変身術を終えたソフィア達は次の魔法生物飼育学へ向かう。
ソフィア達は口々に先ほどのアンブリッジとマクゴナガルの攻防を興奮と尊敬の色を滲ませ語り合い──どちらに尊敬したかは言わなくてもいいだろう──森へ向かって芝生を降りていた。
もうアンブリッジに会う事はないだろう、そう思っていたが、ハグリッドの小屋の側にクリップボードを持つアンブリッジと、グラブリー-プランクが居た。
「いつもはあなたはこのクラスの受け持ちではない、そうですね?」
「その通り。わたしはハグリッド先生の代理でね」
グラブリー–プランクは両手を後ろ手に背中で組み、踵を上げたり下げたりしながらアンブリッジの質問に答える。近くの架台には先週に引き続きボウトラックルがワラジムシを長い指でがさがさと引っ掻き回していた。
ハリーはロン、ハーマイオニー、ソフィアと不安げに目配せをし合う。シリウスからの情報でアンブリッジは半人をかなり嫌っていると聞いている。ならばきっとハグリッドもホグワーツから追い出す──最低でも教職には就かせたくないはずだ。
ハリーの不安はアンブリッジだけではない。ハグリッドの授業がグラブリー–プランクの授業よりも生徒たちに好かれていないのは理解している。変身術でアンブリッジは生徒たちに質問していなかったが、ここでハグリッドにとって悪い質問をされないかと気になっていたのだ。
このクラスがグリフィンドール生だけならば、まだマシだった。グリフィンドール生はみんな愉快な──時々危険な──ハグリッドの事が好きだからだ。
だが、このクラスにはスリザリン生がいる。特にドラコ・マルフォイは毎年ハグリッドを馬鹿にし、追い出そうと躍起になっているのだ。間違いなく、アンブリッジに何かでっちあげた最悪な話をするだろう、とハリーは思い暗鬱な気持ちになっていた。
──ルイスが止めてくれたらいいけど。
ハリーはドラコがこそこそとクラッブとゴイルとニヤニヤと笑いながら囁き合っているのを見た。ドラコの隣にいるルイスはその話に参加はしていないが、止めるために口を挟んでいる様子もない。
「ところで──校長先生はおかしな事に、この件に関しての情報をなかなかくださらないのですよ。あなたは教えてくださるかしら?ハグリッド先生が長々と休暇をとっているのは、何が原因なのでしょう?」
ハリー達は顔を硬らせる。
何故休暇をとっているのか、それはハリー達も知らなかったが、それを知られるのも、気にされるのもまずいのだとシリウスが言っていたのだ。
「そりゃ、できませんね。この件はあなたがご存知のこと以上は知らんのです。ダンブルドアからふくろうが来て、数週間教える仕事はどうかって言われて受けた。それだけです。さて──それじゃ、はじめようかね?」
「どうぞ、そうしてください」
アンブリッジはグラブリー–プランクが本当に知らないのだと判断してあっさりと頷くとクリップボードに走り書きをしながら言う。
授業はいつものように開始される。アンブリッジは先程と異なり、生徒達の間を回り魔法生物について質問をした。
ハリーは聞き耳をたて誰が何と答えたかを注意深く聞いていたが、だいたいの生徒が上手く答え、少なくともハグリッドに恥をかかせるようなことにはならず、ほっと胸を撫で下ろした。
生徒たちに質問を終えたアンブリッジは生徒にアドバイスをしていたグラブリー–プランクのそばに戻るといつものわざとらしい咳をし、注意を引いた。
「何かな?」
「全体的に見て、あなたは臨時の教員として──つまり、客観的な部外者と言えると思いますが──あなたはホグワーツをどう思いますか?学校の管理職から十分な支援を得ている時に思いますか?」
「ああ、ああ。ダンブルドアは素晴らしい」
グラブリー–プランクは心からそういい、深く頷く。
「そうさね。ここのやり方には満足だ。本当に大満足だね」
「それで──あなたはこのクラスで今年は何を教える予定ですか?勿論、ハグリッド先生が戻らなければ、としてですが」
「ああ、OWLに出てきそうな生物をざっとね。あんまり残ってないがね──この子たちはもうニフラーとユニコーンを勉強したし。わたしはポーロックとニーズルをやろうと思っているがね。それに、ほら、クラップとナールもちゃんとわかるように」
「まぁ、いずれにせよ、あなたは物がわかっているようね」
アンブリッジはクリップボードにはっきりと合格だとわかるような大きな丸をつけた。誰と比べて物がわかっているのか、その隠された侮辱にスリザリン生はここにいないにも関わらず侮辱されたハグリッドを思いくすくすと嫌に笑う。
グラブリー–プランクへの質問を終えたアンブリッジは再び生徒達の間を回る。次に声をかけられたのはゴイルであり、ハリーは芝生に放ったボウトラックルを捕まえるフリをして二人の元へ近づいた。
「さて、このクラスで誰かが怪我をしたことがあったと聞きましたが?」
「それは僕です。ヒッポグリフに切り裂かれました」
ゴイルが答える前に待ってましたとばかりにドラコがその質問に飛びついた。アンブリッジは驚愕し眉を顰め「ヒッポグリフ?」と囁きながら慌ただしくクリップボードの上に羽ペンを走らせた。
「ドラコと、僕です」
「まぁ!2人も怪我をしたの?」
ドラコの隣にいたルイスが少し罰が悪そうに眉を下げながらそろそろと手を上げる。ハリーはすぐにドラコが何故怪我をしたのか伝えようと一歩踏み出したが、その腕をソフィアとハーマイオニーが掴んだ。
「な──」
「大丈夫よ」
ソフィアは囁きながらハリーの行動を止め、ハーマイオニーも「大人しくしてて!」と忠告した。
ハリーは果たして今年のルイスが自分達の味方をしてくれるのかわからなかったが──今まで、何度も助け合い友好を深めていたのだということを思い出し、ぐっと堪え必死な目でルイスを見た。
「何があったの?教えてくれるかしら?」
「はい。ハグリッド先生はヒッポグリフに対する注意点をしっかりと伝えていたのですが、ドラコがこの2人──クラッブ、ゴイルと私語をしていたため聞き逃してしまい。ヒッポグリフに暴言──えーと、デカブツのウスノロくん、だったかな?どうだったっけ?──を言い。ヒッポグリフの逆鱗に触れました。気高いヒッポグリフは怒り、ドラコを襲おうとしていたので、僕が庇いました。僕は背中を、ドラコは少し腕を怪我しました。大した事はありません、ドラコの怪我は。──すみません、授業をしっかり聞くべきでした。……そう思いませんか?グラブリー–プランク先生?アンブリッジ先生?」
ドラコとルイスが何を言うのかと気にしていたのはハリーだけではなく、クラスのほとんどが意識を向けていた。ルイスのハキハキした声はよく通り、そばに居たグラブリー–プランクはラベンダーを指導していた手を止めくるりと振り返る。
「んん?──そうだねぇ、ヒッポグリフにその暴言は自殺志願と取られてもおかしくないね……忠告を聞き逃していたとしても、魔法生物にそんな事言っちゃいかんよ。──ミスター・マルフォイ。わたしの授業でも、勿論許さないからね?」
低いグラブリー–プランクの忠告に、ドラコは先ほどの勢いを消し顔を引き攣らせた。
「まぁ、グラブリー–プランク先生がそう言うのなら、そうなのでしょうね」
アンブリッジはつまらなさそうに少しだけクリップボードにメモをとるとすぐに踵を返す。
ドラコはぎろりとルイスを睨んだが、ルイスは「事実だ。ソフィアを泣かせたのを、もう忘れたの?」と涼しい顔で答える。
「…、……いや…」
「僕は嘘は言わないよ、ドラコ。君に対して誰よりも誠実でありたいからね」
「…あぁ…」
ドラコはこくり、と頷く。なんだか叱られた子どものようで、一回りも二回りも小さく見えるドラコにハリーはざまあみろとも思ったが──少々、意外だった。きっと、ドラコはルイスが事実を言おうと「そんな事はない!」と反論すると思っていたのだ。
「さて、グラブリー–プランク先生、ありがとうございました。ここはこれで十分です。査察の結果は十日以内に受け取る事になります」
「はい、はい」
アンブリッジの言葉にグラブリー–プランクは軽く頷く。アンブリッジは授業の終了を待たずに芝生を横切り城へと戻って行った。
「…ほらね?大丈夫だったでしょ?」
アンブリッジが見えなくなるまで待ってからソフィアがニコリと笑う。
「うん……良かったよ…」
「ルイスは、ハグリッドの事好きだもの。ドラコのことを大切に思っていても、ハグリッドが不利になる嘘を良しとはしないわ」
ハリーはソフィアの言葉を聞き、ルイスを見た。
ルイスはボウトラックルに突かれ逃げるドラコの後ろで、ハリーの視線に気がつくと微かに微笑みパチンと綺麗に茶目っ気たっぷりなウインクをした。
その夜、ソフィアは前回と同じ時刻にアンブリッジの罰則を終えグリフィンドール寮の談話室へと帰った。
いつもの場所を陣取っていたハリー達はソフィアが帰ってきた事にも気付かず、何やら顔を突き合わせて声を顰め話しているようだ。
ソフィアは不思議そうにしながらハーマイオニーの隣に座り、少し痛む右手首を押さえる。
「あっ!ソフィア、おかえりなさい。薬用意してるわ」
「ありがとうハーマイオニー」
ハーマイオニーはぱっと体を起こすとすぐにソフィアの服の袖を捲り、机の上に用意していた薬に浸したガーゼを露出した手首に貼った。
「なんの話をしていたの?なんだか、深刻そうだったけど……」
ソフィアの疑問に、ハリーとロンとハーマイオニーは顔を見合わせ、辺りを見回す。遅くなりつつある談話室にはまだ数人の生徒がいたが、誰もこちらを気にしている様子は無い。
ハーマイオニーはそれでも何度も周りを気にして誰にも聞かれないようにしながら、ひそひそと囁いた。
「あのね、さっきまで話してたんだけど……アンブリッジは最低の教師で、あいつからは何も学べないでしょう?」
「ええ、そうね」
「だから……自分達で闇の魔術に対する防衛術を自習する必要があると考えたの。自分を鍛えるのよ、外の世界で待ち受けているものに対してね──本で覚えるだけでは、意味がないわ、実践が必要だと思うの」
「実践……?」
「ええ、だから、ハリーとソフィアに闇の魔術に対する防衛術の先生になって欲しいと思ってるの」
「私と、ハリーが?」
ハーマイオニーは声量を押さえてはいたが、これ以上の名案はないとばかりに目を輝かせる。ソフィアならばきっとわかってくれるはずだ、とその目に期待が込められているのも仕方のない事だろう。何せ、ソフィアは同学年よりも多くの魔法を知り、実際に色々な場面で危機から逃れていた。
ロンは既に聞いていたからか、ハーマイオニーの突拍子もない言葉に呆れる素振りを見せる事なく真剣な目でソフィアを見た。──ハリーは、少し眉を寄せ黙り込んでいたが。
ハリーは魔法を知るだけではヴォルデモートに対する対策など練れないと理解している。戦闘においての生死の境界はどれだけ呪文を知っているか、ではなく、刹那ほどの時間にどの呪文を使うのか瞬時に判断し、なんとかやりこなす勇気や度胸が必要だと思っているのだ。
それは魔法を知っただけでは得ることが出来ない。──と、何度も窮地を脱したハリーだけが、真に理解していた。
ソフィアはハーマイオニーの瞳を見たまま少し沈黙する。
確かに、魔法を知っていて使えるのと、使えないのとでは全く異なる。しかし──。
「目的は、アンブリッジが実践をしてくれないから、本来なら実技を繰り返し習得するはずの魔法をする──じゃなくて。外の世界の脅威に対して備える為に、自習をする、という事かしら?」
「ええ、そうよ」
その2つに大した差はないと思っているハーマイオニーは、悩む事なく頷いた。
ソフィアは再び沈黙し、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「……ハーマイオニー。本当の戦闘に備える、という意味なら、多分、私もハリーも……本当の意味で教える事は出来ないわよ」
「そんな──そんな事ないわ!」
「たとえば、OWL試験のために自習する、のは良いと思うの。今のアンブリッジの授業が続くなら、きっと必要な自習よ。
けどね……外の世界での戦闘を視野に入れての魔法の練習なら──本当に
ソフィアの言葉に、ハーマイオニーはくっと唇を噛んだ。ソフィアの言い分はハリーが数時間前にハーマイオニーからこの案を聞いた時に、思わず怒鳴り熱くなってしまった言葉と近かった。
ハリーはソフィアも自分と似た考えだということに、胸の奥がきゅっと締め付けられるような気持ちになる。──自分と同じ考えで、どうしようもなく嬉しかったのだ。
「まぁ、でも……そうねぇ……ハリーはどう思ってるの?」
暫く顎に手を当てて真剣に考えていたソフィアは、ふっとハリーを見た。
ハリーは小さく頷き、「僕も、ソフィアと同じ意見だ」とすぐに告げる。ハリーは視界の端でハーマイオニーが何か言いたそうにしている事に気づいたが無視をした。
「僕が今まで生き残ってきたのは、魔法をたくさん知っていたからじゃない。いろんな幸運とか、咄嗟の勘とか──勇気とか、そういうのでなんとか切り抜けることが出来たんだ。僕が闇の魔術に対する防衛術を誰よりも知ってたから生き残ったなんて、そんなの──あり得ない。本当に、死にそうにならないと……あの、頭がびりびりして心臓が爆発しそうな感じにならないと、多分……意味がないんだ」
「だからこそよ!だからこそ、ヴォ──ヴォルデモートと直面した事があるハリーから教えてもらうことが、私たちは必要なの!」
ハーマイオニーは小さな声で叫ぶ。
ヴォルデモート、という単語にロンとソフィアがぎくりと肩を震わせ、ハーマイオニーも自分で言いながら蒼白な顔をしていた。その名前を呼ぶことにどれほど意識を込めたのか、ソフィアとロンは痛いほど理解している。
生まれた時から魔法界に生きるソフィアとロンにとって、『ヴォルデモート』の名はどうしても言うことが出来ず、耳にするだけで身体の奥を冷たい何かが通り過ぎたような気がするのだ。物心つく前から、周りにヴォルデモートの恐ろしさを植え付けられているせいかもしれない。──だが、これはソフィアとロンだけでなく、騎士団員や一部の人間を除き魔法族全員がそうだ。
4人の間を沈黙が落ちた。
気まずい沈黙というよりは、ロンとハーマイオニーはハリーとソフィアの様子を窺っている。
ハリーとソフィアは怒っているわけではなく、そしてハーマイオニーの言いたいことも何となく理解をしていた。ただ、2人はヴォルデモートと──ソフィアは記憶体のトム・リドルと──直面したという共通点があり、2人はヴォルデモートと戦う意味を少なからず理解している。
もし、ここにルイスが居れば、彼もソフィアとハリーと同じような事を言っただろう。
「……少し、考えてもいいかしら」
「ええ!ええ、もちろんよ。ハリーも、その──考えてくれる?」
ハーマイオニーはまたハリーが怒りだしてしまうかと思い、やや硬くなりながらハリーを見た。ハリーはとりあえず考えるだけなら、と小さく頷く。
「じゃあ、私は寝室に行くわ」
この場にこれ以上いるのが耐えられず、ハーマイオニーはさっと立ち上がり女子寮へ足早に向かう。ロンはハーマイオニーを羨ましいやら恨めしいやら複雑な目で見ていたが「ふわぁあ──僕も、寝ようかな」とアンブリッジに似たわざとらしい欠伸をこぼし、男子寮へ向かった。
残されたソフィアとハリーは2人が向かった先の階段を見ていたが、同時にため息をつき、顔を見合わせて苦笑した。
「ソフィアは…反対、なんだよね?」
ハリーは今ここにソフィアが残っているのは、きっと自分と相談したいからだと思い、声量を落として問いかける。もし、ソフィアが何も聞くつもりがないのなら、いつものようにハーマイオニーを追ってすぐに女子寮へ向かったはずだ。
「反対……というよりも。目的をどうするかで変わるわね。もし、外の世界で死喰い人と遭って──生き残るための戦闘方法を教えるという目的なら、私たちには難しいわ。けれど、
「生存率…?そうか、守護霊魔法とか?」
「そうね、それもかなり有効よ。他には……魔法の命中率を上げるとか、無言呪文を習得するとかかしら」
「そういえばさっきも言ってたね、無言呪文って何?」
ハリーは先ほどの会話を思い出し、自分が知らない単語に先ほどは聞けなかった事をこっそりと聞いた。
無言呪文が何なのかはわからないが、ハーマイオニーと──そして、ロンでさえ疑問に思わなかったのだ。なんとなくそれをあの場で聞くことが恥ずかしかった。
「ああ…えっとね」
ソフィアは鞄の中から羊皮紙を2枚取り出すとそれぞれ半分に裂いた。
机の上に綺麗に並べて杖を出し、「レパロ」と唱える。すると半分になっていた羊皮紙は引き合うようにくっつき、1枚の羊皮紙に戻る。
「これが、普通の魔法。それでこれが──」
ソフィアは何も言わず、ただ杖を羊皮紙に向けた。すると羊皮紙は当然のように破れてた箇所が修復され、元通りになる。
「これが、無言呪文よ。大人の魔法使いなら──差はあるけれど──たいてい出来るわ。先生たちも何も言わないで杖だけ振って色々なものを出したり、動かしたりしているでしょ?」
「ああ!たしかに、あれが無言呪文なんだ!」
いつもの授業風景を思い出したハリーは納得が出来、大きく頷く。それならロンが何故無言呪文を知っているのかも頷ける。彼の両親は魔法使いだ、きっと日常的に呪文を唱えない様子を見ていたのだろう。ハーマイオニーは、間違いなく膨大な知識でそれを知っているのだ。
「さて、──ミスター・ポッター?」
ソフィアは悪戯っぽく笑い、ぴんと背筋を伸ばした。ハリーは一瞬虚をつかれたが、ニヤリと笑うと「はい、プリンス先生。何ですか?」とソフィアの戯れに付き合う。
「この無言呪文は、何故生存率を上げるのだと思いますか?」
「えっと……。……どんな魔法を使ってるかわからないし、いきなり魔法を使うことができて…相手が驚くから!」
「正解!グリフィンドールに5点!」
「あははっ!ありがとうございます!」
先ほどの真剣な雰囲気をガラリと変えて楽しげに声を上げて笑うハリーとソフィアに、遠くにいた寮生はどうしたのだろうかと一瞬振り返り2人を見たが、すぐに興味を無くしペチャクチャとお喋りを再開した。
「そうなの。相手を驚かせる事ができるわ。不意打ちを狙うために、隠れて使うと威力はさらに上がるわね。無言呪文は、確か6年生の時に学ぶから……ハリーも練習して損はないわ。無言呪文ができるようになれば、今まで以上に早く魔法を連発する事が出来るし。
まぁ、戦闘が始まって──どんな魔法が来るか、読むのは難しい事だけどね。相手も大人なら、無言呪文を使うでしょうし」
「…そっか…そうだね。大人なら無言呪文を使う。きっとそうだ。……僕に教えてくれる?」
ハリーは真剣な目でソフィアに頼み、ソフィアは「ふふっ」と小さく笑うとそのまま頷いた。
少しでも生存率を上げるため。
その言葉がハリーの心の奥にじんわりと広がる。確かに、勝つ事は難しいだろう。自分だって今まで完璧な勝利なんて得ていない、逃げて何とか生き延びたこともある。
生存率を上げるために、力を得たいとハーマイオニーが考え、それを目的とするのならば──。
「…僕、ハーマイオニーが言った事をよく考えてみる」
「ええ、そうね。早急に返事をしなくてもいいと思うの。よく考えて──それから、2人で結論を出しましょう」
ハリーとソフィアは頷き合う。
ハリーの気持ちはほぼ教える方に傾いていた。ソフィアと話し、魔法を習得する目的がただ色々な魔法を使えるようになるではなく、死喰い人に勝つ強い魔法を知るではなく──自分達の生存率を上げる事ならば、いい案だと思えるようになったのだ。
「私はそろそろ寝室に戻るわ、おやすみなさい、ハリー」
「うん、おやす──」
ソフィアは鞄を持ち立ち上がると、少し身を乗り出し机に手を置いて、ハリーの頬に触れるか触れないか程度の掠めるようなキスをした。
「──これも、無言呪文みたいなものかしらね?」
ぱっと離れたソフィアは悪戯っ子のように笑うと──頬は少し赤かったが──ぱたぱたと早足で女子寮に向かう。
残されたハリーは遅れて心臓が爆発したのを感じ、真っ赤な顔で服の上から胸を押さえた。
「…確かに、効果的だ……」
今までもソフィアからの挨拶のキスは何度かあった。しかし、いつの間にかそれは殆ど無くなっていたのだ。かなり久しぶりのキスに、ハリーはその意味を求めていいのか、それともただ無言呪文の効果をよく自分に理解させるためだったのか、全くわからなかった。
──とりあえず、寝よう。
ふらふらとした足取りで男子寮への階段を上がり、自室の扉を開け、ロンの視線に気付かぬままハリーはベッドに倒れ込んだ。
ハリーの頭に残っていた闇の魔術に対する防衛術の自習の事や目的の事など綺麗さっぱり吹っ飛んでしまったが──今夜ばかりは仕方がないだろう。