿題も──まぁなんとかなるわ。心配してくれてありがとう」
ソフィアは自分の腕を掴んでいるハリーの手をそっと握ると、にこりと今度は綺麗に笑った。
「──でも、あまりアンブリッジに食ってかかるのはやめて。我慢する事も時には必要よ。ロンとクィディッチを頑張るんでしょう?」
「あ……うん、ごめん……」
分かってくれたらいいの、とソフィアはあっさりとハリーを許した。いや、そもそもソフィアはハリーの沸点の低さに気付いてはいるが、怒ってはいないのだ。ハリーの思った事を何でも口に出してしまう我慢の出来なさは、年々酷さをましていると言えるだろう。しかし、ソフィアは陰でこそこそいうくらいならば罰則や減点覚悟で堂々と発言する方が好ましいと思っているのだ。
もう子どもではなく大人に近づいている、時には我慢も必要だろう。しかし、ソフィアはハリーのその欠点ともいえる性格が嫌いではなかった。
「ハリー、あなたソフィアに本当に感謝しなきゃ駄目よ。あのままあなたが言っていたら、罰則の前にアンジェリーナに呪われるところだったわ!」
「あ、本当だ!うわぁ、本当にありがとうソフィア!」
「ふふ、どういたしまして!」
「……君って本当、ハーマイオニーの事好きだよな」
ロンが改めて言えば、ソフィアはハーマイオニーを見てにっこりと笑うと、磁石で引き寄せられたかのようにぴったりとハーマイオニーに寄り添い腕を絡ませ、満面の笑みで「親友だもの!」と言った。