「まあ、なかなか上手くいったわね」
ホッグズ・ヘッドから出て眩しい陽の光の中を歩きながらハーマイオニーが満足そうに言った。
「そうね…連名リストがあるし、当面は問題なさそうね。……30人近くが入れる場所を探さないといけないわね…実戦形式にするなら、ある程度の広さも必要だし……」
「早めに見つけ出さないとね」
ハーマイオニーとソフィアが練習の場所について声を潜めながら話している間、ロンはまだ残っていて持ち帰ったバタービールを飲みつつ、遠くに小さく見えるザカリアスの後ろ姿に気付き、嫌そうに眉を寄せた。
「あのザカリアスの野郎。癪なやつだ」
「私も、あの人あんまり好きじゃない。だけど、あの人、私がハッフルパフのテーブルでアーニーとハンナに話しているのをたまたまそばで聞いていて、とっても来たそうにしたの。だから、しょうがないでしょ?だけど、正直──人数が多いに越したことはないわ。例えば、マイケル・コーナーとかその友達なんかは、マイケルがジニーと付き合ってなかったら来なかったでしょうね」
さらりとハーマイオニーは言ったが、ロンにとってはクソ爆弾を投げつけられたほどの衝撃があったようで飲み干しかけていたバタービールの最後の一口を咽せながら吐き出し、ローブの胸がバタービールで汚れてしまった。
「あいつが、何だって?ジニーが付き合ってるだって?──妹が、デートしてるって?──なんだって?マイケル・コーナーと?」
ロンは耳まで真っ赤に染めて怒り、口の端に泡を飛ばしながら喚いた。
「あら、だからマイケルも友達と一緒に来たのよ。きっと──あの人達が防衛術を学びたがっているのももちろんだけど、ジニーがマイケルに事情を話さなかったら──」
「いつからなんだ?ジニーは、いつから?」
「クリスマス・ダンスパーティで出会って、先学期の終わり頃に付き合い始めたらしいわ」
「ソ、ソフィア。君も知ってたのか?本当に付き合ってるのか?」
「え──ええ、まぁ、ジニーから教えてもらったわ」
あまりの勢いに若干苦笑しながらソフィアが頷けば、ロンは金縛りの呪文で固まってしまったのかと思うほど、瞬きもせず口は開きっぱなしで停止した。
気にせず足を進めるハーマイオニーに、ソフィアは足すらも止めて棒立ちになってしまったロンをチラチラと見ながらハーマイオニーの側に駆け寄り「言って良かったの?」と囁く。
ハリーがロンの肩を慰めるように叩いたことにより、ようやくロンは金縛りが解けのろのろと歩き出し、先々進むハーマイオニーに後ろから低い声でマイケル・コーナーについてしつこく問いただした。
「マイケル・コーナーって、どっちのやつだった?」
「髪の黒い方よ」
「気に食わないやつだった」
「あら、驚いたわ」
「……ロン、ジニーを祝福してあげたらいいのに…私はルイスがヴェロニカとお付き合いして、とっても嬉しかったわよ?……まぁ、寂しくなる気持ちは少し、わかるわ」
ソフィアはほんの少しだけロンの気持ちも理解できた。
大切な人に、他の大切な存在が出来る。それはとても嬉しく喜ばしい事だが、やはり長く一緒に過ごしていた家族として少しの寂しさと──相手への僅かな嫉妬心があるのもまた、事実なのだ。
ソフィアの言葉が図星であったロンは顔を真っ赤にしたまま口をぱくぱくと開閉させ、絞り出すように「ジニーはハリーが好きだと思っていた」と呟いた。
ロンは、ハリーにならば大切な妹のジニーを任せられると思っていたのだ。それはマイケル・コーナーという少年をよく知らないからこそ、そう思ってしまうのだろう。
ハーマイオニーは振り返ると憐れむような目でロンを見て、ため息をついた。
「ジニーはハリーが好きだったわ。だけど、もう随分前に諦めたの」
「そうか、だからジニーは僕に話しかけるようになったんだね?ジニーは、これまで僕と話さなかったんだ」
「そうよ」
ハリーは納得しつつ、それでもジニーとロンには悪いが、自分がジニーと付き合う事はないだろう、とぼんやりと考えた。
ジニーの事は好きだ。しかし、彼女に向ける感情は、親友の妹だから──自分の妹のように感じているだけだ。人として好きで幸せになって欲しいが、恋愛感情は無い。
納得のいかないロンは早足でハーマイオニーの隣に並ぶとぐちぐちとマイケル・コーナーについて──よく知りもしないで──愚痴を言い、みるみるうちにハーマイオニーの機嫌は下がって行く。
ソフィアはロンがしつこくマイケル・コーナーを呪っている間、なんとなく歩みを少し緩め、ハリーの隣に並んだ。
いつも4人で行動しているソフィア達は、自然と2人と2人に分かれるようにして歩く事が癖になっているだけで──勿論、横一列に並ぶこともあるが──特定の意図は無い。しかし、ハリーは今この恋愛についての話題が出たのは紛れもないチャンスなのでは無いかと思い、ごくりと唾を飲み込んだ。自然な流れで、ソフィアに恋人の有無くらいなら聞けそうだ。──いや、居ないはずだ、だっていつも僕達と一緒にいるし。
「ソフィアには──」
「なぁに?」
ソフィアは小首を傾げ、ハリーを見上げた。
ばちり、と近い距離でソフィアとハリーの視線が混じる。
ソフィアの目に映る自分の姿を見たハリーは、脳の後ろにびりびりとした電気が流れたのを感じた。
──あ、ソフィアの目に僕が映っている。緑色の、綺麗な目だ。
一年生の時は、身長もそんなに変わらなかったのに、いつの間にか僕が、かなり追い越していたんだ。
身体も小さいし、細いし、かわいいのに、あんなに凄い魔法が使えるなんて、本当に信じられない。凄いよなぁ。
あ、ソフィアってまつ毛がすごく長いんだ。
──あれ?僕、何を言おうとしたんだっけ。
「ハリー?」と、ソフィアが自分の名前を呼び、口がその動きをしたが、何故かとても、ゆっくりに見えた。
「──僕、ソフィアが好きだ」
つい溢れた言葉に、ハリーは自分で何を言ったのか分からずきょとん、とし。言われたソフィアは目を見開いたまま固まり、少し離れた場所にいたハーマイオニーとロンは勢いよく振り返り呆然と口を開いた。
「ハ、ハリー!──君、今、ソフィアに……?」
手に持っていたバタービール瓶を両手で握りしめて目を輝かせ、ワナワナと震えるロンの顔は真っ赤であり、ハリーはそんなロンを見て「え?」と不思議そうにした。
「え……?──っ!?」
しかし、再びソフィアを見下ろし、彼女の顔や耳がロンに負けず劣らず真っ赤に染まっているのを見て、自分が何を言ったのかようやく自覚し──心臓が壊れたのかと思うほど早鐘を打ち、喉がヒュッと掠れた音を出した。
──何を言った?僕は今、何を言ってしまったんだ?こんな──こんな場所で言うつもりなんて無かった!こんな時に言うつもりなんてなかったのに、ソフィアを見ていたら気持ちが止められなかったんだ!
「ソ──」
「──ッ!!」
ハリーはとりあえず何かを言おうとソフィアの名を呼び手を伸ばしかけたが、ソフィアはびくりと肩を震わせるとそのまま無言で勢いよく走り出し、ロンとハーマイオニーの横を通過してみるみる内に小さくなってしまった。
ぽかん、と口を開いたままハリーは行き場のない手をぱたりと落とす。
振り返ったロンとハーマイオニーの残念そうな視線を受けたハリーは、叫び出して転がりたい気持ちを抑え、その場にしゃがみ込み──。
「はああぁ……」
体の中の空気を全て吐き出したのではないかというほど大きなため息を吐いた。
ロンとハーマイオニーは顔を見合わせ、項垂れるハリーの元に駆け寄ると左右からぽん、と元気付けるように肩を叩いた。
「最悪だ……」
「うーん。多分、タイミングね。ソフィアもまさか今言われるとは思わなくて、パニックになったのよ」
「ハリー、きみってソフィアが好きだったんだ?言ってくれればよかったのに!」
「あら、ロンあなた本当に気づかなかったの?鈍いわね、私はすぐ気づいたわよ」
ハーマイオニーが呆れたというような口調で言えば、ロンは目を白黒させて「マジで?」と呟く。
しかし、ハリーは左右からの言葉をほとんど聞き流していた。いや、聞こえていなかった。
ソフィアは走り去ってしまった。つまり、僕の事なんか好きじゃないんだ。少し前におやすみのキスをしてくれたのは、やっぱり特別でもなんでもなかったんだ、僕の勘違いだったんだ。明日からどうすればいいんだ。──と、ハリーが鬱々と落ち込んでいると、ハーマイオニーがトントンとハリーの肩を叩く。
「……何だい?明日からソフィアとどう顔を合わせればいいのか考えているんだ。何かいい案でも教えてくれる?」
ハリーは情けなさと惨めさに目の奥が熱くなるのを感じ、低い声で呟きハーマイオニーを睨み上げた。
しかし、ハーマイオニーはにっこりと笑うと、くい、と後ろを顎で指した。
「──ほら、戻ってきたわよ」
「えっ」
走り去っていたソフィアは再び先ほどと同じスピードで戻ってきていた。
周りにいる生徒やホグズミードの住民達が、一体彼女はどうしたのだと振り返って見るなか、だんだん近づいてくるソフィアにハリーは本気でここから逃げ出そうかと思った。
「ハリー、しっかりして。──ソフィアが戻ってきた意味を、考えなさい」
ハーマイオニーは丸まったハリーの背をバシンと強めに叩くと、ニヤニヤと笑いながらハリーと走り寄るソフィアを交互に見ていたロンの腕を掴み、くるりと方向転換するとその場に残りたそうなロンを引っ張っていった。
「──ハリー!」
ソフィアは息を切らせ、顔を真っ赤に染めたまま現れる。
何を言われるのか、わざわざ振るために戻ってきたのかと思ったハリーはその場にしゃがみ込んだまま、眉を下げぎこちない笑みをソフィアに向けた。
胸を抑え、呼吸を整えていたソフィアはハリーの目の前にしゃがみ込むと、ハリーの手をぎゅっと掴む。
その燃えるような手の暖かさに、ハリーはまた鼓動が高鳴るのを感じた。
ソフィアはハリーと視線を合わせ、手を取り、顔を真っ赤に染めたまま──ハリーが見た中で一番美しく、とびきり明るい笑顔で笑った。
「私も、あなたが好き!」
「え──ほ、本当?」
上擦った声でハリーが思わず聞けば、ソフィアはハリーの手を離し自分の膝を抱えこむ。腕の上に頬を乗せたソフィアは、真っ赤になったハリーを覗き込むように首を傾げ、緑色の目で見つめ、いつものような悪戯っぽい、挑戦的な笑顔を見せた。
「あら、嘘にしてほしい?」
「そんなことない!ぼ、僕、すごく嬉しい!」
ハリーは思わず立ち上がって叫び、ソフィアはくすくすと楽しげに笑いゆっくりと立ち上がると、真剣な目でハリーを見つめ手を差し出した。
「……私、まだあなたに言えない秘密がたくさんあるわ。父様の事とか──それでもいいの?」
「うん!それは、卒業までは言えないんだよね?いつか、は…教えてほしいけど──でも、ソフィアのお父さんは関係ないよ!僕はソフィアが、す、好きだから!」
ハリーは、ソフィアが差し出した手を決して離さないと自分自身に誓いながら強く握る。ソフィアは一瞬、悲しそうに目を揺らせたが、瞬き一つする間に幸せそうな微笑みに変わった。
「じゃあ…よろしくね、ハリー」
「うん、よろしく!」
「…さっきは、逃げちゃってごめんなさい。いきなりで、その──びっくりしちゃって」
頬を赤らめながら言うソフィアに、ハリーは全力で首を振り「大丈夫。むしろいきなりで、ごめんね」と謝った。
何度かソフィアと手を繋いだ事はある。だが、こんなふうにゆっくりと手を繋いで歩く事はもちろん初めてであり、何故か体がふわふわと軽く、地面を踏み締めている感覚が無い。
ハリーは胸を高鳴らせ、夢心地のままソフィアの手の温もりと、そばで揺れる黒髪を見つめる。──ふと、ハリーは周りの風景が変わったと感じた。全てのものがキラキラと輝いて見えるのはどうしてだろう?
何度も来たことのあるホグズミードの村がこんなに美しいとは、ハリーは今まで一度も気づかなかった。
ハリーとソフィアが手を繋いで現れたのを見て少し先で待っていたロンはジニーとマイケル・コーナーの事など飛んでいってしまったかのように囃し立て、ハーマイオニーはにっこりと微笑んだ。
「良かったわね、おめでとう2人とも」
「ありがとう、ハーマイオニー」
「本当におめでとう!三本の箒で飲もうぜ!」
「もう、ロンったら気が効かないわね。2人きりになりたいに決まってるじゃない」
「あ、そうか」
ハーマイオニーの言葉にロンはまたニヤニヤと笑い、2人はハリーとソフィアを祝福した後すぐにハニーデュークスへ向かった。
まだ太陽は頭上高くを燦々と照らしていて、ホグワーツに帰るまでにたくさんの時間がある。
ソフィアとハリーは顔を見合わせ、照れたように笑い合った。
「どこに行こうか?──どこに行きたい?」
「うーん……じゃあ、なんだか喉が渇いたし、三本の箒は?」
「うん、いいね!」
2人は三本の箒へと向かい、日が暮れるまでゆったりとしたこそばゆい幸せな時間を過ごした。
今までずっと一緒にいた2人だったが、かと言って話題が尽きるわけでもない。
気がつけば門限ギリギリになってしまい、ハリーとソフィアは閑散とした大通りを、まるで世界で2人きりだというように楽しげに笑いながら走った。
ホグズミードからホグワーツへと戻った2人は、流石になんとなく気恥ずかしくてお互い城に足を踏み入れる前に手を離したが、それでも幸せそうに笑い合っていて、あまりに帰ってくるのが遅くて心配し、大広間の前で待っていたロンとハーマイオニーは呆れつつももう一度「おめでとう」と祝福した。
ロンはハリーをからかい、ハリーは口では「やめろよ」と言いながらもちっとも嫌そうではなく、かなり浮き足立ち上機嫌だった。
そんなハリーを後ろで見ていたソフィアに、ハーマイオニーはこっそりと耳打ちをする。
「…ようやく、わかったのね?」
「……ええ、ハリーから言われた時に──驚いて逃げ出しちゃったけど──その、凄く嬉しくて、心が温かくなって、それで……やっぱりこれは愛なんだなぁ、ってわかったの」
頬を赤らめて言うソフィアに、ハーマイオニーはちくりと胸が痛んだ。
ロンがマイケル・コーナーの事を嫉妬するのも、馬鹿にできないわね、と心の中で苦笑したハーマイオニーはソフィアの腕に自分の腕を絡めた。
「……たまには私とも、2人きりで遊んでくれる?」
ぽつり、とどこか寂しげに呟かれた言葉にソフィアは驚いたがすぐに嬉しそうに笑い、大きく頷いた。
「勿論よ!ハーマイオニーは親友だもの!」
「ふふっ!嬉しいわ!」
「…私の相談にも乗ってくれる?」
「ええ。……お父さんのことよね?」
声を潜めてハーマイオニーが言えば、ソフィアは苦笑しながら頷き、気が重そうにため息をついた。
「…言ったらどうなると思う?」
「うーん。ハリーに毒を盛ると思うわ」
「……否定できないのが、悲しいわね…。内緒にするべきかしら?」
「ダメよ。きっといつか耳にするわ。…割と見ていた人も多かったし、ハリーは目立つし……なら、ソフィアから言ったほうがいいと思うわ」
真剣なハーマイオニーの言葉に、ソフィアは「そうよね…」と疲れたように笑った。
「…もし、ハリーに父様のことを教えたらどうなると思う?」
ソフィアが小声で心配そうに囁く。
ソフィアは、何よりもこの事を気にしていた。ハリーの事は好きだ、愛していると、もう気がついてしまった。しかし、そのハリーは自分の父親の事が大嫌いであり憎んでいる。もし親子だとバレた時に嫌われてしまわないかと、裏切りだと言われないかと──ソフィアは気が気ではなかった。
その事でハリーが受け入れられないのは仕方がないかもしれない、しかし、恋人であるハリーに秘密にしている罪悪感が、ソフィアの心に重くのしかかっているのだ。
ハーマイオニーは真面目な顔で考え込み、暫く無言だった。
「……もし、今言うのなら──むしろ、受け入れそうではあるけどね」
「え?…そうかしら?」
「ええ、今、ハリーは色んな意味で正気じゃないもの」
ハーマイオニーは小突きあい、戯れるように変にテンションが高いハリーを見て肩をすくめる。
ソフィアもまた、確かにそうかもしれない。とは思ったが、流石にすぐに言い出せるほどの勇気は、今のソフィアにはなかった。
──ハリーは、父様は関係ない。私が好きだって言ってくれたわ。それを、信じたい。
肩にロンの腕が回っていたハリーは、ちらりとソフィアを振り返る。
目があった途端、ハリーはにこりと嬉しそうに笑い、ソフィアも思わず微笑んだ。
父様の事で考えないといけない事はたくさんある。
だけど、今だけは、幸せな時間を目一杯過ごしたい。卒業まででもいい、全てを話すまで、ハリーを騙している罪悪感はある。それでも、私は──ハリーの隣に立ちたい、出来る限り長く、そばに居たい。
ソフィアはそう思い、少し憂いたような表情をしてハーマイオニーの肩に頭を乗せた。